71話 外伝『あなたの腕の中で9』言えない真実
キスが終わった後、エドワードはまだアデルを離していなかった。
否、離したくなかった。
だけど・・・、本当のことを言わなくては・・・
エドワードは真実を話そうと思ってはいるのだが、言い出す糸口を見つけられずにいた。
エドワードはやっとの思いでアデルを抱き締めていた腕を離し、両手でアデルの肩を掴んだ。
「アデル・・・、聞いて欲しいことがあるんだ・・・。」
「えっ? どうしたの?」
急に真剣な顔になったエドワードを見て、キスの余韻に浸っていたアデルは、少し戸惑う。
いったい何を言う気なのだろう・・・?
「実は・・・」
アデルはドキドキしながら次の言葉を待った。
「実は・・・、この年になって、恥ずかしいことなのだが、あのようなキスをしたのは初めてなんだ。だから、加減と言うものがわからず・・・、つい夢中になってしまった。嫌じゃなかったか?」
ああ、違う違う、こんなことを言いたいわけじゃないのに・・・。
アデルは、緊張していたのだが、内容が内容なだけに少しほっとする。
「ううん。嫌じゃなかったわ。その・・・、私・・・、とっても嬉しかったの。」
頬を染めながら恥ずかしそうに言うアデルの顔を見て、エドワードの胸がまた高鳴る。
「それに、私も初めてなの。ふふっ、全然恥ずかしいことなんかじゃないわ。」
「アデルも初めて? ああ、アデル。愛している。」
エドワードは思わずアデルを抱きしめてしまった。
そしてまた、アデルの唇を求めて長いキスをする。
アデルもそれに応えた。
「アデル、これで二回目だ。」
「ええ、私も二回目よ。」
二人は可笑しくて笑い合う。
結局エドワードは、完全に本当のことを話す糸口を見失ってしまったのだった。
この後、アデルを送り届けたエドワードは、わざとゆっくりと大通りを歩いて城に向かった。
「やっと見つけましたよ。いったいどこに行ってたんですか?」
フレッドがエドワードを見つけて走って来た。
「まったく、護衛をまくなんて、何を考えているんですか。もしものことがあったら・・・と思うと気が気じゃありませんでしたよ。」
「ああ、心配かけてすまなかった。」
エドワードは素直に謝った。
しばらくすると、カイルもエドワードを見つけてそばについた。
「ご無事で何よりです。」
一言だけを口にしたカイルの額に汗がにじんでいる。
「カイル、そなたにも心配かけてすまなかったな。」
「いえ、エドが無事であるのなら私はそれで・・・」
殿下は、すまないと言う割には、なんだかとても幸せそうな顔をしている・・・。
フレッドは、はあ、まったく・・・と心の中で呟いた。
エドワードとフレッドがエドワードの私室に入ると、早速フレッドの尋問が始まった。
「ところで殿下、アデル嬢に本当のことは話したのですか?」
「・・・いや、その・・・」
エドワードは、指で自分の頬をかきながら言葉を探す。
「その顔では、話していないようですね。」
「言おうとしたのだが・・・、アデルがあまりにも可愛すぎて話すタイミングを逸してしまったのだ。」
フレッドは、不敬にも、ハアとはっきりわかるため息をついた。
「私は殿下にプレッシャーをかけすぎたかもと心配していたのですが・・・、最終的には、決めるのは殿下です。お互いに傷が残らないような選択をしてくださいね。」
一週間後のアデルの休日に合わせて、エドワードも休みを取り、二人はデートに出かけた。
今回は、護衛中のフレッドとカイルをまくことはしなかったが、町を知り尽くしているエドワードは、二人から死角になる場所を把握している。
それは、公園の中にも、町の隅にもいたるところにある。
アデルをその場所に導けば、誰にも見られることなく抱き合う事も、キスをすることもできるのである。
エドワードはアデルと触れ合うデートを大いに楽しんだ。
だが、心の隅には、いつも重い気持ちが見え隠れしているのも事実である。
デートの終わりに公園で散歩とキスをした後、二人は噴水広場のベンチに座った。
今日こそは・・・と、エドワードはぎゅっと拳を握りしめた。
「アデル、実は・・・、俺・・・」
エドワードが重い口を開き始めたとき、子どもの泣き声が聞こえた。
「ママ―、ママー、」
