第10話 『外部王族』と旅の準備
「……『外部王族』……?」
たぶん、記憶があった時にも聞いたことがない言葉を聞いた。
きちんと舗装された街道を、野菜を沢山詰んだ農夫の荷馬車が軽やかに進んでいく。
その野菜と一緒に、エルフ兄妹とボウガは並んで荷台に座って運ばれていた。
「そ。俺とチェリは『王子』『王女』なんだが、出自は貴族とかじゃなくただの平民だ」
「そういうのは、平民って言うのか?」
王子や王女なら、貴族よりも上の王族。この時点で『王族』であり平民とは言わないのではないか?
「まぁ、聞け。こうなった理由は【精霊族】の『王』は世襲制じゃなく、完全な実力主義だからなんだよ」
各地のエルフが土地を守るように【精霊族】の『王』になった者は、王都を中心に国の全てを守る責務を負っている。
ここで最も重要なのは、魔力による土地の安定化と国民の生活。
この世界で魔力とは、衣食住の全てに関わるものや、土地に実りをもたらし、災害を少なくする役目がある。
世界の二割を国土とする【精霊族】だが、そこに住む全ての種族は土地の魔力と共に暮らしている。
地方に住む者は田畑を持ち山や森の恵みを享受し、都会に住む者も自然から得られる魔力をエネルギーとして生活する。
「俺たちが『浄化』していたように、自然っていうのも少しは人の手入れがいる。取ってばかりじゃ枯渇するしな。特に人口が集中する場所は、エルフ一人くらいじゃ手入れが行き届かない」
そこで『王』は王都に居ながら、国土のあちこちへ自分の魔力を張り巡らせて管理することとなる。精霊の『王』の管理下で魔力の影響が大きい土地は、魔物が少なく作物の実りも安定するという。
「国土を魔力で守るんだ。もちろん、『王』になる精霊は基本的な魔力が高い者が望ましい」
ひとつの森や村程度なら並のエルフ一人居れば大丈夫だが、それがいくつも、国全体になれば相当な魔力の保有者でなければ務まらない。
だが、そういう者が必ずしも高貴な身分から輩出するとは限らない。
平民の中にも、生まれ持って強大な魔力を持つ者がいることも【精霊族】には珍しくなかった。
「俺とチェリは小さい頃から、自然と魔法を使えててさ。それで、じいちゃんが俺たちの将来を考えて、王都に推薦を出してくれたんだ」
そして数年前。兄妹そろって、王宮から『外部王族』という身分を与えられることになった。
ちなみに、貴族や今の王族の中から選ばれた王子王女は『内部』とされ、王都や他の都市部に居住しているのがほとんどだという。
「俺たち、じいちゃんに引き取られなかったら、親無しで苦労したと思うしさ。『外部王族』って身分も無かったら、じいちゃんや村のみんなにも迷惑掛けていたかもしれない」
身分を与えられることによって、二人の村も国から補助を出されているようだ。
「『外部王族』は、王宮にずっと居なくてもいい。自分の土地を守りながら、自己研鑽に務めるのが日常だ。上手く行けば将来は王宮での良い役職をもらえるし、もちろん…………次の『王』の候補になることもある」
そこでアロがチェリの方を見る。
「実は今回、俺とチェリに王宮から登城の命令が来たんだ。今日はその準備をしに町に行こうとしてる……」
兄妹は顔を見合わせて少し俯いた。どうやら、今回の招集にはあまり乗り気ではないようだ。
確かに居心地がいい村を離れる上に、迎えが来る訳ではなく自分たちで遠くの王都まで旅の準備をして向かうのだ。普通に暮らしていた人間には大変だろう。
「……二人とも、王都には行きたくないのか?」
「本当はな。でも、行かなきゃならないんだ。俺はチェリを次期国王……女王にしたいと思ってるから」
アロの表情は真剣で、それを聞くチェリも黙っている。
長い【精霊族】の歴史では、王よりも圧倒的に女王の方が多いのだという。
他のエルフから見てもチェリは歴代の王子王女たちよりも優れていて、充分王位を狙える位置についているらしい。
「もしかして、王宮に行ったらチェリが女王になるのか?」
王都へ行くのは『戴冠』のためかと思ったら、兄妹は少し驚いた後に笑い始めた。
「あはは、違ぇよ。女王の話は、今すぐじゃなく将来的な希望のことだ」
ボウガは話の流れで、チェリが女王に就くために王宮へ行くのかと思ってしまった。
「じゃあ何で、普段は村に居て良いなら今回は城に呼ばれたんだ?」
「うん…………それが、ちょっと問題があってな。避けられない事だから、俺とチェリも対策を考えてる……」
アロが歯切れの悪い返答をする。問題とやらに対して、この賢そうな兄妹でも解決策が見い出せていないようだ。
「大変なこと……?」
《……私のことなの》
「それって、オレが手伝える?」
《えっ……?》
二人の困った様子にボウガは思わず尋ねた。目覚めてから二日目だが、この兄妹が困っているなら、何かしてあげたいと思っていたからだ。
チェリの横で、アロが驚きつつも笑顔になる。
「そりゃ、お前が手伝ってくれるってなら、お願いしたいことが―――」
《だ、ダメです! 兄様っ!!》
言いかけたアロを、チェリが慌てて止めに入った。心なしかチェリの顔が赤い。
《ボウガに、迷惑掛けたくないですっ!》
「お、おぅ……わかったよ」
必死なチェリに気圧されしたのか、アロがちょっと引き気味に返事をした。こんなチェリの反応は珍しいようだ。
――――もしも二人が困ってるなら助けたい。
「できることがあるなら、オレは別に良いんだけど……」
「ーーー……」
大丈夫だとふるふると首を振るチェリに、ボウガもこれ以上は聞くことができなかった。
