98話 外伝『あなたの腕の中で36』侍女の裏切り
ノースロップの現王妃マリアンヌは、由緒正しい侯爵令嬢であり、当時の王太子ルーベンとは十五歳で正式な婚約者となった。
婚約時代からマリアンヌは侍女を数人抱えていたが、その中に子爵令嬢のシェイラがいた。
五歳年上のシェイラは、どちらかと言えば目立たない存在であったが、口数が少なく真面目に働くシェイラことを、マリアンヌは特に気にかけていた。
ある日、シェイラの屋敷で家事が起こり、シェイラは、屋敷も両親も財産も全てを失うことになってしまった。
屋敷の土地は借金のカタに取り上げられ、残ったのは爵位だけで、シェイラはその日から天涯孤独の身の上となってしまったのである。
結婚もせず、孤独なシェイラを不憫に思ったマリアンヌは、結婚後も彼女を王太子妃付きの侍女として雇うことにした。
マリアンヌはその後、夫ルーベンとの間に二人の王子に恵まれ、三人目には待望の王女が生まれた。
マリアンヌは、王太子妃としても妻としても、幸せな人生を送っていたのである。
普段、慣例で王族の赤子の世話は複数で行われるのが常であるが、王女に関しては、三人目と言うこともあり、油断が生じていた。
マリアンヌは、信頼していたシェイラに王女の世話を任せることがよくあった。
王女が生まれて半年たったある日、客人をもてなすためにマリアンヌはシェイラに王女の世話を任せた。
時間にして数時間のことなのだが、その間に、シェイラは王女と共に忽然と消えてしまったのだ。
初めは、シェイラが王女を連れて、散歩にでも出かけたのだろうと思っていたのだが、王城内を探しても見つからず、さらに輪を広げて探したが、それでも見つけることはできなかった。
何か事件にでも巻き込まれたのかもと思ったが、その形跡を見つけることはできなかった。
信頼していたシェイラに王女が攫われたのだと気づく頃には時遅く、シェイラの足取りはまったくわからなくなっていた。
それから一ヶ月が経った頃、王城から遠く離れた森の中で、シェイラが首を吊って死んでいるのが見つかった。
その足元には、血の付いた王女のおくるみが、獣にずたずたに引き裂かれた状態で見つかったのだ。
死体の状態と、おくるみに付着した血の色から判断して、死後一日程度だと思われた。
シェイラは、王女を攫った後、一ヶ月ほど彷徨い、最後は王女を刃物で刺し殺した後、自ら首を吊って死んだのだろう。
そして王女は、血の匂いを嗅ぎつけた獣に食われたのだろうと判断された。
シェイラが何故王女を道連れにして自殺したのか謎であったが、調べた結果、おそらく王族に対する恨みであろうと思われた。
火事ですべてを失ったシェイラには、恋人がいた。
ただ、日ごろ口数の少ない彼女は、恋人のことを誰にも話していなかったので、周りの者は知らなかったのである。
彼女の恋人は男爵令息であったが、謀反に加担した容疑で牢獄に収監されることになってしまった。
謀反の主犯者は彼も共犯だと自供していたが、当の本人は自分には関係ないと無実を訴えていた。
しかし、例え無実だとしても、容疑が晴れるまでは牢獄から出すことはできず、取り調べの期間は牢獄で過ごすことになった。
ところが、牢獄で流行り病が蔓延し、恋人は容疑が確定する前に死んでしまったのである。
結局恋人が本当に謀反に加担したのかどうかは、はっきりしないままにこの事件は終わってしまった。
では何故、シェイラが王族を恨むこととなったのか・・・。
この謀反事件を直接指揮していたのは、まだ若かった王太子ルーベンだったのである。
マリアンヌが結婚後、シェイラは王太子妃の侍女として雇用されたが、いつの日か王族に復讐してやろうと、虎視眈々と狙っていたのだろう。
この事件はマリアンヌを大いに苦しめた。
シェイラの闇に気付けなかったと言っては自分を責め、慣例に従わなかった自分が悪かったのだと言っては自分を責めた。
だが、王女の死体をこの目で見たわけではなく、王女の死を受け入れることもできなかったのである。
