69話 外伝『あなたの腕の中で7』偽りの身分
臣下たるもの、主に嫌われようとも、苦言を呈することも必要だ。
フレッドは病院から帰る道すがら、ずっとエドワードのことを考えていた。
乳兄弟であるエドワードとは、物心ついたときにはいつも一緒に遊んでいた。
ずっとそばで見てきたのだから、誰よりもエドワードの心を理解しているつもりだ。
エドワードの立場上、自由な恋愛など許されるはずはなく、諸事情により女性に触れることすらほとんどない人生を歩んできた。
公務に勤しみ、国と国民のことだけを考えて働く忙しい日々だから、女性に関わる機会がないのも仕方がないことだ。
そんな彼が、初めて恋をしたのだ。
初めての恋に浮かれる気持ちはわかる。
今までのエドワードの人生に、同情する気持ちもある。
だが、嘘で塗り固められた恋が、果たして人を幸せにするのか?
真実を知ったとき、傷つくのはアデル嬢ではないか・・・。
城に着くと、カイルは騎士団長に報告に行くが、フレッドは最後まで護衛を務める。
エドワードと一緒に、彼の私室まで側を離れない。
エドワードの私室に入り、部屋の中の安全を確認すると、フレッドはエドワードの目の前に跪いた。
何故、そんなことを? とエドワードは訝しむ。
「フレッド、いったいどうした?」
「殿下、殿下の臣下である私から進言申しあげます。どうか、アデル嬢に一刻も早く真実をお告げください。」
フレッドの必死の思いは、長年一緒に過ごしているエドワードにも伝わってくる。
だが、だからと言って、今のエドワードは素直に臣下の進言を受け入れることはできなかった。
「フレッド、お前の言いたいことはわかっている。だが、もう少し待ってくれ。俺は、真実を告げてアデルが俺の前から消えるかもと思うと、怖くて言えないんだ。だが、必ず言うから、それまで待ってくれ。」
「殿下、必ずですよ。遅くなれば遅くなるほど、傷つくのはアデル嬢です。」
「ああ、わかっている。」
その頃アデルは、一人幸せを噛み締めていた。
好きになった人が自分のことを好きでいてくれた。
きちんと告白もしてくれて、自分も思いを伝えて・・・。
子爵家の次男なら理想の縁組で・・・。
アデルは、ウエディングドレスに身を包み、神前でエドワードと誓いのキスをする姿を想像する。
そして皆から溢れんばかりの祝福を受けるのだ。
考えただけでも、幸せで胸がいっぱいになる。
ああ、早くエドに会いたい。
次はいつ来てくれるのかしら・・・。
その三日後に、エドワードはアデルを訪ねた。
町の視察中に立ち寄っただけだと言うが、ほんの少しの間でも、エドワードに会えたことがアデルには嬉しかった。
ほんのりと頬を赤らめ、嬉しそうに微笑んでエドワードを迎える。
エドワードも、アデルの顔を見たとたん、心が色めき立ち、目に入る全てのものが輝いて見える。
「あの、もしよかったら、お昼休憩のときに、一緒にお食事をしませんか。三人分ご用意しますから、どうぞ皆さんで来てください。」
アデルの誘いにエドワードは喜んで頷いた。
昼食時間になると、三人はブルクハルト男爵邸に赴き、アデルとアデルの母マーゴットも一緒に五人で食卓を囲んだ。
「お母様、前回はきちんとした紹介ができていませんでしたが、今日は本当の紹介をしますね。」
「まあ、本当の紹介?」
マーゴットはふふっと微笑みながら、アデルの言葉を待つ。
「はい。エドとカイルさんは御兄弟で、レドモンド子爵家のご令息です。それから、フレッドさんはホプキンス伯爵家のご令息なのです。皆さん騎士でいらして、身分を隠して町の視察をしているのですって。」
紹介されたマーゴットは驚いた顔をしたが、すぐに納得していた。
「まあ、そうなのですね。実は、お三人様の所作がきれいで、貴族のようだと思っていたのですよ。前回娘を助けていただけたのは、視察中だったからなのですね。」
「は、はい、そうなのです。」
後をつけていたからだとは言えず、少し苦笑いをしながらエドワードは答えた。
「それからお母さま、皆様のご身分は内緒にしていて欲しいのです。身分を隠して視察をしているので身元が公になると良くありませんので・・・。」
「はいはい。わかりましたよ。皆様、町のためにいつもありがとうございます。視察の際には、いつでもお食事にいらしてくださいね。」
