8話
ジェフがバグを解析している間、ローズには、ジェフがじっと何かを考えているように見えた。
「もう、ジェフったら。いったい何を考えているのかしら。あのね、ジェフ、いつも私の気持ちを考えてくれるのは嬉しいけど、あなたは、あなたがしたいことをしてもいいのよ。」
「したいことをしてもいい?」
「そうよ。私の許可なんて要らない。あなたがしたいことをしたらいいの。」
―したいことをしてもいい入力完了・・・シタイコトヲシテモイイシタイコトヲシテモイイ・・・バグの原因発見:バグの原因はシタイコト・・・ローズニハ、シタイコトヲシテモイイ―
「ローズには、俺がしたいことをしてもいいんだ!」
ジェフはローズを抱きしめてキスをした。
チュッ、チュッ、チュッ
「もう、ジェフったらぁ。やりすぎだってばぁ」
チュッ、チュッ、チュチュッ
ジェフのキスの嵐は、ローズが本気で止めてと言うまで続いた。
翌朝、クレマリー家の朝食の時間、食後のコーヒーを飲みながらクレマリー伯爵が新聞を読んでいた。
「おや、指名手配されていた強盗殺人犯が捕まったようだよ。」
「まあ、それは良かったですわ。」
伯爵夫人が相槌を打つ。
「捕まったと言っても、三人とも死んでいる状態で見つかったらしい。死因ははっきりとはわからないが、心臓麻痺の可能性が大きいそうだ。」
父の話を聞いて、ローズはぞっとする。
「三人とも心臓麻痺だなんて・・・、なんだか怖いですね。」
「この強盗殺人犯は、今までに何件もの殺人と放火を繰り返してきたから、天罰が当たったんじゃないかな。それにしても捕まって良かった。若い娘が被害にあったこともあったから、もしもローズも被害に逢ったらと、実は心配してたんだ。」
「あなた、ローズにはジェフ様が付いているから大丈夫ですよ。ねえ、ローズ。」
「ふふっ、そうよね。ジェフならきっと助けてくれると思うわ。」
ローズは誇らしげに、両親にそう答えた。
この新聞報道は、グローリー侯爵の領地にも届いていた。
領地に住むアロンは新聞を読み、ギリギリと歯ぎしりをして悔しがる。
「いったいどうなってるんだ。大金をはたいて闇ギルドに依頼したのに。あの二人を殺すためにいったいどれだけ金を積んだと思っているんだ。」
アロンは、婚約式のことを思い出す。
婚約式の広間に入って来たローズとジェフ。
ローズも美しかったが、ジェフの美しさは、この世の美を集結したのではないかと思うほどの輝きを放っていた。
認めたくなかったが、実際そうなのだから仕方がない。
しかもさらに胸糞が悪くなったのは、妻と思春期の二人の息子の態度だった。
普段、自分に対して反抗的な息子たちが、まるで神をあがめるような目でジェフを見ていた。
妻も、見とれているのを隠そうともしなかった。
そんな家族を見せつけられて、ますますジェフが憎くなった。
ローズがとろんとした目でジェフを見たら、ジェフは周りを気にせずローズにキスをした。
人前でもこんなにイチャつく二人だったら、もしかしたら既に腹の中に子どもができているかもしれない・・・
ローズに後継者を生ませてはならない。
だから二人とも殺すように依頼したのに。
失敗しただと。
支払った前金を返せ!
だが、こうなったら、もう自分の手で殺すしかない。
ローズを救出した日から1ヶ月過ぎた。
世間を騒がせた謎の強盗殺人犯死亡事件も、徐々に忘れられ、平穏な日常が戻っていた。
ジェフはいつものように領地から届けられる書類に目を通し、おかしなところはないか点検をしていた。
書類はアロン以外にも多くの人から届けられる。
広い領地の中で、グローリー侯爵は農産物以外にも、多種多様な事業を手掛けていたからだ。
その書類の中に、アロンからのいつもと違う手紙が入っていた。
「お父さん、アロン叔父さんがお父さんと私に来てほしいそうです。手紙には織物業の事業責任者が不正を働いている可能性があるので調べて欲しいと書かれていました。」
「そうか。アロンの手には負えなくて、ジェフの助けが欲しいと見える。まあ、行った方が良さそうじゃな。」
「そうですね。私も領地の仕事を覚えるのに役立ちますし。では、ローズに話をしてきます。」
尽くし型ロボットは、管理者の許可なしに、管理者から遠く離れることはできないようにプログラミングされている。
もし許可なく無理に管理者から離した場合は、全ての命令をきかなくなる。
これは、管理者以外の者がロボットに関わる際の、又は、盗難された場合の不正利用防止対策なのである。
「そうじゃな。毎日会っているローズと離れるのは寂しかろう。そうだ、ローズも誘って行こう。未来の公爵夫人として領地のことぐらいは知っておいた方がいいじゃろう。」
ローズに会いに来たジェフは、早速ローズを誘う。
「ローズ、グローリー侯爵の領地に行くことになったんだけど、行ってもいい? それから、ローズも一緒に行こう。」
「ふふ、また私の許可が必要なのね。別に私のことは気にしなくて良いのよ。でも、私が行くのは・・・、まだ結婚していないのにいいのかしら。」
