86話 外伝『あなたの腕の中で24』幸せのワイン
レオナルドの後ろには、エドワードが控えている。
レオナルドはちらりとエドワードを見てから、ニコラスに正面から向き合った。
「父上、いえ、国王陛下にお願いしたい案件は、私の婚約のことでございます。それと同時に兄上の婚約についても言及いたします。」
「ほう。お前の婚約とな? お前はアカデミーを卒業して一人前の男になってからが良いと言っていたではないか。それを決定事項としていたのだが、お前自ら覆すのか?」
「はい。決定事項を覆すことになりますが、是非ともお願いいたします。まだ在学中の身ではありますが、今すぐにでも婚約を進めて欲しいのです。」
「で、相手は誰なのだ?」
「フィオナ・ラードナー嬢、ラ―ドナー侯爵家の令嬢であり、現在は兄上の婚約者でもあります。」
「なんと、フィオナ嬢だと? フィオナ嬢はお前の気持ちを知っているのか?」
「はい。もちろんです。私は先ほど、彼女に結婚を申し込んでまいりました。フィオナ嬢も私との婚約を望んでいます。ですから私の婚約に際して、兄上とフィオナ嬢の婚約を破棄していただきたいのです。」
後ろで話しを聞いていたエドワードは、驚きはしたが、やはりそうだったかと、納得もしていた。
父上はどうなのだろうと、エドワードがニコラスを見ると、不思議と驚いたようには感じられなかった。
「ふむ・・・。そうか、わかった。念のためにもう一度聞くが、本当にフィオナ嬢はお前との婚約を望んでいるのだな。」
「はい。ウソ偽りは申しておりません。」
ニコラスは、視線をレオナルドからエドワードに移した。
「エド、お前の望みが思ったよりも早く叶いそうだ。正式にフィオナ嬢との婚約を解消することになるが、それで異存はないな。」
エドワードの顔が、ぱあっと明るく輝いた。
「はい、父上、もちろんです。レオのためにも、一刻も早くフィオナ嬢との婚約を解消してください。」
この後、ニコラスはラードナー侯爵家と正式に話を進めると約束し、エドワードとレオナルドを部屋から出した。
廊下を歩きながら、エドワードはレオナルドに話しかけた。
「レオ、お前はフィオナ嬢のことを好いていたのだな。知らなくてすまなかった。」
「僕は、フィオナ嬢の相手が兄上だったから我慢していました。でも、もう、フィオナ嬢は僕のものだ。後からやっぱり返して欲しいなんて言っても絶対に渡しませんからね。」
「いや、それはないから安心しろ。」
「それから、フィオナ嬢は言ってましたよ。王妃になることは望んでいなかったって。兄上に愛する人ができたら潔く身を引くつもりだったって。今まで兄上を避けていた理由がようやくわかりました。」
「そうか・・・。そんなことまで・・・。レオ、ありがとう。」
ついさっきまでの兄弟げんかが嘘のように、二人の間には笑顔があった。
エドワードは、この話をすぐにアデルに報告に行こうと、晴れやかな心で思った。
「ふふっ、次の手を私が進めることもなく、勝手にその手が舞い込んで来たな・・・。」
ニコラスは思い出し笑いをしながら、エレナにぼそりと呟いた。
「あなたは、レオとフィオナ嬢のことを知っていたのですか?」
「ふふふ、私の情報網を舐めるでない。あの勉強嫌いのレオが、毎日図書館に通い詰めていたのだぞ。それも、毎回フィオナ嬢を眺めることができる位置に座っていたそうだ。もう、これは恋としか言えまい。」
「ラードナー侯爵には、どのように話すおつもりですか?」
「実はな。ここだけの話、ラードナー侯爵家との結びつきは、エドでもレオでもどちらでも良いことになっていたのだ。」
「まあ、それは初耳ですわ。」
「ははは、内緒にしてすまなかった。侯爵と私だけのトップシークレット事項だったのでな。初めは娘を未来の王妃にと望んでいたようなのだが、フィオナ嬢が舞踏会でエドと会わずに帰った後、気が変わったらしい。」
