68話 外伝『あなたの腕の中で6』告白
貴族男性と話していたアデルが、エドワードに気が付いた。
「あら、エド、今日もありがとう。あなたが薬草を摘みに行ってくれるおかげで本当に助かっています。」
アデルの言葉にチクリと心が痛くなったが、それよりも、エドワードは疑問に思っていたことを口にする。
「あの・・・、失礼ですが、そちらの方は?」
「えっ? ああ、この方はエルボード子爵家のご令息、ディランさんよ。」
よろしくと会釈をするディランは、エドワードよりも背が高く、緑の目を細めて余裕の笑みで上からエドワードを見下ろす。
「エルボード子爵家は領地で綿織物の事業を営んでいて、タオルや包帯などをいつも届けてもらっているの。」
「子爵家のご令息が自ら?」
もしや、こいつもアデルに気があるのでは?
エドワードに焦りが生じる。
すると、ディランはすました顔でその問いに答えた。
「いや、注文を受けて届けるのは従業員ですよ。ですが王都に用があるときは、ついでですから私が届けているのですよ。」
ついでとは言いながらも、まんざらではなさそうな顔をしている。
きっとこいつもアデルのことが・・・
「アデル、そちらの方とお話し中ですみませんが、そろそろ薬草の点検をしてもらえませんか?」
「あ、そうですね。気が付かなくてごめんなさい。」
「それじゃあ、私は失敬するよ。ではまた。」
ディランは爽やかに別れの挨拶をすると、病院を去っていった。
「あの・・・、アデル、今日、仕事が終わったら、話をしに来ても良いですか?」
エドワードが急に真面目な顔になったので、アデルはドキリとする。
「は、はい。構わないけど・・・。じゃあ、今日の夕方になるけど仕事が終わる時間に来てください。」
その日一日、アデルは仕事をしながらも夕方のことが気になっていた。
患者の診療中は仕事に集中していたから問題はなかったものの、ふと時間に余裕ができたときはエドワードのことで頭がいっぱいになる。
あらたまって・・・、いったい何を話すつもりなの・・・?
夕方、仕事が終わり、父親も看護師も帰った病院で、アデルはエドワードを待った。
しばらくすると、エドワードがフレッドとカイルを連れてやって来た。
アデルは応接室に案内し、三人に椅子に座るように勧める。
テーブルを挟んで、アデルはエドワードの向かいに座った。
「あの、お話とは何ですか?」
「すみません。無理を言ってしまいましたが、どうしても聞きたいことがあって・・・。とても失礼なことだとはわかっているのですが・・・、この際ですから率直に伺います。」
アデルはドキドキしながら言葉を待った。
「アデルは、ご自身の結婚について、どう考えているのですか?」
「け、結婚?」
ディランのことを聞かれるのでは? それとももしかしたら・・・、愛の告白?と思っていたのだが、いきなり結婚について聞かれるとは思ってもみなかった。
エドワードの両隣に座っているフレッドとカイルも、驚いて口をポカンと開けている。
「あの、どうしてそのようなことを?」
「失礼ですが、アデルの年齢なら、そろそろ結婚を考えているのではないかと思い・・・聞いておきたかったのです。」
アデルは、この際だから、二人の間に線を引いておいた方が良いと考えた。
そうすれば、自分の心にも歯止めをかけることができる。
「私は男爵家の一人娘です。ですから自分の身分に合う爵位の方と結婚するつもりです。」
なんだか、この言葉を発しながら涙がでそうになる。
エド、あなたは平民だから、私はあなたと結婚できないの・・・。
「身分に合う爵位?」
エドワードの脳裏に、余裕の笑みで見下ろしてくるディランの顔が浮かんだ。
だがエドワードは、ディランの顔を振り払い、アデルが思いもしなかったもっと斜め上の質問を投げかける。
「自分の身分に合う爵位とは、男爵家や子爵家ですよね。でも、女性は皆、王子や高位貴族との結婚を望んでいるのではないのですか?」
「へっ?」
思わず変な声が出た。
「王子様ですって? そんな、子どもじゃあるまいし・・・、子どもの頃なら、そんな夢を見ることもあるでしょうが、もうこの年になると、現実に目を向けます。高位貴族の令嬢ならいざ知らず、私は男爵家ですよ。もし王子様が私のそばにやって来たとしたら、私は線を引きますわ。」
「線を引く・・・とは?」
