61話 結婚式
その後、スザンヌ・メイブリック男爵令嬢が、王太子アーサーの正式な婚約者に決まったことが発表され、世間は騒がしくなったが、大方の人々は、そのニュースを暖かい心で受け止めていた。
婚約者候補の一人は罪を犯し、残りの二人には辞退され、どちらかと言うと、アーサーに同情的な思いを抱いている人が多かったからである。
発表後は、スザンヌの王太子妃教育が始まった。
毎日王宮に通い厳しい教育を受けるのだが、スザンヌは決して弱音を吐かず嫌な顔ひとつ見せずに、教えられたことを驚くべき早さで身につけていった。
忙しく自由に動けなくなったスザンヌにとって、学校作りが満足にできなくなったことが心残りであったのだが、王妃エレノアが協力することで解消された。
スザンヌが忙しいときはエレノアが交渉にあたり、それはエレノア自身も望んでいたことだったので、喜んでその仕事を請け負った。
エレノアの人脈と事業の才覚が発揮され、学校作りは着々と進んだ。
そんなある日、アーサーが、ローズとジェフを王宮に招いた。
王城の花が咲き乱れる美しい庭園の一画にテーブルセットを置き、そこでささやかなお茶会をすることにしたのである。
「ブランシェットの太陽であらせられる王太子殿下にご挨拶を申し上げます。」
ローズが臣下の礼をとると、アーサーは、いやいやと手を振る。
「俺たちの仲なんだから、そんなに堅苦しくしなくてもいい。さあ、座って。もうすぐスザンヌも来るはずだから。」
スザンヌは朝から王太子妃教育を受けているのだが、今日は午後に二時間ほどの休憩をもらっている。
たまには友人とゆっくりお茶でも飲みながら、憂さ晴らしをした方が良いだろうと、アーサーが教師たちに掛け合ってこの場を設けたのだ。
「遅くなってごめんなさい。」
しばらくするとスザンヌがやってきた。
ピンクブロンドの髪をきちんと結い上げ、美しく化粧を施した顔と水色の瞳でにっこりと微笑む。
身に着けているドレスも宝石も派手ではないが上質で、見た目も雰囲気もすでに王太子妃なのだが、若干やつれて見えるのは、教育が厳しいからであろうか。
「スザンヌ、王太子妃教育は辛くない?」
ローズが心配して尋ねるが、スザンヌは笑顔で答える。
「ううん。大丈夫。厳しくても、頑張るって決めたもの。それにね。アーサーがこうやって私を励ましてくれるの。」
アーサーとスザンヌが、お互いを見つめて微笑み合う。
その顔はとても幸せそうだ。
「そう。良かったわ。二人とも幸せそうで。それから、今日は私たちの結婚式の招待状を持ってきたのよ。誰かに届けてもらうよりも直接渡す方が良いと思って・・・」
ローズはカバンから招待状を取り出し、アーサーとスザンヌに渡した。
結婚式の日は早くから決まっていて、すでに二人の出席確認はすんでいる。
「月日が流れるのは早いものね。結婚式まであと一ヶ月ね。ふふっ、ローズの花嫁姿、とっても楽しみにしているわ。あっ、ジェフリー様の新郎姿もね。」
最後の付けたしに、ローズもスザンヌも、ふふっと笑みがこぼれた。
「スザンヌの結婚式は、一年後ね。きっとあっという間に過ぎるんだと思うわ。」
「そうね。一年なんて本当にあっという間・・・」
スザンヌはローズと初めて会った日から、本当にいろんなことがあったと思う。
ここでこうして四人でお茶会ができるようになったのも、全てローズとジェフのお陰なのだ・・・。
「ローズ、ジェフリー様、本当に今までありがとう。忙しくてきちんとお礼が言えなくてごめんなさい。私とアーサーが婚約できたのは、二人のお陰です。本当にありがとう。」
「俺からも礼を言おう。スザンヌから、結婚を決意できたのは二人の協力があってこそだと聞いたよ。そなたたちがいなかったら、俺は今頃、どうなっていたか・・・。本当にありがとう。」
「あっ、いえ、そんな・・・かえって申し訳ないです。」
王太子殿下が自ら頭を下げて礼を言うなんて・・・とローズはとても恐縮したのだが、こういう人だから、スザンヌはアーサーを愛したのだろうと納得するのだった。
四人はスザンヌの許された時間まで、楽しくおしゃべりをして過ごした・・・と言ってもジェフは聞かれたことに答えるだけであったが・・・。
