第20話 新しい称号
辺りは夕焼けに染まり、村は段々と夜の暗さに移行する時間。
「チェリ、そんでボウガくんも、婚約おめでとうーーー!! カンパーイ!!」
「「「カンパーイッ!!!!」」」
この村のほとんどの住民たちが村の広場へと集まり、各自飲み物のカップを片手に盛り上がっていた。いつの間にか、村の者たちが用意したご馳走も並んでいる。
キャンプファイヤーに似た焚き火の周りでは勝手に踊り出す者たちまで現れ、村の広場はすっかり宴会場になっていた。
主役は『婚約』した二人だが、村人たちは乾杯後は主役そっちのけで思い思いに過ごすようである。
「…………」
《…………》
そんなはしゃぐ村人とは対照的に、ボウガとチェリは広場が見渡せる一番目立つ場所に座らせられていた。
――――どうしよう。改めて考えてみると物凄く恥ずかしい。
馬鹿な貴族にチェリを連れていかれまいと勢いで『婚約者』を名乗ってしまったが、これから王都まで行き、【盟友の祭典】が終わるまでこの役目を果たさなければならない。
――――大丈夫だろうか? 変なところでボロが出てしまったりしたら…………
不安に駆られて思わずチェリの方を向くと、チェリもボウガの方を向いた。
「…………♪」
にっこり。
目が合った途端に、とてつもなく可愛い笑顔を向けられてしまった。
チェリの方は恥ずかしがる素振りなどなく、素直にこの場の雰囲気を楽しんでいるのが判る。
――――そうだな。緊張しているのはオレだけか。
本当に『婚約』した訳ではない。これはチェリを守るための『偽装婚約』なのだ。
さっきからこの言葉を考える度に、何か胸に苦しさのようなものがせり上ってきていた。
自分に求められているのは、婚約者としての振る舞いではなく護衛としての役目だ。彼女の障害になる物事を排除し、役目が終わる時まで自分の境遇には黙っていること。
そう思ったら、少しだけ気が楽になる。
だが、『偽装婚約』という言葉に慣れるのは少し時間が掛かりそうだと覚悟した。
「あの……チェリ?」
「ーーー?」
「オレ、ちゃんと『婚約者』として、チェリのことを護るから。絶対に、変な奴が近付いたりしないようにする」
「………………」
ボウガの言葉を聞き、チェリは一瞬だけポカンとしたが、すぐに笑顔になってボウガの両手を取った。
手を握られて内心慌ててしまうが、チェリの表情が昨日の晩のようにキリッとしている。
《ありがとう。でも、ボウガに守られてばかりじゃ嫌です。私もあなたのことを、ちゃんと『婚約者』として守ります》
ぎゅうっと、手に力が入っていく。
――――この娘は、例え嘘の役目でも真剣に考えてくれるんだな。
自分で“嘘”だと認識しているのに、何だか胸が痛んだのはチェリほど覚悟が決まってなかったせいだと思えた。
「ありがとう。これからよろしく……」
「ーー……♪」
――――王都での祭典が無事に終わるまで、自分の記憶のことは考えないでおこう。元から、何も憶えてないんだし。
お互いに礼を言ってヘラっと笑っていると、
「おや、ご両人様は仲がよろしいですな! 結構なことです! ガハハハッ!」
急に酒樽を抱えた隣町のギルドマスターが横から顔を出した。突然のことに、手を握ったまま固まっていた二人だが、慌てて手を離して座り直す。
すると、今までみんなで盛り上がっていた村人たちが、一斉にボウガたちの方に振り向いた。
「マスター、邪魔すんなよ。せっかく二人が話してたのを黙って見てたんだから……」
「そうそう。初々しいって良いよねぇ」
「あたしゃ、若い頃を思い出すよ」
「あ〜、キュンキュンする〜!」
どうやら、敢えて二人には話し掛けずに、自分たちだけ盛り上がった振りをして見守っていたようだ。
「…………………………」
