第27話 旅、振り返って
「…………ーー……っ」
疲れていたのか、かなりぐっすり寝ていた。
目を覚ませば、見慣れない部屋のベッドの上にいる。見えるのは部屋の壁と天井、ロープでカーテンのように仕切られたシーツ。
チェリはボーッとしながらも身体を起こし、自分の置かれた状況を把握しようと頭を働かせる。
あまりの疲労に限界が来たので街道でボウガに抱えられ、安心感と居心地の良さに眠ってしまったことを思い出した。
――――また、眠ってしまいました……でも、まだ眠いです……。
油断していると、再び瞼が下がってくる。
チェリは自分の体力の無さに、ボウガとアロには申し訳なく思ってしまう。しかし、道中を思い出しながら頬が赤くなっていく。
いつも疲れを察して、抱えて移動しようとしゃがんでくれる自分の『婚約者』。
旅の足を引っ張っていることも十分解っているが、実はいつも抱えられるのが楽しみになっている節もある。
まだ何となく子供扱いされている気はするが、ボウガに抱えられるのはチェリの特権だと思っていた。
《もう、いいと思うのですが……》
ぽつりと呟くと自分の両手を見詰めた。その手の指にはまだ『婚約指輪』は着けていない。
旅を始める時に、王都に着く直前にはめることにしたからだ。
しかし本音を言えば、婚約したのだから指輪をしても良いのではないかと焦りが出てくる。そうしないと、ボウガを誰かに取られてしまうような気分になった。
――――王宮ではボウガが【クリア】だからと、何か言われるかもしれないって……兄様も心配しているけど……
ボウガが【クリア】であることは、チェリからすれば何の障害もない。
彼はかなり好条件の婚約者である。顔も性格も悪くない。むしろ、癖のない【クリア】の顔つきは『エルフ』や『魔人』に近いとされ、チェリたちには馴染みがあるものだと言えた。
それに加えて並外れた体力と力、他とは比べようもない戦闘技術を持っている。これで『御前試合』に出たとしたら、例年であれば間違いなく優勝候補だ。
「……………………」
自分の婚約者は良いところしかない。
頬を赤らめながらニマニマと口の端をあげていると、仕切りのシーツの向こうからボウガとアロの話し声が聞こえる。
「……で、そろそろ起こした方が……」
「そうだな……もう、夜に……」
自分は随分眠っていたらしい。二人とも気を遣って起こさないでいてくれたのだ。
正直まだ寝ていたかったが、もう起きると二人に伝えようとシーツをめくる。
そこで、チェリは目の前の光景に動きを止めた。
ビシバシビシバシビシバシ!!
「ほれ、さっさと起きろ!! 何、いつまでも呑気に寝てやがんだっ!!」
「うっ、うぅっ……」
アロがリザードマンの男性の胸ぐらを掴み、顔に容赦なく往復ビンタをかましていた。リザードマンは叩かれる度に呻き声をあげている。
ペチペチペチペチペチペチ……
「大丈夫なら起きろ」
「う〜ん…………」
一方、隣りではボウガがもう一人のリザードマンの顔を、両手で挟むように優しく叩いていた。こちらはむにゃむにゃと平和そうだ。
普通ならば、何故こんな事が起きているのか疑問に思うのだが、半分寝惚けているチェリはボーッとして突っ込みは無い。
「……〜〜ー、ーー」
――――私もほっぺたを挟まれて起こされたい……。
夢うつつに、ボウガに起こされている方が羨ましくて仕方ない。
「……ー、ーー……?」
しばらく見詰めていたが、徐々にこの状況が頭に入ってきた。そこでやっと、チェリは首を傾げる。
宿屋に泊まったと思われたが、知らないリザードマン二人が部屋にいる。
――――あれ? でも、何でこんなことになっているのでしょうか……この方たちは?
