第17話 自分という存在
ボウガが指輪に手を伸ばしかけた時、
《やっぱり、ボウガに迷惑は掛けられません……》
そう言って、チェリが指輪の入った箱を手に取りフタを閉めた。
「チェリ?」
《ごめんなさい。婚約者になれば、私もボウガを守れると思ったけど…………どう考えても、ボウガの負担の方が大きい……》
兄妹は苦笑いをして、改めてボウガに向き合う。
「チェリが決めたなら仕方ないな。無茶苦茶言ってんのは俺らの方だし。命の恩人のお前に甘えて、さらに助けてもらおうとしてんだ。ただでさえ、王都への護衛まで頼んでんのに……」
「……そんなこと」
「いや。もう気にすんな。王都に行ったら、お前の記憶の治療は頼んでやるし、身元も探すのにも協力してやる。俺たちのことは…………まぁ、何とかするさ」
兄妹は本当に助けを求めているが、ちゃんと相手の立場も考えている。
ボウガが悲痛な表情を浮かべていると、アロが「そんな顔するな」と言ってケラケラ笑った。
「お人好しそうなお前を利用しようとしてたんだぞ。毎年、『御前試合』では死ぬことはなくても、大怪我をする奴は大勢いる。だから、お前は俺たちに怒ってもいいくらいだ。“なんて事に巻き込もうとしたんだ!”……って」
「オレは別に構わないのに……」
《必ず私が『景品』になるとは限らないのですから……それに『御前試合』の優勝者が賞金を受け取り、王女を望まないこともあります。だから大丈夫です》
にっこりと笑うチェリに、胸がギュッと苦しくなった。
もしかしたら、王都へチェリを連れて行ったら、二度と会えなくなるのではないかという不安が押し寄せてくる。
「さて、もうこの話は終わりな? 今日は疲れただろうから、部屋でちゃんと休めよ!」
アロが勢い良く立ち上がって部屋を出ていく。
「ーー……」
「え……?」
《ありがとう、心配してくれて》
「…………」
チェリもアロに続いて行ってしまった。
――――本当に、大丈夫なんだろうか?
こうなったら、チェリが選ばれない可能性に賭けるしかないのだろう。
部屋に戻ったあとも、ずっと不安そうにしていたチェリの顔が頭から離れなかった。
…………………………
………………
翌日は朝から村人の手伝いをすることになった。
ボウガは自分にかなりの腕力が有ると知ったので、村人が苦労していた材木の運搬や片付けに着手する。
嵐のせいで、いつも使っていた山道が倒木の被害に遭っていた。しかし、かなりの数と足場の悪さで退かすことが困難だったのだ。
「……え〜と……これ、あっちに置けばいいかな」
枝葉を落としたとはいえ、一本の木の重さは昨日のオークとは比べ物にならない程に重い。
――――この際だから、自分がどのくらい力が有るか見てみよう。
一時間後。
結局、数十本あった倒木は全て脇に片付け終わった。半分以上はボウガが一人で引きずって持って行ってしまった。倒木一本あたり、重さは300kgはする。
――――少しは役に立って良かった……
慎ましやかに達成感に浸っていると、他の村人が笑顔でボウガの近くへと集まってくる。
「すげぇ! 兄さんがほとんど持って行ったな!」
「いやー、こんなに早く終わるなんて! 兄ちゃんがいて助かるよ! はっはっはっ!」
「よし、このまま全部終わらせちまおう!」
この村でも腕力のある『熊の獣人』の男性たちでも手こずっていた仕事が片付き、彼らは大喜びで他の作業に移っていった。
「お兄さんは少し休んでな。後でまた、別の手伝いを頼むから」
「あ、はい……」
一番働いたとしてその場に残され座っていると、村人の男性がカップの水を手渡しながら話し掛けてきた。この人物は『土のエルフ』であり、いつもは畑仕事か建設現場の指揮をしている。
「いやいや、実は【クリア】だからってそんなに期待はしてなかったんだ。お兄さん、本当に【クリア】なのか疑問が湧くよ」
「そう言われても、オレにもよく分からなくて……」
「そうか。でも、私が今まで合った【クリア】は力もエルフ並だったからなぁ」
だいたいのエルフが持てる重さは、どんなに重くても自分の体重くらいだという。
力のある獣人で体重の倍で、ボウガの見た目では100kgでも無理だと踏んでいたそうだ。
「エペ村長から聞いたが、君、記憶喪失なんだって? 【種族】が分からないってのも不便じゃないかい?」
「いえ、今のところは特に……」
本当は自分の【種族】が気にはなっていたが、ボウガの周りの人間が親切にしてくれるため不便は感じてはいなかった。
しかし町へ行ったあとから、ずっと気になっていた事がある。
「あの……ちょっと聞いてもいいでしょうか?」
「うん、なんだい?」
「……【クリア】って、他の【種族】から見たらどう思われるんですか?」
“【クリア】のお前が……”
“【クリア】のくせに……”
断片的に思い出したことや、オークたちの言ったことが頭から離れない。
それに、ギルドマスターもボウガが一人で町を歩くとなった時、心配してマントまで寄越してきたではないか。
「う〜ん…………正直に言うと、あんまり気持ち良いものではないんだけど……」
現場指揮の男性はボウガを見ながら、何とも気まずそうな表情をする。
