第26話 旅、おおむね順調
旅を始めて、ふた月近くが経とうとしている。
三人の旅は思いの外、順調に進んでいた。
大きな街道沿いは他の旅人もいるせいか、野生の魔物に出会うことはほとんどなかったし、誰かに絡まれるようなこともほぼなかった。
街道が開けていることと、大勢の人の気配で森の弱い魔物は寄り付かないようだ。
「よく、ギルドなんかで『魔物討伐』の依頼とか貼ってたの見るけど、ああいう大物は街道からかなり外れた場所なんだよな」
「そうだな。今のところ、魔物よりも気を付けているのは、町の中でのスリとかチェリへのちょっかいくらいだし……」
スリもナンパも、すぐにボウガとアロが取り押さえるので害になる前に解決する。
「ただ…………」
街道の周りを見ながら、ボウガは少し考え込んだ。
「なんか、どんどんそういうのが増えてる気がする」
最初の町から出発して結構な道のりを越えてきたが、日が経つにつれて人が多くなり人的問題が発生している。
「王都が近くなってる証拠だ。人も多くなるし、都会だからって品の良い人間ばかりじゃない。色々な場所からくるんだから、まさに玉石混交ってやつだ」
人が集まるのをいいことに、それを狙った犯罪者が紛れ込むことも多い。
「人間に気を付けなきゃいけないって、なんか嫌だな……」
前を見ながらボウガがぽつりと呟く。
「魔物相手にするよりマシじゃねぇの?」
「うん…………そうだろうか……」
ボウガが人前に出るのはあまり得意ではないと、一緒にいる兄妹は何となく察していた。
大勢の人間が行き交う場所や、込み合ったキャンプ場などもボウガは避けようとする。たぶん、そこまで意識してはいないとは思うが、無意識に出ているなら、それは元々の性格からくるものなのだ。
「でも、今夜は次の街で宿を取ろう。ここじゃ、かなり大きな街だし、それなりの宿屋なら泊まれるはずだ」
ここでは少し良い宿屋に泊まろうと話した。前に適当に取った安宿は治安が悪い通りにあることが多く、ちゃんと休めないことがあったからだ。
――――オレは良いけど、チェリはかなり疲れが出ているみたいだ。
「………………」
先ほどからチェリは黙って歩いている。
キャンプ気分は数日で消え、段々と旅の過酷さが見えてきたのだ。
ボウガは立ち止まってチェリの前にしゃがむと、両腕を広げて首を傾げた。
「チェリ、大丈夫? 乗る?」
「…………ー」
チェリは小さくコクンと頷くと、ボウガの首と肩に腕を回してしがみつく。ペそっと完全に体を預けてくるチェリを抱き抱えて立ち上がった。
「アロ。チェリも疲れてるし、夕方前に次の街に行こうと思うけど……」
「了解。じゃ、俺もこっち使うわ」
片手を振って、白い杖こと『ソウルアーム』を出現させる。横に倒したそれに腰掛け、ふわりと宙に浮いた。
ザッザッザッ!!