疑問に思った時、チェリの足元でゴトリッと鈍い音がした。
「………………」
《…………》
床に、リザードマンの一人が倒れている。頬を腫らし、目だけがギョロリとチェリを見た。
「ぎゃあああああああああっっっ!!」
《……ひゃぁぁぁっ!?》
リザードマンの叫びに、チェリもつられて叫ぶ。
「あ、チェリ起きてたか」
アロとボウガも気付いてチェリの方を向く。
《こ……これは、どうしたんですかっ!?》
やっと、チェリに正常な判断が戻ってきた。
…………………………
………………
「で? 俺らに何の用? ふた月も後をついてきてたみたいだけど?」
「うぅ……」
リザードマンの男二人は床に正座をさせられ、正面にはイスに座ったアロが腕と脚を組んで睨み付けている。
ボウガとチェリは、側のベッド脇に座って様子を見ていた。
「まずは名前。名を名乗れ!」
「ひっ……は、はい。おれは『バグナ』だ。こっちはブラザー…………弟の……」
「おれっちは『アンクス』です……兄貴と旅してます……」
リザードマンの二人、バグナとアンクスはずっと怯えたように小さく座っている。ちなみに、先ほどアロに往復ビンタをされ、ほっぺたが腫れているのがバグナだ。
だが、彼らはどこかソワソワと落ち着かない。
二人の様子を見ていると、正面のアロよりも横にいるボウガの方を、ちらちらと気にしているように見えた。
「……改めて、俺らに何の用だ?」
「それは……その……」
やはり、二人はボウガの方を気にしている。
「……ふ〜ん、なるほど」
アロは小さく呟くと、ボウガの方を向いた。
「ボウガ、コイツら何もしゃべんないようなら…………どうしようか?」
「へ?」
「「ひぃっ!?」」
尋問をしていたアロがニヤリと笑った。急に話を振られたボウガはきょとんとしている。
「とりあえず俺は氷漬け一択だけど、ボウガだったら刻む? すり潰す? それともへし折る? さて、これ以上黙ってんならこれで口を割らせるか。好きなの選ばせてやろーぜ」
「「ぎゃあああああああっっっ!!」」
「え…………それ、オレがやるの?」
物騒な選択肢を突き付けると、バグナとアンクスは抱き合ってガタガタと震えた。めちゃくちゃ脅えた目でボウガを見ているが、見られている方は理解できずに首を傾げている。
「「ごめんなさいぃぃぃっっっ!!」」
そして、盛大にボウガの足元へ床を擦るように平伏した。
「いや……謝られても、あんたらはまだこっちに何もしてきてなかったし……」
そう。彼らはただ、後をつけてきただけである。
床で平べったくなっているリザードマンたちに、アロは呆れた視線を送った。
「つまり、だ……こいつら俺たちを狙っている間に、隙があれば襲う気だったんじゃねぇの? そしたら、街道を進んで行くうちに、ボウガの戦闘ぶり見て怖気まくった……そんなところか?」
「そうですっ!!」
「坊っちゃんの仰る通りです!!」
正座で涙目になって叫んでいる。
しかし当のボウガは、頭に疑問符が浮かぶ勢いで首を傾げて困惑した。
「……でも、オレたちは普通に街道を歩いていただけで、特に変わったことはしてないんだけど」
「ボウガ…………お前、それ本気で言ってるのか?」
「オレ、何かやったか?」
「うん。けっこうやってた……」
アロの声のトーンが一段低いので、ボウガは自分のやった事を慌てて思い返す。
――――街道では他の旅人もいたし、魔物もそんなに頻繁には出なかった。むしろ、町に入った時の方が面倒くさいことがあったくらいで……?
