9話
二人のために用意された部屋は、とても広くて清潔で、置かれている調度品も上等な物で、特別な賓客専用客室だと一目でわかる。
だが、それよりもローズの目を釘付けにしたのは、キングサイズのダブルベッドだった。
ローズの顔が、ぱあっと真っ赤になる。
そーっとジェフを見たが、ジェフは顔色一つ変えていない。
自分だけが意識しているのかと思うと、ますます恥ずかしくなる。
そこへ荷物を運んで来たメイドが、二人に挨拶をした。
「ご夫妻様のお世話をさせていただくメイドでございます。どうぞよろしくお願いいたします。さっそくですがお夕食の準備が整いましたので、どうぞレストランまでお越しくださいませ。」
夕食の料理は、さすが格式高いホテルだけあって、豪華で美味しいのだが、ローズはこの後のことを考えると、何もかもが上の空になってしまう。
キングサイズのベッドが目の前にチラついて離れない・・・。
侯爵に、「どうだ、ここの料理は美味しいだろう?」と話しかけられて我に返り、慌てて返事をする始末だ。
夕食が終わり部屋に戻ると、専属メイドが「お風呂の準備はできております。ご自由にお入りくださいませ。それからお茶がご入用のときは、いつでもお呼びくださいませ。」と説明をした後、バスルームにタオルやバスローブなどの必要な品を置いて出ていった。
どうしよう・・・一緒に入った方がいいのかしら・・・。
でも、まずはジェフに聞いてみるべきよね。
「ジェフ、お風呂どうする?」
「ああ、ローズが先に入るといいよ。」
そっかぁ、一緒に入る気はないのね・・・。
なんとなく、ジェフの答えに少しがっかりしてしまう。
「わかったわ。じゃ、先に入るわね。」
ローズは、一人でバスタブに浸かりながら、もしかしたらジェフが入ってくるかもと半分期待して待っていたが、ジェフが入って来ることはなく、チラリと覗かれることもなかった。
期待していた分、がっかりしてしまったのだが、ジェフは男女の営みに自信がないのだから仕方がないと自分に言い聞かせる。
それに、ずっと病弱だったせいで、貧弱な体を見られるのを気にしているのかもしれない・・・
そう思うと、一緒に風呂に入りたがらないのは至極当然のことのように思えてくる。
ローズが風呂からあがると「じゃ、俺も風呂に入ってくる。」とジェフは一人で風呂に入った。
その様子は、顔色も口調も、何一ついつもと変わらない。
ドキドキしているのは、私だけなのかしら・・・。
ジェフは、侯爵家で過ごす間に、寝る前に風呂に入ることを学習していた。
メイドたちが風呂に入ることをすすめて来るので、それは習慣化していたのだ。
ジェフのような超ハイスペック尽くし型ロボットは、管理者が一緒に風呂に入ることを望めば、それに応えることができるように完全防水で作られているので、風呂に入ることは何も問題がない。
望まれれば、背中を流すこともプロ並みにできるようにプログラミングされている。
ローズは、ジェフが入浴している間、ベッドに座りどうしようか悩んでいた。
ジェフは、セックスに関して、心の問題を抱えているのよ。
自分のことを人形のようだと言い、子どもを作ることはできないとはっきり言った。
そんなジェフに、私は自信をつけてあげることができるのかしら・・・。
でも夫婦になるのなら、避けては通れない道だわ。
ジェフは初めてでも、私は経験者だし、それはジェフも知っていることだもの。
ここは、私から誘うべき・・・よね。
もし上手くできなくても、傷つかないようにフォローしてあげて、次に繋げる。
うん、それで行こう。
このとき、ローズは知らなかった。
知らなくても当然のことなのだが、ジェフは、超ハイスペック機能搭載の尽くし型ロボットなのだ。
管理者が望んだ場合にのみ、性行為モードに自動チェンジすることがプログラミングされている。
ありとあらゆる性技が可能で、その上、行為中の管理者の心拍数、体温、表情、声の出し方も全て記録し学習し、さらに向上することができるのだ。
ジェフがバスルームから出てきた。
バスローブを着ているジェフに、ローズは覚悟を決めて言った。
「ジェフ、ここに来て。」
ローズはベッドに座ったまま、自分の横をポンポンと叩く。
「ああ、わかった。」
ジェフは、ローズの隣に座る。
ローズには、キングサイズのダブルベッドが、まるで闘技場のような気がした。
自分の実力? が試される? そんな気分なのだ。
「ジェフ、私、あなたに抱かれたい。その・・・最後まであなたとしたいの。あっ、でも、もし無理なら、ただ抱いてくれるだけでもいいの。少しずつ慣れていくことが大切だと思・・・」
