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愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした  作者: 矢間カオル


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55話 カロリーヌの願い

アーサーがグローリー侯爵邸を訪ねていた頃、ジェフはローズとスザンヌと三人で王都の中でも賑やかな町の中にいた。


スザンヌは学校を作るのなら、町の子どもたちが通いやすい場所が良いと考え、子どもが多い町の中に学校を作ろうと考えていた。


スザンヌから学校の相談を受けたジェフは、それなら学校に適した物件を早めに探した方が良いと助言したので、三人で不動産屋巡りをすることになったのである。


不動産屋を巡るにあたって、スザンヌはジェフと一緒に行動できて本当に良かったと思う。


不動産屋を三店回ったが、どの店主も、ジェフがグローリー家の跡取りだとわかると、急に態度を変え、優良物件を勧めてきた。


値段交渉においても、店主が少し高めの値段を提示しても、ジェフは適正価格で話を進めようとするので、店主もそれに合わせるしかない。


ジェフの頭脳の中には、王都の全ての土地と建物の適正価格が保存されているのである。


スザンヌは、自分一人ではこうはならなかっただろうと思う。


若い娘が一人で不動産屋を訪ねたところで、相手にされないどころか、下手をすると粗悪な物件を紹介されるかもしれない。


今日は三店の不動産屋が勧める物件巡りをしたのだが、ローズもスザンヌも慣れない仕事に疲れてしまったので、続きは後日に回すことにした。


だが、趣味の話になると別物で、疲れていても、本屋に寄りたいと思う。


ローズもスザンヌも、物件巡り中に見つけた大きな本屋に目をつけていた。


是非ともその本屋に寄って、大好きな恋愛小説を物色したい。


そういうわけで疲れた身体であっても、その本屋に立ち寄ることにしたのだ。


三人は本屋の入り口をくぐると、真っ先に恋愛小説コーナーへと向かったのだが・・・。


その途中で、ゾクッとするほどの銀髪の美人を見かけた。


切れ長の目に宿る深い紺色の瞳に、透けるような白い肌。


憂いをにじませている大人びた顔の令嬢は、アーサーの婚約者第三候補のカロリーヌ・ドルエン伯爵令嬢である。


カロリーヌは、紀行書籍が並んでいる本棚の前でぼーっと立っていた。


一冊の本を手にしているのだが、ただ持っているだけで、心ここにあらずという状態である。


ローズはカロリーヌのただならぬ雰囲気を感じ、彼女のそばで足を止めた。


カロリーヌさん、何か悩み事でもあるのかしら・・・。




カロリーヌは本当に悩んでいたし、困ってもいた。


このまま家にいても心が重くなるだけだと思い、気持ちを切り替えたくて大好きな紀行書籍を買いに来たのだが、選んでいる最中も、結局心は悩み事でいっぱいになってしまった。


ああ、私はどうすればいいの・・・?


今朝、カロリーヌが朝食をとっている最中に、父であるドルエン伯爵が喜び勇んでカロリーヌに報告に来た。


「喜べ、カロリーヌ。リリアーナ・プレスが婚約者候補を辞退したぞ! これで王太子妃の座はお前のものだ!」


ドルエン伯爵は興奮し、真っ赤になってその喜びを全身で表現していた。


薄茶色の髪も、まるで赤く染まってしまいそうな勢いである。


リリアーナ・プレスが辞退ですって? 


