6話
オルソンは、町外れにある怪しげな飲み屋の一室を借り、悪友四人を集めた。
悪友たちは皆、評判の悪い平民で、金になる話だと聞くと飛んで来る。
「まず、俺がアイツらを別れさせる。ジェフは、ずっと寝たきりの世間知らずって言うじゃないか。ローズの本性を知ったら、まあ、嫌になって、あいつから振るだろう。」
「お前、ホント性格悪いな。」
「は? 俺を裏切ったローズの方がよっぽど性悪だ。しかも次の相手は俺より身分が高い侯爵だぞ。いったいどんな手を使って落としたのやら。俺は可愛そうな侯爵令息の目を覚まさせてやるだけさ。」
悪友たちは、オルソンの計画に呆れはするが、金が絡んでいるから乗り気だ。
「で、俺たちはどうするんだ?」
「俺が去った後に、ジェフを痛めつけてくれたらいい。すぐに逃げればどこの誰かなんてばれないさ。」
「ってか、お前も一緒にやらないのか?」
「俺は伯爵の息子だぞ。それに俺がやったら、すぐにばれるじゃないか。」
オルソンの自分勝手な言い分に、またまた呆れ、舌打ちをする者もいる。
「チッ、まったく・・・、汚れ仕事は俺たちってわけだ。これだから貴族ってやつは。」
オルソンは、悪友の舌打ちにも動じず、ニヤニヤと笑っている。
「まあ、これが貴族と平民の違いだな。だが、その分、金はやるんだからお互いに利益があって好都合だろ。」
「まあ、そうだが・・・。だけどお前、アイツに一発やられたんじゃなかったっけ?」
痛いところを突かれて、オルソンのニヤニヤ笑いが止まる。
「ふん、油断してたら殴られただけだ。それに、アイツのパンチ、たいしたことなかったぞ。お前らの方がよっぽど強い。」
「よし、わかった。金は前払い半分な。」
「ああ、わかったよ。」
オルソンは、ムスッとした顔で財布を取り出し、男たちに金を渡した。
婚約式から一週間後の朝、ローズはウキウキとおめかしに夢中だ。
今日はジェフと初めて芝居を見に行く日だ。
三日前、ローズに会いに来たジェフに何気なく言った言葉から、あれよあれよと言う間に全てが決まった。
「ねえ、ジェフ、私一度あなたと一緒にお芝居が見たいわ。それから評判の良いレストランで食事もしてみたい。」
話したのは、たったこれだけ。
「ああ、それなら王都劇場で今、フローラの心臓を上演しているよ。若い女性にとても人気があるらしい。それを見に行かないか? それから、劇場の近くにアンジュという名前のレストランがある。いつも予約でいっぱいだそうだから、すぐに俺の方で予約しておこう。昼の部の芝居を見た後は、夕食まで少し時間があるから公園で散歩でもしようか。」
ジェフのすらすらと出てくる情報に、驚いてしまう。
「どうしてそんなに詳しいの?」
「新聞に全部書いてたんだ。」
ジェフは、 毎日必ず新聞を読み、データ入力をしている。
新聞の全ページを入力するのに一分もかからないのだ。
そんなわけで、今日の日を迎えたわけだが、ローズはまた改めて、ジェフは頼りになる婚約者だと思った。
婚約の前は、ジェフがローズの身体を求めないことに不安を感じていたが、今はそれはなくなった。
ローズなりに、その理由を理解したからである。
ジェフは、長い間の闘病生活で、男としての自信を失っているのだ。
行為は、できると言ってたが、誰とも付き合ったこともなく、自分のことを人形のようだと言い切る彼が、行為のことをどこまでわかっているのだろう。
もしかしたら、見栄を張っているだけなのかもしれない。
だから、今は、彼のためにいろいろ経験をさせてあげて、自信をつけさせてあげよう・・・
ローズは、その思いから、芝居もレストランも、実はジェフのために提案したことだった。
王都劇場へは馬車で行き、馬車を降りると歩いて二人で劇場に入るのだが、すれ違う人皆がジェフに振り向いた。
しかし、美しい女性たちがどんなに熱い視線を送ってきても、ジェフは見向きもせずにローズだけを見る。
私が愛するジェフは、私だけを見て、私だけを愛してくれる・・・
ローズは幸せだった。
劇が始まると、ローズは芝居に夢中になった。
若い恋人同士が、喧嘩別れをしたり仲直りをしたりと、よくある恋愛ものだ。
ジェフは、見るもの全てをデータ入力している。
―女が男の胸をたたく。女が去る、男は女を追いかける―
物語が終盤になると、ローズのハラハラドキドキが止まらない。
「ああ、たいへん、ジルが、殺されてしまう!」
―男の前に女が立つ。女の心臓に刃物が刺さる。女が倒れる。女は死亡―
「あああ、フローラがジルをかばって刺されて死んでしまったわ。そんな、せっかく仲直りしたのに。」
最後は神様が現れて、むせび泣くジルに、フローラを生き返らせたければ、ジルの心臓を差し出すように言う。
心臓を渡せばジルは死ぬのだが、ジルは、「自分の命よりもフローラの方が大切だ。俺の心臓を取ってくれ!」と神様に訴える。
すると神様はジルの優しい心に感銘を受け、ジルの心臓を半分だけとってフローラの中に入れ、ジルとフローラの両方の命が救われるという内容なのだが、役者の名演技で、涙なしには見られないクライマックスに仕上がっていた。
