73話 外伝『あなたの腕の中で11』初めてのダンス
舞踏会当日、アデルは、エドワードが手配してくれた馬車に乗り込み、一人で王宮の舞踏会会場に向かった。
エドワードから、迎えに行くことはできないから、会場で待っていてほしいと言われていたので、仕方なく一人で会場に入ったのだが、エドワードはまだ来ていなかった。
一人で壁際に立ち、入ってくる令嬢や令息を見ていたが、一人で寂しく見えたのだろうか、見知らぬ令息が馴れ馴れし気に話しかけてきた。
「君、一人かい? 良かったら僕がダンスの相手をしてあげようか?」
鼻の下をのばして誘って来る令息は、ニヤニヤと笑って下心丸出しである。
こんなのと話しているところを見られて、また令息に想いを寄せている令嬢から嫌味を言われてはたまらない・・・
「いえ、お断りします。私には連れがおりますので。」
きっぱりと断ったアデルは会場から出て、建物の外から入り口を見張ることにした。
エドが来た時に、声をかけて一緒に入れば良いのだから・・・。
だが、いつまでたってもエドは来ない。
開始時刻になると、国王陛下、王妃陛下、王太子殿下の三人が入場するコールが聞こえた。
その後、しばらくすると、ダンスの音楽が会場から漏れ聞こえてきた。
「ああ、始まったわ。エドはどうして来ないのかしら。もしかしたら、見過ごしてしまったのかもしれないわ。」
一緒に入場する目論見が外れてしまったアデルは、仕方なく一人で会場に入った。
会場内は、美しい音楽の音色が響き渡り、それに合わせて男女がくるくると回っている。
一曲目には間に合わなかったけれど、二曲目の前にエドを探さなくては・・・
目を凝らして黒髪のエドを探していると、金髪碧眼の白い王族の衣装を身にまとった男性が近寄って来た。
どう見ても王子だと思われる男性は、アデルから目を離さずに、嬉しそうな笑みを浮かべて近寄ってくる。
ん? あの方は王子様よね。どうして私を見ているの? そしてどうして私に近寄ってくるの?
アデルが不思議に思って王子を見ている間も、王子はゆっくりとアデルに近づいて来る。
すぐそばまで来て立ち止まった瞬間に、アデルはようやく気がついた。
髪の毛の色は違っているけれど、目はエドなのだ。
歩き方も、にっこりと微笑んでいるその表情も、エドそのものなのである。
「エ、エ、エ、エド?」
思わず、王子に向かって声を上げてしまった。
不敬な言葉に、それが聞こえた周りの人々は驚いてアデルを見た。
二人の周りは少しざわついたが、王子はにっこりと微笑んで、アデルの手を取った。
ちょうど一曲目の音楽が終わり、人々は二曲目の相手を探しているところである。
「アデル、良かった・・・。来てくれたんだね。あなたがいなくて心配していたんだ。」
「あ、あなた、ほ、本当に・・・、エドなの?」
「ああ、そうだよ。」
エドワードは、握っていたアデルの手の甲にチュッとキスをする。
「来てくれて本当にありがとう。それでは、私と一緒に踊ってくれませんか?」
エドワードは腰をかがめてアデルにダンスを申し込んだ。
エドワードに手を取られていることも忘れてしまうほど呆然としていたアデルであるが、やっと自分がダンスを申し込まれているのだと気が付いた。
王族の申し出を断るなんて不敬にあたる。
驚いていても、ここはとりあえず「はい」と返事をするべきなのだろう。
「はははは、はい。」
声が震えておかしな返事になってしまったが、エドワードは、そんな彼女を愛おしそうに見ている。
「ではこちらへ。」
エドワードに手を引かれて、舞踏会会場の中央へと歩み出ると、それを待っていたかのように、音楽が奏でられた。
この日のために一生懸命に練習したことが功を奏して、音楽が鳴れば自然とアデルの身体はリズムに合わせて動いた。
だが、心の中は激しく動揺し、とても冷静ではいられなかった。
「どどどどうして・・・?なななななぜ・・・・?」
発する言葉が震えてしまう。
手をつなぎ、腰に手を回され、ステップを踏み、時にはくるりと回されるけれど・・・
エドが王子様????信じられない!
