84話 外伝『あなたの腕の中で22』別れの言葉
一方、エドワードはと言うと、レオナルドと別れた後、アデルのことを考えるといてもたってもいられず、今すぐに会いに行きたいという衝動にかられた。
だが、アデルは仕事に誇りをもって毎日懸命に働いている。
仕事中のアデルにとって、自分の訪問が迷惑になることもわかっている。
だから、書斎でやり残した自分の仕事に時間を費やし、アデルの仕事が終わる時間を見計らって出発した。
病院に到着して入り口の近くで待っていると、仕事を終えたアデルが出てきた。
アデルの顔は、いつもより暗い。
何か思いつめたような表情をしている・・・。
「アデル・・・」
エドワードは心配を胸に声をかけた。
弟の無情な言葉が、アデルの心に大きな傷を負わせたのではないか・・・?
エドワードに気付いたアデルは、彼の顔を見た瞬間、顔を歪めて、今にも泣きそうな表情になった。
「エド・・・」
アデルは覚悟を決めていた。
きっとエドは、会いに来る。
そして、そのとき、私から彼に言わなければ・・・。
「エド、お話したいことがあります。誰にも聞かれたくないので、公園にでも行きませんか?」
思いつめたようなその物言いに、エドはアデルの胸中を察してしまう。
「わかった。一緒に行こう。」
エドワードは、アデルの手を引き、公園へと向かう。
だが、その間、お互いに一言もしゃべらず、アデルは始終下を向いたままである。
二人は初めてキスを交わしたベンチに座った。
ここなら、護衛のフレッドとカイルにも見られることはなく、小声で話せば、内容も聞き取られないだろう。
「アデル、今日は弟が本当に失礼なことをした。あなたが傷ついているのではと、心配していたんだ。」
「弟様のことは、責めないであげてください。あの方の仰ることが正しいのですから・・・。」
「何を言う。私たちの結婚は国王陛下も認めてくださったのだ。弟の方が間違っている。」
アデルは、ふるふると小さく首を振る。
「ですが・・・、世間はそうは思わないでしょう。たとえフィオナ様があなたとの結婚を望まないとしても、王太子妃には男爵令嬢の私よりもフィオナ様の方が相応しいと、誰もが思うことでしょう・・・。」
「世間のことなど気にする必要はない。俺が愛しているのはアデルただ一人なのだ。世間より、俺を信じてくれ。」
アデルは、俯いたまま小さな肩を震わせる。
「私はあなたのように強くはありません。世間は私のことを、フィオナ様からあなたを奪った悪女だと罵ることでしょう。それが世間というものです。私には、そんな誹謗中傷に耐える自信がありません。今日の弟様の言葉で、はっきりと思い知らされました。」
「アデル・・・そんなことを言わないでくれ・・・。」
エドワードの声は、今にも泣きそうに震えている。
アデルは首を力なく振り、覚悟していた言葉を口にする。
「だから・・・、だから・・・、ごめんなさい・・・、私たち、別れましょう・・・。」
言ったとたん、アデルの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
一度零れると、ぽろぽろと際限なく涙があふれて止まらない。
「ああ、アデル・・・、だめだ、別れるなんて俺が認めない。」
「だけど、だけど・・・、きっと私には耐えられない・・・、ごめんなさい。本当にごめんなさい。身分が違いすぎるのです。だから、お願いです。別れてください。」
ぽろぽろと涙を流しながら懇願するアデルを、エドワードはぎゅうっと抱きしめた。
「アデル・・・、誰にもあなたのことを悪女とは呼ばせない。奪うとか奪われるとか、そんな言葉は存在しないのだ。だから、もう少し俺を信じて待っていてほしい。」
「でも・・・」
エドワードは、アデルがそれ以上何も言えないように、アデルの唇を自分の唇で塞いだ。その悲しいキスは、零れ落ちる涙のしょっぱい味がした。
公園での涙の会話の後、アデルを送り届けたエドワードは、城への帰路についた。
アデルと会っている最中、身を潜めて護衛をしているフレッドとカイルが、エドワードのそばにピタリと張り付く。
「アデル嬢、泣いていましたね・・・。」
フレッドがぼそりと呟いた。
公園の低木に囲まれたベンチでの会話は、護衛の二人には聞こえない。
だが、だいたいの予想はついていた。
昼間のレオナルドから浴びせかけられた言葉を考えると、アデルが考えそうなことは想像に難くない。
「アデルは、レオの言葉にずいぶんと傷つけられたようだ。自分から別れたいと言ってきた。だが俺は、アデルを離す気なんてない。」
「ですが、アデル嬢の気持ちを考えると・・・」
「フレッド、お前は誰の味方なんだ? レオの肩を持つ気か?」
「いえ、そうではなく・・・。」
「ったく・・・、だが、今回のことは、レオが大きな鍵を握っているような気がするんだ。」
「鍵ですか?」
「ああ、あいつが次の扉を開けてくれそうな気がする・・・。」
エドワードとアデルが公園で涙の会話をしている頃、レオナルドはフィオナがいるラードナー侯爵家の屋敷の応接室の中で、一人フィオナを待っていた。
エドワードと言い合いになった後、レオナルドはフィオナの屋敷に行くと決めたが、いきなり訪問して門前払いを食らうのは困ると考え、王族の地位を利用することにした。
訪問者が王族だとわかれば、侯爵家の使用人たちは喜んでレオナルドを迎えてくれるだろう。
そう考えて王族専用の馬車に乗って、ラードナー侯爵家の門をたたいた。
案の定、ラードナー侯爵家の使用人たちは王族専用の馬車を見て慌てだした。
「お嬢様、大変です。第二王子様がお嬢様に会いに来られました。」
私室でのんびりとお茶を飲んでいたフィオナは、使用人の言葉に驚いた。
「何故、第二王子様が?」
「それは私たちにもわかりません。ですが、大事な話があるから、お嬢様に直接会って話がしたいのだと仰っています。」
「そう。では、応接室にお通ししてちょうだい。少しお待ちいただくことになることも伝えるように。」
フィオナは、ゆったりとしたくつろいだ服装だったので、きちんとしたドレスに着替え、時間をかけてお化粧直しをしてから応接室に向かった。
身支度を整える使用人たちはハラハラしていたが、フィオナはその間、平然としていた。
「ずいぶん待たせてしまったけれど、先ぶれもなく訪ねてくる第二王子が悪いのだもの、これは仕方がないことよ。」
応接室でお茶とお菓子でもてなしを受けていたレオナルドは、やはり先ぶれを出して明日にすればよかったかと、少し後悔をしていた。
女性は身支度もあり、突然訪ねられては困ることも多いのだろう・・・。
だが、そんな後悔も一瞬で吹き飛ばされることになる。
「お待たせいたしました。」
フィオナの可愛らしく美しい声が聞こえた瞬間、レオナルドの心が踊った。
フィオナに会うのは彼女の卒業以来、半年ぶり、いや、正確には八ケ月と十日ぶりである。
目の前のフィオナは、髪色に合わせた水色の美しいドレスを身にまとい、ドレスよりも何倍も美しいピンクの輝く瞳でレオナルドを見つめていた。
ああ、フィオナ嬢、爽やかな水色の髪色も僕を見る可愛らしいピンクの瞳も、どれも懐かしい・・・。
感慨にふけってしまったレオナルドであるが、すぐに我に返って椅子から立ち上がった。
「先ぶれもなく、お訪ねしてしまったことをお許しください。どうしてもあなたにお尋ねしたいことがあったのです。」
真剣な表情でそういうレオナルドに、その場にいた者はただならぬ雰囲気を感じた。




