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愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした  作者: 矢間カオル


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50話 誘拐

トリーは王の実を巡る体験談を皆に伝えた後、一本の古い短剣を差し出した。


「殿下、これがサミュエルと交換した短剣です。どうぞお改めください。」


アーサーはその短剣に施されている文様を見る。


「こ、これは・・・。」


古く擦り切れ薄くなってはいるが、右を向いた鷲を模った文様は、シャロン侯爵家のものである。


「管理人は商人の国も名前も教えてくれませんでしたが、おそらくシャロン商会の商人なのだと思います。」


「ああ、そのようだな。だが、これだけでは証拠にはならない。もっと決定的な何かがなければ・・・」


「それからこれを・・・」


トリーがカバンから取り出した紙包みを開き、皆に見えるように置く。


紙包みに入っていたのは、小さな種だった。


「これが王の実です。」


「これが・・・」


トリーが差し出した種は、とても小さな茶色の球状の種であったが、よく見ると、白い点が所々についている。


「この白い点が他の種とは違うので、見分けることができると思います。」


「この種をどのように使うのだ?」


「すりつぶして粉状にするのだそうです。あ、それからこの種は、私がまだ熟していない青い実をこっそりと盗ってきたものなんですが、管理人の話によると、青い状態で収穫しても効き目はほとんどないそうです。完全に熟して弾けてしまうと、風に吹かれて飛んで行ってしまうそうで、収穫のタイミングが難しいのだと言ってました。」


「そうか、トリー、よくやった。お前をシュド王国にやったのは正解だったな。」


「あ、ありがとうございます。」


アーサーに褒められて、トリーは頬を染めて満足げにほほ笑んだ。


アーサーは腕を組み、少し考えてからボソッと呟いた。


「物的証拠となるこの種が、シャロン商会の船の中にあれば良いんだけどな・・・。」


「船内をくまなく探せば、もしかしたらこぼれた種が見つかるかもしれませんが、それをするには、それ相応の名分がなければできませんね。」


ジェフがアーサーの思いに現実を突きつける。


「あ、ああ、そうだな・・・。しばらく様子見だな・・・。」




フランツの葬儀から数日後の夕方、メリッサは、父であるシャロン侯爵と話がしたくて、彼が仕事をしている書斎を訪ねた。


「お父様、大切なお話があるのですが、今よろしいでしょうか?」


「ああ、可愛い我が娘よ。何を遠慮しているのだ。」


眼光鋭く大柄なシャロン侯爵は、普段皆から恐れられているのだが、娘の前ではただの優しい父親になる。


メリッサと同じ黒髪で茶色の目をした偉丈夫は、愛おしそうにメリッサを迎え入れた。


そして、秘書も部屋付きの使用人も、部屋から出ていくように指示した。


「さて、話とはなんだ?」


「あの・・・、お父様は、スザンヌが隣国の王女だって話、ご存じでしたか?」


シャロン侯爵は、娘が急に突拍子もないことを言い出したので目を丸くする。


「何? それは初耳だが・・・。事実なのか?」


「確かめたわけではありませんが、本人がローズに話しているのを偶然聞いてしまったのです。」


初めは驚いていたシャロン侯爵であったが、ふとある話を思い出す。


「そういえば・・・、ずいぶん前に聞いたことがある。シャロン国王の側妃が女児を生んだのだが、王妃が非常に嫉妬深くてね。側妃は我が子の命を守るために、どこかに隠したというのだ。」


