第12話 捜索人
自分のしでかしたことに呆然としたが、顔を上げると、周りで野次馬になっていた他の人間たちが目に入った。
みんな驚いた表情のまま、ボウガの方を見詰めて固まっている。
「っ…………」
ゾクリと、背中に悪寒が走った。
“【無色透明の民】のクセに―――”
頭の中でさっきのオークが言った台詞が回る。
――――【クリア】のオレが、こんなに目立つのは良くないんじゃ…………
何故か急に、そんな考えでいっぱいになった。
記憶を失くしてから【種族】というものも理解していなかったのに、自分が【無色透明の民】であることが申し訳ない気分になったのだ。
「「「………………」」」
オークたちが床に転がる中、周りは恐ろしいくらいに静まり返っている。
「あ、あの……?」
「…………すごい……」
「え?」
ポツリと誰かが一言言った途端、
わぁあああああっ!!
パチパチパチパチパチパチッ!!
周りから歓声と拍手が巻き起こった。
「いや、スッゲェよ兄ちゃん!! あんな巨体を持ち上げるなんて!!」
「【クリア】が絡まれてるからハラハラして見てたけど、オークをぶん投げた時はスッキリしたよー!!」
「君、うちの冒険者パーティに入らないか!?」
遠巻きにしていた人たちが、ボウガの前に集まって次々と賛辞を贈ってくる。
どうやら、オークたちは日頃から評判が良くなく、それをぶん投げたボウガに対して好意的に思ってくれたようだ。
「えっ、その……」
みんな笑顔とはいえ、急に集団に囲まれたボウガが困惑している時、カウンターの後ろからメガホンを手にしたキツネ耳の女の子が現れた。
「あーゴホン、ゴホン! 皆さん、大変お騒がせいたしました! こちら至急、復旧を致しますので、お手伝いいただける方はお願いします! 定員5名、銀貨2枚お出し致します! その他の方は外でお待ちくださいませ!」
全員がキツネ耳の女の子に注目したところで、チェリがボウガの袖を引っ張ってきた。
「お兄さん、アロ様たちとこちらへ!」
ドワーフのマスターが奥の扉から手招きをしている。三人は人混みから素早くそちらへと移動した。
…………………………
………………
「いやいや、すごいもの見せてもらいましたよ! まさか、あのオークたちを素手で転がすなんて!」
ガハハハッ! と豪快に笑いながら、マスターはボウガの肩をポンポンと叩く。
「俺でもオークくらい転がせたけど……」
「アロ様。以前に酔っ払った獣人の首から下を、魔法でカッチカチの氷漬けにしたじゃありませんか。あの時の片付け……大変だったんですよ。それに比べたら、今回は穏便に済んで良かったです」
「ん、悪い……」
どうやら、アロを止めなかったら店の真ん中に、オークの氷柱が四つできたらしい。
空の酒樽三つの片付けよりも、魔法の後始末は面倒なようだ。ちなみに、その獣人はしもやけ程度で済んだという。
「ゴホン。さて、お話ですが……」
ここはギルドの奥にあるマスターの執務室だ。
三人は応接のソファーに座って、マスターと改めて話をすることにした。
「まさか【クリア】がこんな怪力の持ち主だとは誰も思いませんよ。お兄さん、あんな力が有るなんて何の【種族】ですか?」
「それは……」
「こいつ、そこが問題なんだ」
ボウガが返答に詰まっていると、アロが代わりに話を始める。
「マスター。すまないけど、ギルドに届いている『尋ね人』を調べてほしい……」
「尋ね人……ですか。誰かお捜しで?」
「うん。実は…………“こいつ”がいないか見てほしい」
「へ?」
アロはボウガを指差す。
「こいつ……ボウガは記憶を失くしているんだ」
ここで、ボウガが魔物を倒したことや、自分の【種族】などの一切の情報を思い出せないことが語られた。
「なるほど。先日、アロ様たちの村から魔物の毛皮が卸されてきたんで、一連の騒ぎは聞いていたんですが…………このお兄さんがそれを倒してましたか」
マスターは大きく頷くと、近くの棚から分厚いファイルを取り出した。
「今のところ【クリア】の『捜索願い』は出てませんね」
「じゃあ…………『指名手配』では?」
「…………出てません」
「そうかぁ……」
「ーー……」
テーブルに置かれたファイルに目を通し、どこかホッとした様子のアロとチェリ。
同じ『尋ね人』でも、もしも後者であったならボウガをこの場で引渡すことになりかねない。
「あ、でも、こいつと会ったのは四日前だから、まだ『捜索願い』が出てないってこともあるのか?」
「いいえ。アロ様たちがこの方に会ったのが四日前でも、元に居た場所からいなくなったのはもっと前になるでしょう。早いものだと、居なくなって翌日には手配を掛けて捜索を開始することもありますから」
元の場所からボウガが失踪した日にちを考えると、嵐のあった日が疑わしい。そうなると、すでに一週間は経過していることになる。
「あの嵐も規模が大きかったですから、他にも捜索人がいて手配が遅れることもあるかもしれません。気長に待ってもいいかと思いますが……」
「……………………」
マスターがチラッとボウガを見る。
