第14話 守られる者
お茶やらショップ巡りやらを経て、時刻はそろそろ夕方に差し掛かる時間。
三人は表通りからひとつ奥の通りへと向かう。
「ここが、医師の診療所だ。迎えの馬車も、後でここに来るようにお願いしてる」
二人が診療所のドアを開けると、すでに診察は終わっているのか、中には『人狼』の医師が居た。
「やぁ、よく来たね。アロ、チェリ。それに……」
「こいつの名前はボウガだ」
「あぁ、ボウガくんか。顔色も良さそうで安心したよ」
狼顔の医師はにっこりと笑った。
「迎えの馬車が来るまで、奥で休んでいきなさい」
「ありがとう。医師」
「あ、そうそう。先に三人にお客さんが来てるよ」
「客?」
「それが……」
医師が言いかけたと同時に、廊下の奥からドカドカと足音が迫ってくる。
「あああ、アロ様!! チェリ様!! やっと、いらっしゃいましたかっ!!」
焦ったように顔を出したのは、ギルドのマスターだった。
「あれ? どうしたのマスター?」
「お帰りの前に、こちらに寄ると言っていたのでお待ちしていたんです!」
「うん、昼過ぎからここで待つってきかなくてね。ちょっと急ぎの話があるんだって……」
「それなんですが、実はっ……あ……」
マスターが何かをいい出そうとした時、アロの後ろにいたボウガの顔を見て動きを止めた。
「どうかしたのか?」
「あ、いや、その……大事な話なのですが…………申し訳ない、アロ様たちにお伝えしたいことが…………」
「………………」
チラチラと、ボウガと兄妹の顔を交互に見ている。どうやら、ボウガが居ると話し難い事のようだ。
――――王族関係の話かな? それなら、オレは席を外した方がいいだろう。
「オレ、もう少し外に出ても良いでしょうか? ちょっと見たかったものがあったし……」
察しの良いボウガがそう提案すると、マスターはホッとしたような顔をした。
「何だかすみません……」
「大丈夫です。じゃ、行ってくるから」
「あ、そうだ、これをあげるから被っていきなさい」
マスターに渡されたのはフード付きのマントだった。
「こう言っちゃなんだが一人でいると、お兄さんが【クリア】というだけで難癖を付けてくる奴もいる。気をつけて……」
「はい。ありがとうございます」
ありがたく受け取り、診療所を出ていく。
夕方近くの通りは、先ほどよりも人通りは少なくなっていた。
「さて……どのくらいで戻ればいいかな?」
見に行く……とは言ったものの、ボウガはこの町をほとんど知らない。
――――来た道を散歩がてらに歩くか……
昼間に三人で楽しく歩いた道を、今度は一人で静かに歩き始めた。
…………………………
………………
ボウガが出ていったのを見守り、アロとチェリは険しい顔でマスターを振り返る。
「で? ボウガがいたらマズイ話って?」
「ーーー?」
「いや、マズイというか……あのお兄さん、記憶喪失だって言ってたじゃないですか。だから、変に心配し過ぎるのも良くないと思いまして…………決して、あのお兄さんを悪く言いたいんじゃないんで……」
アロとチェリに詰め寄られ、マスターは両手を上げて必死に敵意を否定した。
「皆さん、とりあえず奥へ。落ち着いて話を聴きましょう」
医師が促し、奥の応接室へと移動する。
全員が座ると、マスターが懐から紙の束を取り出した。
「これ、ギルドでよく見る『依頼書』か?」
「依頼書と言えばそうなんですが、この依頼書は普通のギルドじゃ出てこない『裏の依頼書』です」
何か『裏』と付くだけで嫌な感じがして、全員が顔を顰める。
「その反応……まぁ、確かにあまり良くないものなんです。ここ、報酬がやたら高額だ。そして、依頼先がはっきり明記されてない」
確かに、どれも依頼主への連絡方法が特殊だ。
仲介業者を通すものもあれば、魔法による連絡なんていうのも少なくない。
「この『裏の依頼書』は、ギルドで暴れたあのオークたちが持ってたらしい。それで…………お知らせしたいのは、この『尋ね人』なんですよ」
「これって……」
「ーーっ……」
差し出された一枚の似顔絵に、アロとチェリは息を飲む。
ひとりの人物の顔が描かれており、その脇に箇条書きで特徴が記されていた。
「どう見ても、この顔はお兄さん…………ボウガさんじゃないですかね?」
描かれた人物は簡略化されていて、そんなに似てるとは言えないものだが、ボウガの顔にある二本の傷の位置がピッタリと同じだ。
他にも紙に書かれている身長や体型、茶髪茶眼などの身体的特徴が一致する。
「これは、ボウガかもしれないけど…………」
アロは紙を手に取り、依頼書の隅から隅まで黙って確認した。やはり、どう見てもボウガであると思えてならない。
「“生死問わず”……か」
一番下に書かれてあるのは、発見した『尋ね人』を引き渡す時の条件。
――――この条件を出されるのは、だいたいが犯罪者で…………
アロが思案を巡らせていると、チェリが服の裾を引っ張ってくる。
「ーーー、ーー?」
「え? あっ!?」
