第22話 『なんか』の活用法
日が傾きかけた午後。
街道沿いの町の入口で、ボウガと兄妹は馬車から降りた。
一応、王子王女とその護衛である彼らは、フード付きのマントを羽織って頭を隠す。ボウガが【クリア】ということもあり、極力トラブルは避けて通りたい。
「無事到着! いやー、背中痛ぇーっ!!」
「うん……ちょっと疲れた……」
「ーー……」
半日以上馬車に揺られて移動したので、降りた途端に身体がギシギシという。
「お疲れさん。今日はもう早々に寝床を決めた方がいい。兄ちゃんたちも気を付けてな!」
「はい! ありがとうございました!」
御者の男性は笑いながら手を振って馬車を発車させた。
そのまま町の奥へと進む馬車を見送る時に、町の大通りを見るとかなりの旅人でごった返しているのがわかる。
「やっぱり、町の宿は無理そうだ……」
「もう、今日は潔く野営だな。あっちに水場があるんだって」
通りの入り口にある大きな立て看板に『こちら、キャンプ場あり』と矢印が描いてあった。三人は迷わず、町の隣りにあるキャンプ場へと行くことにする。
「まぁ、予定通りというか、初っ端からかぁって気分というか……」
「しょうがない。あ……チェリは大丈夫か?」
「ーーー!」
ボウガが尋ねるとチェリは元気良く頷く。意外にも、チェリはこの状況を悲観していないようだ。
…………………………
………………
案内板が示した通り歩き、着いた場所は滝がある河原だった。
山からの水が滝を造り、町まで大きな川が流れている。
「…………マジか…………」
「「………………」」
河原なのに小石の地面が見えずに、びっしりと色々な形の屋根ばかりが目に付く。
キャンプ場となる河原にはたくさんのテントやら敷物やらが設置され、すでにめぼしい場所は占拠されているようだ。
あちこちで焚き火が見えて、川では人が多くてキレイな水を組むのも大変そう。
隣接するテントでは敷地の使い方で揉め事まで起きているのも確認されていた。
はっきり言って、町の中と同じくらいに密集し過ぎな気がする。
「全員……旅の人達?」
「これは、寂しくはないけど…………さすがに落ち着かねぇな」
「……ーー」
ここで寝られるわけがないと、旅の初心者の兄妹は不安しかない。ましてや、こんなところではトラブルに巻き込まれるのが目に見えるようだ。
三人の近くを歩く旅人の会話も、
「なんか今年は異様に旅人が多いなぁ?」
「あぁ、今年は『祭り』に行く奴がいるからさ。みんな同じ所へ行くし、道中はずっと混んでると思うぜ」
などという声が聞こえてくる。
――――ここから王都まで続くのか? こんなに混むなんて……【盟友の祭典】を甘く見てたな。
ボウガもあまりの混み具合に呆れそうになっていた時、気持ち悪さに加えてゾクッと背中に悪寒が走った。
人のざわめきが雑音に聞こえ、わらわらと歩く人混みの【種族】は曖昧になり、全部が同じように見えてきてしまう。見ていると目眩を起こしそうになった。
――――ここにいるのは、良くない気がする。一刻も早く離れたい。
「二人とも、ここ以外に移動は?」
突然、そんな気持ちでいっぱいになって、二人にここから離れることを提案するが……
「もう夕方だし、町の外へ移動するには遅い。俺は良いけど、チェリには危険だと思う……」
日没が迫っている。町の中へ入っても宿がないなら同じことだ。
「「………………」」
野営の準備をする前に、兄妹は完全に動きを止めて考え込んでしまう。
しかしその横で、ボウガは滝の上の方をジッと見詰めていた。
「なぁ、アロ……」
「なんだ?」
「アロが持ってる白い杖……空、飛べたよな?」
「飛べるっていうか……地面から少し浮くくらいだけど……」
「この滝の上に昇れたり……する?」
「へ……?」
「こっち」
ボウガが川から離れて森を指差し入って行く。森にはあまり人がおらず、河原とは違って静かであった。
「ここ、滝の横になるんだけど……」
滝の片側の崖を辿って行くと、ゴツゴツとした岩の壁になっている。高さはゆうに15メートルくらい。
「…………まさか」
