第28話 何者であっても
どう見ても、その手配書にはボウガと思われる似顔絵が描かれていた。
「これは……どこで……?」
「えっと、確かギルドのある町だったな。国境付近の…………」
おそらくそれは、アロとチェリが住んでいた村の隣町のことだ。
まさにそこで、二人もギルドマスターから手配書を受け取っていた。
「そいつ、どんな奴だった!?」
「ーーーっ!?」
「うぉわっ!? 何だよ!」
手配書の当の本人であるボウガよりも、アロとチェリの方がバグナに掴み掛る勢いで迫ってきた。
「その手配書を配ってた奴!」
「渡してきた奴…………う〜ん、どうだったっけなぁ。ふた月も前のことだったし…………あ、痛ててて……」
バグナの頬は、先ほどのアロからの容赦ない往復ビンタを食らって腫れている。それを思い出したのか、バグナは明らかに不機嫌そうに目を細めた。
「痛ぇなぁ〜、暴力エルフにやられて、答える気が無くなったなぁ〜?」
「は? 元はと言えば、お前らがつけてきたせいだろーが!」
言いながら、バグナはチラリとアロを見て両頬をさすって大袈裟に痛がる。その態度に、アロも怒りを露わにした。
「んだとコラ!? 腕力も無ぇエルフのクセに!!」
「あぁ、やんのか? 秒で沈めんぞ!!」
バグナは拳を握り、アロの手の周りにはキラキラと氷の結晶が発生した。
「おい、やめろアロ……!」
「兄貴! エルフは魔法ヤバいって!!」
アロもバグナも似た者同士で、血の気が多く喧嘩っ早いようだ。ボウガとアンクスが、それぞの横について止めようとする。
その時、
「…………」
チェリがアロとバグナの間に入ってきた。
そして、バグナに向かって一礼すると、両頬を手で挟むように添える。
「えっ……!?」
「ーー……」
チェリの両手が淡い緑色の光を発し、周りにふわりと漂ってすぐに消えた。
顔から手を離すと、腫れていた頬はスッキリとキレイになっている。
チェリが回復の魔法を使ったのだ。
「うぉぉ……ほっぺた痛くないぞっ!?」
頬を擦りながら素直に感動しているバグナ。横にいたアンクスも目を輝かせてチェリを見ている。
《兄が申し訳ありませんでした。これで、お許し願えないでしょうか?》
「へ……?」
「あー……」
再びぺこりと頭を下げるチェリに、兄弟は一瞬だけきょとんとする。治してもらったバグナの方は、チェリをじっと見た後にフィッと顔を逸らして口を開いた。
「あ〜……その、こっちも悪ノリしてすまなかった。お嬢ちゃん、頭上げてくれ」
《お話をお聴きしても?》
「もちろん! おれっちたちが知ってる事なら教えてやるよ!」
《ありがとうございます》
「へへへ♪」
リザードマン兄弟が普通にチェリと会話をする様子に、アロとボウガは顔を見合せた。
チェリと会話ができるということは、少なくともこちらに敵意や悪感情を持たず、欺瞞を抱いたり、逆に無関心ではないと判断できたからだ。
「おい、チェリ……」
《兄様。この方たちとは争う理由がありませんよね?》
「……わかった」
チェリに言われ、アロもバグナに頭を下げる。
「悪かった。リザードマンって頑丈だから、雑に起こしても大丈夫かなぁって思い切り張り倒した。まだ何もしてないのに疑ってすまない……」
「いや、頑丈なのは合ってるけどよ。エルフのビンタくらいじゃ…………すまん、おれも調子に乗った。本当はあんなの寝れば治る」
謝罪になっているかと一瞬疑問を持ちたくなる掛け合いだったが、二人はお互いに頭を下げてそれらしく収まった。
《それで……この手配書を配っていた人のことは憶えていますか?》
ボウガの似顔絵をひらりと掲げ、チェリは二人に尋ねた。二人はしばらく考えて、自分の荷物から地図を取り出して床に広げる。
「最初にこの手配書をもらったのはここだ」
バグナが指差したのは、やはりアロとチェリの村の隣町である。
「最初は……って、次もどこかで会ったのか?」
「順に話してやるよ。今考えるとかなり怪しかったしなぁ……」
バグナたちは『手配書』に関すること、そしてここまでの経緯を話し始めた。
・~・~・~・~・~・~・~・~