「記憶、戻らないなら、そのつもりで行動しても良いと思いますよ。不確かなものを待つのも大変でしょうし」
記憶はいつ戻るのか、それとも一生戻らないのかは分からない。時間が勿体ない。
そう言っているように思えた。
「あと、コレなんだけど。ここで『魔法の解除』ができる奴知ってるか?」
「ほぅ。『取り出し制限』の魔法ですね。なるほど、彼の身分証などがあるかもしれませんね」
アロはボウガが持っていた袋をマスターに見せた。他の荷物の『失せ物防止』は魔法を一時停止にできたので家に置いてきた。
「残念ですが、ここじゃそれを解除できる魔法使いはいません。それこそ、魔法のことなら『カルタロック』の都の方が専門じゃないですか」
都には強力な魔術師や、世界の知識を集めた図書館なども存在するという。
「それに、護衛の件なのですが、先ほどのことも含めてお兄さん以上の冒険者はいませんね。できれば、このお兄さんに直接頼んだ方がいい」
あのオークを持ち上げる人間はそうそういない。マスターは笑って「うちのギルドに冒険者登録をしないか?」と、冗談でボウガを勧誘までしていた。
「なぁ、アロ。もしも二人が嫌じゃないなら、オレが都までの護衛をやっても良いよ?」
先ほどのことを思い出して、あんな奴らに兄妹が絡まれるのは嫌だと思った。
「うん……まぁ仕方ないか。それなら、都までの護衛はボウガに頼む。ちゃんと報酬は払うし、都に行ったらお前の記憶の治療も受けられるように王宮にお願いする。チェリは……これで良いか?」
《…………わかりました。護衛だけお願いします》
『だけ』がやたら強調されているのが引っかかったが、それよりもチェリが元気なく俯いてしまった方が気になる。
「よし。では、あとは準備の品をそろえるだけですが…………」
ここからは旅の用品の説明やら、予約と配達やらの手続きとなった。
…………………………
………………
「それじゃ、用品は期日までに村まで頼む」
「承りました。ありがとうございます」
マスターはニコニコと契約の紙を机に置く。
「そういえば、すぐに村へ戻るのですか?」
「いいや。夕方に迎えが来るまで、町を見たりしようと思ってた。帰る前に医師の診療所にも顔を出す予定だ」
「そうですか」
お互いに挨拶をして、三人はギルドの裏口から通りへと出た。
すでに時間は昼を回っており、町の市場やメインストリートは人々でごった返している。
すれ違う人々を見ると、ほとんどが『エルフ』や『ドワーフ』、何かの『獣人』だった。
「……この町は【精霊族】と【獣人族】ばかりだな」
「そりゃ、ここは【精霊族】の統治下だからな。【獣人族】なんかは世界中にいるし。ここなら【クリア】も珍しくない」
さらによく見ると、人混みの中にちらほらと【クリア】が歩いているのが見えた。
「【クリア】ってどこでも生まれる可能性があるから、相当に強い【種族】の差別がある所以外は普通に見掛けるな」
「差別…………」
そう言われると、すれ違いざまにボウガをチラ見する者はいるが、それは極小数であるように感じる。
――――オレは特に目立ってない。良かった。
周りを見て心底ホッとする。
「なぁ、せっかくだから、あっちとか見てこう。村には売ってない物とか、珍しい店なんかもあるし」
「ーーー♪」
「うん」
こうして、三人は少しだけ賑やかな町を散策することにした。
…………………………
………………
ところ変わって、ギルドではやっとホールの片付けが済んだところだった。
騒ぎを起こしたオークたちは、自警団の宿泊施設(牢屋)で一晩反省させられるようだ。
「ふぅ。今回の被害は散らばった樽だけだったッスね! 楽勝楽勝ッス♡」
酒場も兼ねているギルドにとって、喧嘩騒ぎは日常茶飯事だ。今日はかなり穏便に済んだ方である。
キツネ耳の女の子が鼻歌混じりでモップを片付けようとした時、ふと中央のテーブルに何かの紙が乱雑に置いてあるのが見えた。
どれも、高額な仕事依頼の書かれた『依頼書』である。
「ありゃりゃ、この書類って誰のッスか?」
「あぁ、コレはさっきのオークたちが持ってきたもんだよ。テーブルに広げて騒いでた」
「しょうがねぇ奴らッス!」
彼女はそれを回収して、カウンターにいるマスターへと見せに行った。
「マスター。あのオークたち、こんなに依頼書を持ち歩いてましたよ。まともに働く気があったんスかね?」
「んー? どれどれ…………あぁ、これは『表』の依頼書じゃないなぁ」
紙を手にして、マスターは眉間にシワを寄せた。
どれも、高額であるが故に正規のルートを通ってきた依頼とは違う。
「ったく、どこで手に入れたかは知らんが、こんな怪しい依頼なんてロクでもな………………」
パラパラと紙をめくっていたマスターの手が止まる。マスターの視線は、ある一件の『手配書』に釘付けになっていた。
「…………これは……」
「あれ? この似顔絵って…………」
横からキツネ耳が覗き見る。
「あ! これ、チェリ様たちと一緒にいた【クリア】のお兄さんに似てるッスね!」
マスターは顔を青くして、その『手配書』を何度も見返していた。