「たぶん、滝の上は空いてる」
嫌な予感にアロが上を向くと、ボウガは当たり前のように頷いた。
「無理っ!! ロッククライミング無理っ!!」
「ーーーーっ!!」
アロの声に重なるように、チェリも《無茶ですっ!!》と悲鳴のような心の声をあげる。
しかしボウガは、それでも滝の上を見続けていた。
「たぶん、行けると思うよ。チェリはオレが抱えるから……」
「いやいやいやいや!! 荷物もあるんだぞ!?」
「大丈夫、いける」
「なんで、そんなに強引なんだよお前!?」
「よいしょ……」
「ーーっ!?」
抗議するアロを無視するように、チェリの前に立つボウガ。
自分の荷物の上に、さらに荷物を持ったチェリをヒョイっと持ち上げる。あまり状況が解ってないチェリは、目が点になったような表情をしている。
「掴まってて」
「ーーーーっっっ!?」
ガッ!! と一歩目で手足を岩に引っ掛けた瞬間、二歩目が頭より高い位置へと跳んだ。
「えぇええええっ!?」
アロが驚愕して見上げる中、ジグザグに跳びながら上に登っていく。二人が見えなくなったのは七歩目のことだった。
ボウガの脚力は腕力同様に半端なかった。
「…………………………」
アロがポカンと滝の上を見ていると、しゅるっと先が輪っかになったロープが目の前に投げられて、同時に上から声が聞こえた。
「杖出して、それを取れないように引っ掛けて」
「え、あ、あぁ!」
よく分からずに、白い杖を出して先端にロープを括りつける。杖に掴まって浮いてみたが、だいたい2メートルいかないくらいの高さだ。
「浮いてる?」
「まぁ一応……でもこれ以上は……」
頭上から声がしたので、自信なさげに答えた。
「そのまま。手、離さないでくれ」
「へ? っっっ!?」
急に、ぐぃんっ!! と杖ごとアロの身体が動いた。
「ぎゃああああっっっ!?」
スポーーーーーーンッ
次の瞬間には上空へと投げ出され、今まで居た森が眼下に見える。
空中でロープが伸びきると、今度は下降し始めた。
「………………………………」
フワリ、フワリ…………杖がアロを乗せて、ゆっくりと地面に降りてくる。浮力がついていたので、まるでわた毛が落ちるように静かに地面に降り立つ。
アロが着いた先、開けた視界にはロープの端を持ったボウガと、ちょっと放心気味で座っているチェリが見えた。
ぽす……ペタリ。
チェリの隣りにアロも座り込む。
「「……………………」」
兄妹は黙って辺りを見た。
ここは滝の上で、大きな湖が目の前にある。
湖よりもさらに上流からの流れは、もっと高い岩山から来ているのだと理解できた。
崖の上はかなり広く、ここには誰も居ない。
当たり前だ。休憩するのにわざわざ崖を登る者はいないだろう。
「うん、登れた。浮いてるから、引っ張るのが簡単だと思ったんだ」
少し満足気にしているボウガを、アロは座ったまま見上げる。正直に言うと、腰が抜けて動けないのだ。
「………………に……」
「え?」
「二度とやるなぁあああああっーーー!!」
アロの絶叫が滝の上で響いた。
…………………………
………………
「なんで急に!? なんで崖なんて登ろうと思った!?」
「いや、下が混んでるなら上が良いかなって…………チェリも軽いし、これならいけると……」
「だから!! 崖を登れると確信した理由と、この方法でやろうと決めた根拠を話せっ!! 一本釣りされる魚の気分を味わったぞ俺はっ!! チェリなんて、恐怖で固まってるしっ!!」
しばらくカクカクとしていたが、やっと立ち上がったアロはボウガに向けて強めに文句を言う。
チェリは座ったまま、荷物の入ったカバンをぎゅうっと抱き締めていた。泣いてはいないが目を見開いて遠くを見詰め、口元が薄く笑っている。人間は本当に怖いと笑うらしい。
「その……なんか、何となくできそうだと思っただけで、ちゃんとした理由はないんだ……」
ボウガは申し訳なさそうに、ポリポリと頭をかいて困った顔をする。
「ごめん…………でも、あそこにあれ以上居たくなくて」
不安そうにボウガが崖下を覗いた。アロとチェリも恐る恐る覗くと、滝から河原にはテントやたくさんの人々が見える。