チェリがある事に気付いた。アロもそれについてマスターに尋ねる。
「これ、『尋ね人』の理由が書いてねぇけど?」
普通の『依頼書』などでは、尋ね人がいなくなった場所や、犯罪者がどんな罪を犯したのかが簡単に書いてあるものだ。
「あぁ、これは意図的に書かれていないことがありますね。例えば……」
この『尋ね人』が犯罪者であり、犯した罪が正式に発表できないものである時。
行方不明の場合、捜している依頼主が世間的に出てこられない人物だった時。
「あと『尋ね人』が高貴な方で、その殺害依頼だった場合とか。その他には…………暗殺者などの犯罪者組織からの足抜けとかですね」
犯罪者、殺害依頼、暗殺者……聞くに耐えない、良くない単語が並ぶ。
「…………ボウガか依頼主のどちらか、それともどっちも表には出せないって立場だってことか」
これに理由は書いていない。
だから、ボウガへの善悪も判断がつかないのだ。
「これの依頼主は……?」
「わかりませんね。連絡方法が、怪しげな代理人を通す仕組みになってます」
「ボウガや、その依頼書の主の正体を知るために一度連絡してみるってことは?」
「やめた方がいいです。こういう奴らと繋がりを持つと、何かしら付き纏って来るようになりますので……アロ様たちの将来のためには良くないかと」
やはり『裏』の人間とは関わらないに越したことはないということだ。
「大変申し上げにくいのですが、あのお兄さんは良い人だとは思います。ですが、素性がわからない以上、連れて歩くのは危険かもしれません」
「それで、これをわざわざ報せに来たのか……」
ボウガが悪くなくても、どこかの危険な人物に狙われている可能性がある。この時、アロとチェリも巻き込まれてしまうかもしれない。
「例え外部でも、あなた方は『王族』であり、道中の御身が危機に晒される確率は、少ないに越したことはない。あのお兄さんには村に居てもらって……」
「でも、あいつが誰かに狙われているんなら、村に置いていくよりも、俺たちと王都へ行った方が不安はない」
「それは……」
マスターの言う通り、王族のアロたちを狙う輩の他に、ボウガを狙ってくる奴が合わさってしまうのは避けたい。
それなら、村に置いていくのが良いとは思うが、今度は村に匿ったことで相手の出方が心配になる。
――――このまま、ボウガを護衛として連れて行くか。連れて行かずに、あいつを村から出させるのが一番か……?
「どうするんだい? アロ」
「アロ様……」
「…………」
マスターと医師がアロの顔を伺う。
しかし、アロは黙ったまま隣りのチェリの方へと視線を向けた。チェリはボウガの似顔絵が描かれた『依頼書』をじっと見詰めて動かない。
「チェリ」
「ー……」
「チェリはあいつをどうしたい?」
「………………」
アロの顔を見た後、再び依頼書を見詰め始める。
「…………ーーー」
ポツリと何かを呟くと、グッと唇を強く結んだ。
顔を上げて向かい側にいるマスターと医師に向けて口を開く。
「ーー、ーーーー……!」
「「えっ!?」」
チェリの言った言葉に、マスターと医師は驚いて目を見開いた。
「し、しかし、チェリ様っ! それじゃ余計に危険なのではっ……!?」
「大丈夫なのか? もし、それが原因で王宮から変に指摘されでもしたら……」
慌てふためき、彼女の言ったことを考え直すようにと言いたげであった。二人は諭すような目でアロに視線を向けた。
「ア、アロ様! これじゃ、お二人がっ……」
「チェリのこと、それで良いのか?」
チェリが何か言っても、アロが訂正すれば大抵は収まる。普段の兄妹の力関係はこんな感じだ。
しかし、アロは大きなため息をついた後、チェリの方を向いて口の端を上げた。
「よし。チェリの言う通りにしよう。あいつは、お前を最初に助けてくれたからな」
「「っ……!?」」
再度、二人は驚いて固まる。
アロはそんな二人に今度は真剣な表情を向け、
「俺は『未来の女王陛下』の言葉に従うまでだ。王都にはそれぐらいの気概で向かう」
キッパリと言い放った。
「「……………………」」
アロにそう言われてしまえば、その後は何も言えない。
「マスター、旅の用意は三人分で頼む。俺とチェリと…………護衛のボウガの分で」
「…………わかりました。期限までに、きっちり揃えて村に届けさせていただきます!」
マスターが深々と頭を下げ席を立った。
テーブルの紙の束をまとめて鞄にしまったが、ボウガの似顔絵が描いてあるものはチェリが持っている。
「その『裏の依頼書』はアロ様たちがお持ちになってください。依頼主が見つかった場合、訴える際にそれが“証拠”になることがあります」
「わかった。ありがとう」
再び頭を下げ、マスターは診療所を出ていった。
「本当に大丈夫か? 君たちも大変になるよ?」
医師が二人に尋ねる。特にチェリの方に問い掛けているようだ。
「……ー、ーーー」
チェリは深く息を吸って依頼書を握り締める。
《……私が、彼を守ります》
小さいがはっきりと、チェリの魔法の声が響いた。




