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第18話 貴族の求婚

 広場の中心で、貴族の少年ハゼロが演説をするように声を張り上げた。


「僕様はチェリ王女を迎えに来たのだ!!」


 自分の言ったことがよほど好ましいのか、得意気にフンフンと鼻を鳴らして仰け反っている。



 ――――こいつは何を言ってるんだ……!?


 村人全員がハゼロに不審な視線を向けていた。


 突然村にやって来た名も知らぬ貴族が、村の大事な王女様を差し出せと言ってきたのだ。当然の反応だと言える。



「何の騒ぎかと思えば、村に突然押し掛けてこんなことを言うなんて…………」


 声と共に並んだ村人が左右に分かれて道を作った。


「貴殿に常識は無いのか?」


 道の真ん中には、白い杖を手に広場へと歩いてくるアロの姿があった。


「おぉっ!! あなたはっ………………ん? え〜と……そのぉ……」


 ハゼロはアロを一目見て一瞬だけ表情が輝いたが、すぐに顔を顰めてアロのことをじっくりと眺める。やがて背中を丸めて、まるで何かに迷っているように言葉に詰まるのがわかった。




 その様子に、遠くから見ている村人たちがヒソヒソと話し合う。


「今のあれ、ぜってー間違えたな」

「あのバカ貴族、アロ見てチェリだと思ったんじゃねーか?」

「アロ、顔だけ見たら可愛いからな」

「おい、絶対本人言うなよ。ボコボコにされるからな!」

「「「うんうん……」」」


 さすが、村人はアロの扱いは解っているようだ。そしてハゼロには早速、『バカ貴族』との評価を下していた。




 そんな村人たちをよそに、広場には妙な緊迫感が漂う。


「…………我が妹チェリのことは知っていても、私のことは存じていないと見受ける。何用でこんな村へと来られたのか?」


 いつもと違い、アロは丁寧な言葉を発しているが、その口調は固く冷たいものだった。

 そのアロの言葉に、ハゼロはハッとして慌てて再び仰け反った。


「へ? あ、あぁー、ゴホン! あなたはチェリ様の兄上様でおられるか! いやいや、当然、存じ上げておりますぞ! 我が未来の義兄上(あにうえ)様ですからなっ!!」


「……『義兄上(あにうえ)様』……?」


 ギリっと聞こえてきそうな勢いで、アロが眉間にシワを寄せてハゼロを睨み付けた。


「申し訳ないが、貴殿に義兄(あに)と呼ばれる覚えはない。何を持ってしてそう呼ばれるのか? 何の挨拶も無しに、訪問されてもこちらは困惑するばかりだが?」


 じんわりと殺気を滲ませ、目の前の貴族に向かって抗議の意志を伝えた。


「おぉ、挨拶が遅れて申し訳ない。僕様は…………」

「ハゼロ・クーズ・サーセンデス公子、今すぐお引き取り願いたい。妹は貴殿のことなど知らない。知らない相手に、妹を合わせることはできない」


 アロはハゼロの自己紹介をブツ切りにし、そのままの切れ味で突き放して追い出すつもりである。しかし、あちらもすぐには引き下がる気は無いようだ。


「……な、何を言う!? この僕様がわざわざこんな田舎の村に来てやったのにっ!!」

「“来てやった”? こちらは来ていただかなくてけっこうだ。すぐに貴殿の()()()()()へお帰りください」


 有無を言わさず『帰れ』と言われ、ハゼロの顔が段々と赤くなっていく。


「黙っていれば、先ほどから無礼であろう!? 我が公爵家がその気になれば、こんな小さな村のひとつ……」

「無礼なのはどちらか? 貴殿は公爵家だが、こちらは仮にも王族だ。これ以上の貴殿の振る舞いは、【魔神族(ジーニー)】と【精霊族(スプライト)】との国際問題になりかねないが良いか?」

「ぐぬっ……!!」


 平民でも『外部王族』という公式の地位があるのだから、確かにアロの方が位は上になるのだろう。それをあのハゼロという貴族は【種族】だけで見下し、威張り散らしていたということだ。


