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第21話 仮定と出発

 村に【魔神族(ジーニー)】の貴族が押し掛け、ボウガがチェリの『婚約者』となった翌々日。


 昼前に隣町のギルドから人数分の旅の一式が届き、三人が村を経つのは次の日の早朝と決まった。




 ……………………

 ………………



 そして早朝。

 もう少しで夜が明け始める時間。


「お前の準備は…………あ、とっくに終わってたか」


 アロがボウガの部屋を訪れると、すでに荷物は綺麗にまとめてベッド脇に揃えてあった。


 かなり時間に余裕があったのか、ベッドに腰掛け地図を広げて見ていたところだ。


「あ、おはよう。もう、そろそろ時間だな」

「おはよ。お前、元から旅支度してたようなもんだしな」

「うん。ここに来てから、ギルドに頼んだ物以外には増えてないから」

「そうなんだよな。おかげで、荷物の注文も少なかったし……」


 三人分の旅の用意を注文したが、ボウガの分はほとんど買い足してはいない。せいぜい、替えの衣服と消耗品、三人で使う共用物くらいだ。


「マスターが言うには、お前の旅の荷物ってほぼ新品に近かったってな。使い込んでいたのは剣やナイフくらいで、他の使用頻度は一、二度だろうって…………意外に初心者か?」

「う〜ん……どうだろう?」


 旅人だったのかも思い出せないので、自分が素人か玄人なのかわからない。荷物自体、愛着があるかと思えば特に無い。


「そういえば、二人は旅は初めてじゃないよな? 五年前に王都へ行った……って……」

「いいや。あの時はまだ小さかったし、ちょうど大規模な商団の馬車に乗せてもらえたんだ。俺たちはただ、大きな馬車に乗ってるだけだったな。だから、実は初心者同然だ」


 運が良いことに、五年前は往復で同じ馬車に乗せてもらえたという。


 ――――それで、マスターはガイドブックを置いていったのか……。


 アロは荷物が届いてから、一緒に渡されたハンドサイズの本をずっと熟読している。

 この本は旅の初心者向けに書かれたガイドブックで、ギルドマスターがオマケで付けてくれたものだ。


「ま、わかんねぇことあれば、俺が色々と覚えたから頼れよ!」

「うん。頼りにしてる」


 本でかなり予習したのだろう。ほぼ初心者なのに、アロは自信に満ちた表情を浮かべていた。


 アロは根っからの“お兄ちゃん気質”である。

 例え年上であろうとも、分からない人間には教えなければならない気になっている。


「チェリも、もう出られるかな。明るくなってから出発するつもりだけど……」


 先ほどよりも、もっと空は白み始めていた。


 アロが部屋から顔を出して廊下を見ると、奥の部屋からぴょこっとチェリが顔を出した。


「おぅ、チェリおはよう」

「ー、ーー!」

「うん、おはよう」


 チェリがにっこりと笑い、元気良く二人に挨拶をする。

 ボウガがそれをほっこりして眺めていると、チェリから離れた後ろで元気の無さそうなエペの姿が見えた。

 ボウガと目が合うと、エペは寂しそうに笑う。


 ――――あの人は、この二人を親代わりに育てていたんだよな。そりゃ、別れは辛いだろうなぁ。


 家の前で大きな街道まで送ってくれるという村人を待ちながら、ボウガはぼんやりとこの間のことを思い出していた。


 チェリと婚約した日、アロから聞いた兄妹の母親とこの村の話だ。



 ・~・~・~・~・~・~・~・~



 十四年前。

 この村の村長であるエペの家に、一人の身重の女性が赤ん坊を抱えて転がり込んできた。女性はボウガと同じ【クリア】で、子供を連れて夫から逃げてきたそうだ。


 それがアロとチェリの母親で、女性はチェリを産んだ直後に亡くなっている。


 連れて来た子供がアロで、彼女が【クリア】であること意外は自身の事をほとんど語らずに亡くなったため、父親となる人物を捜すのは諦めたという。


 たぶん、そんなに遠くない地域でエルフの男性を探せば見つかるとは思ったが、女性が子供連れで逃げ出した男だ。ろくな人間ではないと判断したのだろう。


 子供がほとんどいない、国の境にある小さく貧しい村だったが、エペと村人たちは何も言わずに二人を暖かく受け入れて育てたそうだ。



 ・~・~・~・~・~・~・~・~



「………………」


 ボウガはそれを思い出しながら横にいる兄妹を見る。


 二人に魔法の才能が有ると判って、王宮に推薦状を出したのはエペだが、それを提案したのは他でもない兄妹本人たちだった。


 国土の末端の村は、いざ疫病や災害で被害があっても救援は後回しにされてしまう。しかも、隣町に助けを求めようとしても、村では出せる資金がほとんど無い状態が常であった。