帰りの馬車の中で、ローズはスザンヌとの会話を思い出していた。
一年なんて本当にあっという間・・・
「ねえ、ジェフ、本当にこの一年でいろいろなことがあったわよね。婚約式をしてから、あっという間だったわ。」
ジェフの頭脳の中に保存されているデータが一瞬で開かれる。
悪党に襲われ、アロンに襲われ、薬物中毒者に襲われ、馬にも襲われ、フランツにも襲われ、船乗りにも襲われた。
その度にジェフはローズを守って来た。
それだけではない。
一緒に劇を見て、食事をして、ダンスをして、乗馬をして、抱きしめて、キスをして、身体を重ねた。
その度にローズに尽くしてきた。
すべてはローズの喜ぶ顔が見たいから。
ジェフにとって、ローズに喜んでもらえることが最大の喜びなのだから・・・。
だが、学習を積んだジェフには、その違いもわかっていた。
出会った頃は感情のない喜びだったけれど、月日を追うごとに感情の伴う真の喜びに変わったことを・・・。
ずっとローズを見ていた。
コロコロ変わる表情、感情豊かに流す涙。怒ったり笑ったり悲しんだり・・・。
ローズと過ごすことによって、ジェフの中にも豊かな感情が生まれ育った。
初めの頃はバグとしか認識されなかった意味不明な感情が、今は色鮮やかにはっきりと認識できる感情に生まれ変わっている。
隣で屈託なく笑っているローズを、ジェフは愛おしいと思う。
この感情を育ててくれたローズに、本当の意味で感謝したいという気持ちも持てるようになった。
「ねえ、ジェフ、今まで、恐ろしいことがたくさんあったけれど、ジェフのお陰で、今もこうして生きていられるのね。ありがとう。」
ジェフはローズの緑色の瞳をじーっと見つめた。
「ローズ、愛している。今まで本当にありがとう。」
「ジェフったら、お礼を言いたいのは私なのに・・・、ふふっ、変なの。」
一ケ月後、ジェフとローズの結婚式が王都の大神殿で行われた。
今までジェフに世話になったと自覚している者は数知れず、二人を祝う列席者の数はとても多い。
その中でもひと際光る王族に、皆の注目が集まった。
ジェフとローズの友人である王太子アーサーと、その婚約者であるスザンヌが、列席するのは当然のことなのであろうが、尊敬する先生の息子の結婚式だからと国王ウイリアムと、夫が行くなら私もと王妃エレノアまで来たのだから皆はとても驚いた。
結婚式が始まると、皆が見守る中、純白のドレスに身を包み、大きな白いブーケを持ったローズが入場した。
白い花を散らして美しく結い上げた栗色の髪、ほんのりと紅潮した白い肌、伏し目がちに前を向くローズは、花のように可憐で、それでいて儚げで、うっとりと見る者の視線を釘付けにする。
緊張している父親のエスコートで、神官の前で待つジェフの元へとゆっくりと歩いていく。
「ローズ、とってもきれいだわ・・・」
スザンヌがうっとりとした表情でため息をもらした。
ふむ、今日だけはローズに譲ろう・・・隣にいるアーサーは心で呟く。
神官の前に立つローズとジェフに、神官が厳かに問う。
「ジェフリー・グローリー、汝、病める時も健やかなるときも、常にこの者を愛し、守り、慈しみ、支え合うことを誓いますか?」
「はい。誓います。」
「ローズ・クレマリー、汝、病める時も健やかなるときも、常にこの者を愛し、守り、慈しみ、支え合うことを誓いますか?」
「はい。誓います。」
「それでは誓いのキスを。」
ジェフとローズはそっと誓いのキスをする。
グローリー侯爵は、ハンカチを握りながら二人の門出を涙を流して見守っていた。
「ジェフリーや、幸せになってくれて、ありがとう・・・。ローズ、そなたがいてくれて本当に良かった・・・。」
キスが終わった後、ローズは感極まって涙を浮かべて自分の思いを口にする。
「ジェフ、私はとっても幸せよ。」
ジェフはローズの顔を見つめた。
―ローズの表情解析・・・いや、やめよう―
ジェフはローズの表情解析をすることも、同調を求めているのか考えることも止めた。
そして自然に湧き上がってくる感情を、そのまま素直に口にする。
「ローズ、俺も幸せだよ。」
ジェフは、幸せという感情を完全に理解していた。