 アロの言葉で怯んだハゼロだったが、よろめいたところをお付きの兵士たちに支えられ、傍にいた召使いに何やら耳打ちをされた。


 その途端、ガバリッと立ち直り、仁王立ちになってアロと対峙する。


「お言葉だが、僕様はチェリ王女を()()に来たのだぞっ!!」


 ミシッ……。

 アロの眉間のシワが深くなった。


「……ほぉ……? 救いに? どんな風にですか?」

「ひっ……!」


 アロの声と共に周りの気温が一気に下がる。

 これは気分ではなく、実際の空気の温度下がったのだ。その証拠に、アロの足元の地面にはビッシリと()が降りている。


「だだだ、だって、チェリ王女が物凄く美しいと評判で……だから、他の愚かな貴族が王女に唾をつけようとする前に、僕様が娶って差し上げようとっ……」


「お前だって“愚かな貴族”で、うちの妹に“唾付けよう”としてるじゃねぇかぁぁぁっっっ!!」


 ズガガガガガガッ!!


「ぎゃひゃーーーーんっ!!!!」


 アロの周りの地面から氷の柱が前方へ向かって次々と生えていき、ハゼロは盛大に尻もちをついた。しかし、氷柱は決してハゼロの体には触れずに、数センチ手前で止まっている。



「ふぅ……」


 アロがため息をつくと、吐いた息は白くなった。辺りの空気は一層寒くなり、ハゼロとお付きたちもカタカタと震えている。


「…………このまま、大人しく領地へお帰りください。王宮へ行く前に、私たちに手を出そうとは思わないこと。そうじゃないと、次は正当防衛として貴殿に直接攻撃させていただきますよ?」


「はわわわわわっ……!!」


 寒さに加えて恐怖で震えているハゼロ。


 だがその時、コツンッとハゼロの馬車に小石が当たった。


「「へっ?」」


 アロとハゼロが同時に小石が飛んできた方を向く。

 そこには、いつもアロとチェリが一緒に遊んだり、勉強を教えたりしている幼い子供たちがいた。


「か、かえれっ!」

「チェリお姉ちゃんは、あんたなんかと結婚しないもん!!」

「そうだ! ジーニーなんか帰れっ!」


 子供たちが次々と小石を投げる。そのほとんどが全然違う方向へ飛んでいくが、チェリを狙ってきたハゼロへ向けたものだとわかった。


「……ば、バカっ!! やめろ、お前たち!!」


 今の状況に気付いたアロが顔を青くして止めた。


「へ?」

「でも…………」


「えいっ!」


 ほとんどの子供が石投げをやめたが、一番小さな子が最後に投げた小石が飛んでいく。


「痛っ!」


 小石が地面にバウンドして、ハゼロのスネにコツンとぶつかった。


「あっ……!!」


 アロが明らかに動揺した表情に変わる。それを見逃さなかったのが、ハゼロについてきた兵士たちであった。


「ハゼロ様が平民から攻撃をうけたぞーーーっ!!」

「「「うぉおおおおおっ!!」」」


 一斉に動き出した兵士たちは、小石を投げていた子供たちをあっという間に捕まえてしまう。


「きゃあああっ!!」

「うわーーーんっ!!」


 厳つい兵士たちに捕まり全員が泣き叫ぶ。慌ててアロがハゼロに抗議を始めた。


「ちょっと待て! あんたたちの兵隊は何やってんだ!! あいつら、まだ小さな子供じゃないかっ!?」


「ふっ…………ふふふふふふっ!! アーハッハッハッ!! アロ王子、君こそ何を言うんだね!? ()()()()()()から我らは対処したまでだよ!!」


「くっ……!!」


 これは、アロが恐れていた事である。


 どんな理不尽なことを言う馬鹿でも、相手は【魔神族(ジーニー)】の公爵の地位を持つ人間。アロは王族だったから威嚇ができたが、他の平民がハゼロの体に指一本でも触れれば、即『暴力を受けた!』と言われるだろうと予測していた。


「だけどまぁ、僕様だって子供のしたことをしつこく責め立てたりしないし、この子らは別に許してもいいんだけどぉ? 僕様が来たのは、チェリ王女に会うためなんだからさぁっ!」

「っ………………!!」


 傍から聞いていても、めちゃくちゃ腹の立つ語尾の上げ方で言い放ってくる。


 つまり、チェリに会わせれば子供たちを放すということ。


「アロ王子ぃ〜? 王女にぃ、会わせてくれると、う〜れしい〜なぁ〜〜〜?」

「…………………………」


 アロは思い切りハゼロを睨み付けているが、完全に自分が優位だと思っているために余裕である。




「や……やばくないか?」

「おれたちも、近くへ行っておこう!」

「貴族といえど、あいつら許せん!」


 ――――何で、あんな酷いことを……!