ボウガが早歩き(普通の人間から見たら駆け足)でチェリを抱えて移動する。それに併せてアロも杖に乗ってついていく。
最近はこの移動方法が当たり前になってきた。
少し前までは二人とも、チェリの歩幅に合わせていたが、思った以上にチェリの体力の消耗が激しくあまり進まない。
そして、アロからも正直に「魔力切れより、体力が尽きる方が厳しい」と言われたので、ボウガがチェリを抱っこして、アロが杖に乗って移動という方法になった。
「……ー……ー」
途中から、チェリの小さな寝息が聞こえてくる。
「チェリ、最初からこれで移動しても良いんだけどな。いつも疲れ切ってからしか、乗ろうとしないし……」
「そりゃあ、俺もチェリも少しは“プライド”ってもんが有るんだからさ。文字通り、お前におんぶにだっこされんのも嫌なんだよ」
「……なるほど」
二人とも平民の生まれであり、貴族とは違い『王族』に実力で選ばれた意地がある。始めから楽をしてはいけないと考え、ボウガへの負担は掛けたくないのが本音だ。
しかし、当のボウガは特に気にしていない。それどころか、二人に頼られるのをいつも待っている。
――――頑張っている二人には申し訳ないけど…………オレはこの状況、ちょっと嬉しいんだよなぁ。
肩から胸にかけて掛かる重みと温かさが心地良い。
初めは申し訳なさそうに抱えられていたチェリだが、今は抱き抱えられている間に眠ってしまうほど安心してくれている。
それにアロも疲れているのに妹の手前、疲労を感じさせないように振舞っていた。そのせいか、時々チェリ以上に顔色が悪くなってしまったこともあった。
――――できれば、二人の意志は尊重したい。でも、せめて王都に……王宮に入る前は無理をしないでほしい。
ボウガは二人にとって『恩人』だと言われているが、記憶を失くしたボウガにとっては二人も『恩人』である。
だから、自分よりも小さな子供が【精霊族】の未来を背負わされるのを見るのは辛い。いくら立場に見合った見返りがあったとしても、望まない結婚までさせられるのは納得がいかない。
「……ー……ー」
――――早く王都へ着いた方が良いのに……このまま旅を続けたいと思ってしまう。
間違っている考えだとは解るが、耳元ですうすうと聞こえてくる寝息をずっと聞いていたくなる。
そんなことを沸沸と考えていたら、隣りで並走しているアロが嬉しそうに前方を指差した。
「お、街が見えてきたぞ!」
「あぁ、もう少しか……」
「思ったより早く着いて良かったよ」
「…………うん」
――――今、考えていたことは言えないなぁ。
今の二人はボウガの『雇い主』になる。彼らの意にそぐわない考えは捨てておかなければ。
それでも少し残念な気持ちで、段々近付く街の門を見ていた。
………………
街に着き、中心部にある少し良い宿に泊まることとなった。この街は大きな市場やギルドなども在り、宿屋も充実していた。
「……やっと落ち着ける〜」
「チェリ、こっちのベッドに寝かせておくよ?」
「んじゃ、シーツで仕切り作っとくか……」
チェリも女の子なので、こちらから見えないようにしておく。アロは兄弟なので気にしないが、さすがにボウガは気になるし、ベッドもなるべく遠ざけてアロに間にいてもらっている。
「お前、やっぱ真面目だよな。婚約者になっても下心とかねぇし。いや、そういう奴だから選んだんだけどさ……」
「うん…………まぁ……」
実はチェリを抱っこしている時が嬉しい……などとは口が裂けても言えない。
やましさを覚え、アロの顔から目を背け窓に目を向けると、この街の市場からメインストリートが見えた。ここは三階の部屋なので、広場全体が見渡せていた。
「………………ん?」
ふと、目の端に引っかかるものがある。
「……アロ、ちょっといい?」
「ん? 何?」
「実は、二人には不安になるかもしれないから言ってなかったんだけど……このふた月近く、オレたちをつけてきてる奴らがいる」
「えっ!?」
「ほら、アレ……」
ボウガが指差したのは、市場からメインストリートに繋がる広場の隅っこ。象徴のように佇む石像の下で、二人の人間が座り込んでいた。
二人はボロ布を巻き付けたような服装で、身体が大きくがっしりしている。
「……何の変哲もない旅人に見えるけど」
こんな小綺麗な街の広場では目立つが、街道ではよく見掛けるベテラン冒険者の風貌だ。
「うん。でも、ずっとついて来ているのはあいつらだ。確か……キャンプ場で『デスハウンド』を倒した時? からかな……」
「そういえば、最初の頃にそんなことあったな……」
あれからふた月近く経っている。
この道中にも色々あったといえばあったので、もうその時のことは遥か彼方の出来事になりつつあった。
…………………………
………………
「う〜ん……」
部屋で荷物を広げ終わると、ボウガが広場にいる二人を見ながら少し考え込んだ。
「オレ、ちょっと行ってくる……」
「騒ぎにならないようにしろよ?」
「わかってる。じゃ、アロたちは部屋から出ないでくれ」
「おう」
タッタッタッ……
廊下を走っていく音を聞いて、アロはため息をついた。
「今度はどんな奴が来たんだか……」
このふた月近く、兄妹を狙ってきた者たちは少なからずいた。
ただの山賊。
ただの変質者。
明らかに誰かから雇われた者。
意外に暗殺者とかが狙ってくるかと思っていたが、兄妹に害を及ぼそうとしたのは“普通の人”であった。
内容としては、町の宿屋に泊まらせないようにしたり、買い物をしている時にわざと体当たりをしてきたり。
依頼主は誰で、資金はどこからくるのか?