―性行為モードにチェンジ・性行為開始―
ジェフは、ローズの言葉を遮って口づけをした。
そして、そっとローズをヘッドに押し倒し、そのままキスを続ける。
そのキスは今までのキスとは違い、舌が絡み合い濃厚で官能的でとろけるようなキスだった。
ローズの頬は紅潮し、ふわふわと甘い感覚が脳に広がる。
「ジェフ、愛しているわ」
「俺もローズを愛しているよ。」
いつの間にかバスローブは脱がされ、二人とも裸だ。
ジェフは指を舌を巧みに使い、ローズの身体を刺激する。
その度に、ローズの身体は快感にビクッと震える。
「ジェ、ジェフ、あなた・・・初めてじゃなかったの?」
「初めてだよ。」
とても初めてだと思えない性技の一つ一つに、ローズはうち震える。
「ウソ、とても初めてとは思えな・・・んん・・ああ」
ローズは快楽の沼にはまり込み、それ以上意味のある言葉を発することができなくなった。
部屋にはローズの艶めかしい喘ぎ声だけが、何度も何度も響き渡る。
一番心配だったジェフ自身のそれは、その役割を大いに発揮し、最後にローズは、エクスタシーの頂点で果てた。
翌朝ローズが目覚めると、隣にいたはずのジェフがいなくなっていた。
ローズは一人、昨夜の夢のような出来事を思い出す。
幸せなセックスの後には幸せな眠りが訪れると、何かの本で読んだことがあったが、まさしくそれだと思った。
ローズが果てた後、ジェフはローズの頭を優しくなでてくれて、それがとても気持ちよかった。
覚えているのはそこまでで、その後は深い眠りに落ちたのだと思う。
それにしても・・・と思う。
ローズが比較できる男性はオルソンしかいないが、あまりにも違いすぎた。
オルソンのそれは、いつも自分一人の満足で終わっていたように思う。
オルソンが終わった後、いつもローズは置いてきぼりにされたような寂しさを感じていた。
前戯もそうだ。
ジェフの滑らかでしなやかで刺激的なそれと比べると、はっきり言ってオルソンのそれは、無いに等しい。
「オルソンって、オルソンって・・・へたくそだったのね。」
ふふっと、なぜか笑いがこみ上げた。
ガチャリ
ドアが開いて、ジェフがお盆を手に部屋に入って来た。
いないと思っていたら、お茶をもらってきてくれたらしい。
「喉が乾いただろう? 暖かいお茶をもらってきたよ。」
言われてみれば、喉が乾いていることに気がついた。
昨夜の息遣いの荒さと、何度も喘ぎ声を出してしまったせいだろうか・・・。
「メイドに頼まなかったの?」
「まだ二人でいた方がいいと思ってね。違った?」
「ううん、その通り。」
まだ裸のままの自分を、ジェフ以外の誰にも見られたくなかった。
ジェフがお茶をカップに注ぎ、ローズに手渡す。
一口飲むと、お茶は温かく喉を潤わせ、じんと心に染みる。
涙がホロリとこぼれた。
「どうして泣いているの?」
「ふふっ、私は幸せだなぁって思うと、涙が出てきちゃった。」
ジェフはローズの涙を指で拭うと、おでこにチュッとキスをした。
朝食が終わり、三人は馬車に乗った。
次のホテルに着くまで、また馬車に揺られるわけだが、ローズは何度も何度も昨夜のことを思い出して、時々赤くなってしまう。
だが、ジェフときたら顔色一つ変わらない。
ずっと窓の外の景色を眺めている。
侯爵はそんな二人を不思議そうに見ているので、ローズは、なおのこと恥ずかしくなってしまった。
あんなに激しい夜を過ごしたのに、ジェフはなんとも思ってないのかしら。
愛してるって、何度も言ってくれたのに・・・。
ふと、ローズの心に一つの疑問が宿った。
ジェフが愛してると言ってくれるとき、ローズが先に言ってからのことが多い。
それから、愛してるって、言って欲しいと思っているときに限られているような気がする。
ジェフがジェフだけの気持ちで、愛してるって言ってくれたことってあったっけ?
試しにと、ローズは心にその言葉を思い浮かべながら、ジェフを見つめてみた。
・・・ジェフ・・・愛してるわ・・・
ジェフはローズに気がつき、「ローズ、どうしたの? 愛しているよ。」と言ってくれた。
「はは、お熱いことじゃの。」
侯爵は笑いながらそう言ってくれたが、ローズは、素直に喜べなかった。
やっぱり、私が思ったときだけ?
今まで、きれいだとか美しいとか、見た目で判断できることは、彼自身の思いで言葉が発せられたように思うのだけど、愛しているみたいな抽象的な言葉は、どこか違うような気がする。
もしかしたら、お互いに愛し合っていると思っているのは・・・、私だけ?