第11話 護衛の役目
扉が開かれた途端、辺りには再び酒の匂いが充満した。
「おぅう、マスターよ! 朝イチできゃたんだ、仕事ぉ回してくりゃ!」
少し呂律の回らない大声が飛ぶ。
入り口に現れたのは、四人のかなり大柄な男たちだった。
いずれも、縦にも横にも大きな身体に胸当てなどを身に付け、腰や背には巨大な斧を携帯している。
豚鼻豚耳で、全体的にゴツゴツと厳つい印象だった。
「……全員『オーク』だな。乱暴でタチの悪い奴らだ。【獣人族】の中でも敬遠されてる。目、合わせんじゃねぇぞ」
「そうなんだ……」
ボウガが聞く前に、アロが彼らについて小声で説明する。チェリはこそっと体を小さくして、カウンターに隠れるように移動した。
どうやら『オーク』は力が強く頑丈だが、酒癖、女癖が悪く、扱いに困る輩が多いという。
オークたちは掃除されたばかりの、中央の席にどっかりと陣取り始めた。
「仕事ぉー、仕事くれぇ!! 楽でぇ稼げるやつぁよぉー!! ヒックッ!!」
「あぁっ!? そんな酒臭い奴に回す仕事は無ぇよ!! 酒抜いてから来やがれ!!」
先ほどまで穏やかに話していたドワーフのマスターが、まるで荒くれ者のように彼らに言葉を返した。
「まったく……あいつら、ろくに稼ぎもしないくせに、金もすぐに呑み代に消えていくんですよ。あれに絡まれたら他の客も逃げるってもんです」
ギルドの受け付けが始まったので、ボウガたち以外にも人が多くなってくる。
しかし、中央のオークの一行は動くことなく、他の人間に絡みながらテーブルに何かの紙を広げて騒いでいた。
そんなオークたちを横目に、アロは話の続きをすることにした。
まずは、あまり状況を飲み込めていないボウガに説明をする。
「半年後……【精霊族】の都で行われる【盟友の祭典】っていう行事に、王子王女として出なきゃならない」
「祭典ってことは、何かの祝賀行事?」
「そう。どこもめでたくないけどな。めんどいから、祭りの事は後にして旅の内容を説明する」
アロが大きくため息をつく。
「俺たちが行くのは、この国の王都『カルタロック』って所だ。ここから道中全て馬車を使っても半月、馬車の乗り継ぎと徒歩移動になるとひと月以上、全て徒歩移動だと順調に行っても三ヶ月は掛かる距離だ」
普通の貴族や富豪であれば全て馬車で移動するというが、アロとチェリは馬車も使いつつ、徒歩移動も含めて考えなければならないようだ。
そこでボウガは少し疑問に思う。
「……二人は一応『王族』なんだから、迎えがあったりしないのか?」
「残念ながら、無ぇんだよ。『内部』の貴族連中も行きは自前になるんだ。ここで諦めるようなら、『平民風情が王族なんかになるな!』って馬鹿にされるのがオチだな」
そこが元が平民である『外部王族』の辛いところだという。
「でも、ここは王都から遠い。一応王宮から補助として旅費の一部を寄越してくれたから、こうして旅の用意くらいはできるんだけどな」
ボウガが村に来る少し前、王宮からの遣いが持ってきたという。
「だから、今日は旅の道具一式と…………一応、護衛をしてもらえる奴がいるか見に来たんだけど……」
「護衛? もしかして、それってオレが手伝えるんじゃ……?」
「……う…………」
――――町へ来る途中、アロが『お願いしたいこと』と言いかけたのはこのことか。
「ん? なんだ、このお兄さんは二人の用心棒ですか? どうせなら“アミュレット”の方が………………あ、チェリ様……」
「〜〜〜………………」
再びマスターが何か言おうとすると、チェリが無言で威嚇をし始める。少しも怖くない。むしろ可愛い。
――――“アミュレット”って結局、何なんだろうか。
たぶん、チェリは教えてくれないだろうと、ボウガは半ば諦めている。