「一般的に……だいたいの話なんだが、【クリア】って他の【種族】から見ると“何の特徴も無い”人間だからさ。ある意味、バカにされるというか……差別されたりもするんだ」
【無色透明の民】
無能無才、非力、凡庸……特出すべき点も無く、身体的にどの【種族】の特徴も見られない。そして、どの【種族】からも生まれるという、いわゆる『突然変異』だとされている。
「でも、同じ【クリア】でも両親の特徴を受け継いで、魔法や身体的な能力をもつ子供もいるから、一概にバカにはできないと言う者もいるんだ。だから、君みたいに強い【クリア】だっていてもおかしくないかな」
それはアロも言っていた。だからこそ、自分の【種族】が気になってもいるのだ。
「まぁ、今は気にしない方がいい。この村には【クリア】だからって差別する者はいないはずだし。じゃあ私は戻るから、君はもう少し休んでいな」
「はい……ありがとうございます」
現場指揮はニコニコと手を振って行ってしまった。再び残ったボウガは、ため息をついて自分の手を見詰める。
――――いつか、自分の基になる【種族】が判ったりするのだろうか。
そう考えた時、兄妹の顔が浮かぶ。二人はエルフであり【精霊族】だ。
「……【魔神族】だったら嫌だなぁ」
昨夜までに色々な話を聞いたためか、ボウガの【魔神族】に対しての評価は低い。
自分が直接何かされた訳ではないのに、チェリたち【精霊族】と【魔神族】は仲が良くない……そう思うと、自分がそうではないことを祈ってしまう。
――――できれば、オレも【精霊族】だったらいいな。そうしたら…………
「………………いや……」
ボウガはぶんぶんと首を振る。
「同じでも今と変わらないか。オレは【クリア】なんだし……」
独り言ちるとその場から立ち上がる。向こうにいる村人たちの手伝いをしようと思ったからだ。
森の入り口付近で溜まっている村人たちを見つけ近寄っていく。
「すみません、オレができること…………」
声を掛けた時、村の広場の方から馬の嘶きが聞こえてきた。
「おい、なんだあの馬車……?」
「立派な馬車だなぁ」
「何でこんな村に?」
村人たちはザワザワと指を差して話し合う。
ボウガも気になって隙間から広場を覗くと、確かに村に不釣り合いなほどにキラキラと光るラグジュアリーな馬車が見えた。
――――なんか、目がチカチカする馬車だな。
あんまり趣味が良いとは思えず、自然と顔を顰めた。
「お、誰か降りてきたぞ!」
その声に村人たちはじっと馬車の様子を見守る。
馬車の扉が開いて、ゆっくりともったいつけるように降りてきたのは、一人の煌びやかな衣装を纏った少年のように見えた。
「あー、ゴホン!」
少年が咳払いをすると、周りにどこからともなく兵隊が現れて両脇に整列をする。彼はその真ん中を進み、広場の中央へと歩いていった。
「聞けっ! 村の者たちよっ!!」
甲高い声が響く。
「僕様は、サーセンデス公爵家の長子『ハゼロ・クーズ・サーセンデス』である!!」
「「「……………………」」」
急な名乗りに、周りにいた村人たちはキョトンとして誰も微動だにしない。
そんな村人の様子を見て、貴族の少年……ハゼロは顔を歪めて大きなため息をついた。
「はぁぁぁぁ…………これだから、田舎は嫌いなんだ! いいか、この僕様は未来の公爵であるぞ!! わざわざ、こんな所に来てんだから、並んで挨拶くらいしたらどうだ!!」
「は、はぁ……」
「え〜と……並ぶか……」
「う〜ん……」
ぷんぷんと怒るハゼロに、近くの村人たちは納得しきれていない表情で整列し始めた。
遠くで見ていたボウガや村人たちも、ハゼロの言動に半ば呆れたように囁く。
「あー、ありゃあ【魔神族】のお貴族様だな」
「あれが【魔神族】……?」
そう聞かされて少年を見ると、まず目に付くのは彼の頭に丸く捻れた角が頭の左右に生えていること。背が高く細身であり、肌の色はかなり白い。
服装は貴族らしい立派な刺繍が施された衣装で、背中には丈の短いマントが付いていた。実は彼らには翼があり、マントは翼を仕舞った背中を隠すためだという。
「たぶん、彼らで一番多い『魔神』って人種で、国境付近の貴族ってところだね。中央都市にいる貴族じゃない。そうじゃなきゃ、こんな村に馬車で来ないから」
現場指揮が教えてくれた。
多くの【魔神族】の拠点である『中央都市』はここからかなり遠く、この村に馬車で来たところを見ると、そんなに離れていない田舎都市から来た貴族だと判断される。
「あいつらの中では大したことない貴族だけど、一応『公爵』の地位があるなら下手な対応はできないかな……」
「………………」
現場指揮や他の村人も、険しい顔をして広場を見詰めていた。どうやら【魔神族】の貴族というだけで、村人にとっては厄介な存在のようだ。
――――……そんな貴族が、ここに何をしに来たんだろう?
ボウガが首を傾げていると、ハゼロは並んだ村人を見回してニヤリと笑う。
「ゴホンッ! ここに【精霊族】の王女であるチェリ様がおられるだろう? 僕様はチェリ王女を迎えに来たのだ!」
「「「………………は?」」」
ボウガを含め、村人全員が一斉に眉間にシワを寄せた。