《…………………………》
全て見られていたことに、ボウガは完全に地面に突っ伏し、チェリも両手で顔を覆って丸まってしまう。もちろん、二人とも耳まで真っ赤になっている。
撃沈した二人の横をすり抜け、アロがマスターに手を振って近付いてきた。
「マスター悪ぃな。急に宴会の注文を入れて」
貴族が帰ってからすぐに、村人の誰かが隣町のギルドに行って宴会の依頼をしてきたのだ。
まさか、マスターが自ら酒樽を運んでくるとは思わず、アロは苦笑いをしながら代金の入った袋を手渡す。
「いやいや、毎度あり。昨日の今日、めでたい話題が入ってきたら飛んで来るってもんですよ。で…………やっぱり、あのお兄さんを『アミュレット』にしたんですね」
チラリとボウガたちの方を見て、マスターはアロに小声で言う。
「ま、成り行きに近かったけど、村の奴や知らない奴を連れてくるより適任だろう。俺もできる限りフォローするつもりだし……」
「わかりました。私も、別のギルドの知り合いに連絡して、随所で助けてもらえるようにします。お任せください。それと、頼まれた旅の準備ですが…………急げば、明後日にはここに届けられるかと」
「明後日か……」
アロたちの背後では、村人に引っ張り出されたチェリとボウガが無理やり踊りに参加させられている。
「本当はもう少しだけ、この村でゆっくりしていたかったけど…………」
焚き火がパチンッと弾けて、火の粉が暗い夜空へと舞い上がった。
「それで頼む。荷物が届いたら、その翌日には村を出ようと思う。すでに【魔神族】の貴族がチェリに目をつけてたし、もう一人くらい馬鹿な奴が来てもめんどくさい」
本当ならば、あとふた月以上遅く村を出ても【盟友の祭典】には間に合う。しかし、村に長く留まっていれば今日のようなことがまた起こってしまい、今度こそ他の村人に被害が出てしまうかもしれない。
その点、早く王都へ行けば『王族』として王宮や、その他の施設に保護を求めることができる。
「……あんまり、王宮に頼りたくはなかったけど仕方ないな。ボウガのこともアレコレ突っ込まれそうで、いい気分はしないかもなぁ」
当然だが、王宮には『内部』の王子王女がいる。
彼らの多くは貴族故のプライドが高く、平民出身の『外部王族』であるアロとチェリを快く受け入れてくれる者ばかりではない。
「あのお兄さんのことは、身元がしっかりわかるまで、黙っておいた方が良さそうですね。良ければ、こちらで調べますか?」
「いや……俺たちも本人も知らなかった、で済まそうと思う。変に調べて痕跡を辿られたりしたら、それを理由にボウガごとチェリを陥れようとする奴も出るかもしれない。それも、王宮の同じ王族とかにな……」
知らないなら、知らないでシラを切ってしまえばいい。陛下が嫌う嘘はついていないのだから。
「マスターには俺たちが旅立った後、村に定期的に用心棒を派遣しといてほしい。俺たちが居ないのをいいことに、馬鹿な奴が来ても対処できるように」
王子王女が居た村ということで、山賊紛いの者たちが村を襲いにくる場合がある。それは、この村が国から援助を受けて、別にある同じ規模の小さな村と比べて潤っているからだ。
実際に過去には、アロとチェリを攫おうとして賊が村に来たことは一件や二件ではない。それを、いつも先頭で撃退していたのはアロだった。
「アロ様たちが王都へ行ってしまうと寂しくなります」
「そんなの、そのうち慣れる。でも、じいちゃんを残して行くのがヤダなぁ……」
「その辺は医師あたりと様子を見ておきますよ」
「助かる……」
アロとマスターが話している間に、宴会は静かになっていた。踊っていた者たちも、疲れて食事やおしゃべりを楽しんでいる。
「アロ様、今夜くらいはゆっくりしてください。あとは気が抜けなくなるんでしょう?」
