第16話 偽りの魔除け
始まりははっきりとは記されてはいないが、永きに渡り【精霊族】と【魔神族】は争いをしてきた。
戦力は圧倒的に【魔神族】が勝っていた。しかし【精霊族】も少数でありながらも精鋭が多く抵抗は激しかった。
お互いに魔法に長けていた【種族】同士、その争いは世界にかなりの損害を及ぼしていた。
その戦いが終わったのが100年前。
【魔神族】が世界の七割を治めるかたちで終結を迎えた。
だから、今後は仲良く手を取り合って暮らそう…………という、建て前が決められた。
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「……それが【盟友の祭典】が始まるきっかけだって云われてる」
夜もだいぶ更けた頃。
居間のテーブルにアロとチェリ、向かい側にボウガが座って話をしている。
【盟友の祭典】は【精霊族】の王都『カルタロック』で、五年に一度開催される祭りだ。
この時は【魔神族】の権力者の多くが都に集まり、お互いの文化を知る国際交流の場として大いに賑わう。
「見た目は楽しい祭りだよ。いつもはそんなに居ない【魔神族】が王都に来て、色んな珍しいものも一緒に入ってきて…………これを楽しみにしている【精霊族】だっているくらいだ。でも、実際はそんなに良いもんじゃない」
アロは大きくため息をつく。
大きな祭りというのは、実のところ開催する側にかなりの負担が強いられるものだ。
楽しい裏側で責任は全て主催者へと回され、ゲストとして招かれた者たちを過ごしやすいように接待をする。
「こうやって、五年に一度の祭典を行うことで【精霊族】は経済的に削られ、国に要人を招くことで手の内を見られる」
そして、主催者となる【精霊族】の王族たちは更なる『試練』が待っている。
「【盟友の祭典】では年頃の王子王女のお披露目があって、そこで【魔神族】の貴族に見初められる者が出てくる…………特に、貴族令息が王女を妻に……って……」
王族になるのは優秀な若者たちだ。
中身も大事だがエルフなどは見た目も良い。そのため、お披露目の場所において、気に入られた【精霊族】の王族と【魔神族】の貴族の『婚約』が交わされることも多い。
「でも、婚約は一方的だ。魔神貴族のバカ息子が『あの娘を愛人にしたい!』なんておねだりしてきても、それをこちらは断れない」
世界では【魔神族】は【精霊族】よりも地位が高い。
選ばれた王族は『友好の証』として【魔神族】へと嫁がされる。
「もしかしたら、その王女は将来は優秀な『女王』になったかもしれないのに…………」
【盟友の祭典】の真の目的は【精霊族】の国力を下げること。
経済を削ぎ落とし、国内の様子を把握し、優秀な女王の候補を潰しておく。
「もしかして、事前にその王女に『婚約者』がいれば、【魔神族】の貴族に選ばれるのを回避できる……?」
「理解が早くて助かる。言ってしまえば、そういうことになるな。でも、それだけじゃダメなんだ」
「………………」
チェリはアロの隣りで俯く。口をギュッと結び、今にも震えそうに体を小さく丸めていた。さっきまで目を輝かせていた姿はどこにもなくなっている。
「例え『婚約者』がいても、真性のバカが複数いたら、無理やり引き離されることになるんだ。それも、余興の『景品』としてな……」
「余興? 景品? どういう……」
「あんまり、言いたくはねぇんだけど……」
兄妹は顔を見合わせると、ボウガに向かって静かに説明を始めた。
だいたいはアロが話したが、チェリがぽつりと補足を入れていく。
ボウガはその話を最後まで黙って聞いていた。
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兄妹が話した、【祭典】の真の内容は以下の通りだ。
【盟友の祭典】とは、【魔神族】が【精霊族】へ圧倒的な支配力を見せ付けるために行うものだということ。
【種族】の交流だと言っておいて、格差が浮き彫りになるのが毎回のこと。
この【祭典】で一番の目玉は、祭りの終盤に行う『御前試合』だ。
各人種、各部族の長たちが、本人または代理人を立てて武を競い合うもの。
出場者は闘って勝ち残れば、豪華な『景品』が貰えるという至って簡単なルール。
特に問題が起きなければ、その『景品』は宝石や金貨などの高価なものが喜ばれた。
しかし、毎回の『景品』は【精霊族】の王子王女のお披露目の直後に発表されていた。
そして、そこで問題が起きる。
器量の良い王女などがその場に居た場合、間違いなく貴族たちに見初められてしまう。それは例え『婚約者』がいても、彼らは強引に王女を『景品』として奪い合うことになる。
別に愛情がある訳でもなく、正にトロフィーとして年若い王女が差し出されてしまう。
将来、チェリが『女王』を目指すのであれば、ここで【魔神族】に嫁がされることだけは避けたいのだ。
だが現実は残酷で、他の【精霊族】の王族もこれを回避しようと必死になる。そこで目をつけられるのが、平民出身である『外部王族』となってしまう。
自分たちが選ばれないように、積極的に『外部王族』の王女を【魔神族】の貴族に売り込んでいくことだろう。
これは生け贄と言ってもいい。
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「…………そんな、酷い話があるのか」
