97話 外伝『あなたの腕の中で35』証拠
「あのこととは?」
アデルは泣きながらも、もうこれ以上隠すことはできないと悟り、とうとう奴隷の証拠となる『あのこと』を話す決心をした。
「私には、赤ちゃんのときから消えない痣があるのです。」
「痣って・・・、どこに?」
「ここに・・・」アデルはブラウスの上から尻の上を指さした。
「すまない。ちょっと見ても良いか?」
アデルが頷いたのを見て、エドワードはしゃがんでブラウスの裾を少し持ち上げた。
アデルの白くふっくらとした尻の上に、小さな子どもの掌くらいの大きさの痣が見えた。
その痣は、きれいなローズピンク色で、美しいバラの形をしていた。
この世に同じものが一つとしてないであろうと思われる美しいバラの痣、それこそが、アデルと両親しか知り得ぬアデルの身体的特徴、動かぬ証拠なのである。
「これが・・・、その証拠だと言うんだね。」
「はい。珍しい色と形で、私と両親しか知りません。もしも、奴隷商人がこの痣の存在を知っていたら・・・。」
「なるほど、確かにこの痣は動かぬ証拠となる。」
「はい。だから、私はあなたから逃げました。あなたと私の両親を、私の醜聞に巻き込みたくなかった・・・。」
「ああ、アデル、私は神に感謝したい気持ちでいっぱいだ。偶然が偶然を呼んで、真実が目の前に現れたのだ。」
「エ、エド?」
「アデル、この痣は奴隷の証拠などではない。あなたが、この国ノースロップ王国の王女である証なのだ。」
「はっ? 何を言って・・・?」
エドワードがアカデミーの二年生の年に、ビクターが留学に来た。
出会った頃はお互いまだ十五歳で、少年の心の抜けない二人の若者は意気投合し、すぐに親しい友になった。
ある夏の暑い日に、二人は乗馬を楽しんだのだが、見つけた川の水が涼し気で、二人は従者や護衛が止めるのも聞かずに、上半身裸になって川に飛び込んだ。
水しぶきが気持ちよく、ひとしきり泳いだ後に、エドワードはビクターの肩にある痣に気が付いた。
まるで花のような形をしている赤い痣を見て、エドワードは何気なく聞いたのだ。
「綺麗な痣だな。まるで花のようじゃないか。もしかしたら王族の証とか?」
ほんの冗談のつもりだった。
だが、ビクターは真顔になって答えた。
「ああ、王家の血を受け継ぐ者には不思議とこのような痣が現れるんだ。俺のは名もない花のようだが、亡くなった妹には、もっと美しいバラの花の痣があったそうだ。俺は小さかったから覚えていないが・・・。」
「妹君にも肩に?」
「いや、場所は人によって違うんだ。妹は、尻の上にピンク色のバラの痣があったそうだ。ははっ、これは内緒だぞ。」
たった、これだけの会話だったが、アデルがビクターの妹であり、この国の王女だと言うには、十分な証拠だった。
王女は亡くなったと聞いていたが、何かの行き違いがあったのかもしれない・・・。
エドワードが話している間にアデルは服を着て、彼の言葉を一言一句聞き漏らすまいと真剣に耳を傾けていた。
話終わったエドワ―ドは、力強くアデルに宣言した。
「アデル、だから、この痣を持っているあなたは、この国の王女なのだ。」
「まさか・・・、信じられない・・・」
「信じられなくても仕方がない。明日、ここの領主代理に話を聞きに行こう。彼は若い頃から王宮で仕えていた信頼のおける伯爵だそうだ。きっと、十八年前に何があったのか知っていると思う。」
「わかりました。私も領主代理様からお話を聞きたいと思います。ところで・・・、あの・・・、明日の朝まで、エドは・・・」
「ああ、そうだな。俺は隣の部屋で寝るから、アデルは自分のベッドで寝てくれ。では、俺は失礼する。あっ、でも・・・、その前に・・・。」
エドワードはアデルの手を握って引き寄せると、おでこにチュッとキスをした。
「おやすみ、アデル。」
「おやすみなさい。エド・・・。」
隣の部屋に移動したエドワードは、バタンとドアを閉じると、ふーっと息を吐き座り込んだ。
強がって紳士的な対応をしたけれど、もう、限界だった。
これ以上アデルと一緒にいると、理性が吹っ飛んでおかしくなってしまいそうで、慌てて逃げるようにしてこちらの部屋に移動した。
それにしても・・・、アデルがノースロップの王女だったとは・・・。
何という幸運!
もう、誰にも身分のことでとやかく言われることはなく、誰にも邪魔されることはないのだ。
今すぐに、アデルの身体を思いっきりぎゅっと抱きしめて、この喜びを分かち合いたい。
ドア一枚隔てた部屋にアデルがいる。
今一度、部屋に戻って・・・。
だが、抱きしめたとたん、タガが外れてしまうのは目に見えている。
明日から始まる諸々の事を考えると、アデルをゆっくり休ませてあげたい。
エドワードは、やはりこの部屋でも、理性と本能がしのぎを削っているのだった。
方やアデルは、まだ信じられない気持ちでいたが、エドワードが嘘をついているとは思えなかった。
領主であるジェームズ・フロリアン伯爵は、アデルがこの町に来てから何かと便宜を図ってくれた優しい領主である。
きっと明日、話を聞けば、本当のことを教えてくれるだろう・・・。
それにしても、私が王女様だなんて・・・。
ほんの数分前までは奴隷だと思い込んでいたのに・・・。
アデルは、エドワードと結婚できるかもしれない未来を夢見て、嬉しくて涙ぐむのだった。
翌朝、エドワードは、待望のアデルお手製のオムレツを感激して食べた後、馬車を借り、二人は領主代理ジェームズ・フロリアン伯爵の屋敷に向かった。
アデルがこの国に来てから、何度か伯爵に会っているが、いつも変わらぬ優しい態度で接してくれる。
今日も突然の訪問にも関わらず、快く二人を迎えてくれた。
「突然の訪問にも関わらず、こうして迎え入れてくれたことに感謝します。私は、ハウエルズ王国の王太子エドワード・ハウエルズです。そしてアデルの婚約者なのです。」
隣にいるアデルは、婚約者だと言われてドキリとしたが、もうエドから離れる必要はないのだと思い否定しなかった。
ジェームズは少し驚いたようであったが、すぐに平静に戻った。
「そうですか、エドワード殿下でいらしたのですね。以前王宮でお会いしたことがありましたので、もしかしたらと思っておりました。アデルさんの婚約者だと伺い、ビクター殿下のお心遣いにも納得いたしました。」
ジェームズは、ビクターがアデルに対して必要以上に気を遣っているようなので、きっと何かあるのだろうと思っていたのだが、王族の婚約者だとわかり、腑に落ちたようであった。
ジェームズは二人を応接室に案内し、人払いをしてから話を切り出した。
「それで、今日は何用なのでしょうか?」
「伯爵、あなたは王宮に長く勤めていたとビクターから聞いています。唐突な質問で申し訳ないのですが、亡くなられた王女の話を伺いたいのです。」
「なぜそのようなことを?」
「まだ、理由は言えませんが、これは王家に関わる重要事項となる話なのです。」
ジェームズは、話して良いものだろうかと一瞬躊躇したが、ビクターと親交のある王子の真剣な表情と、そして、隣に座っているアデルの顔を見て、話すべきだと心に決めた。
「 話は、現王妃殿下が、ご婚約時代にまで遡ります。」
ジェームズは、過去を思い出すように一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてから話し出した。