食事を終えた後、アデルは病院へ、エドワードたちは、町の視察を続けたが、三人の顔は暗い。
「エド、また嘘で塗り固めてしまいましたよ。アデル嬢の母上にまで嘘をつくなんて・・・。」
「フレッド、すまん。アデルに本当の紹介をしたいと言われたとき、どうしても断れなかったんだ。それに、あの場では本当のことなんて言える雰囲気じゃなかったし・・・。だが、次の約束を取り付けたから、その時には・・・」
カイルはそんな二人の会話を黙って聞いているだけだった。
その夜、仕事が終わり屋敷に戻ったアデルは、マーゴットと二人で食後のお茶を飲んでいた。
「お母様、実は私、好きな人ができました。お相手の方も私のことを好きだと言ってくれたのです。」
顔を赤らめながら嬉しそうに話すアデルのことを、マーゴットは笑顔で見つめる。
「ふふふっ、良かったわね。お相手はエドさんでしょ?」
「まあ、お母様、どうしてわかるんですか?」
「そんなの、二人を見ていたらわかるわよ。二人とも正直に顔に出ているもの。」
「えっ、か、顔に?」
言われてアデルは、慌てて両手で顔を挟んだ。
「それはそうと・・・、エドさんは、あなたが女医をしていることに、何か言ってないの?」
「はい。それは大丈夫みたい・・・。」
アデルは現在十八歳だが、この年齢になるまでに結婚話が全くなかったわけではない。
男爵家の一人娘であることから、貴族家の次男や三男からの打診はあった。
だが、会ってみると、決まって貴族令嬢が平民相手の仕事をするなんてと揶揄されるのだ。
しかも女医なんて男の身体を触る仕事だ、破廉恥だと言う者までいた。
そのような言葉を聞く度に、アデルはがっかりして悲しくなる。
仕事は辞めたくありませんと話すと、男性側からこの話はなかったことにと言われてしまった。
もちろん、あまりに酷い言葉を浴びせられた男性には、アデルの方からお断りしたが・・・。
エドは、初めて会った時から他の人とは違った。
アデルの治療を妨げようとする貴族を止めてくれたし、薬草が必要だと言えばすごく協力的だった。
今まで一度も女医の仕事に文句を言われたことはない。
「お母様、エドは、私の仕事にも理解があって、いつも助けてくれますから、きっと大丈夫だと思います。」
「そう、それは良かったわ。私はあなたが幸せになってくれたら、それでいいの。もし、男爵家を継ぐことが重荷になるようなことがあったら・・・、そのときは、自分の幸せのことだけを考えてね。」
アデルは母の優しさに触れ、胸の中がいっぱいになった。
男爵邸での食事の最中に、アデルの休日をきいたエドワードは、さっそく次のデートの約束を取り付けた。
そのデートで真実を話して、それでも良いという返事をもらえたら・・・と思っていたのだが・・・。
デートの日、エドワードは朝からそわそわしていた。
服装はちょっとおしゃれなグレーのスーツに決めた。
予定では、町のカフェでお茶を飲み、公園を一緒に散歩する。
ただ、それだけのことなのに、ふわふわと足が地についていないような気がする。
何度も鏡を見てから、アデルを迎えに行った。
フレッドとカイルには、姿を見せずに護衛することを頼んだ。
アデルも朝からドキドキして、エドワードのことを思うたびに頬がポッと熱くなった。
お互いに気持ちを伝えあってから、初めてのデートなのだ。
好きな人と一緒に出掛けることが、こんなにも楽しくてウキウキするなんて・・・
アデルの心は幸せでいっぱいだった。
服装は水色に白いレースをあしらったドレスで、可愛らしく清楚なイメージのものを選んだ。
髪型はハーフアップにして可愛い花の髪飾りを付けた。
エドは可愛いって思ってくれるかしら・・・。
時間になると、エドワードがブルクハルト男爵邸に迎えに来た。
黒髪にグレーのスーツが良く似合っているわ。
ネクタイが水色なのは、私の瞳に合わせてくれたのね。
いつもの白衣もカッコ良くて素敵だが、今日のアデルはなんて可愛いんだ。
爽やかなドレスが良く似合っている。
ああ、抱きしめたい・・・。
「アデル、手を・・・」
エドワードが差し出す手に、アデルはそっと自分の手を乗せる。
二人はにっこりと微笑み合うと、手を取り合って町に出かけた。




