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愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした  作者: 矢間カオル


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56話 マチスの説得


「あ、あの・・・スザンヌ? 婚約者候補のお二人は、どちらも殿下と結婚する気がないみたい・・・ね?」


「え、ええ・・・そのようね・・・。」


まさかカロリーヌに、殿下と結婚して欲しいなどと頼まれるとは思っていなかったので、スザンヌの驚きは相当なものである。


だけど、だからと言って、すんなりとアーサーと結婚できるとも思えない。


結局、この日は、恋愛小説コーナーに行くことなく、本屋を出たのだった。




その翌日、孤児院に見学者がやって来た。


足が不自由な老齢の貴婦人で、車いすを若い使用人に押してもらいながらの見学である。


白髪の手入れが行き届いた老婦人は、ベネット伯爵家のデライアだと名乗った。


この日、院長は王宮に用事があると出かけており、スザンヌが老婦人の案内をすることにした。


「ここの子どもたちは、皆血色が良いし、明るく元気で良いわね。」


「はい。これも王太后様と、篤志家の皆様のご寄付のお陰でございます。」


スザンヌは、さりげなく寄付の大切さを口にする。


室内で遊んでいる子どもたちの見学をしていると、本棚にずらりと並んだ絵本や小説が目に入ってくる。


遊んでいる子どもたちの中には、小説を熱心に読んでいる子もいる。


「ここの子どもたちは、本を読むことができるのね。」


「はい。子どもたちには読み書きと計算を教えています。いずれここを出る際に仕事に困らないようにしているのです。」


一通り見学を終えた老婦人は、応接室に案内され、スザンヌとテーブルを挟んで向かい合う。


テーブルの上には、お茶とスザンヌのクッキーが用意された。


「今日は見学をして良かったわ。ここがとても清潔で、子どもたちに対する配慮も申し分ないことがわかりました。」


「ありがとうございます。これからも子どもたちにより良い環境を提供し続けることができるように、よろしければご寄付をお願いいたします。」


スザンヌは丁寧に礼を言い、寄付に触れることも忘れない。


ところが、老婦人は、まったく別件の話をし始めた。


「最近、メイブリック男爵領で採れるゴムが、とてもよく売れていると聞くわ。あなたもお金持ちになったのだから、いつまでも、ここで働く必要はないのでは? もっと普通の貴族のご令嬢のように、自分を着飾ることや社交にお金を使わないのかしら?」


メイブリックのゴムが有名になっているからだとは思うが、いきなりのこの質問に、スザンヌは少し悪意を感じた。


だが、その気持ちは一切表に出さずに笑顔で対応する。


今までにも、見学者から悪意のこもった言葉を何度も聞かされたことがあるが、その度に笑顔でかわしてきたのだ。


この程度で、スザンヌの表情が崩れることはない。


「お客様、私の心配をしていただきましてありがとうございます。確かに、メイブリック男爵家は以前に比べて大きな収益を得ることができるようになりました。ですが、私は、ゴム事業で得たお金を、新しく作る学校に使いたいと考えているのです。」


「まあ、学校ですって?」


「はい。平民の子どもたちの中には、文字を知らず計算もできずで良い仕事に就けない子どもが多いです。ですから、金銭の有る無しに関わらず、誰もが学べるような学校を作りたいと考えているのです。」


「まあ、そうなのですね。ですが、素人が何かを運営しようとすると・・・、特にお嬢さんのように若い娘さんが事業を興そうとした場合、群がってくる悪人どもに、お金をむしり取られることもありますわよ。」


この老婦人、本当に心配しているのか、悪意を込めているのかよくわからない・・・。


だが、スザンヌは笑顔を絶やさず、真摯に対応する。


「はい。私は素人なので、私一人で事業を興そうとすると騙されてしまうかもしれません。ですから経営に詳しい友人に相談しながら進めているのです。その友人から、いろいろ学ばせてもらっているところです。」