王女の死を受け入れ、その命日に神殿で祈りを捧げることができるようになったのは、王女の死後、十五年が過ぎてからのことだった。
「これがすべてでございます。」
ジェームズは全てを話し終わると、ふうと小さくため息を漏らした。
「つまり、誰も王女の死体を見ていないと言うことですね。」
「はい。ですから王妃殿下は、長い間王女様の死を受け入れることができませんでした。」
「シェイラは復讐のために王女を誘拐して殺そうとしたが、情が移って殺せなかったと言うことは考えられませんか?」
「しかし、血にまみれた王女様のおくるみが、彼女の足元に落ちていたのですよ。」
「それこそが復讐ですよ。他の獣の血をつけて、どこかで手に入れた肉を包んでおけば、血の匂いに誘われた獣はその肉を食らうでしょう。誰もがシェイラは王女を殺してから自殺して、王女は獣に食われたと思うことでしょう。」
「そ、それは考えられることではありますが・・・、何故、そのようなことをおっしゃるのですか?」
「王女が、今も生きているからです。」
「い、生きている?」
確信を持って、生きているとはっきり言い切るエドワードに、ジェームズは驚きの目を向ける。
「そうです。生きているんです。あなたの目の前にいるアデルこそが、その王女なのです。」
「な、何と・・・?」
ジェームズは、探るような目でじっとアデルを見つめた。
「証拠はあるのですか?」
「あります。ですが・・・。」
エドワードは証拠を語る前に探りを入れることにした。
「伯爵は、バラの花をご存知ですか?」
その問にジェームズは首を微かに傾げた。
「はて・・・、殿下の仰る意味が、私にはわかりかねますが・・・」
その返事に、エドワードは納得する。
王女の尻にある身体的特徴を、いくら信頼しているとはいえ、家臣にそう簡単に洩らすものではない。
それに、もし、痣の詳細が広まれば、数多の偽物王女が我こそが本物だと現れ、国中が混乱するかもしれないのだ。
つまり、王女の証拠であるバラの痣は、国家を揺るがすほどの重要機密であると言うことだ。
本当に偶然の出来事だったが、よくぞビクターが妹の痣のことを教えてくれたものだと、今さらながら思う。
「証拠については、王妃殿下に直接お会いしてお話しましょう。」
「そうですか・・・。ですが、証拠など、必要ないのかもしれません。アデル嬢は、王妃殿下の若い頃によく似ているのです。髪色も瞳の色も王妃殿下と同じです。初めてお会いした際、美しいカーテシーで挨拶されましたが、まるで若き日の王妃殿下を見たような気持ちになり、とても驚いたのですよ。」
アデルは、あのときの様子を思い出していた。
ジェームズが何か言いかけて途中で止めてしまったのは、このことだったのかと、ようやく理解した。
「今から一緒に王城に行きましょう。手紙が先に届くようにしておきます。」
「ああ、それでしたら、手紙の隅にでも、バラの花と一言添えておいてください。」
「わかりました。では、そのように・・・。」
伯爵とエドワード、アデルを乗せた馬車は王城へと向かった。その途中で戻ってくる道中のフレッドとカイルに合流し、一行は急いで馬車を走らせ、夜遅くになってしまったが、王城に無事に到着した。
王宮では、先ぶれの手紙を読んだ王妃マリアンヌと国王ルーベン、王太子セドリック、第二王子ビクターが、国王夫妻の私室に集まり、彼らの到着を今か今かと待っていた。
マリアンヌはピンクブロンドの髪を品よく結い上げ、水色の瞳は、我が子に会える期待で輝いていて、ビクターと同じ銀髪に青い瞳のルーベンは、そんなマリアンヌを優しく見守っている。
母と同じピンクブロンドの髪色で父と同じ青い瞳のセドリックは、十八年ぶりに会う妹の面影を思い出しドキドキしていた。
ビクターは、やはりアデルはそうだったのかと、自分の直感に満足そうに微笑んでいる。
「フロリアン伯爵御一行が、ただいま王城に到着いたしました。」
王宮執事の報告を聞き、その場にいた皆が浮足立った。
ルーベンは期待に満ちた声で執事に指示を出した。
「それでは伯爵たちを、謁見の間に通すのだ。」