「まあ、確かに・・・、あれはエドには酷でしたからね。」
「侯爵は娘のことをとても心配しておってな。フィオナ嬢が王太子妃を望まないのであれば、そのときは、レオと話を進めることにしたのだよ。」
「つまり、あなたが仰っていた次の手とは、初めからレオのことだったのですね。」
「まあ、そう言うことだ。落ち着くところに落ち着いた・・・、というわけだ。」
話し終わると、ニコラスは、ああ、と思い出した。
「エレナや、さっきの耳掃除の続きをやっておくれ。」
ニコラスは、こてんとエレナの膝に頭を乗せるのだった。
翌日、エドワードは、アデルの昼休みの時間に合わせて彼女に会いに行った。
昨日のアデルの泣き顔が、胸に焼き付いて離れない。
だが、その悲しい顔はもう終わりだ。
これからは、アデルの笑顔で満たされることになる。
エドワードは、ことの成り行きを話すことを想像すると、嬉しくてたまらなかった。
自然と顔がにやけてくる。
「アデル、話があるんだ。」
昼休みに病院を出てきたアデルに、エドワードは声をかけた。
アデルはその声にすぐに反応し、辛そうに顔を歪める。
「エド、お願いですから、もう会いに来ないでください。」
「アデル、状況が変わったんだ。もう、誰にも奪ったなどと非難されることはないんだ。」
「えっ? それはどういう・・・?」
「どうやら、レオとフィオナ嬢は、お互いに想い合っていたらしい。フィオナ嬢が結婚を望んでいるのは俺ではなく、レオなんだ。」
「レオ様?」
「そう、だから、もう心配しなくてもいいんだ。俺たちの結婚を邪魔するものは、もう何もない。」
「本当に?」
「詳しいことは、アデルの仕事が終わってから話そう。今晩、会えるかい?」
「え、ええ・・・」
アデルは、まだ信じられないという気持ちの中にいた。
だが、エドワードが、こんなウソをつくとは思えない。
本当に、私たちは結婚できるの?
もう、婚約者を奪った身の程知らずの女だと、蔑まれることはないの?
「今日、仕事が終わったら迎えに来るよ。一緒に二人の幸せに乾杯しよう。」
アデルの瞳に涙が光った。
「アデル、泣いているの?」
「あまりにも突然すぎて・・・」
アデルは零れた涙を指で拭った。
それは悲しい涙ではなく、希望の光に溢れた涙であった。
エドワードと別れて帰宅したアデルの変化に、いち早く母マーゴットが気づいた。
「あら、アデル、何か嬉しいことでもあったの?」
昨日帰宅したアデルには、明らかに泣いた跡があったのに、何を聞いても答えてくれなかった。
マーゴットは、心配して一夜を明かしたのだが、今のアデルの笑顔を見てほっとする。
「ええ、お母様、とても嬉しいことがあったの。今夜、エドに会うから、詳しいことはその後で話すわ。」
夕方、アデルの仕事が終わってから、エドワードは、アデルを誘って町の洒落たレストランに入った。
人気の店なので客は多かったが、黒いカツラを被り、平民の変装をしているエドワードのことを、誰も王子だとは思わない。
フレッドとカイルは、一般客に変装し、アデルには見えない位置のテーブルに座って護衛を続けている。
「アデル、まずは二人の未来に乾杯しよう!」
「私、まだ信じられない気分です。私のような者が、あなたと結婚できるなんて・・・。」
「身分の差で自分を卑下するのはアデルの悪い癖だ。人の良さは身分で決まるものではない。アデルの生き方、考え方、振る舞い、そういうものに、アデルの価値があるのではないか? 俺は、アデル個人に惚れ、知れば知るほど好きになった。そして、俺の伴侶には、アデル以外には考えられなくなった。」
「私だって・・・、エドだから好きになったのです。」
「ああ、嬉しいことを言ってくれる。では、乾杯しよう。」
二人は、紫色のワインで満たされたグラスをカチンと合わせて喉を潤した。
アデルもエドも、今まで飲んだワインの中で、一番美味しいと感じた幸せの味であった。




