76話 外伝『あなたの腕の中で14』国王夫妻
エドワードが王宮に戻ると、後片付けをする使用人たちが、舞踏会会場の中を忙しそうに動き回っていた。
おそらく両親は、今頃私室でくつろいでいるはずだ。
エドワードは、決死の覚悟で両親の元に向かった。
「エドワードです。お二人にお話があります。」
ノックの後に用件を伝えると、「入りなさい。」と父であり国王でもあるニコラスから入室の許可が下りた。
国王も王妃も、既に舞踏会用の衣装からくつろいだ衣服に着替えており、お茶を飲んでいる最中であった。
国王ニコラスは、エドワードと同じ金髪碧眼で、お気に入りの口髭が自慢の少しお茶目な国王である。
一方王妃エレナは、いつも艶のある茶色の髪を美しくきりりと結い上げ、緑色の瞳の知的な眼差しが印象的な女性である。
今は舞踏会が終わって髪をほどき、ゆったりとした雰囲気の中、柔らかな眼差しで緑の瞳をエドワードに向けた。
「エド、舞踏会で気分が悪くなったと聞いたわ。もう大丈夫なの?」
「途中でいなくなったから、私も心配していたのだぞ。まあ、座りなさい。」
途中でエドワードがいなくなった言い訳を、ビクターが上手く伝えてくれたようだ。
「はい。お陰様で。ところで、父上、母上、私はお二人にお願いがあって参りました。」
「あらたまってどうしたのだ? お前がお願いだなんて珍しいこともあるものだ。」
「実は、私に愛する人ができました。町の病院で医師として働いている男爵令嬢のアデル・ブルクハルトという女性です。」
「その令嬢は、今日お前とダンスを踊った令嬢だね。」
「はい。そうです。私は彼女との結婚を望んでいます。ですから、現在の婚約者であるフィオナ嬢との婚約を破棄していただきたいのです。」
「つまり、フィオナ・ラードナーとの婚約を解消し、新たにアデル嬢との婚約を結びたいと、そう言っているのだな。」
「はい。その通りです。」
ニコラスは、お茶を飲む手を休めてカップをテーブルに置くと、ふむ・・・としばし沈黙した。
エドワードにはその沈黙が数時間にも感じられたのだが、ただ、黙ってニコラスの言葉を待っていた。
「エドワード、この婚約はお前が七歳のときに、両家の間で正式に交わされた約束事である。それはわかっているな。」
「はい。わかっております。」
「その約束を、すぐに解消すると言うわけにはいかないのだ。おそらく長い時間がかかるだろう。お前とて、明日にでもアデル嬢と結婚したいというわけではないだろう?」
「え、は、はい。それはそうですが・・・。」
本当は明日にでも、結婚できるのならしたいのだが・・・と思ったが、それは黙っていることにした。
「ならば、気長に待ちなさい。」
「えっ?」
その言葉は、エドワードにとっては希望の光、まるで天から明るい光が差し込んで来たかのように感じた。
「あ、あの・・・、父上は彼女との交際を許してくださるのですか?」
「まあ、そういうことになるか・・・。」
喜びの顔を隠さずに、エドワードはニコラスの隣に座っている母親エレナに視線を移す。
エレナは、ゆっくりとお茶を飲みながら二人の会話を黙って聞いている。
「母上はどうなのですか?」
「私は、陛下の意志に従いますわ。」
それが当然であるかのような返答であった。
エドワードには、二人に後光がさしているように見えた。
まさか、こんなにあっさりと自分の願いが叶うとは・・・。
「お二人に感謝いたします。この恩に、どう報えばよろしいですか?」
「そうだな。今以上に公務に励めばそれで良い。恋のために仕事が疎かになったなどとは思われぬようにな。」
「はい。これからも仕事に精を出し、父上のご期待に沿えるように頑張ります。」
「話が終わったなら、もうお前も休みなさい。身体は大切にな。」
エドワードは天にも昇る気持ちで、来たときとは正反対に足取り軽く出て行った。
それにしても、こんなに簡単に許されるなんて・・・。
もし反対されたら、王族との縁を切る覚悟でいたのだが・・・。
体中に力がみなぎり、エドワードは、拳をぎゅっと強く握って叫んだ。
