99話 外伝『あなたの腕の中で37』家族の再会
アデルたちが王城に到着する四時間前のこと。
早馬が一通の手紙をルーベンにもたらした。
手紙は領主代理のジェームズからで、いつもの領地の報告だと思い、ルーベンは深く考えることもなく封を開けた。
だが、その内容にルーベンの顔色が変わり、手紙を持つ手がブルブルと震えだした。
「陛下、いったいどうしたのです?」
いつもと違うルーベンの様子に、マリアンヌが訝しんだ。
「ああ、マリアンヌ・・・」
ルーベンの声が微かに震えている。
「あなたも、これを読みなさい。ジェームズ伯爵からの手紙だ。」
領地でいったい何が起きたのかと、心配になってその手紙を読むマリアンヌの表情が、驚きに変わった。
そして最後まで読むと、視線は手紙の一点に集中し、マリアンヌは食い入るようにそれを見つめた。
「陛下、ジェームズが嘘を書くなんて考えられません。王女が、エヴェリーナが見つかったのですね。ああ、何と言うことでしょう。やっぱり、やっぱりあの子は死んでいなかったのです。」
「しかし、本当にエヴェリーナなのだろうか・・・?」
「エヴェリーナで間違いないですわ。ほら、ここにバラの花と書いています。エドワード殿下に言われて書いたと、わざわざ注釈まで入れているのですから、ジェームズは何のことだかわからずに書いたのでしょう。」
「ふむ、何故エドワード殿下は、エヴェリーナのあのことを知っているのだ?」
「ビクターが留学から帰った日に言ってたのです。うっかり調子に乗って妹の痣の話をしてしまったと。でも、エドワード殿下は信用できる男だから大丈夫だと・・・。」
マリアンヌは、うっとりとその手紙を胸に抱きしめた。
「ああ、エヴェリーナ、いえ、今はアデルという名前なのですね。ああ、早く、早くあの子に会いたい・・・」
ジェームズ、エドワード、アデルと、その後ろに護衛のフレッドとカイルが付き従い、一行は謁見の間の先にいる国王家族に向かって、赤く細長い絨毯の上を歩いた。
一歩一歩と近づいて来るアデルを見て、王妃マリアンヌの水色の瞳に、涙が浮かんできた。
一行が国王の前で止まると、まずジェームズが口火を切った。
「国王陛下、王妃陛下、王子殿下にご挨拶申し上げます。本日は、このような場を設けてくださったことに感謝いたします。」
ジェームズが挨拶を述べている間も、国王家族の視線はアデルに集中し、ルーベンとセドリックは驚いた顔を、ビクターはニンマリと微笑み、マリアンヌはそわそわし始めた。
「国王陛下、王妃陛下、こちらが、先ぶれで申し上げましたアデル嬢と、その婚約者のエドワード王太子殿下でございます。アデル嬢、陛下にご挨拶を・・・」
アデルが挨拶をしようとスカートを摘まんだところで、マリアンヌが壇上を駆け下り、アデルをひしと抱きしめた。
「えっ、あ、あの、王妃様・・・」
「ああ、わかります。わかりますとも。証拠など見なくても、一目見てわかりました。あなたは私の子。私がお腹を痛めて産んだ子です。あなたのことを一日も忘れたことはありませんでした。」
マリアンヌは瞳から涙をぽろぽろと零しながらアデルを抱き締め、その背をまるで赤子をあやすように撫でた。
「お、お母様・・・なのですね。」
「ええ、ええ、そうよ。私があなたの母なのです。今まで1日たりともあなたのことを忘れたことはありませんでした。ああ、我が娘よ。あなたが生きていてくれて、本当に良かった・・・」
「お、お母様・・・」
アデルにとっては初めて見る他国の王妃なのであるが、なぜか肉親の情というものが湧きあがり、アデルも自然と涙が流れ、気が付いたらいつの間にかマリアンヌをひしと抱き締めていた。
抱き合う二人を囲むように、国王ルーベンと、王子二人が壇上から降りてきた。
皆、目に涙を浮かべ、温かい笑みを湛えてマリアンヌとアデルを見守っている。
謁見の間で、その様子を見ていた人々は皆、同じことを感じていた。
国王と王妃、両親によく似た面立ちの兄妹、彼ら五人が一同に会すると、それは誰が見ても、紛れもない家族そのものだと・・・。
この日からエドワードはとても忙しくなった。急いでハウエルズに戻り、ことの次第を報告するとともに、婚約と結婚式の準備に取り掛かった。