 遠くで見ていた村人とボウガも、この事態にバタバタと広場へと出ていこうとしたその時、アロのいる場所から後方に二人の人影が歩いていくのが見えた。



「ダメだ! 出ちゃいかんっ!!」

「ーーーっ……!!」


 広場へと向かっていたのはチェリと、それを止めようとしていたエペであった。



 《何をしているのですか!? 今すぐ子供たちを放してください!!》


 リィン……と鈴の音と共にチェリの声がする。


「……チェリ!?」

「えっ? チェ…………うおぉっ!! 貴女がチェリ王女かっ!? お会いできて光栄で……ぶべらっ!?」


 ハゼロはアロを押し退け、チェリへと近付こうとしたが、数歩手前に張られた結界にぶつかって弾かれる。

 いつもと違い、明らかに怒りを浮かべた表情のチェリは、先ほどハゼロを睨み付けていたアロとよく似ていた。


「痛てて…………あぁ! チェリ王女、お会いできて嬉しいです!」


 《私は嬉しくありません。お帰りください》


「緊張して黙っておられるのか。くぅ〜! なんとも奥ゆかしい!」


 《………………》


 どうやら、ハゼロにはチェリの声は届いていないようだ。


 アロはすぐにチェリに駆け寄り、自分の背中の後ろへと隠す。しかし、チェリは首を振ってアロの隣へと並んだ。


 チェリを目の前にしたハゼロは、舐めるように全身を見回す。


「幼いながらもなんとも美しい。さすが、今回の【盟友の祭典】での期待度が最高点の王女だ!」

「は? 期待度? なんだよ、それ!?」


 思わぬ言葉にアロはすぐに反応する。


「ふふふ。貴族の間では【盟友の祭典】を愉しむための情報が回っているのさっ!!」


 ハゼロは嬉しそうに親指を立て、変な立ちポーズをしてドヤ顔をアロに向けた。


「…………そんな、ものが?」

「ーーー……」


 兄妹が絶望したように顔を引きつらせた。

 すでにチェリが『景品』にされることが決まっているような、最悪の状況になっていると判ってしまったからだ。


 固まった兄妹の顔を見ていた視線が少し下へと向けられた。


「なるほどぉ。幸い、王女はまだ『指輪』をされてはいませんね?」

「ーーっ!?」


 チェリはハッとして手を隠したが、ハゼロは満面の笑みを浮かべてズンズンと迫っていく。

 そして、彼の背後には兵士に捕まっている子供たちの姿が見えた。


「さぁ、チェリ王女。僕様は王女が他の貴族の()()()にされるのが耐えられないのです。だから、僕様と一緒に我が公爵家に来ていただき、王都へ行く際には『婚約者』として僕様が守って差し上げますぞ!」


「「………………」」


 兄妹は思わず絶句した。

精霊族(スプライト)】の多くは、嘘や偽りを嫌うためにそれを見抜く能力に長けている。

 嫌でも、鼻息荒くチェリを見詰めるハゼロの目が、冗談など微塵もない本気のものだと判ってしまって、二人とも悪寒が止まらない。


「あんたに守られなくてもけっこうだ! 俺たちに構わないでくれ!!」

「いやいや、いやいや!! 『指輪』無しの王女は王都へ行く前に、怪しい奴らに狙われてしまいますからねぇ!」

「それ、お前のことだろっっっ!!」


 アロが阻もうとするが、強引に手を伸ばしてチェリを掴もうとしてきた。


 バシッ!!


 だがその手は弾かれ、チェリとの間に影が割り込んでくる。


「…………やめろっ!!」

「あだっ!! なっ!? 何だ、お前はっ!?」

「えっ、いやっ……その、オレは……」

「ーーーっ!!」


 考える前に飛び出したので、ボウガの口から『護衛』という言葉がすぐに出てこなかった。



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