「マスター、こいつはダメなんだ。今だけ一緒に行動してるだけで、俺たちの面倒事には巻き込みたくない。特に…………チェリは」
「ー、ー、ー!」
チェリが勢い良く頷く。
「へぇ、何でですか? ちょっと良さげなのに…………何か理由でも?」
「その事もマスターに相談しに来たんだ。実は―――」
「なんだ、あんたら護衛探してんのかっ!?」
「「「っっっ!?」」」
ドスドスドスドス!! と床を揺らす勢いで、オーク二匹…………いや、二人が三人の後ろへと回り込んできた。
「おうおう! エルフじゃねぇか!!」
「あ! カワイイのがいる!! 兄貴ー、こんなところに上玉がいやすよーっ!!」
オークがアロとチェリを見て、必要以上に騒ぎ立ててくる。どうやら、わざと彼らに注目させて、他の人間を寄せ付けないようにするためのようだ。
「かーっ! お前ら、聞き耳立てておったな!? やめろ! この方たちに構うんじゃねぇっ!!」
マスターがカウンター越しにオークに怒鳴ったが、それを無視して彼らはチェリをジロジロと見ている。
「身なりのいい嬢ちゃんだなぁ。護衛なら、おれたちがやってやろうか? ヒック!」
「そうだ、兄貴はこの町で一番強ぇんだからよぉ!!」
酒の匂いが強くなった。
座っていたオークたちが立ち上がり、カウンター席のボウガたちに近付いてくる。
間近で見ると、オークはボウガよりも頭三つくらいは大きい。背丈は3メートル近くはありそうで、太い横幅も相まって山のように見えた。
その中オーク四人の中でも、一番身体が大きいのが『兄貴』と呼ばれているみたいだ。
三人も立ち上がり、アロがチェリを背中に隠した。
「断る。俺たちはお前らには依頼などしない。帰ってくれ」
少しも億さずアロが言い放つが、オークたちはゲラゲラと笑いながらさらに迫ってきた。
「どうせ、お嬢ちゃんたちも【盟友の祭典】に行くんだろ? おれらも見物くらいはしに行きたいと思ってたんだ。一緒に行こうぜ? な?」
表情から、下心を隠そうともしていないのだ。
今にも舌なめずりをしそうな顔で、一緒に行こうと言われても絶対に並んで歩きたくはない。
「なあなあなあなあ?」
「っ…………」
アロの口元が引きつったのを見た時、ブチッという音が聞こえてきた気がする。
「うるせぇぇぇっ!! 臭ぇんだよ!! それ以上近付くんじゃねぇよ、この猪豚野郎がっ!! 見て聞いて解んねぇのか!? 嫌だって言ってんだろ!! 野生の豚だってもっと言うこと聞くわっ!! 護衛!? ふざけんな!! お前らに護られるくらいなら、その辺のイノシシ連れて歩った方がよっぽどマシだ!! 失せろ!! 消えろ!! 凍らせるぞっっっ!!!!」
「「「っっっ!!!!!?」」」
かなりの声量で一気にオークたちを罵った。
これにオークたちはわなわなと震えて、その場に立ち尽くす。
アロは見た目が良い分、言葉使いの悪さに物凄いギャップが生じている。この罵倒の叫びには、その場に居合わせた他の人間も驚いて固まってしまった。
《兄様、すごい……》
「…………え〜と……アロ?」
「ふん! ったく、めんどくせぇな!」
吐き捨てるようにアロがため息をつくと、オークの兄貴はハッと我に返った。
「こ、このクソガキ!! 今、なんて言った!?」
「あー、やっと脳が追い付いたか。解ったらさっさと野に帰れ」
「バカにすんなぁぁぁぁっっっ!!」
「馬鹿に失礼だぞ。バカ以下のカス野郎が」
「ぐぁああああああっっっ!!!!」
相手の言葉を即座に打ち返す。
――――わぁ……煽る煽る……
「アロ様……けっこう喧嘩っ早いんですよ」
マスターがポツリと呟く。
「でも、これって…………」
かなりマズイ状況ではないか?
