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愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした  作者: 矢間カオル


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88話 外伝『あなたの腕の中で26』マーゴットの苦悩

ランドン・ブルクハルトは、王都の町医者の次男として生まれた。


家門の爵位は男爵位であるが、それは王室との約束ごとで、医師を継ぐ者が男爵位を継承することになっていた。


長男もランドンも、どちらも優秀な医師として病院で勤務していたが、長男が爵位を継ぎ、病院もそのまま受け継ぐことが決まっていたので、ランドンは同じ男爵位の家門の娘と政略結婚することになっていた。


ハウエルズ王国の北に位置する伯爵領で暮らしていた男爵令嬢マーゴットがその人である。


ランドンはマーゴットと結婚し、伯爵領の国境近い田舎町で、小さな病院を営むことになった。


政略結婚であったが、ランドンとマーゴットの夫婦仲はすこぶる良く、二人は幸せな結婚生活を送っていた。


しかし、八年たっても子宝には恵まれなかったのである。


そんなある日、病院の前に赤ん坊が捨てられていた。


とても可愛らしいピンクブロンドの髪と水色の瞳の赤ん坊で、生後半年ぐらいと思われる元気な女の子だった。


マーゴットは、この赤ん坊は神様からの贈り物なのだから、自分の子として育てると言いだし、ランドンもマーゴットの意志を尊重した。


だが、ランドンの髪色はこげ茶色で瞳は青、マーゴットの髪色は金髪で瞳は青なのだ。


瞳の色は似ているから、親子だとごまかせても、髪色は二人とは全く違う色なので、ごまかしようなない。


だから、マーゴットは自分の金髪をピンクブロンドに染めることにしたのだ。


アデルがこの先、髪色で傷つくことがないようにと配慮してのことだった。


マーゴットは、子どもの頃から屋敷の外に出ることはほとんどなく、金髪からピンクブロンドに変わったところで、他人にどうこう言われることはなかった。


むしろ、アデルを迎えてから積極的に赤ん坊を抱いて外に出るようにしたので、誰もが母子の髪色は同じなのだと思うようになっていた。


そのまま伯爵領で過ごす予定であったが、王都に住むランドンの兄が病死してしまう。


それ故、ランドンが爵位と病院を継承することになったので、家族で王都に引っ越してきたのだった。




アデルはランドンの話を黙って聞いていた。


二人の子ではないという事実に、初めは強い衝撃を受けていたが、ランドンの話を聞いているうちに、次第に落ち着きを取り戻していた。


そして、ランドンの語る話に、どうも釈然としないものを感じていた。


「お父様、私がお二人の子どもでないことはわかりました。ですが、今までお二人から深い愛情で育てていただいたことは紛れもない事実で、私は本当に感謝しているのです。それに、お二人と血がつながっていなくても、私が男爵家の娘であることには変わりません。それなのに、何故、王太子妃になれないと仰るのでしょうか・・・?」


