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第9話 忘れてた

 ――――記憶、戻らなかったらどうするかな。


 アロたちの家に戻り食事をしたり、村の人たちとのんびり話していたら、あっという間に夜になった。


 ボウガは借りている部屋で、ひとり考え事をしていた。



 川へ行った時に思い出した事以外、他には何の記憶も思い出すことはなかった。だが、正直に言うと彼はあんまり悲観していない。

 河原に行った後から、記憶がすぐに戻らないなら別のことも考えようと、ちょっと開き直って前向きになっている。


 ――――この村にしばらく厄介になるなら、オレも何かできないとダメだなぁ。


 村に帰ってから、アロやチェリは小さな子供たちに勉強を教えたり、大人たちの畑仕事の手伝いをしたりと忙しそうだった。


 ボウガも何か手伝おうとしたら、二人に『起きたばかりだし、今日は静かにしてろ』と気を遣われてしまった。


 いくら目覚めたばかりでも、何の役割りも無いことにボウガは申し訳なく思う。いつまでも病人のように扱われる訳にはいかない。


 そこで頭に浮かぶのは、昼間に見た兄妹たちの『浄化』の光景だった。


「…………役目……」


 彼らは村に住むエルフとして、自分たちにできることをしている。



 ――――明日はオレも何か手伝おう……何ができるか探してみないと。


 そう決心して寝巻きに着替えようとした時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「……はい」

「あぁ、ちょいといいかの?」


 返事をすると、扉が開いてエペがひょっこりと顔を出す。


「急な事なのだが…………明日、アロとチェリと一緒に、隣町へ行く気はないかの?」

「二人と隣町へ?」

「そうそう。行きは野菜を市場へ納める農夫について行けばいい。帰りは別の者が迎えに行けるでの」


 隣町へは整備された街道を、馬車で一時間ほど掛けて行くという。


「アロとチェリが町に用事があって、色々と回ってきたいそうでの。わしや村のみんなも忙しい。一日だけ、あの子らに付き合ってもらえんか?」

「用事って……?」

「あの子らも色々あっての。わしからは説明しきれん。どうか、お願いできんか?」


 エペはニコニコと笑っているが、その笑顔に何故か『これ以上、聞いてくれるな』というような圧を感じる。


「えっと……オレで良いなら……」

「おぉ、そうか。では、出掛けるのは早朝だ。大したものではないんだが、まだ夜行性の魔物も彷徨いておるしの。一緒に行ってくださると、農夫の方も助かるわい」


 隣町までの道中には、雑魚とはいえ魔物も出るという。


 ――――でも、オレがどこまで戦えるか……自分でもよくわからないんだよなぁ。


 自分自身について確証がないが、魔物を相手にできるのなら二人の盾くらいにはなれると思った。


 理由も聞かずに了解した時、


「俺だけでも、街道の魔物くらいは余裕で倒せるんだけど…………」


 エペの後ろからアロが顔を出してきた。

 その顔が何とも不服そうな、納得がいかないようなものに見えてくる。


 ――――そういえば、アロは“魔法が得意”って言ってたよな……?


 アロは森に魔物が出た時に真っ先に呼ばれるほど強い魔法使いではなかったのか。チェリだって、物理攻撃に対しての結界が張れたり、回復魔法の使い手だ。


「アロがいるのに……オレの護衛って必要ですか?」


 思わず確認を取ってしまう。もしかしたらボウガがついて行くのは、今までチェリの護衛役をしてきたアロとしては不満なのかもしれない。


「必要だの。アロだけじゃ、チェリを護りきれんのでな」

「チェリの……」

「……街道の魔物なんかよりも、町に行った時の方がタチが悪い。お前さんの容姿や佇まいなら、チェリの良い()()()になるんでの」

「……………………」


 どうやら、隣町ではチェリの容姿に惹かれて、良くない輩が絡んでくることがあるようだ。


 線の細い美少女エルフ。声が出せないのをいいことに、攫おうとする悪党が過去にいたという。


 “攫われそうになっても、悲鳴ひとつあげることができない”……アロも言っていた。


 ――――確かに、複数で見守ってた方が良いな。


「承知しました。実際、オレがどのくらい役に立つかはわかりませんが……」


 そう言って顔を上げると、アロの隣りに来ていたチェリと目が合う。すると彼女は何も言わずに、頬を染めてパタパタと廊下を走って行ってしまった。


 ――――あれ? まさか嫌だったのか?