「まあ、そうなのね。あなたの学校が成功することを祈っているわ。」


「そう言っていただけて、誠にありがとうございます。もしこの趣旨に賛同いただけるなら、こちらの方にもご寄付のほど、よろしくお願いいたします。」


「そうね。考えておくわ。」


老婦人は、満足した顔で帰って行った。




アーサーは、毎日懲りずにウイリアムとエレノアにスザンヌとの結婚を許してもらおうと説得しているが、まだ、良い結果を掴めずにいた。


スザンヌには必ず両親を説得すると話しているのだ、絶対に引き下がるつもりはない。


そんなある日、グローリー侯爵がウイリアムを訪ねてきた。


ウイリアムがグローリー侯爵と話をするのは、グローリー侯爵の息子にアーサーの友達になって欲しいと頼んで以来である。


「ブランシェットの太陽であらせられる国王陛下にご挨拶申し上げます。」


応接室でウイリアムを待っていたグローリー侯爵は、ウイリアムの顔を見るなり立ち上がって挨拶をした。


「ああ、先生、そんな堅苦しい挨拶は要りません。どうぞお座りください。」


ウイリアムの相変わらずグローリー侯爵に心酔している様子は変わらない。


「お久しぶりです。先生が訪ねて来るなんて、今日はどうされたのですか?」 


「今日は陛下にお礼を言いに来たのです。」


「はて・・・お礼とは?」


「覚えているでしょうか。陛下から愚息を殿下の友人として迎えたいとおっしゃられたことを。初めはこの年になって、愚息の友人作りに一役買うのはどうかと思っていたのですが、陛下のお陰で、愚息にも良き友ができました。陛下のご慧眼に感服いたしました。誠にありがとうございました。」


グローリー侯爵のあらたまった感謝の言葉に、ウイリアムは国王であるにも関わらず、恐縮している。


「いえ、何をおっしゃるのですか。感謝したいのはこちらの方です。息子に信頼できる良き友ができ、今ではすっかり明るくなりました。これも先生のご子息のお陰です。」


「そうですか。有難きお言葉に感謝いたします。ところで、殿下は愚息のことを陛下にはどのようにお伝えしているのですか?」 


「それはそれは機転が利く、とても賢い男だと申しております。それから、新事業を立ち上げて成功していることも聞いております。」


「そうですか。実は、ジェフがこんなにも頑張っているのは、ひとえに愛する女性のためなのです。ただでさえ忙しい愚息が新事業を立ち上げると言い出した際、その理由を訪ねたら、愛する婚約者の喜ぶ顔がみたいからなどと申しましてな。男と言うのは単純なもので、惚れた女性がそばにいるだけで、ますます成長していくのだとつくづく思いましたよ。最愛の女性に出会えたジェフは本当に幸せ者だと思います。」


「・・・」


ウイリアムは次の言葉がしばらく出なかった。


今日も、アーサーはスザンヌとの結婚を説得しに来たが、男爵令嬢との結婚は前例がないと追い返してしまったことを思い出す。


「ですが先生、最愛の女性に出会えても、結婚できなければ意味がないでしょう?」


「ほう・・・、何故結婚できないと?」


「それは・・・身分の差が・・・。」


「同じ貴族なら、法律的には問題はないのでは?」


ここにきてウイリアムは、グローリー侯爵が息子の抱える問題を知っていることに気が付いた。


「ですが、前例がありません。過去に男爵令嬢が王室に入った前例がないのです。」


「前例ですか・・・、前例に囚われてみすみす幸せを逃すのでは、あまりにも可哀そうな気がします。結婚する女性によって、男はより強くなり飛躍するものですからな。」


ウイリアムは、尊敬するグローリー侯爵の言葉をじっと噛み締めた。


「前例に囚われて・・・幸せを逃す・・・?」


「ふっ、前例などと・・・、陛下、あなたはこの国の最高権力者なのですよ。」


グローリー侯爵のこの一言が、ウイリアムの心にぐっと突き刺さった。


「ああ、わかりました。そう、そうなのですね。先生がおっしゃりたいのは、前例に囚われるのではなく、私が自ら前例を作れば良いと、そう言うことなのですね。」


ウイリアムの言葉を聞き、グローリー侯爵は満足そうに微笑んだ。

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