79話 外伝『あなたの腕の中で17』ログハウスの中で
ログハウスの中は、とてもきれいに整理整頓されていて、掃除も行き届き、チリ一つ落ちていなかった。
ここでは一日のんびりと過ごせるように、キッチンと木で作られたテーブルと椅子も用意されている。
「わあ、中も素敵だわ。このログハウスに合わせて木の温もりを感じられる家具で統一されているのね。」
「ああ、そうなんだ。ここを作った王妃のこだわりが詰まっているよ。」
二人は籠とハサミを持ち出して薬草採りに出かけた。
鎮痛作用のある薬草は数種類あるのだが、この森には全ての薬草が生えている。
アデルは嬉しそうに薬草を採るのに夢中になっていた。
エドワードはそんなアデルを眩しそうに見守っていたのだが、段々と雲行きが怪しくなってきた。
「アデル、もうそろそろ終わった方が良い。雨が降りそうだ。」
薬草ばかりを見つめて下を向いていたアデルは、天気のことにまったく気が付かず、エドワードに言われて初めて空を見上げた。
「あら、本当だわ。そろそろ戻りましょう。」
だが、空はあっという間に暗くなり、いきなり激しい雨が降って来た。
「急いでログハウスへ!」
エドワードがアデルの手を引きながら走る。
二人は全速力で走ったが、ログハウスに着いた頃には二人とも全身ずぶ濡れになっていた。
「このままでは風邪をひいてしまう。ここには着替えも置いてあるんだよ。男物しか置いてないが、身体を拭いて着替えるといい。こっちへおいで。」
エドワードがアデルの手を引き、隣の部屋のドアを開けた。
ログハウスの中には、キッチンとテーブルとイスしかないのだとアデルは思っていたのだが、エドワードに案内された部屋はベッドとクローゼットが置かれた寝室だった。
ベッドを見て、アデルはドキリとしたのだが、エドワードにとっては見慣れた部屋であるからか、平然とクローゼットからタオルを取り出してきた。
「アデル、びしょびしょだよ。」
タオルでアデルの髪を優しく包み、丁寧に拭き始めた。
アデルはベッドを意識してしまったことと、髪の毛を触られていることが恥ずかしくて、真っ赤になって俯いているのだが、エドワードは髪を拭くのに一生懸命でアデルの恥じらいに気が付かない。
「あ、あの・・・、エドもびしょびしょだわ。」
アデルはエドワードに髪を拭くのは止めて、エドワード自身を拭いてもらいたいと思って言ったことだったのだが・・・
「ああ。それもそうだな。」
そう言うと、エドワードはプチプチとボタンを外し、一気に上着を脱いでしまった。
アデルの目の前に、鍛え上げられた男性の裸の胸が現れた。
「えっ・・・」
アデルは思わずその胸を凝視してしまい、そんな自分がますます恥ずかしくなって手で顔を覆う。
「アデル・・・?」
アデルの様子がいつもと違うことに、ようやくエドワードは気づいた。
「ア、アデル・・・、こっちを向いて。」
真っ赤になって上目遣いに見つめてくるアデルのあまりの可愛らしさに、エドワードの身体が激しく反応する。
ふっくらとした濡れた唇も、乱れた髪も、熱っぽく潤んだ水色の瞳も、エドワードの心をかき乱す。
それに加え、アデルの濡れた衣服は彼女の身体にぴったりと張り付いて、胸のふくらみも腰の丸みも、そのままの形がくっきりとエドワードの目の前に晒されているのだ。
普段ドレスで隠れて見えないアデルの女性らしい身体に、エドワードの目は釘付けになってしまった。
「ア、アデル・・・」
エドワードは気持ちを抑えきれなくなって、ガバっとアデルに抱きついた。
「エ、エド・・・」
エドワードは何か言おうとしたアデルの唇を奪い、そのままベッドに倒れ込んだ。
甘く濃厚でそれでいて激しいキスはベッドに倒れ込んでも続き、アデルの心は何も考えられなくなった。
意識は絡まる舌に集中して、その甘美な快感に酔いしれていく。