「あるんだよ。実際、五年前に一人の『外部王族』の王女が『景品』にされて、優勝した貴族に連れていかれたのを見た。その後のことは…………よく、わからない。俺たちも小さかったから……」
珍しくアロが青ざめた表情で下を向く。
それくらい、幼かった兄妹には恐ろしく思えた出来事だったのだ。
「お披露目されるのは、14〜18才の王子王女だ。そこから外れている王族は『景品』にされることはない。だから、今回だけ選ばれなきゃいいんだけど……」
「………………」
これ以上先の話を言わなくても、ボウガには内容が解ってしまった。
「たぶん…………いや、絶対にチェリは標的にされる。該当する王子王女で『外部王族』は俺たちだけなんだ。王子が『景品』なることは無いと思うから、残っているのは…………」
《私だけです……》
「そんな……」
あまりのことに、どんな文句を言えばいいのかわからない。
勝手に王女を娶る気になる【魔神族】の貴族はもちろん、それに平気で仲間を差し出そうとする【精霊族】の王族にも腹が立った。
――――なるほど。だったら、オレが本当の『護衛役』になってしまえばいいのか。
きっと兄妹も、それが最後の頼みの綱だったかもしれない。
「これって、チェリが選ばれた最悪の場合…………オレがチェリの『婚約者』になった上で、その『御前試合』とやらで勝てば解決することだよな?」
「……本当に、話が早い。お前が魔物を倒せる奴だってわかってから、じいちゃんはお前をチェリの『魔除け』にしようって…………本当は、兄の俺が護るべきだったのに」
【盟友の祭典】の話が来る前から、このことを心配していたアロとエペは、チェリを護れる人間を探していたという。
「でも……もしかしたら、オレよりもアロの方が強いんじゃないか? オレは魔法とかできないし……」
主催者が【精霊族】ならば、魔法に関連するものだと思ったのだ。
しかし、アロは力無く笑いながら首を振る。
「【魔神族】より魔法が得意な【精霊族】対策がされていて、『御前試合』では魔法の使用が禁止なんだ。だから、魔法しかない俺がチェリを護ることはできない」
魔法に特化している【精霊族】に対し、同じく魔法が得意な【魔神族】だが、彼らは魔法だけでなく身体能力も【獣人族】並に強い者も多いという。
どこまでも【魔神族】に有利なようにできている。
「対抗できる、戦闘能力が高い【種族】で探してみたけど……『婚約者』って時点で難しかったんだ。例え『偽装婚約』だとしても、変な男にチェリを任せたくない。チェリの“声”が聴こえない奴は言語道断だからな」
“チェリの声が聞こえるというのが、信頼のバロメーターになっている”
ボウガが村の人間から悪く思われなかったのはこれのおかげだ。
「こう言っちゃなんだけど、運命じゃないかと思ったね。こんな直前に、条件の良い人間が現れたんだから。ま、チェリは最初は反対してたけど……」
《それは……迷惑を掛けてしまうからで……》
「そんなことは……」
「いや、実はとてつもなく面倒臭いことになる」
そう言うと、アロはチェストの引き出しから小さな箱を出した。
箱の中には別のケースがあり、それを開くと二つのリングが収まっていた。
「いわゆる婚約指輪だな。『婚約者』同士で身に付けてもらう。ただし、これには“魔法”が掛けられている。一度身に着けたら、外せるのは王宮にいる『女王陛下』しかいない」
チェリは記憶喪失のボウガが巻き込まれるのを嫌がった。
《だって、もしも記憶が戻って……ボウガに大切な人がいたりしたら、絶対に嫌だと思うから……》
そして、もしもそんな相手が居た場合、王女であるチェリと婚約したボウガの方が不貞を問われてしまう恐れがあるという。
《陛下は、例え理由があっても“嘘”を嫌います。少しでも偽っていれば、即ボウガが罰せられることに…………》
「…………」
それはボウガにも即答できないものだ。
頭では、きっと“大切な人”などいないだろうと思ってはいるが、万が一そんな“大切な人”が居た場合は自分だけでなく、その人やこの兄妹たちを傷付けてしまう。
「だから、もしも婚約した後にお前が記憶を取り戻した場合、すぐにでも対応する覚悟はできている。婚約解消ってことになるなら、俺たちの一方的な理由で『婚約破棄』したってことにしておくから」
「え……でも、それじゃあ……チェリとアロが不利に……」
一応の王族である彼らが、平民とはいえ一度交わした約束を反故にするのだ。二人の権威に傷が付かない訳がない。
「大丈夫だ。この手を使った王族なんて、過去にいくらでもいるはずだし。お前はただ、期間中だけ婚約者だと自覚してくれれば“嘘”とはならない」
「……そうか」
テーブルの上には、箱に収まったキレイな金色の指輪が二つ光っている。
これを着けた瞬間にボウガは一切の偽りが許されなくなり、【盟友の祭典】が終わるまでは記憶を取り戻すことが、自身の罪に問われる原因にもなりかねない。
――――チェリのことは助けたい。でも、オレがこの子たちを守れるような立場の人間じゃないと判った時が来たら……?
頭に過ぎるのは保身というよりも、二人に降りかかるかもしれない不利益。
「もしも、それでもチェリと『偽装婚約』をしてくれるなら、俺たちはお前が何者でも最大限に守ると約束する」
アロは淡々と言っているが、横にいるチェリはどんどん表情が暗くなっていく。
先ほどまで、贈ったブレスレットに大喜びして笑っていたというのに。
――――オレは、チェリが泣くのは見たくない。
ボウガは黙って指輪の箱に手を伸ばした。




