プロローグ 嵐の日
ドンドン、ドンドン!!
ドンドン、ドンドン!!
森を背にした小さな村。
そろそろ夕方になろう時間、とある一軒の家の戸が強く叩かれた。
「はい、何の用?」
木の扉を開けて顔を出したのは、気だるそうな表情をした少年だった。
顔はとても中性的で、一見少女にも見えなくもない。耳が長く色白で、背はそんなに高くなく痩せていた。
短く白っぽい髪の毛で、前髪の一部から細い赤毛の束が触角のように飛び出ているのが特徴的だった。
少年はこの世界では【精霊族】に属する『エルフ』である。
「こんにちは、配達の者です。お荷物を預かって参りました。『限定』のお荷物ですので、ご本人様の確認をお願いいたします」
そう言って、戸口に立っていたのは真っ黒なローブを頭から被った大柄な人物。
「ここに『アロ』さんはいらっしゃいま…………」
「はっ」
配達員が言い終わる前に、少年が彼を睨みながら鼻で笑う。
そして、
「―――っ!?」
ビュッ! と風を切る音と共に、配達員の鼻先には石が埋め込まれた大きな杖の先端が突き付けられた。
「悪いけど、このパターンで命を狙われたことがあったんでね。失礼を承知で言う」
いつの間に手にしたのか。少年は自分の背丈よりも大きな杖を軽々と持っていた。配達員の顔の前で杖の石が鈍く光る。
「本人確認も何も、まずはあんたの身の証明をお願いしようか。一般の配達員でさえ身分証はあるんだ。もしもあんたが『特別な配達員』で、宛て先の人間がどんな奴か解って言ってる場合、あんたの素性の知れない振る舞いは不敬罪になっちまうからな?」
「この杖、間違いない…………あなた様は」
少年の言葉に配達はピタリと動きを止めたが、すぐに一歩後ろへと下がってローブを脱いで跪いた。
少年に額づいていたのは、鷲の頭と背に翼を持つ『ガルーダ』と呼ばれる【獣人族】の種族の人間である。
「アロ王子、御無礼をお許しください。私は【精霊族】の都市、『王都カルタロック』より参りました、ガルーダ配送部隊の者です。これが私の身分証になります……」
懐からシャラリと、鎖の付いた銅の懐中時計が掲げられる。表面には翼とペンのモチーフが掘られていた。
「確かに。間違いなく王宮の遣いだな。で? 俺が『アロ』で間違いないけど、俺宛ての何の荷物を預かってきたの?」
「はい、こちらになります」
配達員は頭を下げたまま、腰の荷物入れから小さな箱と手紙の筒を取り出してアロの前に差し出す。
見た限り、何も害が無いと判断して、アロは手の杖をひと振りする。杖は一瞬ぐにゃっと曲がると、煙のようにぼやけて消えた。
アロは配達員からそれを受け取って顔を顰める。
「…………これは?」
「女王陛下より、アロ王子へ登城のお話を…………」
「登城の期限は?」
「今より半年以内には」
「つまり『盟友の祭典』への出席だな」
「はい。今年は『チェリ』王女様と一緒に、ご兄妹そろっての参加をお願いしたいとのこと」
「お願い、ねぇ……」
お願いではなく命令である。
「それと、チェリ様に『アミュレット』がいるのかどうか、教えていただきたいとのことですが……」
「アミュレット…………」
大きなため息をついて配達員を見るが、彼は下を向いて黙って動かない。
恐らく、その場で返事をもらってこいと命じられているのだ。下の者もツラい立場であると理解した。
「……相分かった。祭典のひと月前までには参じる……と、陛下に伝えてもらえるか? チェリのことは、陛下に目通りした時に直接言いたい」
「承知致しました。アロ王子」
スっと立ち上がった配達員は、すぐに深々とアロに頭を下げる。
「それでは、私は失礼させていただきます」
「あぁ。こんな辺境まで『外部王族』への遣いをさせて悪かったな」
「いいえ、距離は大したことはありません。言ってしまえば、アロ様たちで『外部王族』様方への配達は最後でしたので後は帰るだけです」
「俺らが最果てなのか……」
苦笑いしつつ外を見ると、頭上にはどんよりと黒い雲が広がっていた。
「夜には酷い嵐になりそうですね……」
「そうだな。じゃ、気をつけて帰れよ」
「勿体ないお言葉…………それでは、失礼いたします」
配達員は一礼すると、背中の翼を広げてそこから真上へと一気に飛んだ。建物の三倍ほど上へと飛んで、そこから南の方へとあっという間に去っていった。
「………………ふぅ……」
両手に持った小箱と筒を眺め、アロは再び大きなため息をついた。くるりと振り返り、扉を施錠して家の中へと入って行く。
「チェリ、じいちゃん、今日はもう家から出ない方がいいぞ。外に用事とか無かったよな?」
家の中からはパタパタと忙しそうにする足音が響く。
その後。パラパラと降り出した雨は、すぐに轟音と共に激しさを増していった。
・~・~・~・~・~・~・~・~
その日の夜中。
山間部のある地域でも酷い嵐に見舞われていた。
山肌は地滑りを起こし、川は氾濫して辺りの森を削る。
「ーーーーーーっ!!」
「ーーー!! ーー!?」
嵐の中、川沿いの崖の上で二人の人物が言い争っていた。しかし大雨と暗闇のせいで、その人物たちが何者なのか判別はつかない。
だが一瞬だけ、二人の間にフラッシュのように何かが光ったかと思うと、片方の人物がふらりとよろめいて崖上から荒れ狂う川に落ちていった。
「……………………」
残された人物は川を覗き込み、懐から片手に収まるような丸い玉を取り出す。それを一人が落ちた川へと投げ込んだ。
そして、何者の姿も川や周辺に確認できないと分かると、残った一人は川とは反対の暗がりへ消えていった。
雨と風は一層強くなり、その場で起きたことを全て流していく。
この後、嵐が去っても川が落ち着きを取り戻すのに数日を要した。




