第15話 ブレスレット
三人が村に戻ったのは、辺りがかなり暗くなってからだった。
帰りは農家の荷馬車ではなく、二頭の馬が引くワゴン型のものだ。
アロとチェリは馬車に乗ってからは、ほとんど話をせずに黙っていた。時折り、ウトウトとしていたので、色々あって二人も疲れていたのかもしれない。
ボウガも黙って外を眺めて、先ほど一人で行動していた時のことを思い出す。
…………………………
………………
二時間ほど前。
診療所から出て、町の通りをボウガが一人で歩いていた時だ。
「キレイなアクセサリーがあるよ。時間のあるお方たちは見ておいで」
路肩に商品を広げて、年配の男性が手作りのアクセサリーを売っていた。
――――あ、この露店……チェリが見ていたものだ。
そう思って店の方を見ていると、パチリと売り子の男性と目が合ってしまった。
子供のように小柄で、猫に似たツリ目、大きな鼻と耳が特徴的な年配の男性だ。『エルフ』ではないが【精霊族】の人種だろう。
「おや? お兄さん、さっきキレイなエルフの子たちと一緒にいた【クリア】の方じゃないかね?」
「は、はい……」
「どうだい、少し見ていってくれないか?」
「はぁ……」
なんと、店主はチェリの少し後ろにいたボウガを憶えていたのだ。
それについバカ正直に答えてしまい、仕方なくふらふらと商品の前まで歩いていく。
しかし、売られているアクセサリーを見て、ボウガは少し驚いた。どれもセンスが良く、品物も上質だったからだ。
「あ、この細工すごい……」
「おぉ、わかるかい。わしら『レプラホーン』は器用なことで有名でね。この工芸品も腕の良い細工師が作ったものばかりだ」
「へぇ……」
自分にアクセサリーはよくわからないと思ったが、見れば見るほど品物の良さが伝わってくる。
もしかしたら、記憶喪失になる前は自分の周りにも、こういう物を作る人間がいたのかもしれない。
「あ、これ……」
その中でひとつ、目に止まったものがあった。
細かい宝石を施してある、細い金のブレスレットだ。
宝石は全体的に緑色だが、一点だけ小さい赤い石が埋め込まれている。
――――なんか、チェリみたいだな。
ふわふわの緑がかった金髪に、一部赤い髪の毛が触角のように伸びているのが頭に浮かぶ。
「あー、これね。連れのエルフのお嬢さんも、このブレスレットを見てたね。ちょっと、子供さんのお小遣いじゃ高かったかもしれないな」
「そっか……」
そういえば、あの時にチェリは熱心に見ていたが買わなかったのを憶えている。
「………………」
ボウガはコソッと、自分のものだと言われた財布の中身を確認した。旅人だったらしいが、以外に中身は入っている。
確かに子供が買うには高値だが、この値段なら買って渡すのにはちょうど良いと思われた。
――――……ケーキ、ご馳走になったからなぁ。せっかくの誕生日も、オレのせいで台無しにしてしまったし。
ボウガがじっとブレスレットを見詰めていると、店主はにっこりと笑って品物を指差す。
「もしかして、あの娘へのプレゼントかい? そうならサービスするよ。可愛い娘だったしねぇ。きっと彼女に似合うと思うよ!」
「………………はい」
さすが、商売人はのせるのが上手いと思ってしまった。
…………………………
………………
「……早めに渡した方が良いのか?」
ボウガは部屋をウロウロと歩いていた。手には露店で買った緑と赤い宝石のブレスレットがある。
チェリの誕生日プレゼントに良いかと思わず買ってしまったが、それを本人に渡すとなると急に恥ずかしくなってしまった。
「気持ち悪いって思われたら嫌だな……」
出会って数日しか経ってないのに、年頃の女の子にプレゼントを贈るのは常識として大丈夫なのか?
――――いや、意外と気にしないでいてくれるかもしれない。誕生日の話が出ていたんだから、渡したって不自然じゃない。
考えた末、寝る前にさりげなく渡してしまおうと部屋のドアに手を掛けた時、トントントンッとドアがノックされた。
「……えっ!? は、はいっ!」
反射的に返事をしてドアを開けると、そこにいたのはチェリだった。
「ーーー……?」
「う、うん、だだ、大丈夫だけどっ……」
不意を突かれた挙句、小首を傾げて見上げてくるチェリが可愛く見えてしまって、ボウガは内心大慌てである。
――――あっ! コレ早く渡さないとっ!
「そ、そうだ! 渡したいのがあるんだけどっ……!」
「ーー?」
慌て過ぎて思考が停止しそうになっている。
チェリが何の用で来たのかを考える前に、持っていたブレスレットを目の前に差し出した。
「ーー、ーーーっ!」
ブレスレットを受け取ったチェリは驚きつつも笑顔になる。
「その……誕生日プレゼントというか」
「ーーー!」
大喜びでボウガに礼を伝え、早速腕にブレスレットを付けていた。やはり、色合いもチェリによく似合っていて、プレゼントしたことが嬉しくなった。
「ーーーー♪」
「どう、いたしまして。喜んでもらえてよかった……」
拒絶されなかったことに心から安堵して、笑っている顔を見て何故か泣きそうにもなった。
――――やっぱり、この子は笑っているのが………………ん?
