第23話 兄妹の距離感
チチチ……パチャパチャ……!
早朝。
湖の端っこで元気な小鳥が水と戯れている。
「ふぁ……もう朝……」
アロが目を覚ますと布張りのテントの中が薄ら明るく、すぐ隣に寝ていたはずの妹の姿はない。それを見てアロはハッとする。
「っ! 寝過ぎた……!?」
ガバァッ! 飛び起きて横に置いていた着替えを手に取った。
昨晩はボウガが夜の見張りを買って出てくれたので、朝は夜明け前に起きて朝食の準備などをするつもりだったのだ。
旅の道中、一人の仲間だけに負担を掛けてはならない。
いや、正直に言うと“旅初めてだし、楽しそうだから色々とやりたい!”という、好奇心が大部分を占めていたりする。まだまだキャンプ気分である。
“俺も火起こしとかやりたい!!”と叫びたい衝動を抑え、静かにテントの裾をめくる。
目に入ったのは、外ではボウガとチェリがいて、ちょうど今から朝食の準備をしようとしているところだった。
「チェリ、まだ早いから寝てても良かったのに」
「ーー、ーーー!」
チェリはボウガの言葉に首を振って、水を汲みに行こうとしている。
張り切って準備に加わろうとする様子に、初めての旅に高揚して早めに起きたのだと推測できた。
「ーー……ーーー?」
「あ、いいよ。これはオレがやるから、チェリはこっちをお願いしていい?」
「ーーー♪」
今度はチェリが慣れない手つきで、薪に火を点けようとしている。だが、家でやっていたものとは勝手が違い、上手くできずにボウガに代ってもらう。
交代することに残念そうだったが、ボウガが作業を始めると嬉しそうに眺めていた。
アロはその光景を見ながら、そっとテントの中に戻った。
――――これ、俺が入る余地ある?
二人での作業は、実に楽しそうに見えた。
それこそ、本当に『婚約者』同士が仲良く家事をやっているような。傍から見たら、絶対に邪魔をしてはいけない空間である。
ここで自分が出ていくのは無粋であると判断する。アロは空気が読める少年だ。
「まぁ……仲良くしろ、とは言ったけどさ」
妹が兄離れしたことは喜ばしいことだが、旅を初めてまだ二日目なので少し寂しい。
たぶん、このまま出ていかなければ、二人は出来上がるまでアロを呼びには来ない。気付かないのではなく、気を遣って起こしに来ないと思われる。あの二人がそういう性格なのは、充分解っているつもりだ。
「……けっこう似た者同士で、お似合いだと思うけどな」
天井に向かってぽつりと呟いて苦笑いをした。
村にいた時から感じていたが、妹のチェリはボウガのことが好きだ。おそらく、出会った時から。
でもそれは当たり前。命の恩人であり、何かあればすぐに助けに入ってくる。あの頼りになる青年は、年頃の女の子にとってよほど好ましく見えていることだろう。
最初は子供扱いされていたが、それはそのうち変わるだろうと思って気にしてはいない。
――――……本当に『婚約』するなら、俺は協力するつもりだ。
今回の【盟友の祭典】でチェリが『景品』になることは、ハゼロの言動からほぼ間違いないだろう。このまま、意に介さない結婚をさせられるより、正体の分からない奴でも妹が気に入った相手と一緒になる方がいい。
“運命じゃないかと思った”
記憶喪失という不可抗力はあったが、妹にとってこれ以上ない相手が向こうからやって来たのだ。
出会い方からしても、信仰が厚く、世の中の偶然を必然と考える者が多い【精霊族】の若者層には好ましい話だ。
例えば、この二人の話を思いっきり美化して語って、他の王子王女を味方につけることも可能であるくらいに。
「…………俺から話すのは嫌だけどな」
やっぱり、兄としては複雑な気分だ。
テントから出ることもできずに静かに聞き耳を立てていると、チェリとボウガの楽しそうな会話は続いた。
しばらくすると、アロを起こすかどうかという内容が聞こえたが、食事ができたら起こそうと二人が気を遣っている会話が聞こえてしまう。さっきの予想通りである。
「起こしに来るまで寝てよ……」
面映ゆいような気分で、テントの中でころりと転がった。もちろん、二度寝などできずにボーッと外の音を聞くだけだ。