色々と気にはなるが、はっきり言って子供の嫌がらせレベルである。そんな人的被害が、王都に近付くにつれて多くなった。
殺そうとしてこないあたり、貴族の暇潰しなのかもしれない。
――――本気で来るなら、潰せたのに……たぶん、指示したのは【精霊族】の『内部』の奴。俺らを遅刻させようとしていたみたいだけど。
アロからしたら、お互いに殺り合うつもりで来るのかと構えていたので、ぬるい奇襲はかなり拍子抜けだった。これでは、指示をした犯人を見つけたとしても大した罪には問えないだろう。
常識外れのボウガのおかげで、三ヶ月以上は掛かると思われた徒歩移動は、このまま順調に行けばひと月も経たずに終わる。
でも、ここでチクチクと繰り返される嫌がらせは、疲れが溜まっている今の時期には地味に効果的であると思った。現に、チェリが疲れてボウガに抱えられる回数が増えている。
「はぁ……【魔神族】の奴らよりムカつくなぁ」
意外にも村に来たハゼロだけで、旅の間に遭遇した【魔神族】の貴族は一人もいない。
ベッドに仰向けに倒れ一息つこうとした時、部屋のドアがノックされてボウガが顔を出す。
「アロ……その……」
「あ? どうしたんだよ?」
ボウガが部屋を出て、まだ5分も経っていない。
部屋に入ってこないので、不審に思ってアロがドアのところまで迎える。
「なんかあった……」
アロが廊下を覗くと、そこにはグッタリとした二人の男が倒れている。
「ごめん。連れてきたんだけど……」
「今すぐ元の場所に捨ててこい」
何故、拾ってきたのか?
「あっ!! しかもコイツら『リザードマン』じゃん!!」
「あぁ、やっぱりトカゲか……そうなると、この人たちって【獣人族】なのか?」
「そうそう。てっ…………そうじゃなく、何でコイツら持ってきたんだ!?」
「それが…………」
………………
ボウガが広場にいる彼らに近付くと、すでに二人はグロッキー状態で倒れていた。
倒れている姿は布に絡まった『オオトカゲ』である。
広場にたくさんの人間はいるが、倒れている二人を誰も気に掛けない。
「……大丈夫か?」
「うぅ…………」
ボウガに声を掛けられ、二人は薄く目を開けた。爬虫類らしい膜のような上下の薄い瞼が、苦しそうにピクピクと痙攣している。
ひとりが目を見開き、ボウガをしっかりと見詰めて頭を動かす。
「あ……」
「…………?」
「あんたのせいだぁぁぁぁぁっっっ!!!! ――――ぐぅっ!?」
急に叫んだトカゲの人は、呻いたかと思うと再び地面に伏した。
「…………オレのせい?」
訳が分からなかったが、倒れている人間を放っておけずに宿屋まで引きずっていった。
………………
「…………という感じで……」
「トドメ刺して捨ててこい」
できれば三階から投げ捨てたい。
未だノビているリザードマン二人を、アロは困ったような目で見詰める。
「お前、これ連れてきてどうするんだよ? リザードマンなんて、何考えてるか分からない人種で有名なんだぞ!」
「人種……」
アロの言葉にボウガはリザードマンの二人を見詰める。
まだこの二人と会話もしていないから、見掛けだけで人柄はまったく判らない。
「起きて話して、この二人に害が無かったら……どうするのが一番良い?」
「え……?」
世の中は【種族】で分けられ、人種である程度の区別がつけられた。
記憶を失っているせいなのか、ボウガは自分でも不思議に思うほど【種族】などに疎い。
自分が【クリア】であるのも、ボウガは時々忘れていることがあった。
「“オレのせい”って言ってたんだけど、何を基準にしたのか聞きたいんだ」
「………………」
“お前が【クリア】のせいだ”
そう言われたように感じたのだ。
「はぁ…………わかった。とりあえず、宿の迷惑になるから部屋に入れる。でも、話したらすぐに追い出すからな!」
「うん」
ブツブツと文句を言いながらも、アロはリザードマンを縄で締めあげた。