「明日、すぐにアデルに報告に行こう!」
「あなた、もっと反対するかと思っていたのですが・・・。」
エレナは人払いをした後、ニコラスに話しかけた。
「あいつの顔を見ただろ? もしも頭ごなしに反対したら、王太子を止めます!とか言い出しかねん顔だった。ありゃ、下手したら王族とも縁を切るとか言いそうだったぞ。」
「それは私もそう思いましたが・・・、本当にお許しになるおつもりで?」
「今はな・・・。あのクソ真面目で仕事しか興味がないのかと心配していたエドが、恋に落ちたのだ。これはあの子の成長にもつながると思うのだ。なんせ婚約者のフィオナ嬢があれだからな。クソ真面目な上に、まったく女性との関りもなく、このまま結婚するのはどうかと心配もしておったからな。アデル嬢なら、女性との関わり方を学ぶのにはちょうど良いかも知れぬ。」
ニコラスは、フレッドやカイルからアデルの報告を受けていた。
それに加えて、自分の部下にも彼女のことを調べさせ、王族狙いの欲深い娘ではないことはわかっていた。
医師としての働きも問題なく、貧しい者に優しく接しているところも好感が持てる。
つまり、アデルは、王族に害をなすものではないと、ニコラス自信が判定したのである。
「今は初めての恋に夢中になって舞い上がっているようだが、その内に落ち着くだろう。それに恋は熱しやすく冷めやすいとも言うだろう? 気長に冷めるのを待つのも一興だろうて。」
「まあ、そのようなことを仰るなんて・・・。でも、もし、いつまでも冷めなかったらどうするおつもりで?」
「まあ、そのときは、次の手を考えねばなるまいな。やはり、王室としてはラードナー侯爵家との結びつきは強くしておきたいからな・・・。」
ニコラスはエレナを見てニヤッと笑う。
「ところであの子はいったいどちらに似たのでしょうね?」
ふふっと微笑みながらエレナはニコラスを見て目を細めた。
「そなたは、私に似ていると言いたいのだろう?」
「あら、よくおわかりで。あなたは、私に会いたくて、外国のアカデミーに忍び込んだほどですものね。」
エレナは南側に位置する隣国の王女であり、ニコラスとは子どもの頃から決められていた政略結婚の相手であった。
だが、ニコラスは結婚相手であるエレナの本当の姿を知りたくて、エレナがアカデミーの女学生の頃に、知り合いの伝手を使ってアカデミーの制服を着こみ、身分を偽り、アカデミーに忍び込んだのだ。
そこで、気は強いが弱い者に優しいエレナの姿を見て恋に落ちた。
「ははっ、その甲斐あって、私は愛する妻を娶れたと思うぞ。」
政略結婚であったが、今も仲良く幸せに暮らしている二人なのである。
翌日、エドワードは朝早くから集中して仕事を進め、午前中には一日分の仕事を終えることができた。
今からアデルに会いに行けば、アデルの昼休憩中に会えるはず。
エドワードが護衛の二人を連れて足早にブルクハルト男爵邸に行くと、思った通りアデルは屋敷で休憩中であった。
使用人にアデルに会いに来たことを告げ、しばらく待っているとアデルが外に出てきた。
「アデル、会いに来たよ。」
「エド・・・、ど、どうして・・・?」
エドワードの弾んだ声とは裏腹に、アデルの声は暗い。
「あの・・・、ここでは使用人に話を聞かれてしまいます。裏庭に来ていただけますか?」
ブルクハルト男爵邸は町の中の小さな屋敷であるが、裏には使用人が作業をするための小さな庭が作られている。
観賞用の庭ではないので、芝生と樹木が植えられているだけの殺風景な裏庭に四人は移動した。
「すみません。あなたのことは、まだ家の者には話してないのです。ここなら誰にも聞かれずに話ができるかと・・・。」
アデルは一息吸ってから、もしエドワードが会いに来たら、苦しくても絶対に言わなくては・・・と思っていた言葉を口にする。
「エド、私はあなたと会うのは昨日で最後だと言ったはずです。ですから、これ以上会いに来ないでほしいのです。」
そう話すアデルの顔は、とても辛そうな顔をしていた。