「恋愛対象には、しません。つまり関わらないようにすると言うことです。」
「関わらないようにする・・・?」
「はい。そうです。先ほども言った通り、私は男爵家の一人娘ですから、自分の身分に合った方との結婚を望んでいるのです・・・。だから・・・だから・・・」
ああ、辛いけれど、これもエドに言っておかなければ・・・
「だから?」
エドワードが次の言葉を促す。
「だから・・・、平民のあなたとも、線を引かなければならないのです。」
とうとう言ってしまった・・・
アデルの水色の瞳から、ポロリと大粒の涙が一粒零れた。
ああ、涙なんて流すつもりはなかったのに・・・
アデルは涙を流した顔を、エドワードに見られたくなくて俯いた。
ア、アデルが泣いている・・・
「ア、アデル、よく聞いて。実は・・・、本当は、俺は平民ではありません。」
「えっ?」
アデルは驚き顔を上げ、エドワードの青い瞳を見つめた。
「本当に?」
「ええ、そうなんです。俺は、貴族なのです。」
エドワードは真剣に答えている。
とても嘘をついているようには見えない。
「では、爵位は何なのですか?」
「爵位は・・・」
―もし王子様が私のそばにやって来たとしたら、私は線を引きますわ―
アデルのさっきの言葉が脳裏をよぎる。
―自分の身分に合った方との結婚を望んでいるのです―
「爵位は・・・子爵です。」
エドワードの言葉を聞いたフレッドもカイルも、あまりの衝撃にぽかんと口を開けてしまった。
「実はカイルが兄で私が弟なのです。」
二人はますます驚き、開いた口が塞がらない。
だが、アデルは衝撃と嬉しさで、カイルとフレッドの変化に気付かない。
「あの・・・、平民で大工だと言ってたのは?」
「それも嘘です。騙してしまって申し訳ありません。」
「いったい何故、そのような嘘を?」
「実は・・・、俺と兄はレドモンド子爵家の息子で騎士なのです。極秘に町の視察を頼まれていたので、身分を偽り平民を装っていたのです。」
「あ、あの・・・、本当に騎士様なのですか?」
「は、はい。そうだ、カイ、・・・あ、兄上、騎士の身分証を持っていますよね。それを見せてあげてください。」
「えっ? ああ、持っているが・・・」
カイルは内ポケットに入れている騎士の身分証を取り出した。
革製のカバーをかけた小さな手帳のような身分証である。
アデルは騎士の身分証など見たことがなかったが、見るからに立派なそれは本物なのだろうと思った。
「エドは、本当に子爵令息で騎士様だったのですね。」
「はい、そうです。ずっと身分を隠していましたが、あなたを前にして平民だと偽るのが苦しくなってきたのです。」
「苦しくなるって・・・、それは・・・、どういう・・・?」
アデルの問いがエドワードの心を後押しする。
もう、ここまで来たら、自分の気持ちを抑えられない。
エドワードはずっと秘めていた思いを口にする。
「アデル、私はあなたのことをお慕いしています。私の気持ちをわかってください。」
真っ赤になって思いを告げるエドワードであったが、フレッドは真っ青になってその様子をただただ黙って見ていた。
カイルは顔色を変えることはなかったが、困った顔でエドワードを見ていた。
アデルにしてみれば、平民だと思っていたエドが子爵家の令息で、しかも次男であることがわかり、天にも昇る気持ちになっていた。
好きだと思う気持ちに、蓋をしなくても良いのだ。
目の前にいるこの人と、未来を夢見ても良いのだ。
嬉しくて嬉しくて、涙がぽろぽろと零れてくる。
「ア、アデル・・・、どうして泣いて・・・」
泣きながらアデルはニコリと微笑んだ。
「嬉しくて・・・、涙が出てしまったのです。」
「嬉しくて?」
「はい。私もエドのことをお慕いしておりました。でも、平民だからと、自分の心に蓋をしていたのです。もう、蓋をしなくても良いのですね。」
「アデル!その言葉を信じて良いのですね。」
「はい。もちろんです。」
エドワードは自然に手が前に出て、アデルの両手を握った。
自分の手にすっぽりと収まる小さな手。
でも、その手は誰よりも暖かく、弱い人を救う愛のこもった癒しの手。
俺のことを好きだと言ってくれる愛しい女性の手なのだ・・・。
目の前で感動的な男女の告白劇を目の当たりにしたはずなのだが、フレッドの気持ちは重かった。
本当にこれで良いのか?




