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第25話 旅、仕切り直し

 河原で密かに人助けをして翌日。


「………………よし!」


 崖上から下を監視していたアロが大きく頷く。


「浄化も終わったし、ウロウロしてた役人もいない。やっと移動できる! 改めて、旅の始まりだ!」


 張り切って後ろを振り向くと、ボウガとチェリが食後にお茶を淹れてのんびりと向き合っている。


「……………………」

「アロも飲む? 昨日、チェリが生えていたハーブ見付けたから、オレがそれで作ったお茶だけど……」

「…………飲む」


 ボウガは即席でハーブティーまで作れるらしい。チェリも昨日は寝る前にハーブ摘みをしていたようだ。二人とも、アロの心配を他所にのびのびと過ごしている。


「ーーー♪」

「うん。落ち着く」

「…………あぁ」


 ――――俺も一旦落ち着くか……。


 二人に対する突っ込みを、もらったお茶と共に飲み込む。アロはもう、ちっちゃな事は気にしないように努めた。



 …………………………

 ………………



 時は少し遡って昨日。

 魔物を倒し、崖上に急いで戻った直後。


「あの魔物…………チェリと会った時に、倒したやつだった。『デスハウンド』っていう……」


 ボウガがやや放心気味に話す。


「デスハウンド……聞いたことあるな。俺は初めて見た」


『デスハウンド』

 野生にいる『ダイヤウルフ』という普通の狼が大型になった魔物がいるが、『デスハウンド』はさらにそれを人工的に改良した軍事、訓練用の魔物である。


「はっきり思い出せないけど、オレはあの魔物と何回も戦ったことがある。だから、あっさり倒せたんだと思う……」

「訓練用だな。普通に城の兵士とかでも、実戦練習に使うみたいだけど……」

「オレ、何処にいたんだろうな。探されてもいないなんて……」


 魔物を使ってまで本格的な経験を積ませる場所で、ボウガはきちんと戦闘の訓練を受けている。そうなると、確実にどこかの所属の剣士だということになるだろう。

 もしそれならば、居なくなればそこでは彼を探そうとするのではないか?