メリッサが失脚したから、次はリリアーナにお鉢が回ると思っていた。


リリアーナの父は野心家だと聞いていたから、絶対に娘を王太子妃にするはず。


そう思って安心していたのに・・・。


詳しく聞けば、リリアーナには恋焦がれる男性がいたと言う。


どうやって野心家の父親を説得したのかは知らないが、まさか、この私に王太子妃の座が回ってこようとは・・・。




五年前、カロリーヌがアーサーの婚約者候補になることを承諾したのには、彼女なりの理由があった。


美しく大人びた容姿に加え胸の発育も良かった彼女は、少女の頃から多くの男性の注目を浴びていた。


だが、決して気持ちの良い注目ではなく、ずいぶん年の離れた男性からも色欲のこもった目で見られていたのだ。


十二歳の少女に、こっそりと夜の密会を誘って来るのだから、カロリーヌにとって男とはろくでもない人種に思えて仕方がなかった。


十四歳のときに、アーサーの婚約者候補の話しが持ち上がった際、それが自分を守る盾になると考えた彼女は、あっさりとそれを承諾した。


父親の顔を立てるのにもちょうど良かった。


アーサーには何の興味もなかったが、婚約者候補と言う肩書は功を奏し、それ以来、不届きな男どもは近づかなくなり、カロリーヌに平和が訪れた。


さらに、カロリーヌを喜ばせたことがある。


婚約者候補になると、公費で優秀な家庭教師が派遣されるのだ。


カロリーヌの家庭教師になった者の中に初老の男性がいたのだが、この教師は地理学と民俗学を専門にしている学者であった。


大陸のあちこちを巡り、数多くの学術書を執筆しているその男性は、カロリーヌが知らない国の話をたくさん聞かせてくれた。


その話がとても面白く、メリッサは一度も訪れたことがない国なのに、まるで自分が行ってきたように感じたものだ。


そのお陰で地理や歴史が好きになり、いつかは諸外国を遊学したいと思うようになっていた。


婚約者候補と言っても、第一候補はメリッサなのだから、第三候補の自分が王太子妃になることはないだろう。


だから、いつかはこの国を出て、自由気ままに暮らすのだ・・・と、そう思っていたのに・・・。




カロリーヌは気晴らしに本屋にやって来たのだが、結局、頭の中はその悩みでいっぱいになった。


どうにかして、婚約者を辞退できないかと思案を巡らすのだが、なかなか良い案が浮かばない・・・。


カロリーヌの手から、持っていた本がバサリと落ちた。


カロリーヌのそばにいたローズがそれを拾う。


「あの・・・、カロリーヌさん、落としましたよ。」


「あっ、ご、ごめんなさい。拾ってくれてありがとうございます・・・。」


カロリーヌは、そばに人がいたことにも気づいていなかったので、驚いた顔をローズに向けた。


「えっ? あ、あなたは・・・」


そしてさらに目を見開いて驚いた視線の先には、スザンヌがいた。


「あなた・・・、スザンヌさんでしたわよね。メリッサさんよりも先に殿下とダンスを踊った・・・」


「え、ええ・・・、そうですが・・・」


まさかこんな場所でアーサーの婚約者候補と出会うとは思ってもいなかった。


しかも、アーサーとダンスを踊ったことまで指摘されたことで、スザンヌは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「あの・・・、婚約者候補のあなたを差し置いて、先に踊ってしまって申し訳ござい・・・」


「何を言うの? 謝る必要なんてないわ!」


カロリーヌはスザンヌの謝罪を遮り、スザンヌの手をとり言葉を続ける。


「殿下はあなたと踊っていたとき、とても嬉しそうだったわ。私と踊っている最中に見せたことのない笑顔をあなたに向けていたのよ。ねえ、あなた、あなたこそ殿下に相応しいわ。だから、あなたが殿下と結婚してくださらない? リリアーナさんが辞退したんだから、もうあなたしかいないのよ。そうよ、それが一番いいのだわ。」


「えっ?何を言って・・・」


次にカロリーヌは、ローズとスザンヌの後ろにいるジェフに目を付けた。


「あなた、グローリー侯爵家のジェフリー様ですよね。そうだわ。あなたの家門がスザンヌさんの後ろ盾になればよろしいのよ。そうすれば、他の貴族の皆様は何も言えなくなるわ。お願いだから、そうしてちょうだい。ね?おわかりになったかしら?」


「・・・・・」


ジェフは管理者以外から出た新たなミッションに、無言の反応を見せた。


「お返事はいただけないようですけど、考えてくださいませね。スザンヌさんも絶対にそうしてね。あっ、そうだわ、私がこの話をしたことは、ご内密にお願いいたします。では、私はこれで失礼いたします。」


カロリーヌは、結局何も買わずに本屋を出て行った。


弾む足取りで出て行く様は、ほんの数分前とは別人で、後姿しか見えなくても、なんだかとっても嬉しそうに見えた。


残されたローズは拾った本をまだ手に持ったまま、カロリーヌの背中をぼーっと眺めていた。

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