「まぁ……そうだな」
マスターの言葉にアロの肩の力が少し抜けた。今日くらいは、嘘でも婚約した二人のために楽しんでもいいと思えた。
「えっと、チェリは……」
さっきまで踊らされていたボウガたちを見ると、ボウガは起きて座っているが、チェリがボウガの膝で丸まってスヨスヨと眠ってしまっている。それも、かなりぐっすりと。
「…………?」
アロは、顔を赤くして困り果ててるボウガに近付くと、寝ているチェリの頬っぺたをツンツンと指でつつく。全然、起きない。
「……誰だ、チェリに酒飲ませた奴っ!?」
「いちご酒があったから、間違えて渡しちゃって…………でも、ひと口だけだよ?」
「えー、これ酒のうちに入んねぇよ」
「いちごジュースみたいなもんだろ」
羽目を外し過ぎた結果である。
「あーもう、お前らは勝手に飲んでろ! ボウガ、悪いけどチェリ運んでくれねぇ?」
「へ? あ、う、うん!」
カチカチに固まりながらチェリの寝顔を見ていたボウガは、アロの頼みにビクッとしながら返事をしていた。
「んじゃ、俺らはもう家に引っ込むから、じいちゃんとみんなは楽しんでくれ」
「おう、すまんのぅ」
「ありがとうなー!」
「おやすみー! 楽しめよー!」
「いいねー、若いって!」
「ふぅううううっ!」
「っっっ……!!」
チェリを横に抱いたボウガは、村人の横を通る度に冷やかされていた。
…………………………
………………
広場から離れ、家へと向かう道。アロは呆れたように、後ろからついてくるボウガに言った。
「……チェリ、酒弱いからな。お菓子に入っていても、ひと口でも食ったら寝ちゃうんだよ」
「すまない……気付かなくて……」
「いい、覚えててくれ。お前は王都に着くまでに、チェリのことは何でも覚えていてほしい。お前はチェリの『婚約者』なんだから」
「…………わかった」
照れで赤かった顔が、すぅっと真面目な表情に変わる。急に使命感が全面に出てきた。
「やっぱり、お前ってクソ真面目だなぁ。気楽に仲良くしててくれればいいんだ。硬く考えないでくれ」
「うん」
「お前には、悪いと思ってる……」
「え?」
頷いたボウガに、アロは前を見たまま呟いた。
「実は……俺たちの母親は【クリア】なんだ」
「えっ!?」
突然の事を言われ、ボウガは足を止めた。アロも止まったが、前を見たまま振り向かない。
「俺たち兄妹が『エルフ』だから、名も知らない父親は確実に『エルフ』だ…………母さんは自分が【クリア】だってこと、死ぬまで嘆き続けてたんだって。父親には恨み言も言わずに」
アロが何を言いたいのか、ボウガはそれがわからずじっと話を聞く。
「今日、馬鹿な【魔神族】を見たと思うけど、【精霊族】でもあんな奴は腐るほどいる。だから……」
大きなため息が聞こえた。
少し間が空いて、振り向いたアロの表情はとても険しい。
「チェリにとって一番の味方はお前になる。俺もチェリと同じ王族の立場だが、敵の数は断然チェリの方が多い。もう【種族】なんて関係ない。ここから離れたら、俺たちに味方はほとんどいないと思ってくれ」
ボウガを巻き込んだこと、それと嘘をつかせることへの罪悪感。
アロは【精霊族】が最も嫌うことを掲げないと、チェリを守れないと覚悟を決めたのだろう。
ボウガは少し口の端を上げた。
「……言われなくても、オレは全力でチェリを護るよ。だってそれが“魔除け”ってことだろう?」
ボウガの言葉には欠片も“嘘”は無い。
一瞬、くしゃっと泣きそうな表情になって、アロはすぐにまた背中を向けてしまう。
「お前が“クソ真面目”の“バカ正直”で助かるよ」
「うん」
“クソ真面目”の他に“バカ正直”の称号まで与えられたが、今日はそれがとても嬉しいと思った。