ひとり感動していた時、自分の両手をチェリがしっかりと握っていることに気付いた。
「……………………」
しっとりとしてキレイな小さい手だ。
贈ったブレスレットが、細くて白い手首に早くも馴染んでいる。
いや、それよりも何故、チェリが自分の手を握っているのか。
それと同時に、チェリは頬を染めてじっとボウガの顔を見詰めていた。
「チェリ…………どうか、した?」
「…………………………」
「え〜っと……?」
「…………………………」
最初はドキドキしたが、見詰めてくるチェリの顔を見ていたら、これはそんな甘い展開ではないと悟った。
見詰める瞳が力強くキラキラしている。
染まっている頬も『ほんのり染まっている』というより『紅潮している』という表現の方が合っている。
これは照れているというよりも、何かに張り切っていこうとしている元気な女の子の目だと感じた。
――――……そんなに、プレゼントを喜んでくれたのだろうか?
チェリの様子に疑問を抱いていると、ボウガの手を握っている手にギュッと力が入る。
《あの、ボウガ……》
「え?」
キラキラ、キラキラ……
物凄く見詰められて少しだけたじろぐ。
そして、これまでにないほど、チェリがにっこりと笑った瞬間、
《私と婚約してください》
ボウガにはそう聞こえた。
「え…………?」
――――今、“婚約”って……聞き違い?
《私の婚約者になって、一緒に王宮へ行ってください》
「えぇっ!?」
間違いではない。今度はしっかり“婚約者”と言われてしまった。
――――プレゼントをあげたから!? ちょっと喜びすぎなんじゃ……いや、それだけで……
チェリは握った手をそのままに、ボウガをじっと見詰めている。目もキラキラのままで可愛いのだが、何か圧力を掛けられているような気分になった。
《じゃあ、決定で良いですか?》
「へっ!? ちょっ……!!」
《…………嫌、ですか?》
「い、嫌じゃない……けど」
嫌ではない。しかし、急な展開の理由がまったくわからない。
――――オレ、何かやらかしてしまったんだろうか? 今日は町に行って、ギルドに行って、オーク倒して、ケーキ食べて…………あ、その前に大道芸があって…………
昼間に何も考えずに、年頃のチェリを肩に担いでしまったことを思い出した。しかし、それが原因なら、アロからの指摘があるだろう。
チェリの細い手首で、ブレスレットがキラリと煌めく。
――――まさか、アクセサリーを贈ったら求婚されるとか、エルフってそんな掟があったりしないか!?
「……………………………………」
いっぱいいっぱいになったボウガは、完全に黙り込んでしまった。
《あの……ボウガ?》
「……う、うん……」
《私のこと…………嫌いですか?》
「そんなことっ……!」
《じゃあ、良いですね。婚約》
「〜〜〜〜〜っっ……」
有無も言わさず、美少女が『婚約』を迫ってくる状況に、素直に喜んでいいのかと混乱していた。
だが、その時。
パンパンッ! と手を叩く音がした。
「はいはい、ちょっと待った!!」
急にアロが二人の間に割って入る。
「ったく、見てらんねぇし! とにかく、まずは…………」
「……アロごめん。オレ、何かしてしまったみたいだ」
アロの登場にホッとすると同時に、妹のチェリにしでかしてしまった気になって、謝罪の言葉が出てきてしまう。
「あ? お前、何もしてねぇよ。安心しろ、大丈夫だ。まずは落ち着け」
「で、でも…………」
「最初から、お前が部屋から出てきたとこから見てた。あ、チェリにプレゼント、ありがとう。気を遣わせたな!」
「………………………………」
混乱は収まったが、一部始終全て見られていたことに、今度は羞恥心で毛布を頭から被りたい衝動に駆られる。しかも、礼まで言われた。
妹にちょっかい掛けたなと、アロに責められる方がマシな気がする。いたたまれない。
ボウガが壁に項垂れている後ろで、アロがチェリに軽くお説教を始めた。
「チェリ、お前は説明不足だ」
「ーーー……」
「見ろ、こいつ今、めちゃくちゃ困ってるだろう? ちゃんと順を追って説明しないと!」
アロに言われて、チェリはしゅんとしながらボウガの方を向く。
「……ーーー?」
「いや、大丈夫……何のことか教えてもらえれば…………」
そう。説明が欲しい。いきなり可愛い娘に求婚されるという理由が。
現実でそんな状況は、ほぼほぼ無いと思われるのだから。
「はぁ……ほんと、悪いことしたな。チェリが自分で言うからって、任せたのもいけなかったんだ」
アロから改めて謝罪され、ボウガは完全に落ち着きを取り戻した。
「なんで、チェリがこんなことを?」
「…………“アミュレット”だ。昼間にギルドで間違えられただろ?」
「あ……」
そういえば、そんな事を言われた気もする。
「俺たち『外部王族』が、外の世界で決めた『婚約者』のことを言う。言ってしまえば、王宮に行った時の“虫除け”ってことだ」
「虫除け? チェリの?」
「そう。お前にはそのための『婚約者』に……『魔除け』になってほしいんだよ」
これが、普通の『婚約者』ではないことは理解できた。