それから三人はあまり会話をすることなく、ボーッとして景色を見ながら荷台に座って揺られていた。
…………………………
………………
「ほいじゃ、アロたちも気をつけてな!」
「うん、おっちゃん。ありがとう」
「ーーーー」
「ありがとうございました」
町の市場に到着し、乗せてもらった礼として野菜の荷降ろしを手伝った後、三人は農夫と別れて別の通りへと歩いた。
通りにはあまり人影はない。まだ朝食前の早い時間のせいか、衣料品店や雑貨店などもまだ閉まっている。
「まだ早かったな。先にあっちに行っとくか……」
アロが指差した方へと進んでいく。
「……正直、俺たちって本格的な“旅”って初めてなんだよなぁ。まずは何をそろえていいか教えてもらわないと」
ブツブツと呟きながらアロが立ち止まったのは、二階建てのかなり大きな建物だった。丸太を組んで造ったようなデザインで、一階部分は酒場のように見える。
「えっと……お前、“ギルド”ってわかるか?」
「……冒険者とか、商人が登録するやつ?」
ボウガが答えると、アロが『お?』と意外そうに声を出して笑った。
「あぁ、知ってるのか。ここはこの周辺の町の商業組合や、旅人の案内をする観光組合になってる。他にも宿屋とか、旅の相談なんかも請け負ってるかな。ただ…………」
ガラン、ガラン。
ベルの付いたギルドの扉を開けると、最初に感じたのは甘ったるい酒の匂い。
「うげ……やっぱ、酒くせぇ。ここ、朝方まで酒場も兼ねてるから……」
「ー…………」
アロとチェリもその匂いを感じて顔を顰める。
「らっしゃい! 今、掃除中だから後から…………って。こりゃ、珍しい客が来たねぇ!」
正面にいたモップを持った中年男性が、アロたちを見て声をあげた。
背は低いががっちりとした体型で、顔のほぼ全体を覆うような髭が立派な【精霊族】の『ドワーフ』と呼ばれる人種だ。
「アロ様とチェリ様じゃないか。お久しぶりですね。ギルドにでも用事で?」
「うん。マスターも元気?」
「うちはぼちぼちですよ。あ、今はホールの片付けしてるんで、受け付け始めるまであっちの端のカウンター席に掛けててください。おーい、皆さんにお茶出して!」
はーい! と元気な返事をして、奥からお茶のカップをトレイに乗せて出てきたのは、ふさふさのシッポとキツネの耳を持った【獣人族】の女の子だった。
「あ! チェリ様、お久しぶりッス! 相変わらずの美少女ッスねー♪」
「ーーー♪」
「いつものコレ触るッスかー?」
「ーーっ♡」
キツネ耳の女の子はチェリとは友達らしく、ニコニコとお互いに挨拶を交わした。チェリは女の子の手の肉球を触らせてもらって嬉しそうにしている。どうやら恒例のようだ。
チェリの喜ぶ顔に、男二人はしばらくほっこりした。
…………………………
………………
女の子が下がり、お茶を飲んで待っていると掃除はすぐに終わった。換気も充分にしたのか、酒の匂いもだいぶ薄くなっている。
「はい。では改めまして、いらっしゃいませ。今日は何の御用で?」
「『カルタロック』に行くことになった。そこに行くまでの準備を手伝ってほしい」
王都は『カルタロック』という。
このドワーフのマスターは、アロとチェリが『外部王族』だということは、もちろん知っている。
「お、これも久しぶりですね。前回は五年前でしたね。旅の一式は今回もレンタルにしますか?」
三ヶ月未満の旅行などの場合は、キャンプ道具などを格安のレンタルにしてもらえるという。
「いいや、買取りで見せてくれ。【盟友の祭典】に呼ばれたから、しばらくは村に戻って来れないと思う」
「ああ、とうとう話がきましたか……」
「…………?」
アロとマスターの会話にボウガは首を傾げるが、部外者の自分が割って入るのも悪いと思い、黙って話を聞くことにした。
しかし話の途中で、マスターがボウガの方を向くと上から下までジロジロと見てくる。
「さっきから気になってましたが……もしかして、そっちの【クリア】のお兄さんは“アミュレット”ですか?」
「…………アミュレット……?」
アミュレットと言えば、“御守り”とか“魔除け”とかの意味がある。
――――護衛役で来てるから合ってるのか? それとも他の意味が……?
「いやぁ、お兄さん【クリア】だけど、なかなか顔も良いし強そうだ。チェリ様と並んでると絵面も良いから、お似あ―――」
「ーーーーっっっ!!」
マスターに向かって、チェリが真っ赤になりながら手やら頭やらを振って『違う』とアピールしている。かなり慌てているのか“声”も出ていない。
「あれれ? 違うんですか? 私はてっきり……」
「いや…………俺もじいちゃんも、良いんじゃねぇかって言ってんだけど……」
「ーーーーっ!!」
「…………???」
また、ボウガの記憶喪失以外で置いていかれたような会話がされている。
「ねぇ、チェリ。アミュレットって?」
わからないことに耐え切れず、ボウガがチェリに話題を振ってみると、何故かアロとマスターが温かい視線を向けてきた。
まるで『頑張れー』と言いたげな顔だ。
「………………っ……」
「チェリ?」
チェリは耳まで真っ赤になって、潤んだ目でボウガを見上げている。彼女の口許は引きつってふよふよと震えていた。
――――え〜っと……どうしよう。
なんだか、イジめてしまったような気分になるが、恥ずかしがるような態度があまりにも可愛い。
そんなチェリを密かに愛でていた時、
バターーーンッ!! ガラン!! ガラン!!
ギルドの扉が乱暴に開かれ、ドカドカと遠慮のない粗野な足音が複数入り込んできた。