初めて『手配書』を渡されたのは、ギルドからほど近い裏通りの酒場だった。
そこにはカタギから外れたような『獣人』や、魔法国家において魔法を得意とせず、他に特徴も無いあぶれた人間たちの溜まり場になっていた。
この土地は【精霊族】の治める国ではあるが、少しガラの悪い人間が多い場所では【獣人族】や【無色透明の民】への偏見や差別は少なくない。
それでも【魔神族】の国よりは住みやすいと『獣人』や【クリア】は言う。
「正直に言うと、おれとアンクスは【魔神族】の国から流れてきた駆け出しの冒険者だ。あっちは『獣人』の仕事も限られているから、食いぶちを探してこっちの国へ入ったばかりだった」
前の土地での偏見への恐怖からいきなりギルドへ登録する勇気も出ず、目立たない裏通りの酒場で簡単な食事を済ませていた。
その時、店に入ってきたのは【種族】も『人種』も、性別さえもよく分からないフードを目深に被った人物だった。
「そしたら、そいつは入り口に近い奴に『手配書』を渡しながら話し掛けていたんだ」
『賞金稼ぎに興味ないか? いい稼ぎになる話があるぞ』
フードの人物が声を掛けていたのは【獣人族】ばかり。【精霊族】や【クリア】には一切近寄っていなかった。
やがてその人物はバグナたちのテーブルへ来て、紙を差し出しながら同じように話し掛けてきた。声の調子から男性だろうとは思ったが、それ以上は判らなかった。
「…………おれたちは、よく分からない仕事は嫌だと思った。実を言うと賞金稼ぎなんてしたことねぇし。で、ちょっと渋っていたら、そいつは賞金のところを吊り上げたんだ」
『安い仕事をしない質か。腕に覚えがあるなら期待してる。こいつを見つけたら、死んでいても引き取ってやるよ』
そう言って、無理やりテーブルに『手配書』を置いていった。
「そいつバカだよなー。おれっちたちを“ベテラン冒険者”だと思って金額上げてきたんだぜ!」
ゲラゲラと笑い転げるアンクスに、ボウガたち三人は頭に『???』を浮かべて首を傾げた。
「駆け出し……って言ったろ? おれはまだ『17才』だ。アンクスは『12才』の子供だし」
「おれっちを中年のおっさんと間違えた奴もいるぜ? 失礼だよなー!!」
「「「っっっ!?」」」
二人の意外な歳にボウガたちは絶句する。
正直に言うと、三人もこのリザードマンの年齢をもっと上だと思っていた。これは二人には黙っておこう。
「おれたち『第2種』の見分けは難しいからな。たぶん、あの野郎は『第1種』だったんだろうな」
「……第2種? 第1種?」
今度はボウガだけが解らなかった。
「【獣人族】独特の区別だ。『第2種』は『獣頭』……つまり、原型の動物に近い顔貌のこと。『第1種』は俺やお前みたいな顔貌だ」
アロが横からコソッと教える。どうやら、子供でも知っている『人種』の話のようだ。ボウガの記憶は、いつも【種族】に関してすっぽ抜けている。
「人間の顔貌は『エルフ』や『魔人』が基準にされるからな。隣町の医師とかは『第2種』だ」
つまり『獣人』としては、獣耳だけで他は『エルフ』や『魔人』のような顔立ちなら『第1種』となるのだ。
「【クリア】は全員『第1種』になるな」
「そうなんだ……」
「ん? なんか問題でもあったか?」
「あ、いいや。続けてくれ」
アロから簡単に説明を聞き、安心してバグナの話に向き直る。相手がちゃんと聴いていると判断すると、バグナも落ち着いて話を続けた。
「次にそいつがいたのは、キャンプ場だったんだ。大勢の旅人に紛れてやがった」
指差したのは、三人が旅を始めて最初に立ち寄った場所だ。あそこはかなりの人間でごった返し、河原全体がごちゃごちゃしていたのを憶えている。
「……よく、あの場所でそいつを見付けたな?」
「おれらリザードマンは他人を『匂い』や『体温』で見分けがつく。イヌ科の奴らと同じくらい優秀だぞ!」
ドヤァと顔全体が誇らしげだ。
基本的に【獣人族】は五感が優れている者が多い。だから、何気なく記憶に留めていたローブの人物でも、見知らぬ人間の中で区別することが出来たのだ。
