51話 逮捕
男の声にドキリとして振り向くと、船員らしき服装の男がニヤニヤしながらスザンヌとローズを舌なめずりして見ている。
男にしてみれば、目の前に弱い小さなウサギが二匹現れたようなものだ。
「隙あり!」
スザンヌが瞬時に前に飛び出て、持っていたデッキブラシで男の脳天をぶったたいた。
「うっ・・・」
男はそのままバタンと大きな音を立てて後ろに倒れた。
「やったわ!」
喜んだのも束の間、その音を聞いた別の男たちがわらわらと船室から湧き出てきた。
「えっ!?・・・」
二十人はいるだろうか。
逃げようにも出てきた男たちが多すぎて、背を向ければすぐに捕まってしまうだろう。
スザンヌは、デッキブラシを構えて男たちを睨んだ。
「お前がやったのか?」
腕っぷしが一番強そうな男が、スザンヌを睨み返す。
スザンヌはそれに答えず、デッキブラシをその男に向けて構える。
横にいるローズは本物の剣など持ったこともないのだが、スザンヌの真似をして同じくデッキブラシを構えた。
「はあ? そんなもので何ができる? 相手は女だ。早く捕まえろ!」
怒りを露わにした男たちが、二人を捕まえようと近づいてくる。
「来ないで。来たらただじゃおかないわよ。」
スザンヌが男たちを威嚇するが、か弱い女の言うことを、まともに聞く男はいなかった。
「何を言ってやがる!」
スザンヌを捕まえようと、男が一人飛び掛かって来た。
バシッ!
スザンヌのデッキブラシが男のわき腹をぶったたき、男は床に崩れ落ちた。
もしも真剣だったら、おそらく胴は真っ二つに離れていだだろう。
ローズはスザンヌの真似をしてデッキブラシを構えているが、ドキドキして心臓が破裂しそうだ。
お願い、来ないで!と心の中で叫んでいるのだが、ローズの心が届くはずはなく、「こっちの方が楽そうだ。」と別の男がローズを捕まえようと近づいた。
「えいっ!」
ローズはデッキブラシを振り上げて男に命中させようとしたが、あっさりと避けられてしまう。
「ローズ!」
スザンヌは男が一瞬怯んだすきを見逃さず、脳天からぶったたく。
「うっ・・・」
また一人倒れた。
「こりゃ、手加減はなしだな。傷をつけたくはなかったんだが・・・」
男たちは、腰に携えていた剣を抜いた。
太陽の光に反射して、刃がきらりと光る。
「来ないで!」
スザンヌはデッキブラシを構えて威嚇したが、男の剣はスパンとデッキブラシの柄を切った。
「近寄らないで!」
ローズも威嚇するつもりでブンブンとデッキブラシを振り回したが、結局それも切られてしまった。
「さあ、武器はもうなくなった。おとなしくするんだな。」
もはや万事休す、男二人がスザンヌとローズを捕まえようとしたその時、二人の目の前に突如アーサーとジェフが現れた。
「触るな!」
ローズとスザンヌに手を伸ばした男に向かって、二人は剣を突きつけた。
「うわっ」
ジェフに剣を突きつけられた男は、瞬時に後ろに飛び去ったが、アーサーに剣を突きつけられた男は、慌ててのけぞりドシンと尻もちをつく。
「ふう、間に合った・・・」
アーサーは剣を構えて睨みを利かせながら、後ろにいるスザンヌとローズに声をかける。
「もう大丈夫だ。俺たちがついている。」
アーサーの前にジョンとケイレブが躍り出て剣を構える。
「私たちも、ついてますよ。」
ジェフは、後ろに飛び去り睨んでくる男を見て、瞬時にデータと照らし合わせた。
見つけた、あの男だ!