隣国の王族同士の婚姻であるのだから、その準備一つとっても手を抜くことはできず、細心の注意を払う必要があった。
アデルに会いたいと思っても、そう簡単には会えなくなってしまった。
アデルは謁見の日から、王宮に住むことになった。
と言っても、それは、エドワードと結婚する日までという限定的なものであるが・・・。
もともと赤子のエヴェリーヌのために用意されていた部屋が、そのままの状態で保管されていたので、その部屋の内装や調度品をアデルの好むものに替えるだけで良く、引っ越しは思ったよりも簡単にできた。
マリアンヌは、王女の部屋なのだからもっと豪華にした方が良いのでは? と提案してくれたのだが、日頃つつましやかに暮らしていたアデルには身に余る提案で、この方が落ち着くからと丁重にお断りした。
マリアンヌは少し不服そうであったが、アデルの希望を最優先にしてくれたのには、アデルは感謝に気持ちでいっぱいになった。
アデルは、エドワードとの結婚に向けて王太子妃教育を受けることになったが、マリアンヌはやっと会えた我が子と、今は一日も離れたくないと言い、王太子妃教育の際も、アデルのために必要な物を選ぶ際も、ずっとアデルと一緒に過ごした。
アデルは、実の両親から受ける深い愛情に感謝しつつも、育ての親であるランドンとマーゴットのことが心配でならなかった。
既に自分の身の上に起きたことを報告する手紙を送り、返事は来たが、そこには戻って来いとも、会えなくなって悲しいとも書かれおらず、ただ、アデルが幸せになることだけが望みだと書かれていた。
何度も読んだ手紙を読み返していたアデルに、マリアンヌが声をかけた。
「アデル、ブルクハルト男爵夫妻を王宮にお招きしたわ。本当はもっと早くお招きするべきだったと思うのだけれど、あなたがここに慣れてからと思って先延ばしにしていたの。ごめんなさいね。」
しばらくすると、ランドンとマーゴットがノースロップにやって来た。
ノースロップから遣わされた馬車に乗って来たのだが、二人が国境を越えるや否や、町の雰囲気ががらりと変わった。
ノースロップ王国では、連日連夜のお祭り騒ぎが続いていた。
十八年前に亡くなったとされていた王女が、実は生きていた・・・。
新聞が大々的にこのニュースを報じ、その話題で国中が湧き立ち、至る所で生還祭が行われていたのである。
「あなた・・・、アデルは本当にこの国の王女様だったのですね・・・。」
マーゴットは複雑な思いで、喜びに沸く民を見るのだった。
夫妻が王宮に着くと、謁見の間ではなく、王族の私室に案内されて手厚いもてなしを受けた。
「国王陛下、王妃陛下、私たちをお招きいただきまして、誠にありがとうございます。私たちには身に余るほどの財宝を送っていただきましたことも誠に感謝しております。」
ランドンとマーゴットの視線の先には、国王と王妃に並んで王女として美しく着飾っているアデルがいる。
「アデル・・・いえ、王女殿下にはお久しく・・・」
「お父様、お母様・・・」
アデルは我慢できずに二人に駆け寄り、両手をいっぱいに広げて二人を抱きしめた。
「お二人にお会いしたかった・・・」
「いえ、王女様がこのような・・・」
困惑している二人に、マリアンヌが暖かい眼差しを向ける。
「男爵、子を奪われた親の苦しみ悲しみは、私が一番よく知っています。今は遠慮なさらず、我が子としてアデルに接してください。」
「よ、よろしいのですか・・・?」
「お父様、お母様、私は今とても幸せに暮らしています。」
目に涙を浮かべてアデルはにっこりと微笑んだ。
「ああ、アデル・・・、我が娘よ・・・」
ランドンもマーゴットもひしとアデルを抱き締め、涙を流して再会を喜んだ。
「ブルクハルト男爵、そなたは我が国の王女を守り育ててくれた。その功績を称え我が国の伯爵位の身分を授けようと思う。受け取ってくれぬか?」
「男爵夫妻のお陰で、娘は健やかに成長することができました。深く感謝しています。いつでもアデルに会えるように、王宮内の貴賓室を一室、お二人のために用意しました。娘に会いたくなったら、いつでも来てくださいね。」
ルーベンとマリアンヌの言葉に、ランドンもマーゴットも涙を流して感謝するのだった。