「こういうこともあるかと、あの時はそいつに声を掛けようとは思わなかった。でも、まさかその後にあんな事が起きるなんてな……」
「川の毒水騒ぎと『デスハウンド』か……」
「だけど、その騒ぎが起きた時には、そのフードの奴は河原にはいなかったんだ」
朝にはもう、その人物の姿も気配もなくなっていた。夜中にいなくなったのではないかと思われる。
「どこに行ったかは?」
「さぁ? おれもずっとそいつを見張ってた訳じゃないからな」
「そっか……」
ここで手掛かりが途絶えた……と、アロは少し残念に思った。
「そいつが分かれば、ボウガの出自も分かったかもしれなかったのに……」
「ーーー……」
『手配書』を手に、アロとチェリがため息をついた。その横で、ボウガは複雑な表情を浮かべた。
「…………オレ、何をしてこんな事になってんだろう?」
“生死問わず”の文言から目が離せない。
死を願われるほどの悪い事をしたのかと思うと、身体から血の気が引いていく思いだった。
黙り込んでしまった三人を見て、リザードマン兄弟は首を傾げる。
「おい、ボウガ……だっけ? お前、手配を掛けられる覚えは無ぇのかよ。これって相当酷いぞ? ギルドから依頼された奴とか来ないのか?」
「そうそう、タチの悪い賞金稼ぎに狙われたりしてないのかよ?」
自分たちのことをちょっと棚に上げているが、ボウガのことを心配するあたり、兄弟は根が良いのかもしれない。
「実は……オレ、記憶が無いんだ」
そのせいか、ボウガは二人の顔を見ながら思わず口を開いた。
「は? マジか?」
「えぇっ!? こんな賞金掛けられてんのに!?」
「記憶喪失と賞金は関係ないだろ?」
「ーー、ーー」
――――本当に、何でこんなことに……
「…………あのさ、ボウガ。ちょっと聞いてほしいんだが?」
「なに?」
「これ……実は俺たちも知ってた」
「え?」
そう言って、アロは自分の荷物からバグナたちが持っていた手配書と同じものを取り出す。
「これ、お前がぶん投げたオークたちが持ってたって。ほら、隣町に行った時に医師の所にギルドマスターが来てただろ。その時に教えてもらった」
「旅の前から……?」
チェリと婚約する前だ。
しかも隣町から帰ってきた晩に、ボウガはチェリから婚約を迫られていた。
「オレが、悪人かもしれないのに……護衛や婚約を……?」
王子王女という立場を考えると、自分と関わるのは危険な気がして怖くなってきた。
「俺もチェリもお前には恩がある。それに、手配に掛けられているからって、この手配書の奴が悪人だとは限らないらしい」
「ーー、ーーー!」
この『裏の手配書』は普通のギルドでは出せない案件だ。
人攫い、殺人の依頼、逃亡者の抹殺……依頼主の方が非人道的な場合もあるという。
「裏の手配書なんてあるのか…………おれ、知らなかったなぁ。しかも、これを渡されるってことは、おれたちは金さえ積めば酷い依頼でも受けるって思われたんだ……」
「うわぁぁ……怖ぇっ!! おれっち、他から見たらそんなに悪人面してんのかよぉ!?」
バグナとアンクスは、この手配書の意味を知って目に見えて顔色が変わっていく。
おそらく、この手配書を渡してきた者は【獣人族】に偏見のある『人種』だったのかもしれない。
「オレは……」
「ーー……?」
落ち込んでいくのが見えて心配になったのか、チェリがボウガの腕を掴んで見上げてくる。
ため息をつきながらも、アロが肩を叩いて真っ直ぐ見詰めてきた。
「お前が悪人じゃないって判断して、一緒に行こうとしたのは俺とチェリだ。この後にお前が何であれ、その責任は俺たちが取る。そう言ったつもりだけど?」
“俺たちはお前が何者でも、最大限に守ると約束する”
チェリとの婚約を打診された時、二人はボウガの立場と今後のことを考えてくれた。その時は単に、記憶喪失故の同情かと思ったがそうではない。
「ありがとう……」
「ま、気にすんな」
「ーー」
不安になっていた状況で、明確に味方になると断言されると純粋に嬉しい。自然と、兄妹に対して感謝の言葉が出てくる。
チェリはにっこりと素直に微笑み、アロは顔を逸らしながらも口許を緩めていた。