だが、信じられない現実が、目の前に展開されているのだ。
「アデル、驚かせてすまない。どうしても言い出せず、こうして見てもらうのが一番手っ取り早いと思ったんだ。」
エドワードの声を聞き、やっと少しは落ち着いてきて、冷静に考えられるようになってきた。
子爵令息だと思っていた恋人が、実は王子様だった・・・。
あまりの身分の差に、驚きの次には不安がどっと押し寄せてきた。
恋人だなんて思っても良いのだろうか・・・。
どう考えても、王太子に男爵令嬢は不釣り合いだ。
でも、でもでも・・・、私はエドを愛している。
この気持ちを捨てることなんてできない・・・。
ダンスが終わった後のアデルの表情は暗かった。
恋人が王子様だとわかった喜びなんて全くなく、今後の不安の方がずっとずっと強かった。
ダンスが終わって、エドワードはアデルの手を引き、壁際に移動する。
「アデル、もう一つ話したいことがあるんだ。ここでは何だから、場所を変えて話したい。」
そう話すエドの表情が、なんだか苦しそうに見える。
これ以上、いったい何を聞かされるというのだろう・・・?
ますますアデルの不安は膨らんだ。
「静かなところへ行こう。」
エドワードとアデルが、外に向かって歩き出した瞬間
「殿下、お話し中、申し訳ございません。国王陛下がお呼びです。」
国王ニコラスの侍従がエドワードに声をかけた。
「父上が?」
「はい。至急、陛下のもとへ来るようにとのお達しでございます。」
「そうか、わかった。」
エドワードは少し不満げな顔をしたが、身内とは言え、国王の命令を無視することはできなかった。
「アデル、すまない。悪いがここでしばらく待っていて欲しい。」
そう言うと、エドワードは侍従と共に、国王のもとへ向かった。
壁際で一人残されたアデルは、まだ心の整理がつかないまま、不安を抱えてエドワードが戻ってくるのを待っていたのだが、アデルのそばへと近寄って来たのは、豪華なドレスに身を包んだ三人の令嬢であった。
三人は、壁を背にしたアデルを囲むように立ち、その立ち位置は、まるでアデルの逃走経路を阻むかのようである。
「あなた、確か・・・、男爵令嬢のアデル・ブルクハルトさんですわね。」
「どうしてあなたのような人が、殿下とダンスを踊ったのかしら?」
不安で心がいっぱいのところに、令嬢たちにいきなり攻められて、アデルは混乱し、言い返す言葉を失ってしまう。
「ちょっと、何黙っているの? 殿下と踊ったからって調子に乗るのではなくてよ。」
「だいたい、身分も不釣り合いで、あなたなんかが殿下と踊るなんておかしいのよ。」
「いったいどうやって丸め込んだのかしら?」
令嬢たちの攻撃は止まらず、ますます過激になっていく。
身分が不釣り合い?
そんなこと、あなたたちに言われなくてもわかってる・・・。
「ちょっと、あなた、何を黙っているのよ。」
私だって・・・、彼と不釣り合いになんてなりたくなかった・・・。
「黙ってないで、何か言ってみなさいよ。」
ずっとエドのそばにいたかった・・・。
だって・・・、だって・・・
アデルの水色の瞳からポロリと涙が零れ出た。
一度零れだした涙は、ポロリポロリと大粒の涙となって零れ落ちる。
「だって、私・・・、彼を愛しているの・・・」
涙と一緒に、心の声もポロリと出てしまった。
口に出してしまったことに気が付いて、アデルはハッとして口を押さえたが、既に遅かった。
三人の令嬢もアデルの言葉に驚き、目を瞠った。
「何ですって? 殿下を愛しているですって?」
「よくも恥ずかしげもなく、そんなことが言えるわね。」
「殿下にはフィオナ・ラードナー様という、れっきとした婚約者がいらっしゃるのよ!」
「えっ?」
その言葉にアデルは驚き、俯いていた顔を上げた。