突然現れた四人の男に、船上の男たちは一瞬怯んだが、人数の差は歴然だ。
「相手は四人だ、やっちまえ!」
その声を合図に、全員が四人をめがけて切りかかる。
だが、ジョンとケイレブは、騎士の中でもずば抜けた腕を持つ剣士なのだ。
アーサーも剣の腕は一流で、ジェフに至っては剣技は全てコピー済みである。
大勢の荒くれどもが襲ってきても、巧みな剣裁きで相手の急所を外し、バッタバッタと切り倒す。
男たちは、あっという間に制圧された。
恐れをなし、船から飛び出る者や船内に逃げ込む者もいたが、彼らが捕まるのは時間の問題だった。
船の周りに騎士たちが怒涛のように押しかけ、飛び出た者はその場で抑え込まれ、船内にいた男たちは次から次へと入ってくる騎士たちに、一網打尽に捕まってしまった。
「スザンヌ、ケガはないか?」
アーサーが心配そうにスザンヌを覗き込む。
「殿下・・・、私は大丈夫です。あ、ありがとうございました。」
スザンヌはアーサーの視線に耐えられず、礼を言いながらもアーサーから目を逸らした。
ジェフもローズに声をかける。
「ローズ、大丈夫か?」
「ジェフ・・・助けに来てくれてありがとう。私は大丈夫・・・って、・・・ほ、本当はすごく怖かったの。でもね、スザンヌが私を守ってくれたの。」
ほっとして緊張が解けたローズは、ジェフの顔を見て泣き出してしまった。
本当は、今すぐジェフに抱きついて慰めてもらいたい。
でも、今はダメだとぐっと我慢する。
「スザンヌがいなかったら、私、今頃どうなっていたかわからない・・・」
ローズはぐすぐすと泣きながら「スザンヌ、本当にありがとう・・・」と礼を繰り返した。
「スザンヌ、ローズを守ってくれてありがとう。感謝する。」
ジェフも改めてスザンヌに感謝した。
「ありましたよ。殿下、見つけました。こっちに来てください。」
トリーが大喜びでアーサーに告げに来た。
「そうか、見つかったか。今すぐ行こう。二人は俺たちから離れないように・・・。」
アーサーとジェフはトリーに案内されて船内に移動し、ローズとスザンヌも二人の後を追う。
トリーは、騎士たちが船内にいる男たちを全員捕まえている間に、船内をしらみつぶしに探し回っていた。
そしてやっと見つけた。
荷物倉庫の隅っこに、それは落ちていた。
とても小さく見過ごしてしまいそうな茶色く丸い粒。
茶色の中に白い点が所々に見える王の実を・・・。
「ここです。ここに落ちているのは、王の実で間違いないですよね。」
「トリー、でかした。本当によくやった。今日のお前は大活躍だ!」
へへへっ・・・
トリーはまたしても褒められて、嬉しくなって頬を染めた。
トリーはアーサーたちにシュド王国の出来事を話した後、物的証拠をどうしたら掴めるのか考えた。
「物的証拠となるこの種が、シャロン商会の船の中にあれば良いんだけどな。」
アーサーのこの一言が決め手になった。
船が出航する前の、誰もいない時間に忍び込んで探せば良いんじゃない?
そうすれば、落ちている種を見つけることができるかも・・・。
そう考えたトリーは、夜中に港の船着き場に繋がれているシャロン商会の船を見に来た。
大きな商会だけあって、船も他の船と比べるとかなり大きい。
忍び込めないかと隠れて見ていたら、船の上にいる見張りの様子が少しおかしいことに気が付いた。
異常に周りを警戒している。
船の積み荷が盗まれることを警戒しているにしては、やたらと周りを意識しすぎている?
まるで、誰かが助けに来るのを恐れているように・・・。
偶然、二人の見張りの会話が風に乗って聞こえてきた
「・・女が・・・二人が・・・可哀そうだがしかたが・・・」
!!!!
トリーはピンと来た。
ローズとスザンヌが攫われた?
とてもじゃないが、自分一人では救い出すのは不可能だ。
トリーは急いで城に戻り、アーサーに告げ、その足でジェフにも知らせた。
クレマリー伯爵家に確認すると、ローズの部屋には誰もいなくて、彼女の大切な小説が乱雑に床に落ちていた。
出航するのは、たぶん夜が明けてからだろう。
それまでに間に合うようにと、アーサーもジェフも急いだ。
騎士たちの準備を待っていられない。
騎士団長に大至急来るように伝えると、ジョンとケイレブを連れて四人で船を目掛けて馬を走らせたのだった。
シャロン侯爵とオルトマン伯爵の罪の証拠はそろった。
ここから先は、怒涛の勢いだった。
警察官だけでは人数が足りないので、近衛騎士団と警察が協力して、シャロン侯爵邸とオルトマン伯爵邸、そしてゴールドクラウン賭博場を、同時刻に一斉検挙した。
ゴールドクラウンとオルトマン伯爵邸を調べると、どちらからも違法薬物が見つかり、オルトマン伯爵はその場で逮捕となった。
シャロン侯爵邸では、警察署長が自ら指揮を執った。
薬物中毒男の件では失態を繰り返した。
署長は、名誉挽回のチャンスとばかりに張り切っている。
「シャロン侯爵、あなたを、拉致監禁、並びに違法薬物取り扱いの容疑で逮捕します。」
侯爵邸に警察署長の声が高らかに響き渡る。
シャロン侯爵は「何を言う!やめろ!触るな!」と抵抗を見せたが、日頃鍛えている警察官にかなうはずもなく、縄を掛けられ馬車に押し込まれた。
署長は、次にメリッサの部屋に向かう。
逃げられては大変だと、無言でドアをバタンと開けた。
部屋の中から、メリッサの甲高い怒りの声が聞こえた。
「失礼な方ね。ノックもしないでドアを開けるなんて。」
メリッサは、この屋敷の中で何が起こっているのか、まだわかっていなかった。
「あなたは誰? なんだか騒がしいけど、いったい何が起きているの?」
睨みながら侵入者に問うが、問われた署長は「警察です」と一言答えた後、冷たい声でメリッサに言い渡した。
「メリッサ嬢、あなたをフランツ殺害の容疑で逮捕します。」