 そんな村から『外部王族』が出ることで、国は村を無視できなくなるのを、幼かった兄妹はどこからか聞きつけたのだろう。



 ――――本当に賢い子たちだよな。当時6、7才でそんなことを考えられるなんて…………オレだったら無理かもしれない。


 昔の自分は想像できないが、今の自分で考えるとそう感じる。


 もしも自分だったら、他の村人に申し訳なく思いながら、この村でできることだけをやっている。

 別に怠けようとしているのではなく、才能があっても『外部王族』という目立つことは避けていたいと考えたはずだ。



 “目立ちたくない”

 “穏便に済ませたい”


 ここ数日の間でボウガが自身へ思った感想だ。

 咄嗟に考える事を客観的に見てみると、自分はかなり臆病だったのではないだろうか。


 ――――ダメだ。考えるのはやめよう。


 前は記憶を戻すのが目標だったが、今はそれを取り戻すことは危険になってしまった。


【盟友の祭典】が終わるまで、チェリの『婚約者』の役目を終えるまでは、記憶は封じておかなければならないのだ。




 …………………………

 ………………




「みんな、迎えの馬車がきたぞい」


 エペがまだ薄暗い先を指差した。


 パカパカと軽い足音と共に、農家の荷馬車とは違う幌付きの馬車が家の前に停まる。

 馬車を待っている間にポツポツと他の村人も見送りに来て、家の前には三十人ほどが集まっていた。


「俺、てっきり荷馬車かと思った」

「わしの知り合いが、大きな街道近くの町までなら乗せてくれると言うのでな。お言葉に甘えて来てもらってな……」


 馬車の説明をするエペだが、その声は段々小さくなっていく。

 その様子に、兄妹はエペの方を向いた。


「じいちゃん、大丈夫だ。俺たちまた村に戻ってくるから」

「ーー、ーーー」

「そうだの……うん、うん、わかった……わかったが……うぅ……」


 アロとチェリがエペの手を握ると、彼は頷きながら目を潤ませた。他の村人も俯き暗い顔になっている。

『王族の登城』の見送りにしては、村人全員がまるで葬儀のように沈んでいた。



 今回、二人が登城すると村へ戻るのは簡単なことではなくなる。


 二人の年齢は王子王女として一人前とされている。城ではそれなりの役割りを与えられ、将来のために少しずつ公務を覚えていかなければならないだろう。


 ――――ここから王都へ行くのも一苦労なんだ。きっと、里帰りも大変だろうな。


 距離のことも考えると、そんなにほいほいと移動もできないのではないか。もしかしたら、今生の別れになる者もいる。


 エペや村人たちが兄妹に別れを告げ終わると、今度は一斉にボウガの方へと向いた。

 ひとり、エペが出てきてボウガの片手を握る。


「……どうか、あの子たちをよろしくお願いします」

「わかりました。二人のことは……全力で護ります」


 一瞬だけ、簡単に“護る”と言って良いのかと迷ったが、その役割りを全うしなければならないと自らに言うように口にした。


 ――――これを“嘘”にしちゃいけない。


 改めて『護衛』としての使命を胸に刻んだ。




 三人は御者のエルフの男性に挨拶をして乗り込む。


「じゃあ、いってきまーす!」

「ーーー!」


「気をつけてのー!」

「「「いってらっしゃい!!」」」


 朝日が見えたと同時に馬車が走り出すと、村長の家の前以外からも手を振っている村人がいることに気付く。

 二人は村人を見掛ける度に窓から「いってきます」と声を掛けた。





 数分掛けて小さな村を走り、馬車は開けた草原の道へと乗り入れる。


「……さて、と。今後のことを話すか」


 村が見えなくなるまで窓に張り付いていた兄妹だったが急に正面を向くと、アロが小物入れカバンから地図を取り出した。そして、馬車に備え付けの折りたたみの卓を出して紙の地図を広げる。