「アデル、あなたが欲しい。すべてを俺にくれないか?」
唇を離してエドが囁いた言葉に、アデルは抗う気持ちはなくなって、無言でこくりと頷いた。
「ああ、アデル・・・」
エドワードがアデルの濡れた衣服を脱がそうと、ぎこちなく胸のボタンを外し始めた瞬間・・・
―私は、あなたの幸せを願っています。―
目に涙を浮かべてアデルの手を握ったフィオナの姿が、アデルの脳裏に蘇った。
―もしかしたら、フィオナ様はまだエドのことが・・・―
拭いきれなかった罪悪感も一緒に・・・。
「だ、だめです。エド、それ以上は、してはいけない!」
アデルはボタンを外そうとしているエドワードの手を掴んで止めた。
「ア、アデル・・・?」
アデルに拒否されたエドは、ボタンから手を離したが、苦しそうな顔でアデルを見つめる。
「だめ・・・なのか?」
「「私たちは、まだ正式に婚約をしたわけではありません。まだあなたの婚約者はフィオナ様なのです。だから・・・」
言いながらアデルの目から涙があふれてくる。
「私たちは、結ばれてはいけない・・・。」
その言葉に、エドワードは愕然としてしまった。
アデルの言葉は真実で、反論しようもない現実なのだ。
「わかった・・・。俺が悪かった。」
エドワードはベッドから離れると、クローゼットから衣服とタオルを取り出し、アデルの横に置いた。
「アデルはここで着替えると良い。俺は隣の部屋で着替えてくる。」
そう言って寝室から出ると、静かにドアを閉めた。
寝室に一人残されたアデルは、しばらく呆然としていたが、これで良かったのだ・・・と自分に言い聞かせた。
フィオナの本当の気持ちはわからない。
だけど、こんな気持ちのまま、結ばれてはいけない・・・。
冷静になったアデルは、エドワードが用意した服に着替えた。
洗濯した清潔な衣服であるのだが、まるでエドワードに包まれているような気がした。
今は、まだ、これだけでいい・・・。
この日は、男物の衣服に着替えたアデルを人目に晒さないようにと配慮して、エドワードは目立たない質素な馬車で送り届けた。
帰りの馬車の中でエドワードは思う。
父上は、時間がかかると言ったが、いったいどれくらい時間がかかるのだろう・・・。
この一件があった後も、エドワードはいつものようにアデルをデートに誘った。
身体の関係を結ぶことは拒否されたが、手を繋ぐことも、キスをすることも、アデルは許してくれている。
だから、今は、これで我慢しよう・・・。
そんなある日のこと、二人が町の大通りを歩いている最中に、一台の立派な馬車が二人の横を通り過ぎた。
馬車に乗っていたのはエドワードの三つ下の弟、レオナルドである。
甘いマスクで数多の女性に人気がある十七歳のレオナルドは、両親の髪色を合わせたような蜂蜜色の金髪に、父に似た青い目をした見目麗しい若者である。
同じ両親の血を引く兄弟であるが、ふっと微笑むだけで、全ての女性を虜にしてしまう妖しく光るレオナルドの瞳は、近寄りがたい雰囲気を醸し出すエドワードの鋭い眼光とは正反対のものであった。
レオナルドは、本日ノースロップ王国での半年間の留学を終えてハウエルズに戻って来たのであるが、久しぶりに見る城下町を懐かしい気持ちで眺めていた。
「ああ、もうすぐ城に到着だ。久しぶりに兄上に会える。また剣術の稽古をつけてもらうぞ!」
町の大通りを眺めていたら、見知った黒髪の男性が目に入った。
「あ、あれは?」
レオナルドの青い瞳は、黒髪の男性に釘付けになった。
エドワードが町に視察に出かける際、何度か我儘を言ってレオナルドも一緒に連れて行ってもらったことがある。
そのとき、エドワードは平民を装うために、いつも黒髪のカツラを使用していた。
「あれは、兄上ではないか!? だが、いったいあの姿は何なのだ・・・?」




