81話 外伝『あなたの腕の中で19』レオの誘惑
レオナルドは、さっそく侍従にアデルについてもっと詳しく調べさせた。
敵に打ち勝つためには、相手の情報が何よりも大切だ。
これはエドワードに教えてもらった戦いの極意である。
アデルの職場での様子、一日のスケジュール、休日などを調べたうえで、レオナルドはアデルが働く病院へと向かった。
自分が王族であることは隠した方が良いと考えて、服装は質素にした。
もし身分を聞かれたら、子爵令息と答えることも決めている。
「すみません。どうも気分が悪くて・・・。診てもらえませんか。」
レオナルドは、少し苦しそうな悩まし気な表情で、受付の女性に声をかけた。
「・・・えっ? は、はい・・・」
受付の女性はレオナルドにうっとりと見とれて、返事もままならない。
受付の女性だけでなく、病院で働いている看護師と診察を待っている患者たちも、レオナルドを見たとたんに、とろけたような表情に変わった。
レオナルドにとって、これは見慣れた光景である。
幼い頃から、人は皆、レオナルドを見るととろけたような表情に変わることを学んでいた。
レオナルドの見目麗しい顔立ちもさることながら、それを引き立てる蜂蜜色の金髪と青い瞳が、人々の視線を引き付けて止まないのだ。
人が言うには、レオナルドが微笑めば、天にも昇るようなふわふわとした気持ちになるらしい。
当の本人は、とろけることもふわふわになる気持ちも、よくわからないでいるのだが・・・。
今日は少し苦しそうな顔をして見せた。
その顔は女性の庇護欲を掻き立てる。
「こちらは初めてですね。私がご説明しますわ。」
看護師のミリーがレオナルドに話しかけると・・・
「あら、私がご説明しますわ。」
「私よ。」
「あなたは引っ込んでなさい。」
三人の看護師によるレオナルドの奪い合いが始まった。
結局ミリーが説明役の座を勝ち取り、負けた二人はなんとも悔しそうな顔をしている。
ミリーはふふんと得意げな顔で、レオナルドに説明を始めた。
「この病院には男性と女性の医師がおりますが、お好きな医師を選ぶことができます。どちらでもよろしければ、早く順番が回ってきた方でお呼びいたしますが、どうされますか?」
「ミリーさん、わかりやすい説明をありがとう。」
「え・・・は、はい・・・」
レオナルドがにっこり微笑みかけ礼を言うと、ミリーは天にも昇る気持ちになり、顔が真っ赤になった。
「では、女性の医師でお願いします。」
「か、かしこまりました。そ、それでは、三番目にお呼びいたします。」
レオナルドが問診票に記入し、しばらく待っていると、二人の患者の後に、レオナルドが呼ばれた。
レオナルドがアデルの前に置かれている椅子に座ると、早速問診が始まった。
「レオさんですね。初めまして医師のアデルです。気分が悪いそうですが、いつからですか?」
「今朝からです。」
レオナルドは、誰をも虜にする微笑みを浮かべて問いに答える。
ほら、あなたもとろけた目で僕を見るのだろう?
「今朝は何を食べましたか?」
「昨夜の睡眠は何時間ですか?」
「吐き気はありますか?」
アデルは表情一つ変えず、淡々と問診を続けていく。
ん? 何故だ? 何故、僕の微笑みに反応しない?
「脈拍を調べます。」
アデルは機械的にレオナルドの手を取ると、脈拍を調べた。
「脈拍は正常ですね。熱もないようですし・・・」
何故、僕の手を無表情で触れるのだ?
「原因がよくわからないのですが、おそらく感染症なのではなく、体の疲れからくるものだと思われます。疲労回復によく効く薬を出しましょうか?」
「あ、ありがとうございます。」
このままでは、何の成果もなく、診察が終わってしまう・・・
こうなったら・・・
レオナルドは、突如両手でアデルの手を握った。
「先生、ありがとうございます。お礼に食事にお誘いしたいのですが、いかがですか?」
手を握ったまま、極上の優しい笑顔でアデルを見つめる。
この必殺技で落ちない女性はいない・・・。
「いえ、結構です。患者と仕事以外で関わり合うことはしておりません。」
レオナルドの腹黒い誘いは、けんもほろろに断られてしまった。
なんてことだ!? この僕が断られるなんて・・・
でもまあ、仕事中だし、断られるのは仕方がなかったのかもしれない・・・。
レオナルドは気持ちを切り替えて、昼休みに再チャレンジすることにした。
アデルの昼休憩が始まる時間を見計らって、レオナルドは病院の出入り口を見張った。
予定通りにアデルが病院から出てきた。
隣接するアデルの屋敷までの短い距離の間に仕掛けなければ・・・
よし、今だ!