芝居が終わっても、ローズの涙は止まらず、グスグスとハンカチで涙を拭いていた。
「ローズ、どうして泣いているの?」
ジェフは、じーっとローズの泣き顔を見ている。
「だって感動的じゃない。ジェフも感動した?」
―管理者は同調を求めているー
「ああ、俺も感動したよ。すごくいい芝居だった。」
芝居が終わった後は、近くの公園を散歩することにした。
人が少なく、まるで二人のための貸し切りにしたみたいだ。
手を繋いで欲しいなと思ってジェフを見ると、にっこり微笑んで手を握ってくれる。
ああ、私はなんて幸せなのかしら・・・。
「おい、ローズ、こんなところで会うとはな。」
聞き慣れた声に、ドキッとした。
振り向くと、オルソンがニヤニヤした顔で近づいて来る。
ローズの幸せそうな表情が、一瞬で、まるで毛虫を見たような表情に変わった。
「もう、あなたとは関係ないんだから話しかけないで。」
ローズは、オルソンの声を聴きたくなかったし、顔も見たくなかった。
「相変わらず自意識過剰だな。俺はお前なんかに用はない。ジェフに話があるんだよ。」
―表情解析中・・・解析完了:管理者はこの場から離れたがっている―
「ローズ、行こう。」
ジェフはローズの手を引っ張り、この場から去ろうとした。
「ちょっと待てよ。大事な話なんだからさ。」
オルソンは二人の前に立ちはだかり、通れないようにする。
「この女はな。お前の前ではしおらしくしているようだが、お前は騙されているんだよ。こいつは処女じゃ・・・」
「止めて!」
ローズがハッとしてオルソンの言葉を遮った。
「ふん、慌ててるじゃないか。騙してたことがばれるって?」
「これ以上、何も言わないで!」
ローズは震える声で叫んだが、そんなことでオルソンは、止める気など毛頭ない。
「ローズはな。何度も何度も俺に抱かれた尻の軽い女なんだよ。」
ローズの身体が、ガクガクと震え出す。
「あ、あ、ああ、オルソンもう止めて。」
オルソンは得意げな顔で、ジェフにこれでもかと言い放った。
「侯爵家の坊ちゃんよ。お前、俺の使い古しでいいのかよ。」
ローズの目からボロボロと涙が零れ落ちた。俯き、手で顔を隠し、ただただその場で震えている。
ジェフはローズの手をとり顔を見た。
―表情・脈拍解析中・・・解析完了:管理者の不安100%―
「ローズ、心配いらない。俺はお前から絶対に離れない。誰が何と言おうと関係ない。」
「ジェフ・・・でも・・・」
オルソンの得意げな顔が、一変して怒りに変わる。
「お前、騙されてるってのがわからないのか?」
「ローズ、俺を見て。」
―表情・脈拍解析中・・・解析完了:ローズの不安:95% ローズヲマモリタイ―
「ローズ、愛しているよ。」
ジェフはローズを力強く抱きしめてキスをした。
ローズは涙を流しながら、ジェフのキスを受け入れていた。
「おい、聞いているのか? お前は騙されているんだよ!」
いくら叫んでも、ジェフはオルソンを見ようともせず、ローズだけが全てだと言うように抱きしめている・・・。
オルソンは、ローズの過去を話せばジェフの態度が変わると思っていたのだが、かえって二人の愛を深めてしまったような気がした。
自分がしていることが無意味なことに思えて、馬鹿らしくなってくる。
「チッ、面白くねえヤツらだ。」
捨て台詞を吐くと、二人に背を向けて去って行った。
「ジェフ、ありがとう。それから・・・黙っていてごめんなさい。」
涙を拭いながら謝るローズに、ジェフは優しい笑顔を見せる。
「気にすることはない。何度も言うけど、俺はずっとローズのそばにいるよ。それが俺の幸せなんだ。」
「ジェフ・・・」
二人はお互いを見つめ合い、ローズは幸せの中に浸っていたのだが・・・
「おいおい、こんな真昼間から見せつけてるんじゃないよ。」
今度はガラの悪そうな四人組が現れた。
―解析中・・・解析完了:男四人は敵、攻撃意思有り、出力パワー70%の攻撃に設定―
「ローズ、少し離れてて。」
「何、王子様きどってんだよ!」
男の一人がいきなりジェフに殴りかかった。
しかし男の拳はジェフに当たらず、腕を掴まれ投げ飛ばされた。
「えっ、話が違・・」
投げ飛ばされた男は地面に叩きつけられ、そのまま意識を失ってしまった。
「くっそー」
また別の男が殴りかかったが、結果は同じだった。
次は同時に二人がかりで襲ってきたが、ジェフは二人の拳をかわし、蹴り飛ばして制圧した。
あっという間に四人は地面に這いつくばる始末であった。
これで戦闘は終了したかと思ったのだが、男が一人立ち上がり、手にナイフを持ってジェフに切りつけた。
「ジェフ、危ない!」
ジェフはナイフを避けたが、避け切れず服の腕の部分がビリッと裂けた。
「キャー!!!」
ローズの悲鳴が響き渡る。
だが、ジェフはすぐにナイフを叩き落し、男を殴り倒してその場を終わらせた。
一人立つジェフに、ローズが走り寄る。
「ジェフ、ジェフ、大丈夫? 腕を切られたんじゃない?」
「ああ、服を切られただけだから何ともない。」
「ジェフ、本当に? ああ、良かった。」
ローズの目から、涙がぽたぽたと流れ落ちて止まらない。
「ローズ、どうして泣いているの?」