ランドンは額を押さえ、大きなため息をついた。


これから話すことは、言いたくない内容なのだと言わんばかりに・・・。




ランドンは、十八年前の出来事を思い出していた。


遠い昔のことなのだが、今でもはっきり覚えている。


あの日の夜、病院の勤務が終わって、ランドンは重い足取りで屋敷に戻った。


もうそろそろ、マーゴットの様子がおかしくなる頃だ。


案の定、部屋の中には、重苦しく暗い表情のマーゴットが立っていた。


「あなた、またダメでした。」


そう言ってマーゴットは、ランドンの心が凍り付くような涙を流した。


「もう、別れましょう。このままだと、あなたの後継者がいないわ。私なんて・・・」


「マーゴット、そんなことは言わないでくれ。」


ランドンはマーゴットを抱きしめた。


「子どもがいない夫婦なんていくらでもいる。お前がそんなに苦しむ必要はない。」


「だって、だって・・・、このままじゃ・・・。」


ランドンに抱きしめられても、マーゴットの悲しみが癒えることはなく、ランドンの胸の中で泣きじゃくった。


だが、ふと、何かに気が付いたようにマーゴットが顔を上げた。


「ああ、とうとう赤ちゃんの幻聴が聞こえてきたわ。泣き声が私を呼んでいるの。おぎゃー、おぎゃーって・・・。」


「ああ、そうだな。私にも聞こえてくるよ・・・。いや、これは幻聴ではないぞ。すぐ近くから聞こえてくる。」


二人は声がする方向へ走り出し、屋敷のドアを開けると、その下に置かれている赤ん坊を見つけた。


古く汚れたおくるみに包まれた赤ん坊は、大きな声で泣き続けていた。


しかし、マーゴットが赤ん坊を抱き上げると、赤ん坊はピタリと泣きやみ、にっこりと微笑んだのだ。


「あなた、神様が私を憐れんで、この子をくださったのだわ。この子は、神様からの贈り物なのよ。だから、私が育てます。ねっ、いいでしょ?」


マーゴットの暗く沈んだ表情が、赤ん坊の笑顔でぱあっと明るくなった。


その顔を見て、ランドンはとても反対などできなかった。


「ああ、お前の気持ちを尊重しよう。今日からこの子は私たちの子だ。」


「ああ、なんて可愛らしいのかしら。この子の名前はアデルよ。ほら、ずっと前に、女の子が生まれたらアデルにしようって話してたの、覚えてる? ああ、でも、この子は私の子なのに髪色が違うわ。今日から私の子なのだから、私もこの子と同じピンクブロンドにしなくっちゃ。病院に、髪染めがあるって言ってたわよね。」


患者の中には白髪を気にして髪を染めたがる者も多く、ランドンは、そんな患者のために、髪染め用の染料も数種類仕入れていた。


ピンクブロンドの染料も、その中に入っている。


「ああ、この子の髪色の染料も置いてある。」


「良かったわ。ねえ、あなた、今すぐ髪染めの染料を持ってきてちょうだい。今すぐに染めるわ。」


「髪を染めるのは明日でもいいんじゃないか?」


「いやよ。今すぐでないとダメよ。この子は私の子なのよ。髪色が違っているなんて変じゃない。」


「ああ、わかった。今すぐ取りに行ってくるよ。ミルクも必要だしな。」


ランドンは病院に置いてある赤ちゃん用の代替ミルクと哺乳瓶、オムツ、そしてピンクブロンドの染料を取りに行った。


屋敷に戻ると、マーゴットはずっと赤ん坊を抱いていたようで、すやすやと眠る赤ん坊を見つめる眼差しは、慈愛に満ちた聖母のように見えた。


ああ、これでマーゴットは、長い苦しみから解放されたのだ・・・とランドンは思った。


その夜のうちに、ランドンはマーゴットの髪をピンクブロンドに染めた。


染めている間も、マーゴットは幸せそうに微笑んでいる。


「赤ん坊を育てるのは大変だろうが大丈夫かい? 乳母を雇った方がよくないか?」


「必要ないわ。赤ちゃんを育てるのは大丈夫よ。結婚前に、従姉妹の赤ちゃんのお世話を何度もしたもの。」


そうだった。マーゴットは子どもが大好きで、多くの貴族女性が使用人に任せるような子どもの世話も、自らかってでるような女性なのだ。


明け方頃には、マーゴットはまだ不馴れながらも、泣く赤ん坊をあやし、オムツを換え、ミルクを飲ませるごく普通の母親になっていた。




アデルを迎えて三日目、ランドンの町に、見知らぬ怪しげな男たちがたむろするようになった。


理由は、病院に来る患者たちの方がよく知っていて、待合室の噂話が、ランドンの耳に入った。


「五日前に奴隷たちが集団脱走したそうだ。」


「奴隷商人たちが、必死になって逃げた奴隷を探しているらしい。」


「こんな辺鄙な町にまで探しに来るんだから、商人たちも必死なんだろうな。」


ランドンは一瞬冷や汗が出たが、アデルの身体には、奴隷に付けられる烙印はなかった・・・と、胸を撫で下ろした。


ハウエルズ王国では、ずいぶん前に奴隷制は廃止され、人身売買も禁止されている。


だから、奴隷商人たちは売買目的で伯爵領を訪れたわけではなく、ただ単に通りすがりの宿泊地として泊まっただけであった。


だが、奴隷たちにとっては、脱走するにはちょうど良い国だと思ったのだろう。


そして運よく脱走は成功し、多くの奴隷が行方不明になったのだ。


ところが、一転してランドンは肝を冷やす出来事に遭遇することになる。


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