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第19話 自己申告

「何なんだ、貴様はっ!? 見たところ、ここの村人だろう!? 僕様の手を叩くなど、無礼にもほどがあるのではないかっ!?」


「オレは…………」


 ハゼロの文句にボウガは何も言えない。はっきり言ってしまうと、その通りなのだから。


 ――――まずい……思わず手を払ってしまったけど、こんなことをして益々、チェリとアロが不利になってしまったら…………


 仮にも目の前にいるのは、【魔神族(ジーニー)】の公爵令息という立場の人間だ。

 対して、ボウガ自身は何の身分も保証もない【クリア】であり、ついでに記憶も無いのだから世間の信用はあちらの方が厚い。


 ボウガの行動の責任は自身だけでなく、兄妹にも負わされてしまうのではないか。


 ――――どうしよう。オレは……


 思い切り顔を歪めて、ハゼロはボウガを睨み付けながら「【クリア】がしゃしゃり出てくるな」とか「これだから平民と関わるのは嫌なんだ」など、だらだらと文句を言い続けている。



 何をすればいいのか迷っていた時、ボウガの服をぎゅうっと握るチェリの手があった。


「あ…………チェリ、大丈……」

 《逃げてください……》

「えっ!?」

 《私たちのことは気にせず、この人たちが帰るまでここから離れていてください》

「でも……」

 《大丈夫。これは、私の問題です》

「っ……!!」


 にっこりと笑って答えるが、ボウガの服を握る手が震えている。顔色も悪い。隣りのアロも同様に立ち尽くしていた。


 ――――この貴族を村から追い出さないと……二人や、他の村の皆が酷い目に遭う……!


 そう思った途端に、身体から熱が出たように熱くなる。

 顔を上げると、目の前のニヤニヤと笑う貴族がとてつもなく腹立たしくなった。



「まったく、そこ邪魔だから退いてもらえるかなぁ? 僕様はチェリ王女と話がしたいんだよ。ね、チェリ王女。貴女のような美しい人が、こんな小さな村にいるなんて。僕様の『婚約者』になってくだされば、貴女に相応しい生活を―――」

「うるさい……」

「んんっ? なんだ? ふん、とにかくそこ退けないか、平民の【クリア】が!!」


 ボウガが下を向いたまま呟いた。

 それを聞いたハゼロだが首を傾げ、聞かないふりをするように再びチェリへと手を伸ばした。


 バチィィィィィンッ!!


「おぶわたぁーーーーーっっっ!!」

「「「ハゼロ様ーーーっ!?」」」


 物凄く大きな音共にハゼロの手が払われ、そのあまりに強い力に、体ごと回転しながら横へと吹っ飛んだ。


 周りの兵隊と召使いは捕まえていた子供たちを手放し、ゴロゴロと転がるハゼロを追い掛けた。


 《みんな、怪我は無いっ!?》

「お姉ちゃーーーん!!」

「うわーん、怖かったよぉ!!」


 解放された子供たちは、次々にチェリの所へと駆け寄っていった。



「ボウガ!? お前何やって……」

「………………………………」


 アロに言われても、転がったハゼロに視線を向けたまま、ボウガはズカズカとそこへ歩いていく。


「貴様、よくもハゼロ様をっ!!」


 一人の兵隊が、ボウガに向かって鉄の槍を突き出してきた。


「…………」


 ガンッ!! ドガァッ!!


 ボウガは無言で槍の先端を軽く避け、肘と膝で柄を挟んでへし折り、その脚で兵の男性を蹴り飛ばす。


「ぎゃあっ!!」


 ドガンッ!!