べそべそと泣きながらママと叫んでいる子どもが、キョロキョロしながらこちらに向かって歩いてくる。
「まあ、大変、迷子だわ。」
アデルがすくっと立ち上がり、子どもに駆け寄った。
「坊や、ママを探しているのね。どこではぐれたかわかる?」
「パ、パン屋さんまでは一緒だった。エーン」
「じゃあ、パン屋さんまで行ってみましょうか? 一緒にお母さんを探しましょう。」
すっかり話すタイミングを失ってしまったエドワードは、このままアデルに合わせることにした。
「それじゃあ、俺が肩車をしてあげよう。」
エドワードが男の子を肩車すると、男の子の視界がぐんと広がった。
「ほら、この方がママを探しやすいだろ?」
「うん!」
男の子は肩車をしてもらって嬉しかったのか、すっかり泣き止み、エドワードの頭越しにママを探し始めた。
ふふふっ、こうしていると、エドと夫婦になったみたいだわ。
アデルは口に出さずに心の中で呟いた。
いつかエドと結婚したら、こんな風に家族でお散歩したいな・・・。
アデルとエドワードと男の子の三人組がしばらく歩いていると、男の子を探している女性に出会い、無事に男の子は母親のもとに帰れた。
だが、結局今日も、エドワードは本当のことを言えなかった。
それからも、デートの度に「実は・・・」と話そうとするのだが、何故か言いかけたとたんに、強風が吹いてアデルのスカートが捲れあがったり、見知らぬ女性に人違いで声をかけられたりと、タイミングを失い、そのまま言えずに時間だけが過ぎた。
それからしばらく経ったある日のこと、王家の森の管理人がエドワードに薬草を届けに来た。
すこし前に、病院に薬草を届けているカールのケガが治ったので、エドワードが薬草を届けることはなくなっていたのだが、解熱作用のある質の良い薬草が採れたからと気を利かせて届けに来たのである。
せっかくだからこれは病院に届けようと思ったエドワードは、視察の際に一番にアデルに会いに行った。
開業時間前だったので病院の中に患者はいなかったが、診察室のパーテーションのそばで、アデルは流行りのスーツをビシッと着こなし長い銀髪を一つ括りにしている若者と立ち話をしていた。
自分に気付かずに、他の男と楽しそうに話しているアデルに、エドワードは少しイラっとしたのだが、その男を見てハッとする。
「ん? あの男は・・・」
その男は、エドワードがよく知っている男、ビクター・ノースロップ、隣国ノースロップ王国の第二王子なのである。
「ビクター、どうしてこんなところに?」
エドワードに声をかけられて、やっと二人はエドワードの存在に気が付いた。
青い瞳に銀縁眼鏡をかけているビクターは、指で眼鏡をクイッと押し上げてエドワードを見る。
「おや、エドがどうしてこんなところに?」
「まあ、二人はお知り合いですの?」
驚いてアデルが問うと、ビクターが「ああ、僕たちは…」と話しかけたが、エドワードの黒いカツラを見て言葉を止める。
エドワードが変装しているときは、身分を隠しているのだと、予め聞いていたからである。
「僕たちはアカデミーの学友なんですよ。僕が四年前にこちらに留学した際に知り合ったのです。」
ハウエルズ王国の北に位置するノースロップ王国は、ハウエルズ王国と同盟を結んでおり、非常に友好的な国である。
そのため、貴族たちの間で互いの国に留学することもよくあることなのだ。
王族も例外ではなく、エドワードも三年前にノースロップ王国に半年ほどの留学をしている。
現在は十七歳の弟、レオナルドが留学中である。
今年二十歳になったビクターは、留学生としてこの国に来たのではなく、ノースロップの歴史や文化を教えるアカデミー講師として招かれている。
王族としては変わり者で、自由を満喫したいからと、自国の護衛も付けず、学生寮の一部屋を借りて住んでいる。
学生寮は、身分の高い令息令嬢が利用していることもあり、もともと警備が厳重だからできることなのだが・・・。
ビクターは銀色の長髪に銀縁眼鏡という知的でクールな印象が女子受けしているらしく、アカデミーでは特に女学生に人気があると言う。
「ところで、アカデミー講師のビクターが、どうして病院に用があるんだ? 見たところ、病気でもなさそうだが・・・」
「ああ、この病院に女医がいると聞いてね。僕の国にスカウトに来たんだ。」