レオナルドはアデルに向かって歩き出す。
「おや、あなたは病院でお世話になった先生ではありませんか。お昼休憩の時間ですか?」
レオナルドは偶然を装い、アデルに声をかけた。
「ああ、あなたは先ほどの・・・レオさん、ですね。」
アデルはレオナルドに看護師たちほど強い興味を持つことはなかったが、一人の患者として彼のことを覚えていた。
「僕の名前を憶えていてくれたのですね。ありがとうございます。」
ほら、やっぱり、彼女も僕のことが忘れられないんだ・・・。
「ここで会ったのも何かの御縁。少し行った場所にとっても美味しいレストランがあるのですが、よろしかったら一緒に行きませんか? スイーツも抜群ですよ。」
美味しい料理に抜群のスイーツ、アデルの興味は激しくそそられる。
「あの・・・、よろしかったら、そのお店の名前を教えていただけませんか?」
「いえ、それでしたら、一緒に行きましょう。」
話しに乗って来たアデルに、もう一押しと、少し強引に迫ってみる。
「あの・・・、先ほども申し上げたように、私は患者さんと仕事以外で関わらないようにしているのです。」
「なっ!?」
僕の誘いを二度も断るとは・・・、この女はどうなっているのだ?
思い描いた通りに進まなかったので、レオナルドは次の必殺技を使うことにした。
ちょうどアデルの背後は病院の壁だ。
「お嬢さん!」
レオナルドは両手をドンと壁につき、両腕に挟まれたアデルを、上からじっと見つめた。
アデルの水色の瞳が、驚いたようにレオナルドを見ている。
ほら、赤くなれ。僕を意識しろ!
レオナルドは期待を込めて、アデルの瞳をじーっと見つめた。
いきなり両腕では挟まれて、身動きが取れなくなったアデルは、驚きと同時に恐怖を感じていた。
「あ、あの・・・」
アデルの声は震えている。
ほら、震えるほど僕を意識して・・・ん?
赤くなると思っていたアデルの顔は、青くなっていた。
震えているのは意識をしたからではなくて、怖くなったから・・・?
しまった、こんなはずでは・・・
意外なアデルの反応に、レオナルドが次の言葉に詰まっていると、後ろから誰かに壁についていた手を掴まれて腕をねじ上げられた。
「ウッ・・・」
痛さを堪えて腕を掴んだ男を見ると、それはエドワードだった。
「レオ、何やってるんだ? アデルが怖がっているじゃないか。」
「あ、兄上・・・」
レオナルドの腕から解放されたアデルは、ようやくほっとすることができた。
「あなたは・・・、エドの、弟さんだったのですね。」
アデルの言葉は、レオナルドにカッと激しい怒りが湧きあがらせた。
「エド? 兄上をそんな風に気安く呼ぶのではない。兄上はあなたが関わることなんて、できないような人なのだぞ。」
「えっ?」
アデルはレオナルドの言葉にドキリとする。
「あなたはフィオナ嬢から兄上を奪った。あなたなんて、フィオナ嬢の足元にも及ばないのに! 僕は、僕は、あなたと兄上の結婚なんて、ウッ・・・」
レオナルドは、後ろからエドワードに羽交い締めにされ、口を手で塞がれた。
「レオ、それ以上言うんじゃない!」
エドワードにがっちりとホールドされたレオナルドは、逃げ出そうともがいてみたが、体は動かず、何も言えなくなっている。
アデルは、本来なら、恐怖を感じた男性から救われて喜ぶべきなのだろうが、心の中はそれどころではなかった。
身分の差・・・
今までエドワードが、あまりにも普通に接してくれていたので、自分の中で徐々に薄れてしまっていた。
だがレオナルドによって、男爵家と王家の身分の差を改めて思い知らされた。
そうなのだ、レオナルドの言葉の方が普通であり、正しい感覚なのだ・・・。
シュンとして下を向くアデルに、エドワードは心配そうに声をかける。
「アデル、弟の言うことなんて気にしないでくれ。今日は城下町に用事があって来ただけだから、これで失礼するが、弟には俺からよく言って聞かせておくよ。」
これだけ言うと、エドワードはレオナルドを引き摺るようにしてこの場から離れた。
エドワードの用事とは、彼が立ち上げたハンディキャップに応じた職業紹介所の件だった。
責任者から改善点の文書が届いたので、実際に現場に行った方が良いとエドワードは考えたのである。
その途中に、ふと足がアデルのいる病院に向いてしまったのだが、まさか、あんな形でレオナルドとアデルに会うことになるとは思いもしなかった。
レオナルドをすぐに王宮に送り返しても良かったのだが、弟に国民の現実を教えるのにちょうど良い機会だと思い、一緒に連れていくことにした。
レオナルドは思わずして、エドワードの仕事ぶりを見ることになったのだが、仕事中のエドワードは、いつものきりりとした表情で他者に隙を見せることはない。
言葉選びも的確で、威厳はあるが相手に寄り添う気持ちもしっかりと伝わっている。
ああ、いつもの兄上だ・・・
どうしてあの女のことになると、ああも変わってしまうのか・・・。
やはり、あの女は兄上にとって害でしかないのだ・・・。
レオナルドのアデルに対する不信感はますます膨らんでいくのだった。