「では、やはり・・・。」


「だが、そんな重要な話、何故私に知らされていないのだ?」


「それが、どうも王室にも内緒にしているようなのです。知っているのはローズだけだと・・・」


「なるほど。刺客を恐れて公にする気はないようだな。」


「お父様・・・」


メリッサは目に涙を浮かべてシャロン侯爵を見つめた後に、ほろりと涙を零した。


「メ、メリッサ・・・」


「・・・」


メリッサは何も言わずに涙を指で拭う。


「ああ、愛する我が娘よ。お前の思いはよくわかった。ここは大人に任せなさい。お前は何も知らなくて良いから・・・。」


「お父様・・・、ありがとうございます。」


それだけ言うと、メリッサは書斎を出て、自室に戻った。


そしてポケットに入れていた目薬を、机の引き出しにそっとしまう。


ふふっ、高かっただけのことはあったわね。


目薬をさした後、しばらくたってから涙が出るって言ってたけど、本当だったわ・・・。




シャロン侯爵は書斎で一人計画を練った。


シュド国王は気難しい男だ。


もし、側妃の子がこの国の王都で殺害されたと知ったら、気分を害するだけでなく、貿易にも支障が出るかもしれない。


何百年と続いた約束事でも、自分の代になって簡単に切り捨てるようなお人だ。


他国の商会など、腹いせに切るなど簡単にしてしまうだろう。


ここはひとつ、シュド王国に運んでから殺ってしまう方が良いか・・


それとも、帰国途中に海から転落したことにするべきか・・・。




それからしばらくたった夜、スザンヌはアーサーにもらった髪飾りを握りしめ、自室の開け放たれた窓から夜空の星を眺めていた。


髪飾りを見ていると、過去の懐かしい思い出がよみがえる。


いつまでも、その思い出に浸っていたい・・・。


でも、それじゃいけない。


ずっと前から考えていたことがある。


とても無理だと思っていたけれど、今ならできるかもしれない・・・。


「決めたわ!」


スザンヌが決意を新たにした瞬間、何者かに襲われた。


窓から侵入した男に、スザンヌは叫ぶ間もなく薬を嗅がされ、意識を失い攫われてしまったのだ。


よほどの手練れなのであろう。


闇の中で無音で行われた所業に、屋敷の中にいた者は誰も気が付かず、屋敷の警備に当たっていた護衛騎士ですら気付くことはなかった。


同時刻、ローズが大好きな恋愛小説を夢中になって読んでいた時に、音もなく窓から侵入した何者かによって攫われた。


スザンヌと同じく、叫ぶ間もない出来事だった。




ローズが目を覚ましたとき、ゆらゆら揺れる床の上に、後ろ手に手足を縛られて寝かされていた。


こ、ここはどこ? 


どど、どうして私はこんなことになっているの?


状況が呑み込めずに混乱するローズであったが、自分に落ち着け落ち着けと言い聞かせる。


落ち着いて考えてみれば、おそらくここは船の中。


揺れる床と、海の独特の香りがそれを証明している。


揺れの少なさから考えて、まだ出航していないようだ。


幸いなことに、灯りがともされているので、周りを見渡すことができる。


ス、スザンヌ!


スザンヌも同じように手足を縛られて寝かされていた。


ローズは芋虫のように体を動かし、スザンヌに近づいた。


そしてスザンヌの耳元で囁く。


「スザンヌ、起きて・・・」


スザンヌが、ぱちりと目を開けた。


「えっ? ローズ? ここは?」


「シッ・・・静かに話して。よくわからないけど、私たち捕まえられたみたい。おそらくここは船の中だと思う。階段があるから、船の底にある倉庫かも・・・。」


言われてスザンヌも周りを見渡す。


掃除用具、ロープなどが置かれているところから見て、船底にある備品倉庫なのだろう。


「このロープが切れたらいいのだけれど・・・。」


ローズの言葉を聞いて、スザンヌははっとする。


「ローズ、私のポケットに髪飾りが入っているはず・・・。なんとか取れないかな?」


スザンヌは攫われる前、アーサーからもらった髪飾りを握っていた。


そして攫われる直前に、ポケットに入れたはず・・・。


ローズはもぞもぞと動き、言われたポケットを縛られた手で探った。


縛られて自由が効かない手であったが、何とか探り当て、髪飾りを取り出すことができた。


表は繊細な小花の装飾であるが、裏の髪留めの部分は丈夫な金属でできている。


「これでこすれば、ロープが切れるかも・・・」


「そうね。やってみるわ。」


二人は体を起こして背中合わせに座る。


そしてローズが髪飾りの髪留めの部分を使って、スザンヌの腕のロープをこすり始めた。


ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ・・・


少しずつ、ロープの繊維が切れ始める。


ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ・・・


ローズは腕が疲れても髪飾りを握る指が痛くなっても、休まずにこすり続けた。


何時間たっただろうか・・・


「切れたわ!」


スザンヌが喜びの声を上げた。


自由になった両手で足のロープをほどき、次にローズのロープをほどいた。


「さあ、逃げましょう。」


スザンヌは船内にあったデッキブラシを手に持ち階段を上る。


ローズも真似してデッキブラシを持って後に続く。


そっと出入り口の跳ね上げ戸を少し開けて、外の様子を伺う。


朝日が昇ってきたばかりで、まぶしい光が目に差し込んだ。


まだ出航まで時間があるのか、船員は見えない。


「ローズ、チャンスよ。さあ、出ましょう。」


スザンヌが跳ね上げ戸を全開して外に出た。


ローズもそれに続く。


「おっと、お嬢さん、勝手に出てもらっちゃ困るね。」


後ろから、どすの効いた男の声がした。

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