それを眺めて、アロがぐぅっと眉間にシワを寄せた。
正直に言うと、アロとチェリもあの中で一晩過ごすのは嫌であったからだ。
「……そりゃ、俺たちも嫌だったけど」
「人が一箇所に集まり過ぎてる……こういうのは良くないな……って」
「ん?」
ボウガの言い方にアロは眉をひそめた。
「良くないって?」
「え? いや、わからないけど……たぶん」
「………………」
もう一度、三人で滝下を覗いてみたが、人がごちゃごちゃしているだけで特段変わった様子はない。ただの赤の他人で、旅人たちの寄せ集めだ。
「ま、いっか……穴場を見つけただけだ。次は俺たちに説明してから動いて、勝手に無茶すんなよ」
「うん。ごめん……」
「ーーー、ーー?」
「いや大丈夫、オレは何ともない。そっか……怖い思いさせて、本当にごめん……」
「ーーー」
逆にチェリに心配され、ボウガは自分のやったことが普通ではなかったことに気付く。
「人も来ないし川の上だから水がキレイだな。ここは結果オーライか……」
手で澄んだ湖の水を掬う。『水のエルフ』であるアロにとっては、これだけは不満が無いようだ。
「まったく、普通はこんなに高い崖を跳んで登れるとは思わねぇーぞ」
しかし、やっぱりボウガの奇行が気になる。
「なんか、やれる気がしたんだ。この高さは初めてじゃない気がして……」
「お前、もしかして山育ちかもな。カモシカみたいなことできるんだし」
「そっか。山育ちだとできるのか」
「バーカ。適当に言ったの真に受けるな」
半ば自棄になって呟いたが、ボウガが素直に頷いているので少し呆れてしまった。
「とにかく、野営の準備だな……え〜と……」
やっと使えるハンドブックを広げ、アロは最初にやることを確認する。
「野営の準備……」
アロとは別に、ボウガは湖や生えている木の方を見回す。
「最初にテント設営……水の確保、焚き火の用意……」
アロが嬉しそうに本を広げているので、チェリが後ろからそれを覗いた。その時、
トントントン……ガラガラ……パチパチ……
「ー……?」
本を読む兄妹の後ろで音がするので、チェリは思わず振り返った。
「あ、釣りとかして……」
「………………」
くい、くい、くい……
「ん? 何?」
「ー、ーー」
チェリがアロの服の裾を引っ張っているので、アロも後ろを振り返る。
「「……………………」」
背後では、いつの間にかテントが張られ、焚き火には水の入った鍋と、その周りにはすでに釣られた魚が準備されていた。アロが本を広げたほんの数分の出来事である。
「あ、準備してみたけど」
「……息吸うように野営するな」
アロの理不尽な突っ込みに、ボウガは一瞬固まった。
「お前、本当に記憶喪失か?」
「ごめん、なんかできると思って……」
「無意識に出る、お前の『なんか』が万能過ぎて怖い」
旅を始めて、まだ一日も経っていない。
改めて、アロとチェリはボウガの『なんか』に助けられて困惑していた。
だが、これが良かったらしい。崖上の三人は河原の鬱陶しさとは無縁となり、朝までゆっくり休むことができた。
だから、崖上の三人は何も気付かなかったのだ。
夜も更けて、日付けもとっくに変わった頃。
さすがに深夜ともなれば、滝の付近の河原ではほとんどの者がテントに入り、見張りもまばらである。
変に大勢が寝泊まりしているので、同じ旅人同士としての助け合いもできている者も多い。
そのせいか、完全に夜間の魔物や野生動物への警戒が薄れていた。
「………………」
小さな篝火が点々とする中、川の暗がりへ一人歩く人影がある。
たかが一人。滝の近くへ歩いて行っても気にする者はいない。
しかし、その者は河原の小石を踏んで歩いても、まったくと言っていいほどに足音がなかった。
ちゃぷ……
その人影は滝つぼの近くに座り込んで、片手を水に漬けている。一見すると、水を飲みにきたか、顔を洗いにきたかというところだ。
しばらくすると、その人影は立ち上がって静かに走り去る。
その方向は誰もいない森の中だったため、河原の旅人たちは誰一人として気にもとめていなかった。