「お父さんがローズは未来の公爵夫人なんだから、領地のことを知っておいた方がいいと言ってたよ。」
ローズの空想の世界に、領地を一緒に散歩する未来の夫婦が見えた。
花畑の中を腕を組み、一緒に歩くジェフとローズ・・・。
「ふふっ、未来の侯爵夫人かぁ。私はジェフと一緒ならどこへでも行きたいわ。」
ローズがジェフを見て微笑むと、ジェフが優しいキスをする。
ローズが望んでいるのか、ジェフが望んでいるのか、ローズにはもうわからなくなっていた。
この一カ月の間に、何がどうなのかはっきりとは言えないのだが、何となくジェフが変わったように思う。
今までは、ローズが口に出さなくても、望んだことをジェフは汲み取って実行してくれた。
でも、最近は望んだこと以上な気がする。
それだけじゃなくて望んでなくても実行してくれるし、後から自分が望んでいたことに気付かされることもあった。
とにかく、ローズにとってジェフと過ごす時間は、最高に心地よくて幸せな時間なのである。
「ローズ、迎えに来たよ。」
ジェフがローズの手を握り、馬車までエスコートしてくれた。
今日はグローリー侯爵の領地に出発する日だ。
片道三日もかかる行程なので荷物もそれなりに多く、メイドたちが荷物を馬車に運んでくれた。
馬車には侯爵も同乗するので多少緊張するが、侯爵はこれまでずいぶんとローズに優しく接してくれた。
だからきっと大丈夫だろうと思う。
何より、ジェフが、そばにいることが心強い。
「ジェフ、長い道中よろしくね。」
馬車に乗る前に、にっこり微笑むジェフの顔を見て、ローズは思い出したように一言付け加えた。
「ねえ、ジェフ、侯爵様の前では、キスをしないでね。」
ジェフは、ローズがキスしてほしいと思うと、どこであっても必ずキスをしてくれるのだが、最近、ローズが思っていないときにもチュッとしてくることが増えた。
たぶんこれは、馬車の中でも同じだと思う。
いくらなんでも狭い馬車の中で、侯爵の目の前でキスをするのは、ちょっとどうかと思う。
―お父さんの前でキスをしない入力完了―
「ああ、わかった。お父さんの前ではしないよ。」
馬車の前で侯爵が、二人を出迎えてくれた。
「侯爵様、この度は私をお招きくださいましてありがとうございます。ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いいたします。」
ローズが、丁寧な挨拶をすると、侯爵はニコニコしながら言った。
「ローズ嬢、私にとっては、あなたはもう私の娘のようなものじゃ。堅苦しい挨拶もいらないし、私のことも父と呼んでおくれ。」
「父もこう言ってるんだから、遠慮はいらないよ。」
「まあ、では、お、お義父様、ありがとうございます。」
「ははは、それで良い。」
三人は馬車に乗り、領地に向かった。
ジェフは、王都を出るのは初めてで、景色や 町並みなど新しい情報を入力するのに忙しく、自然と顔が外を向く。
会話は聞いているので、相づちはしているし、聞かれたことには答えることができたが、なんとなくローズは少し寂しさを覚えた。
手でも握ってくれないかしら。
ふとそんなことを考えてしまった。
ジェフは、ローズの微妙な表情の変化、体の動きに至るまで全てを入力済みで、今も現在進行形中だ。
ローズの変化を察知したジェフは、ローズの顔を覗き、手を握る。
ローズの顔がパッと赤くなる。
「ワハハ、若いとはうらやましいものじゃ。私に遠慮はいらないよ。大いに仲良くやりなさい。」
ジェフリーが生きていたら、こんな風に恋人と手を繋いだだろうに・・・。
ジェフには、ジェフリーができなかったことを何でもしてもらいたい。
侯爵はジェフリーとジェフを重ねて見てしまうのだった。
侯爵領に着くまでに、二泊することになるのだが、宿泊するホテルはいつも同じ格式高い立派なホテルに決まっている。
ホテルに着くと、支配人が畏まってわざわざ馬車まで出迎えに来た。
「グローリー侯爵様、ようこそおいでくださいました。予約されているお部屋にご案内いたします。」
グローリー侯爵が宿泊する際は、いつも支配人が直々に案内することになっている。
「こちらのお部屋は侯爵様、そして、ご夫妻様のお部屋はこちらでございます。」
「・・・?!」
ローズは、ご夫妻様と言われたことに、驚き戸惑う。
だが、侯爵が予約してくれたのだから、その場で否定すれば失礼に当たる。
なんとか、驚きの声を上げずに受け流したが、心は激しく動揺していた。
案内される前は、ローズのために部屋が別に用意されていると思っていた。
まだ結婚していない自分が、ジェフと一緒の部屋になるとは思っていなかったのだ。
侯爵はニコニコしながら言う。
「どうせ結婚するのだから構わんじゃろ。私はいつ死んでもおかしくない歳なんだから、できるだけ早く孫の顔がみたいんじゃよ。ホッホッホ。」
侯爵は高らかに笑うと、自分の部屋に入っていった。