オーク四人は頭から湯気が出そうなくらいに、怒りの表情で真っ赤になっている。
「このっ……エルフのガキがっ!! 兄貴がせっかく誘ってやってんのによ!!」
ボウガがオークとアロの間に入ろうとした時、急にオークの一人がアロに向かって拳を振り上げた。
同時にアロの手には白い杖が握られている。迎え討つ気は満々である。
――――……魔法っ……!?
ボウガの脳裏に、音の無い光の爆発のような光景が浮かんだ。
崖から嵐の川へ落とされた時の微かな記憶だった。
「だ、ダメだ……魔法はっ!!」
咄嗟に、ボウガは突っ込んでくるオークの片腕を取り、背中の方にねじ上げて押さえ込む。
「いでででででっ!! 何しやが……」
「あっ……ごめ……」
ドガッ!!
「ぐわぁっ!!!!」
自分のしたことに驚き謝ってしまうが、ボウガの腕は自然と、オークの体を半回転させて床に叩き付けた。頭を打ったオークは床に転がって伸びる。
「てめぇ!! やりやがったなっ!!」
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
兄貴オーク以外の二人が、今度はボウガを標的に飛び掛ってきた。
二人交互に拳が飛んできたが、それをすんなりと避け、片方の腕を掴んで思い切り引き倒すようにもう一人へと投げ付ける。
「ぎゃあっ!?」
「ぐあっ!?」
短い悲鳴をあげて、オーク二人はお互いの頭をぶつけて床に昏倒した。
「えっと…………だ、大丈夫か?」
床に転がる三体のオークを見て、ボウガは自分のしたことに困惑する。
あちらが向かってきたとはいえ、ボウガの体は無意識に応戦してしまったのだ。どうやら、彼は戦い方を身体で憶えているようだ。
「このっ……よくも!!」
残された兄貴オークは、ブルブルと怒りに震えてボウガを見ている。
――――やり過ぎだ……どうしよう。謝っても許してくれなさそうだな……。
最早、話し合いにはならないと思いつつ、それでも穏便に済ませられないかと考えてしまった。
「あの……」
「【無色透明の民】のクセにイキがるなよっ!!」
「―――っっっ!?」
オークの叫びに、ボウガはふらりとよろめく。
“【無色透明の民】のお前が、表舞台にでてくるんじゃねぇよ!! お前など日陰で消えてしまえ!!”
頭の中で、覚えのない言葉が再生される。その瞬間、ボウガの目の前は真っ白になった。
…………………………
………………
「……………………」
意識が飛んでいたらしい。気が付けば、目の前にいた兄貴オークがいない。
――――あれ? デカいオークは?
辺りを見回すと、アロとチェリ、それに周りの人間たちが驚愕の表情で彼の頭の上を見ている。
「え? あ…………」
「は、は、放せぇええええっ!!」
兄貴オークは、ボウガの頭上に居た。
正確には、ボウガがオークの背中のベルトやらを掴んで高々と持ち上げていた。
推定、200kgは超えているであろうオークの巨体を。
「うわっ!?」
抱えていた本人が心底驚いて、オークの望み通りに手を放す。しかし、その巨体は店の壁に積まれていた空の酒樽へとぶん投げられる形でだ。
ゴシャアアアアアッーーー!!!!
盛大な音を立てて、オークは三つの樽を頭で破壊して床に倒れた。
――――な、何だ、これ……オレって、何なんだ?
我が身に起こったことが理解できない。
ボウガは自分の両手を見詰めて立ち尽くした。