「このふた月は魔物とそんなに戦ってないよな……?」
「あぁ、街道で遭遇したのは5回だけだな」
「そうそう。そんなにいっぱい出なくて街道は楽だった」
「「「…………………………」」」
アロは憐憫の目でボウガを見詰め、バグナとアンクスは目を見開いて固まった。
「お前、その5回の魔物、何だったか憶えてる?」
「え? え〜と、何だっけ……?」
旅の間は二人を守ることに集中していて、魔物や犯罪者に対してあっさり過ぎたことはあまり記憶にない。
「はぁ……順番に言ってくけど……」
代わりにアロが言う。
1回目、『コカトリス』大型1体。
石化能力を持つ、牛くらいの大きさの鶏の魔物。蛇の尾っぽも凶悪。
2回目、『グール』中型10体。
墓場の泥や土で構成され、ゾンビと同じくらい獰猛な人工不死者。群れで囲まれると危険。
3回目、『グリフィン』大型1体。
大型の鷲の頭と翼、獅子の身体をもつ凶暴な魔物。人間も餌にする。
4回目、『アイアンサーペント』大型1体。
体長が5メートルくらいあり、鋼鉄の鱗を持つ。とても硬いため、打撃で倒すのが難しい。
5回目、『ミノタウロス』大型1体。
二足歩行のとにかくデカい牛。獣人とは違い話は通じず、人間を餌にするため襲ってくる。
「……全部、お前が一人でぶっ倒したよな。俺は手伝う程度で」
「あー、すごいなアロ。オレ、全然憶えてなかった。魔物の名前とかも知らなかったし……」
「なんで、俺が覚えてたか分かるか?」
ずぅん。何故か、アロの背後から怒りのような凄みのオーラが見えた気がした。
「普通はこのくらいの中型や大型が街道に出ることは稀だし、本当に普通だったらギルドの討伐隊や兵団レベルが依頼受けて来るんだ!」
「「そうそう!!」」
アロの言葉に、バグナとアンクスも高速で頷いている。
遭遇した魔物はかなりの強さがあった。それこそ、この魔物の気配があったせいで、戦闘の前後には通常の街道に出てくる小型の弱い魔物は逃げてしまっていた。
ボウガはいずれも数分の間に倒している。
「そういえば、街道にはそれ以外出てこなかったなぁ……」
「「「量より質っ!!!!」」」
三人のツッコミがハモる。
「兄ちゃん、このラインナップは普通に忘れないぞっ!! おれだったら一つ一つ夢に出るレベル!!」
「そうだ! こんな風にダイジェストにしていいもんじゃねぇ!!」
「なんか…………ごめん」
リザードマンの大きな目からの涙を流しながらの訴えに、ボウガはとても申し訳ない気分になった。
「……と、いうことだ。コイツらのビビり様を想像すると、俺でも少し同情する。理解したか?」
「そう……か。そんなに怖い思いを……」
――――確かに、怖いと思う魔物が出てきたら怖いもんな……。
ボウガは二人が出てきた魔物を怖がっていると思った。その考えを見透かしたように、アロがジト目でボウガに言う。
「…………念の為言うけど、コイツらは魔物よりもお前を怖がってんだぞ?」
「………………」
魔物を倒して、どうして怖がられるのか?
「さっき言ったけど、コイツらは俺らを襲おうとしてたんだ。だから、お前は相手にしなきゃいけない奴だったってこと」
「あぁ、そっか……」
バラバラにされる魔物たちに、未来の自分たちの運命が見えてしまったのだ。
「ははは……実はおれたち、最初は楽勝だって思ったんだ。ほら、兄ちゃん【クリア】だし、エルフもそんなに力は強くないだろ? それなのにバカ強いし、坊っちゃんたちはけっこう魔法を使えるし…………」
二人は必死に隙を探っては食らいつこうとしていた。しかし戦闘での強さに加え、ボウガたちの移動速度にも体力がやっとやっとであったのだ。
「わかってんなら、途中でさっさと帰れば良かったのに。わざわざ、ふた月も無理して俺たちについてきて……」
「いやぁ、おいらたちも意地があって。あんたに掛けられた“賞金”も良かったしなぁ」
「賞金?」
「ま、この際だ。正直に言うと、この兄ちゃんの首がエラい高かったんだよ。ブラザー、アレ見せな」
「あいよっ」
バグナに言われて、アンクスが懐から一枚の紙を取り出す。
それは似顔絵が描かれた『手配書』だ。
「《っ……!?」》
「何…………これ『オレ』?」
それは、アロとチェリがギルドマスターから渡された『裏の依頼書』である。
描かれた顔と特徴が、どう見てもボウガに見えるものだった。
「何やったか知らんけど、依頼主に相当恨まれてんな。ほら、ここで賞金も上がってるし」
「………………」
紙を受け取り、ボウガはそれを見詰めたまま固まった。今見てるものに現実感が持てない。
ボウガと同じところに傷のある似顔絵。
横に箇条書きされた身体的特徴も同じ。
捕縛の際に掛けられた金額はかなりの高額であり、それが更に朱書きで釣り上げられていた。
それらを読み、一番下にあった文章にボウガは顔から血の気が引いていく。
「…………“生死問わず”……」
行方不明になった仲間を捜している訳ではない。
“どんな状態でも構わない”
“殺してでも見つかればいい”
「オレは…………」
紙を持つ手がカタカタと震えていた。