 会って初めてのチェリの反応にちょっと驚く。


「じいちゃん……やっぱ…………」

「ほほほ、良いじゃろ……これなら……」


 ボウガが内心おろおろとしていると、アロとエペがコソコソと何かを話していた。

 アロは少し苦笑いをして、エペは満足そうな顔でチェリが走り去っていった方を見ている。


 ――――なんだろう? オレだけ解ってないような気がするんだけど…………


 これは記憶喪失のせいじゃない。知らないところで、何かの話が進んでいるような気がしてならない……と、ボウガの勘のようなものが働いた。


「あの……明日ってどんな用事で―――」

「よし、明日は朝早いからもう寝ろ! おやすみ!!」


 ばふっ! と、アロがボウガに向けて枕を投げてくる。


 咄嗟に受け止め、アロを見ると部屋のドアが閉まるところだった。


「…………町に行ったら説明する」


 閉まったと同時に小さな声が聞こえる。


「うん。おやすみ……」


 彼らなりに、何か事情があるのだと一先ず納得することにした。




 …………………………

 ………………



 明けて翌朝。

 日の出と共に起こされ、すぐに出掛ける用意を始める。



「お前、やっぱり自然と()()するんだな……」

「え? あぁ……」


 外に出るために服を着て、その後に倒れていた時に身に付けていた、胸当てやすね当てなどの防具を無意識で装着していた。

 もちろん腰には長剣を差し、今回は他にもダガー、ソードブレイカー、メイルブレイカーなどの短剣類がベルトに差さっている。まるで器用な曲芸師の小道具のように見えた。


「よく、そんなにごちゃごちゃと身に付けていられるなぁ。歩く武器庫かよ……」

「ごめん……」

「いや、簡単に謝るな。それがお前の“標準装備”だったならおかしくねぇんだから。それに、これなら他の奴への()()にもなるだろうし、護衛としては及第点ってところだな」


 全身を見回し、アロはカラカラと笑っている。


 そんなアロは昨日とは違ってマントを羽織った、いかにも『魔法使い』に見える服を着ていた。


「……アロも、何か立派な格好だな」

「え? まぁ……そこそこ?」


 正直、小さな村の住民には無いような、服の素材や刺繍が良いものだというのが判る。背筋を伸ばして立つ姿は、誰かに『貴族の令息』と言われても疑わないくらいに。



「おーい、チェリー! いい加減に着替え、終わったかー?」


 アロが廊下から奥へと声を掛ける。


 ボウガとアロが家の玄関まで来ると、エペだけが見送りに立っていた。

 今朝はまだチェリを見ていない。どうやら、用意に手間取っていたらしい。


「ーーーっ!」


 朝の挨拶と共に、チェリが慌ててみんなのところへと駆け寄ってくる。


 家の中で風もないのに、ふわっと髪の毛と服が揺れているように見えた。

 白っぽいワンピースは派手さは無いが質の良い生地で、チェリの雰囲気に可愛らしいふんわりとしたデザインが良く合っている。

 飾り気が無いのも、素が良いチェリにはマイナスではなくプラスだろう。


 これは誰が見ても、村娘には見えない仕上がりだ。


「…………………………」


 ボウガが思わず黙って凝視してしまうほど、現れたチェリは可愛いかった。


 ――――可愛い……これは絵本とかに出てくるような……


「お姫様、みたいだな……」


「「ん?」」

「ーー?」

「…………あっ!」


 きょとんとする三人の顔にボウガは我に返る。気付けば思っていたことを、そのまま口に出して言ってしまっていた。


「えっ、あっ、そのっ……例えっ……て! いや、例えじゃなくて、本当だけど、そのっ……」


 これはかなり恥ずかしい。慌てて訂正にもならない訂正をしようと、さらに訳が分からなくなっていく。


「っっっ……!!」


 自分の顔が耳まで熱くなるのを実感し、まともにチェリの方に目を向けられなくなる。下を向くも、顔の熱はますます酷くなるように思った。


「ご、ごめん、変なこと言っ……」

「まぁ、そのまんまだけど」

「へ…………?」


 恐る恐るみんなを見ると、アロもチェリも、そしてエペも、普段通りのような表情でボウガを見ていた。


「『お姫様』なんて言われるのも久しぶりだな。良かったな、そう見えるってよ」

「ーーー♪」


 にっこりと笑う兄妹。


 ――――そっか、アロはチェリのこと可愛がってるから……。


 ボウガは少しホッとした。

 二人ともボウガをからかったり、言葉に照れることもなく、普通に冗談だったとして受け流してくれたように見えている。


 だが…………


「俺らが『王子』と『王女』だって言っても、他からあんまり信じてもらえないからなぁ。『王都』に行ったら少しは頑張らないとな!」


 ――――………………ん?


 ごく自然に、アロの口から『王子』『王女』『王都』などの言葉が聞こえる。


「……………………………………………………………………………………」


 王子、王女……確かに、二人が城にいるなら、絶対にそう見えていたと思う。

 しかし今、彼らがいるのは森に面した小さな村である。


「おーい、どうした? 何、固まってんだよ?」

「ーーー、ーー?」


 アロとチェリが目の前で手を振ったり、体のあちこちをペタペタと叩いてきたが、ボウガの脳内はそれを認知する余裕がない。


 《あっ……!!》


 チェリがハッとして声をあげる。


 《あの…………兄様?》

「なに?」

 《誰か、私と兄様のことをボウガに説明しましたか……?》

「………………あっ!!」


 今度はアロが気付く。


「「「……………………」」」


 どうしよう? と言いたげな空気の中、遠くから農夫の馬車が近付いて来るのが見える。


 キッ! と三人が覚悟を決めたような、真剣な表情を向けた。


「…………あのさ」

「……うん」


「俺とチェリは、エルフの中では『王子』と『王女』って言われてる」

「……うん」


「冗談じゃなく、本当に『王子』と『王女』……な?」

「……う…………はい」


「信じる……?」

「……はいっ……!!」


 何故か自然と、身体がビシッと姿勢を正す。




 馬車が家の前で停まった。

 横一列に、四人が背筋を伸ばして整列している。


 必要以上にかしこまった出迎えに、馬車の農夫は首を傾げた。






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