「「………………」」


 アロとチェリは、あの『裏』で出されていた手配書を思い出して顔を見合わせる。

 表には出せない、依頼人か搜索人が“訳あり”の手配書。そのことは、二人ともまだボウガには話していない。


「まぁ……とりあえず、あれだ……焦らず、王都へ行って、治療してから考えろ。な?」

「あ……そうか、ごめん。心配させて……オレのことは気にしないようにする」


 チェリにとって、ボウガは記憶喪失のままの方が都合がいい。記憶がなければ、誤魔化しの経歴などは“嘘”にはならないからだ。


 ボウガは二人がその心配をしていると思って、これ以上は記憶を探ろうとはしなかった。


 それよりも、気になることが一つだけあった。


「そうだ。なぁ、アロがいつも出してる……白い杖。あれ、何か凄いものなのか?」


 アロが当たり前のように出していた白い杖。


 アロたちの村でも、隣町でも、杖を出して驚かれることはなかったのに、ここに来てそれを使ったら周りの反応が違った。


「あぁ、アレな。村じゃ当たり前だったし、隣町でもみんな大道芸見てたから、出した時に俺の方を向かなかっただけだ。出すところ見られなきゃ、ただの杖ってだけ……」


 アロが片手を振る。霧の帯のようなものが出て、一瞬にして杖として手に掲げられた。


「稀に人間が生まれつき持ってる【魂の利き手(ソウルアーム)】と呼ばれる魔法の神器だ。俺はこれを4才の頃から使えてる」


 杖を振ると、先端に大きな水球が現れた。


「一応、『精杖オベロン』って名前があるみたいだ。俺はこれがあったから『外部王族』になれたようなもんだ……よっ、と……」


 水球は上から離れて、ボヨンボヨンとシャボン玉のように空中を移動して湖に落ちていく。


「ただこれだけ。俺の特技のひとつってだけで……」

「それ見てみんな驚いてたから、めずらしいのかなって……」

「まぁ、な。今、王族で持ってるのは俺だけじゃねぇかな。これを持ってる奴がいると、そこの団体は()が付くくらいにはな」

「へぇ……」


 アロの説明は淡々としているが、ちょっと照れているように下を向いていた。

 そんなアロの様子にチェリがにっこりとする。


 《兄様、もっと自慢しても良いと思いますよ? 『ソウルアーム』持ちは、本当に凄いし珍しいのですから》

「べ、別に凄くねぇよ! 他にも、王族じゃなくても持ってる奴なんて、探せばいくらでもいるだろうし!」


 聞けば『ソウルアーム』を持っている人間には、【種族】や身分は関係ないという。


 魔法の道具だからといって、必ずしも魔法が得意な者が持つとも限らない。

 それでも『ソウルアーム』を持っている者は、魔法に関連する攻撃や防御、察知能力などに長けているのが多いという。


「良いなぁ。生まれつきなら、後から持つのは不可能なのかな?」

「そうだな。だいたい、持ってるのが判るのは10才以下の子供の頃らしい」

「そっか……残念」

「何だよ? お前、魔法に興味あるのか?」

「興味…………うん、二人を見てたら、魔法って便利だなぁって思ったから」

「お前が魔法まで使えたら、俺たち立場ない……」

「そう?」

「…………まぁ、良いけどさ」


 たぶん、ボウガ自身は魔法は使えないだろうと思っている。しかしここ数日の間、この兄妹が使っているものを理解したいと考えるようにはなった。


「そうだな、使えなくても勉強する分には楽しいかもな。だったら王都に着いたら『図書館』に連れてってやるよ。俺たちも【盟友の祭典】が始まる前に、そこに行こうと思ってたし」


「図書館?」


「ああ、国で……というか、世界で一番デカい『図書館』だ。【魔神族(ジーニー)】の国でも、あそこまで大きい施設はそうそうないはずだ!」


 珍しくアロが素直にキラキラした目で語るので、王都へ行く楽しみが一つ増えたようで嬉しかった。


「他には、王都には何があるんだ?」

「んー、他にもあるけどやっぱり……」



 する事がないので、この日はずっと話をしていた。

 もう一晩、ここで野営をする羽目にはなったが、まだ旅の始まりだったので焦る必要はなかった。





 …………………………

 ………………




 そして現在。

 目立たないように崖から降りて、正規の旅のルートである街道をひたすら徒歩で移動している。

 周りには、ボウガたちと同じように歩く他の旅人が何組もいた。



 本当は町で乗り合い馬車を使いたかったが、やはり【祭典】に向かう者たちでどの便も満員になってしまった。


 しかし昨日のことを憶えている者もいることを考え、数日の間は徒歩と野営の繰り返しにした方が良いと考えた。




「……はぁ、次までけっこう歩くのな」


 地図を広げながら、アロはため息混じりで街道を指でなぞる。


 この大きな街道は安全ではあるが、王都への最短ルートではない。

 旅の玄人ともなれば、ここから外れて山道や草原を突き抜け、別の街道を見付けて歩くこともできる。


「徒歩なら別の小さな街道を行く手もあったけど……素人は迷子になるのが()()だからなぁ」


 旅慣れない者は素直に基本的な道を辿るのが妥当である。大きな街道であれば、何かあった時に助けてもらえる場合が多い。


 対して、ギリギリ地図に載るくらいの小さな街道は、地元の人間が短縮のために引いた道だ。上手く使えば直線距離で行けるが、かなりの悪路だったり、盗賊が出たりと安全面に欠ける。

 目的地に着くまでに野垂れ死んでは話にならない。


「山越えたら良いかなぁって、思ったりもしたけど…………」


 チラリと、街道から見える山々を見るボウガ。


「絶対にやめろ。俺とチェリを殺す気か?」

「ごめん……」


 割と真剣に怒られたので、もうその考えは棄てようと思った。考えの無いショートカットは危険である。


「こういう時、『ガイド』を付けてると楽なんだけど…………この近くのギルドには、登録されてる『ガイド』がいないんだよなぁ」

「ガイド……? 町の案内?」

「いや違う。本格的な徒歩移動が多い旅人が付ける『ガイド』だ」


 ここで言う『ガイド』とは、主に旅人に雇われた『冒険者』を指す。しかし普通の冒険者とは違い、戦闘面を重視するのではなく、旅の間の生活に関する補佐や雑用を担う者となっている。


 補佐をする『ガイド』は街道を熟知し、最短のルートを割り出したり、到着した町での宿の確保、乗り合い馬車の確保など、安全に徒歩の旅を楽しみたい人間にはかなり重宝する。

 旅の『コンシェルジュ』だと評される者もいるくらいだ。


「この職業は魔法を使わない【精霊族(スプライト)】の人種が多いな。『ドワーフ』とか『レプラホーン』とか……」


精霊族(スプライト)】は五感に優れ、器用な人種が多い。


「途中のギルドで『ガイド』を付ければ?」


「バーカ。それなりに『ガイド』は費用が掛かるんだよ。付けるのは商人とか、貴族とかになる。逆に、それを連れて歩いている奴を見掛けたら、俺たちは離れた方がいい。そいつを目印にするんだ」