だいぶ明るくなってきたので、外からは自分たち以外の旅人たちの朝の準備をする物音も聞こえてくる。
お互いに出発前の平和な時間。
そのはずだった。
「きゃあああ……!!」
「わぁあああっ……」
遠くから大勢の叫び声が重なった。
「な、何だ!! 今の声っ!?」
アロは再び飛び起き、今度は大声を出しながらテントを捲る。
「アロ! 河原、なんか様子がおかしい……!」
「っ……!!」
崖下を覗き込んでいた二人の横から、アロも確認しようと身を乗り出す。
「何だ? 怪我人……いや、病人か?」
河原のあちこちで、バタバタと人が倒れていくのが見えた。そして、その数は段々と増えていく。
何が起こっているのか分からず、三人はその光景を見守るしかない。
「訳が分からないけど、ヤバいことだけは解る……」
「ーーー、ーーー?」
「あ……あぁ、オレはなんとも……アロは?」
「……たぶん、俺らは大丈夫だと思う」
問題は下の河原で起きている。上流にいる自分たちはなんともないことに、三人は首を傾げて困惑した。
「原因は何だ……?」
倒れている人間を見ると、喉を掻き激しくのたうち回る者、倒れる直前に嘔吐する者、腹を抑えてうずくまる者などがいる。
「喉とか腹…………何かを“飲み込んだ”とか?」
こんなバラバラに来た旅人たちが、同じものを口にするとしたならば…………
「《「水……?」》」
揃ってそう呟いて、三人は人々から川の方へと視線を移す。上から見ていると、込み合った河原よりも川の全容がはっきりと判る。
一見、川の水は何ともないように見えた。
この川は滝から、滝はボウガたちがいる崖上の湖から流れている。湖の水には何の変化もなく、やはり原因は崖下からになるだろう。
「ーーっ!?」
チェリが何かを見付けて、ボウガの袖を引っ張った。指差した先にあるのは滝つぼである。
「何か、あるのか……?」
アロもボウガも、滝つぼの方に視線を向けてじっと見詰めた。
「…………あれ?」
滝つぼの水飛沫の中、一瞬だけ一部の水の色が変わった。川の色に紛れ切れない『濃い赤色』だ。
滝の勢いでそれはすぐに散らされるが、明らかに何か色水のようなものが滝つぼの底から上がってきていたのだ。
「滝つぼの中に何かあるな……あれが原因か? 毒でも紛れた?」
何かは判らないが、水に混ざってすぐに害のあるものだ。すぐに取り除いて川の浄化をしなければ被害が広がる。
「取り除いた方がいいよな」
「待て。お前が行く必要はない」
まるで、当たり前のようにボウガが立ち上がって下へ向かおうとしていた。アロはすぐにボウガの服を掴んで止める。
「でも……」
「一応言っておくが、俺たちは慈善活動の旅をしている訳じゃない。あそこにいる奴らと、町にいるキャンプ場の管理者が対処すべき事案だ」
数日一緒にいて分かってはいたが、ボウガはかなりのお人好しだ。困っている人間がいたら、考えもなしに駆け寄っていく。
「川に何かあるにしても、あの人たちを助けるにしても、具体的にどう助けるのか? お前、それ考えて行こうとしているのか?」
「あ…………」
案の定、何も考えずに飛び出すところだった。
「川に何が入っているかの確認。倒れた奴の介抱、体調の状況分析と回復方法。お前、どれを手伝おうとした?」
たぶん、ボウガが手伝えるのは川を調べることと、人を抱えて運ぶくらいだろう。
そう言った後、アロはもう一度河原の様子を確認する。
「ちっ……誰もオロオロしてて動いてねぇし。回復術師くらいいないのか?」
河原では倒れた人間を運んで介抱している者もいるが、ほとんどパニックになって動けていない。
どうやら、このキャンプ場にいる者たちは旅の初心者が多く、根っからの技術持ちの冒険者ではない普通の人間ばかりのようだ。
《……あの、兄様?》
「うん?」
《私の解毒の魔法なら、助けられると思います…………その間に川の原因を取り除いては?》
「………………」
お人好しの身内である妹も、この状況に見て見ぬふりはできないようだ。
