59話 スザンヌの願い
昨日、ジェフがローズに会いに来たときに、二人でスザンヌの後ろ盾について話し合った。
カロリーヌが咄嗟の思い付きで言ったような気はするが、よく考えれば、一番良い解決策であると思う。
王族と公爵を除けば、貴族界のトップであるグローリー侯爵が後ろ盾になれば、表立って文句を言う人はいないだろう。
ゴム事業で強い繋がりがある今だから、それも自然な流れだと誰にも受け取られるはず。
「ローズが望むなら、お父さんに俺から頼んでみるけど・・・。」
ジェフはそう言ったが、ローズは首を横に振った。
本当はそうしてもらいたいのは山々だけど、それではダメなのだ。
「これは私とジェフの問題じゃなくて、スザンヌと殿下の問題なのよ。だから、スザンヌが自分で動かなくてはならないの。」
グローリー侯爵からの受け売りだけど、やっぱりそれが正しいと思う。
でも、男爵令嬢が侯爵に頼みに行くのは無理がある。
だから、自分たちができることは、スザンヌが動きやすいように後押しすることだろうと考えた。
今、まさにそのときなのだとローズは思う。
「そう、それよ。ジェフのお父様に後ろ盾になってもらうのよ。」
「でも・・・、それは厚かましいような・・・」
「殿下は毎日毎日、陛下を説得しているらしいわよ。殿下だけに任せていいの?」
― どうか俺を信じて欲しい。必ず両親を説得する。―
アーサーの言葉がスザンヌの心の中に突き刺さる。
どうせ無理だろうと諦めていた。
でも、アーサーは諦めずに毎日説得を続けている・・・私のために・・・
ここまで考えて、スザンヌはハッとする。
違うわ! 私のためじゃない。二人のためなのだわ!
私・・・、諦めなくてもいいのかしら・・・?
それまでずっと無言でスザンヌの表情を見ていたジェフが、口を開いた。
「諦める必要はありません。私の父はよく言ってます。戦を有利に進めたければ、利用できるものは全て利用しろと・・・。」
「ジェフのお父様が?」
「はい、そうです。」
「スザンヌ、あなたが望むなら、私もジェフも協力するわ。」
「本当にいいのかしら・・・」
「いいに決まってるじゃない!」
少し間をおいて、スザンヌは姿勢を正し、輝く水色の瞳でローズとジェフをしっかりと見つめた。
「ジェフリー様、ローズ、私、侯爵様にお願いしようと思います。どうか、協力してください。私はもう、諦めません。」
その言葉の後、スザンヌは美しい姿勢で最大限の敬意を払って二人に頭を下げた。
翌日、スザンヌは持っているドレスの中で、最も上等で肌の露出が少なく、華美な装飾がない清楚なイメージのモスグリーンのドレスを選び、身だしなみも頭のてっぺんからつま先まできちんと整えてグローリー侯爵邸へと向かった。
馬車にはローズが付き添いで一緒にいてくれるので、それがとても心強い。
侯爵邸に着くと、ジェフが二人を迎え、そのまま三人でグローリー侯爵が待っている書斎へと向かう。
ジェフから話は通してくれているのだが、初めて会うグローリー侯爵のことを考えると、廊下を歩いているときから心臓の鼓動がドキドキと激しく、スザンヌは倒れてしまわないかと心配になるほどであった。
ジェフに促されて書斎に入ると、グローリー侯爵はゆったりと椅子に腰かけたまま、きらりと光る青い目でスザンヌを見た。
「グローリー侯爵様、お初にお目にかかります。メイブリック男爵家の長女、スザンヌ・メイブリックと申します。本日はお忙しい中、私のために貴重なお時間を割いていただきまして、誠にありがとうございます。」
スザンヌはカーテシーで恭しく淑女の礼をするが、彼女の凛とした姿勢の良さは、その礼を最大限に美しく見せている。
グローリー侯爵は立ち上がり、笑顔で「よく来てくれましたね。」とスザンヌを歓迎する意思表示をした。
お陰でスザンヌもほっとしたのか、落ち着きを取り戻し、緊張していた表情が少し緩んだ。
「侯爵様、本日は厚かましいお願いをしに参りましたことをお許しくださいませ。」
「ああ、では、その願いとやらを言ってごらん。」
グローリー侯爵は、既にジェフから内容を聞いているが、スザンヌの口から直接願いを聞くべきだと思っている。
「私は、恐れ多くも王太子殿下との婚姻を望んでおります。ですが、身分の差が大きく、一歩踏み出せないでいるのです。ですから、侯爵様に後ろ盾になっていただきたいと厚かましくもお願いに参った所存です。」
「ふむ、そなたの思いはよくわかった。」
グローリー侯爵は笑顔を崩さず、優しい口調でスザンヌの思いを受けとめた。
「侯爵様、このようなお願いをお聞き届けていただくためには、それに相応しい対価を用意するべきなのだと思いますが、私には、まだ、そのような対価を用意することができません。ですが、いつの日か必ずご恩に報いることができるようになりたいと考えております。」
侯爵の目尻がぴくっと動いた。
「ほう、そなたは、対価のことを誰かに聞いたのかね?」
「えっ?」
スザンヌは、少し驚いたような表情を見せた。
「あの・・・、誰かに聞いたわけではございません。何かお願い事をするためにはそれ相応の対価が必要なのだと思っていたのですが・・・。」
侯爵は、一瞬スザンヌがアーサーから聞いたのかと思ったのだが、それは思い過ごしのようだと悟った。
「ふむ・・・。そなたはそんなことまで考えていたのだね。いやはや、そなたこそ、王太子妃に相応しい女性のようじゃ。よろしい、後ろ盾の件、お引き受けしよう。対価のことは心配いらない。そなたの未来の伴侶が用意してくれますからな。はっはっはっ。」
最後の言葉の意味はわからなかったが、スザンヌはほっと胸を撫で下ろした。
「侯爵様、誠にありがとうございます。このご恩は、一生忘れません。」
そして、見事なまでに美しいカーテシーで感謝の気持ちを表し、最後を締めくくった。
ずっと部屋の隅で陰ながら見守っていたローズも、ほっと胸を撫で下ろした。
それだけでなく、緊張がほぐれたローズは自分のことのように嬉しくて、涙がほろりと零れてしまった。
スザンヌ・・・、本当に良かったわ・・・。
ローズの横にいたジェフは、そんなローズの肩をそっと抱くのだった。
その三日後、スザンヌの元に王宮から手紙が届いた。
上質の紙を使った封筒に王室の象徴である獅子の封蝋が施されていることから、この手紙は正真正銘、国王からの手紙だとわかる。
『明日、王宮にて謁見の場を設けている。馬車を迎えに行かせるので、それに乗って一人で王宮に来るように』と書かれていた。
スザンヌにはおよその想像がついている。
婚約者候補が三人ともいなくなったのだ。
そして、自分にはグローリー侯爵という強い後ろ盾が付いた。
その上で、毎日、国王と王妃を説得し続けたアーサーの粘りが、ついにこの手紙につながったのだろう。
翌日、スザンヌは謁見用に、上質の布で作られたドレスの中から、露出を抑えた清楚な水色のドレスを選んだ。
そして頭のてっぺんからつま先まで、鏡の前で何度も確認してから、迎えに来た馬車に乗り込んだ。