「なるほど……」

「変なところで絡まれたりしたくないしな」


 王都へ着くまで、アロたちは他に【祭典】に行く貴族などには極力会いたくない。

 特に同じ街道を行くような貧乏貴族は、アロたちが『王族』だと気付いたりすれば、何とか縁を結ぼうなどと面倒臭いことになりかねないからだ。


「『平民』だから取り入りやすいとか、そんな事ばっかり考える奴らだ。魔物より怖ぇよ」


 《魔物はボウガが倒してくれますけど、貴族は物理的には倒せませんものね……》


「物理的には……マズいな」


 にっこりと怖いことを言うチェリに、やっぱりアロの妹なのだとボウガは思ってしまった。




 …………………………

 ………………




 三人がほのぼのと街道を進んでいらその背後、数十メートル離れた所で三人を見詰める二つの影があった。


 二人とも大柄で、がっちりとした身体に布を巻き付けたような服装をしている。頭はボウガたちと同じように、フード付きのマントで隠していた。


「おい、兄弟。アイツ……本当にこの『手配書』の奴なのか?」

「ほんとですぜ! 昨日、河原で『デスハウンド』をたたっ斬ってた奴です!! チラッと見えた顔の傷の位置が一緒でしたよ!」


 二人は懐からガサガサと紙の束を取り出す。その一番上にあったのは、アロたちがギルドマスターから渡された、ボウガの似顔絵が描かれた『裏の依頼書』があった。



「ふっふっふっ……このまま跡を付けて、油断したところを―――」


 ガラガラガラガラッ!!

 ばきゃあああんっ!!


「ごべらぁああああっっっ!?」

「兄貴ぃぃぃぃぃっ!!」


 影の一つが、後ろから来た乗り合い馬車の縁に当たって弾き飛ばされ、地面にバウンドして茂みに頭から突っ込んだ。


「バッキャロー!! 街道の真ん中で突っ立ってんじゃねぇーーー!!」


 6頭の二本の角が生えた馬が引く大型の馬車が、凄い勢いで街道を駆け抜ける。



 少し前を歩いていたボウガたちも、道の端に寄って爆走する馬車を見送った。


「危ねぇなぁ。この辺の乗り合い馬車は、荒くれ者がやってることもあるから嫌なんだよ……」

「…………なんか、今あっちで何か轢かれた気がするんだけど」

「ん? なんか居たか? 何も見えねぇけど……」


 砂煙が残る街道には、特に倒れている人間は見えない。


「馬車にまともに轢かれたら、誰か騒いでるはずだ。大丈夫だったんじゃねぇの?」

「そうかな……」

「ーーー?」

「いや、見に行くほどでもないか……」


 街道は静かだ。道の脇を見ている旅人は見掛けるが、誰も声をあげていないので無事だったのだろう。


「ほら、行くぞ。道中気にして助けてたらキリがない!」

「うん」

「ー♪」


 背後が気になったボウガだが、特に何も無いなら良いかと前を向いて歩き始めた。




 そんな彼らの後方。

 先ほど馬車に轢き飛ばされ、茂みに突っ込んだ人物はもう一人に引き起こされていた。


「痛てて…………さすがに、『バイコーン』の直撃はキツ過ぎる……」

「兄貴、大丈夫ですか?」


 むくりと起き上がった一人のフードは枝に引っかかって破れていた。もう一人も、茂みをかき分ける際にフードが取れている。


 そこにあったのは、鱗に覆われた『オオトカゲ』の頭であった。


「ふふん、おれたちにゃ、あれくらいの轢き逃げなんて、そよ風に吹かれたようなもんよ!」

「さすが兄貴!」


 ゲラゲラと元気な笑い声が響く。


「うわ……『リザードマン』だよ。馬車に轢かれたのに元気なもんだなぁ」

「目ぇ合わせるな。リザードマンとオークには関わるとしつこくされるぞ……」


 街道の脇で盛り上がる二人を見た他の旅人は、ヒソヒソと話しながらも知らんぷりを決め込んでいる。


 どうやら『リザードマン』は丈夫だが、人種としてはあまり好まれていないようだ。


「さ、仕切り直しだ! うん、ゴホンッ! ふっ……このまま、傷の男をつけて行って油断したところを捕まえる!」

「ですね! こんな大金掛かっている奴、ろくなもんじゃあねぇです!!」


『依頼書』の下を見ると、元の金額にバツがつけられ、より高額に訂正されている。


「「アッハッハ!!」」


 二人の『リザードマン』は顔を見合せてわらうが、他の者たちには爬虫類の表情はあまり変化が無く不気味に見えてしまっていた。





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