そして、自分が病人を助ける間に、川の状況を調べて解決しろと言っている。それは自分だけではなく、アロやボウガが協力するのも入っていた。
「一人……助けるだけじゃ済まされなくなるぞ。解毒の魔法は、外傷を治す魔法より魔力の消費がキツい」
《かまいません。見てるだけは嫌です》
「俺らの負担だってあるんだぞ?」
《ごめんなさい。お願いいたします》
「はぁ……ったく……」
謝りながらもキッパリと言い放つ妹に、アロはため息をつきつつ苦笑いをした。こうなることは、だいたいの予想がついたからだ。
善行を優先する未来の女王の言うことには逆らえない。
「もう一日、ここでキャンプする羽目になるな。ほら、行くぞ二人とも。顔見えないよう、フードだけは被ってくれ!」
本当ならば、すぐにこの場を立ち去りたい。
その気持ちを吐露する暇もなく、アロは杖を出してチェリに掴んでいるように言う。ボウガは一人でも崖を下れるので先に行ってもらった。
アロは崖の淵に立ち、杖を浮かせる前にチェリの方を向いた。
「チェリ、もう一度言う。俺たちは慈善活動はしていない。それでも今回、助けられれば感謝されるだろうけど、助けられなかった場合は非難される。それが少しでも嫌だと思ったら、次は助けないからな?」
《わかりました。今回、誰も取りこぼしたりしません》
「強情なことを言う」
思わずニヤリとしてから握り締めていた杖を浮かせ、チェリと一緒に崖の先へ思いっきり蹴り出す。落下速度を利用して、一気に森を飛び越えて河原の入り口へと着地した。杖をすぐに仕舞って移動する。
ちょうど走ってきたボウガに追い付き、三人は河原へと向かった。
「うわっ……」
上から見ていた以上に、周辺の状況は悲惨なものだった。
《兄様……》
「とりあえず、一人に試してみろ」
《はい!》
チェリの魔法が効くかどうか、こればっかりはやってみるしかない。
「し、しっかり!」
「うぅ……ゲホッ!!」
すぐ近くで蹲っているエルフの男性がいたので、早速チェリが駆け寄って額に手を当ててみた。連れの女性は一瞬驚いたが、チェリの顔を見て目を潤ませる。
「ーー、ーーー!」
「助けてくれるの……?」
「ーー!」
チェリの手からすぅっと淡い赤色の光が発現する。
「う…………はぁ……」
苦しそうにしていた男性の顔が、徐々に穏やかになったので解毒の魔法が効いているようだ。
《兄様! これなら、できそうです……!》
「よし、次々連れてくるから準備しとけ! ボウガ! 周りに声掛けて、病人をここまで連れてこい!!」
「わかった!」
ここからは早かった。
当たりを困ってウロウロしていた旅人たちに声を掛け、川から遠ざけた後に倒れた人間をチェリの方へと運ぶ。
原因が川だとわかった他の旅人に、町へ行って管理者を呼んで来るようにも伝えた。
「いいか、川の水から離れろ!! あと、浄化できる奴!! 特に『土』と『水』のエルフはいるかっ!?」
「あ、あたし出来ます! 土です!」
「俺は水です!」
「私も浄化ならできる!」
「よし! 病人はあっちに任せて原因の除去と川の浄化!! 被害を最小に食い止める!!」
「「「はいっ!!」」」
アロの呼び掛けに、次々に大人のエルフたちが応える。そこに違和感などは無く、まるで元からひとつの団体のようにさえ見えた。
…………………………
………………
「…………アロは凄いな」
チェリの近くに人を運びながら、ボウガは一個師団のようになったエルフたちを見て小さく感嘆の声をあげた。
さすが、平民から王族の身分を与えられただけはある。子供の頃からこんな逸材ぶりを発揮しているのだから。
《はい。兄様は凄いんです》
チェリは会話をしながらも、負担の大きいという解毒の魔法を掛けた。ボウガからしたら、チェリもその辺の大人エルフよりも凄いと感じている。
しかし、チェリはテキパキと大人たちを動かしているアロを少し悲しそうな顔をして見ていた。
《本当は、兄様が『王』を目指した方が良いとは思うのですけど……》
そう言った後、
《……私だって『王』を譲る気はありません》
小さく呟いて休まずに治療を続けた。