 水平に蹴られた兵はザザァッと砂煙をあげて5メートル以上離れた大木にぶつかって止まった。


「て……鉄製の槍をひん曲げたぞ……」

「化け物だ……あの【クリア】……」


 兵隊の一部がガクガクと震えてへたり込んだ。


「…………」

「「ひいっ!?」」


 ボウガが近付くと、ハゼロを取り囲んでいた者たちは潮が引くようにその場から後退る。たぶん、ハゼロの人望が薄かったのだろうから彼らばかりを責められない。


 残されたハゼロは驚愕の表情で、目の前に来た彼を見上げた。


「ひっ!! ぶ、無礼であるぞっ!! た、た、たかがっ、平民の【クリア】が、僕様を見下ろすなんてっ……!!」


 もはや意地とプライドで吠えている。自分の方が上だと思っているおかげで、まだボウガに対して尊大な物言いができているようだ。


「そう……」

「へ? ぎゃあああああああああっ!?」


 ボウガは無表情でハゼロの胸ぐらを掴んで、自分の頭よりも高く持ち上げた。


「オレを見下ろしたいなら、それは構わない…………でも、村の皆やチェリたちに迷惑を掛けないでほしい……」

「な、なんだと!? 僕様はチェリ王女の『婚約者』になる男だぞっ!?」


「「「誰が『婚約者』になるかっ!!」」」

「どさくさに紛れて主張すんなっ!!」


 アロを含めた何人かの声が同時に突っ込んできた。

 バタバタと必死に暴れながら訴えている様子を、貴族に疲れた村人はげんなりして見るしかない。


「チェリ王女には、まだ『相手』はいないだろうがっ!! こういうのは早い者勝ちなのだよっ!!」

「…………黙れ」

「はぁんっ!? 黙るのはそっちだろーが!! この手を放せっ!! 何なんだ貴様はっ!!!!」


 ハゼロが顔を真っ赤にしてそう言った時、胸ぐらを掴むボウガの手に力が入る。


 ――――こいつを、黙らせないと。


「オレは…………だ」

「あぁっっっん!? 何だってぇ!!」


 ――――こんな奴に、チェリを渡すわけにはいかないっ!!


「オレが……チェリの『婚約者』だ!!」



 ボウガがそう、はっきりと叫んだ。

 広場の時間が止まったように、村人も兵隊もしぃんと静まり返る。


 しばらく誰も動きを止めている中、ボウガは密かにハッとして我に返った。


 ――――……どうしよう、言ってしまった。


 内心、掴んでいるハゼロの扱いに困ってじっと見詰めた。あちらも見られているうちに気が付いたようだ。


「ハッ!? え、あ、な……なんだとっ!? 平民が何を言ってるのだ!!」

「……………………」

「……き、貴様、何とか言えっ!!」

「……………………」

「ひぃっ!! あ、あ、あわわわわわ……」

「……………………」


 正直、怒りの勢い任せで言ってしまったので、ボウガは次の言動に迷い黙り込んだ。しかし、この沈黙はハゼロにとって恐怖でしかない。


「ふっ……くっくっくっ……」


 不意に、背後から不敵に笑う声が聞こえた。


「ざぁんねんでしたねぇぇぇっ!! サーセンデス公子様ぁぁぁっ!! うちの妹には、すでに『相手』がいるんですよぉぉぉっ!!」


 アロのめちゃくちゃ嬉しそうな声が響いた。

 驚いてボウガが後ろを向くと、アロが両手の手の甲と手の平をぺちぺちと重ねて『話を合わせろ!』と言いたいらしいジェスチャーを送ってくる。


 頷いて前にいるハゼロを見ると、先ほどのチェリとは比べ物にならないくらい、顔面蒼白になってボウガを見下ろしていた。


「ななな、なんだと……この【クリア】がチェリ王女の『婚約者』……だと?」

「すまない。そういうことだ……」


 ちゃんと話を合わせるために、余計な言葉を使わず簡潔に言うことにした。ボウガは察しが良い。


 たぶんもう大丈夫だろうと、ボウガはハゼロを解放してやる。

 ただし高さはそのままで手を放しただけなので、ハゼロは地面にしこたま尻もちをついた。これは私怨が入っていたので仕方ない。


「痛ててて…………こんな、乱暴な【クリア】が? バカを言うな!! こんな、こんな教養も無さそうな……」


「いやぁ、うちの義弟(おとうと)から見れば、突然やって来て自分の『婚約者』に()()()()()野郎がいたら、そりゃキレるだろうよっ!! ほんとに、教養が無いのはどっちでしょうかねぇ?」