「この馬車に乗っていられるのは今日だけ。降りるのは、大きな街道沿いにあるこの町だ。ここは色んな街への分岐点になってる」


 トン。アロが指を差した地図上の町からは、街道があちこちに枝のように分かれていた。


「着くのは夕方になるって言うから、この町で宿を取ろうと思ったけど…………たぶん、普通の宿はいっぱいで無理。高級な宿か、そこに併設してるキャンプ場の利用になる」

「何で?」

「この時期はもう、【盟友の祭典】を見に行く一般人が移動してるから」

「なるほど……」


 徒歩や乗り合い馬車を繋いで行くとなると、今から向かわないと間に合わないらしい。


「やっぱりキャンプかな、俺たちもそこに紛れ込ませてもらおう。変に良い宿を取って、気の早い貴族なんかに会ったりしたら嫌だし」


 アロが『貴族』と言った時、ボウガはふと、村に来たとんでも貴族の少年を思い出す。


「…………今更だけど、あの貴族のサーセン……とか何とか、あのままで大丈夫だったのかな?」


 よくよく考えると、けっこう酷い目に遭わせてしまった気がする。


「本当に今更だな。ま、大丈夫じゃねぇかな」

「でも……あいつが、他の貴族にこの間のことを広めてたら……」


 あっちが仕掛けてきたが、都合良く話を捻じ曲げられて伝わっていたら兄妹に悪い噂になるのではないか。もしくは、どこかに訴え出るとか。


「チェリに『婚約者』がいるってことは広がるだろうけど、お前の事に関してはあんまり広がらないと思う」


 アロは眉間にシワを寄せてため息をつく。


「……嫌な言い方だけど、仮にも【魔神族(ジーニー)】の貴族がお前に……【クリア】にしこたまやられたなんて吹聴できないからな。あいつらは【種族】に関してのプライドが山より高い」


 アロの見方では、ハゼロはチェリに会いに行って断られた挙句に、ボウガにボロ負けしたことなど他には言えないだろうと思っている。

 だから、風の噂に『チェリには婚約者がいる』という情報だけを手に入れたと言い回るだろう。


「でも確かに、ちょっと気を付けておいた方がいいか。何か企んでくるかもしれないしな」

「わかった」

「ーー」


 三人は頷くと、再び地図を見ながら話し始めた。




 ・~・~・~・~・~・~・~・~




 とある領地の、とある大きな屋敷。


「も~~~っ!! 最悪だったよ田舎ぁっ!!」


 3メートルはありそうな長いテーブルの端の席で、ハゼロはふんぞりながらティーカップを口に付けていた。顔にはあちこち小さなガーゼや絆創膏が貼られている。


「あぁ、でも……チェリ王女はとても可憐で美しかったんだぁ。絶対に僕様の妻に相応しいと思うぅぅぅ。はぁぁんっ、もう少しで口説けたのにっ!!」


 何を考えたか、両腕で自分を抱くようにしてクネクネと動くハゼロ。


 そんな彼の様子を、テーブルの反対側で静かに見つめる二人の人物がいる。

 ハゼロの両親である、サーセンデス公爵と公爵夫人だ。


「だったら、ちゃんと王宮で婚約を申し込むか、【盟友の祭典】の『御前試合』で優勝しなければならないな」


 サーセンデス公爵はピクリとも表情を変えず、静かに紅茶を飲んでいる。


「あぁ! せっかく、ハゼロちゃまが王女様を迎えに行ったというのに…………二人の愛を引き裂く悪者がいるなんてっ!!」


 まるで舞台女優のように、さめざめと泣く動作をする公爵夫人。

 母親の嘆きに併せ、ドンッとテーブルに拳が打ち付けられる。


「そうなんだ、ママうえっ!! あの【クリア】さえいなければっ……!!」

「ふむ……」


 サーセンデス公爵はアゴに手を当てて考え込む。


「そんなに強い【クリア】なら、どこかで噂になっているかもしれん。『代理』を捜すついでに、その者について少し調べてやろう」


「本当に!? ありがとー、パパうえぇっ!! あいつなんか、試合ではぎったぎたに……」


 笑顔で悪態をつきながら話す息子に対し、サーセンデス公爵の視線は冷たい。


「お前のためではない。その【クリア】に問題があれば、【精霊族(スプライト)】王族の“弱点”になるかもしれないからな。“上”に恩を売るのも悪くない」


 密かに口の端を上げた父親の顔を、悪口大会を繰り広げる息子は見ていなかった。






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― 新着の感想 ―
わはは! サーセンデス公爵家の皆様、全員イカニモなカマセの雰囲気(笑)。 ママ上様、某国民的アニメに出てくる、ス○夫くんの母である社長夫人を彷彿とします(笑)。 パパ上様、一応ワルっぽいですけど、『サ…
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