 アロは鼻で笑いながら、刺すような目でハゼロを睨んだ。


「ぼ、僕様の方が先に求婚したのにっ!!」


「あ? 何を言うのか? 残念だけど、とっくの昔にチェリの方からこいつに『婚約』を申し込んでいる。ちゃんと、こいつが承諾してんだから、二人の方が先に決まってたんだよ!」


「だ、だけど、チェリ王女は婚約の『指輪』をしていなかった!!」


「申し訳ないけど、『指輪』に関してはついこの前、王都から届いたばかりで着けていなかったんだ。旅立つ直前に二人に渡そうと思ってたところ」


「何で着けなかったんだ!? 普通は婚約と同時にっ……」


「普通の【精霊族(スプライト)】の王族は、最初に『婚約』の意を女王陛下に伝えるのが礼儀だとされる。だから、王都に行くまでは黙っていたかったのに………………無礼な【魔神族(ジーニー)】の貴族が最初に知るなんて、女王陛下になんとお伝えすればよいやら……はぁぁぁ、困ったなぁぁぁ……」


「ぐ、ぐぬぅう……」


 いくら【魔神族(ジーニー)】の貴族でも、【精霊族(スプライト)】の頂点である女王陛下を話に出されてはバツが悪い。

 アロにジト目でため息をつかれ、ハゼロは顔を引きつらせた。



「……………………」


 ボウガは黙って、アロとハゼロのやり取りを遠い目で見詰めた。


 正確に言うと、チェリから『婚約』に関して言われたのは昨晩だが、一度その話は無しになっている。しかも、ボウガが承諾したと言えるのはたった今のできごとだ。


精霊族(スプライト)】は嘘や偽りを嫌う。


 しかし、これはどうなのだろうか?


 ――――『婚約』の話が先、と区切っているから“嘘ではない”となるのかな。


 指輪の件も少し前に届けられたのは事実である。


「ほっほっほっ……アロも、村長であるわしも、二人の『婚約』には大賛成であるからの。話が出た時にはすでに決めておったわい」


 エペが後ろで胸を張って主張した。

 確か、エペとアロはボウガの知らぬところで、チェリに話を勧めていたはずである。


 ――――嘘も方便……とは違うか? 要は“言い方”なんだなぁ。


 なんとなく、ボウガは社会の仕組みを理解した気分になった。




「う、嘘だ……そんな、馬鹿な……」


 絶妙な言い回しで真実を告げられ、ハゼロは埃だらけの姿で地面に項垂れていた。


「し、しかし【盟友の祭典】での『御前試合』では、勝者だけが正義……!! 僕様は正義!!」


 何の確信を得たのか、そう言って地面の砂を強く握った。


「いいか、見てろよぉっ!! そいつとは『御前試合』で決着つけて殺るからなぁっ!!」


 砂を辺りにぶち撒けながら、ボウガを指差して叫ぶ。


「ハゼロ様、鉄の槍を曲げる奴ですよっ!?」

「そんなの、飴みたいにぐにゃぐにゃ曲げられる奴を()()に連れて来ればいいっ!! ちっ!! 帰るぞっ!! 覚えてやがれぇっっっ!!」


 到底、正義とは思えない台詞を吐いて、ハゼロとそのお付きの者たちはそれぞれの馬車に乗り込む。


 馬車は猛スピードで村から走り去っていった。



「や、やった!!」

「帰っていったぞっ!!」

「「「わぁあああああっ!!」」」


 村人全員が腕を上げて喜んでいる。


「ふぅ……」

 《ボウガ……?》

「っ!! チェリ、大丈夫だった!?」


 振り向くとチェリが立っていたので、ボウガは彼女に駆け寄って声を掛けた。こくんと頷くと、チェリはポロポロと泣き始める。


 《ごめんなさい、私の……せいで……》

「オレこそ、ごめん。勝手に言って……」

 《それは、その、大丈夫……》

「うん。オレも大丈夫だから」

 《…………ありがとう》


 涙を流しながらも笑顔になるチェリの様子に、これからの心配よりも安堵の気持ちが勝っていた。



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