5話
ジェフは真剣な顔で、ローズの確認と同意が必要だと言うが、ローズにはそれがとても大げさなことのように思えた。
だが、自分を最優先してくれるジェフの気持ちが嬉しい。
「まあ、私の確認と同意? お互いの両親が認めたらそれでいいはずなのに、私の気持ちを尊重してくれるのね。ありがとう。」
「もちろんだよ。両親が認めたって、ローズが同意しなかったら、この結婚は無効になる。」
「同意しなかったらって・・・、ジェフってそんなこと考えているの? 私は同意するにきまってるじゃない。」
「まだ確認がすんでない。今から確認するからよく聞くんだよ。」
「はいはい。」
ジェフは時々、訳のわからないことを言うと思ったが、とりあえず、返事をした。
「まず一つ。ローズは結婚に対して何を望む?」
いつも笑顔で話すジェフであったが、今日は笑顔がなく業務的だ。
何故、そんな表情で、そんなことを聞くのかと、違和感を覚えながらもローズは答える。
「そうねぇ。平凡でもいいから愛し愛される幸せな生活かな。子どもは二人?うーん、三人は欲しいかな。そして、夫婦と子どもたちで楽しく幸せに暮らすの。」
「それなら、俺たちは結婚できない。」
「えっ? どっ、どうしたの? な、なぜ結婚できないの?」
ジェフの思わぬ言葉にローズは慌て驚き、一瞬頭の中が真っ白になる。
「・・・私たち・・・、愛し合ってるんじゃないの?」
ローズは激しく動揺していたが、ジェフはそれを気にする風もなく、淡々と話を続ける。
「俺はローズを幸せにできると思う。でも、子どもを作ることができない。だから結婚できないんだ。」
子どもを作ることができないって・・・、今まで私の身体を求めなかったのは、それが原因だったの?
「・・・ジェフ、答えにくいことなのかもしれないけど、大切なことだから正直に答えてね。もしかしてあなたは・・・その・・・不能?」
「不能とは、今の会話の中では、性行為ができないという意味だろうか?」
ローズは、はっきりその言葉を口にするジェフに、たじろいだ。
「え、ええ、まあ、・・・そ、そういうことです。」
「俺は、性行為はできる。だが、子どもを作る機能が備えられていない。」
ローズは思い出した。
出会ってから今まで、元気で喧嘩にも強いジェフだったから忘れていたけれど、子どもの頃、とても病弱だったはずだ。
お誕生日会で初めて見たジェフは、青白くとても弱々しかった。
もしかしたら、その病気が原因で、子どもができないのかもしれない。
でも、子どもができないからって・・・、私たち、別れるの?
今のローズには、ジェフとの別れを想像することができなかった。
「ジェフ、子どものことはもういいの。私はあなたさえいれば、それでいい。」
そう言った後で、ローズはふと疑問に思う。
「ところでジェフ、どうしてあなたは子どもができないって知っているの? もしかしたら、私以外にもお付き合いをした人がいたの?」
「いや、付き合ったのはローズが初めてだよ。」
ジェフのリセット前の記録は消去されているので、前管理者の記録は残っていない。
「じゃあ、どうしてわかるのよ。」
「それは、俺がロボットだからだよ。」
「ロボットって何? ジェフは時々変な言葉を話すけど、そんな言葉、知らない。」
「ロボットとは、動く人形のようなものだ。こう言えばわかるかな?」
ジェフの発した言葉に、ローズは得も言われぬ衝撃を受けた。
「人形ですって? あなたは人形なんかじゃない。私のことを愛してるって言ってくれるじゃない。私のためにオルソンを殴ってくれたじゃない。そんなこと、人形にできるはずがないじゃない。」
ローズの目から、ぽろぽろと涙が零れてきた。
「ローズ、どうして泣いているの?」
「あなたが自分のことを人形なんて言うから・・・。」
「どうして人形って言ったら泣くの?」
「そんなの・・・悔しいからだわ。あなたはずっと病気で苦しんで辛い思いをしてきたのよ。それなのに、そんなあなたに人形だと思わせた誰かがいたのね。それを思うと、悲しくて悔しくって・・・だから涙が出るんだわ。」
言いながらも、ローズの瞳から零れ落ちる涙は止まらない。
ジェフは何も言わずに、じっとローズを見つめている。
「ジェフ、あなたはずっと辛い思いをしてきたんだもの。私がこれからあなたの心を癒します。あなたがそれでも自分のことを人形だなんて言うのなら、私はもっと・・・。」
ジェフは、ただ黙ってローズを見つめ、彼女の言葉を聞いているのだが、何も言葉を発しないジェフに、ローズはだんだんと不安になってくる。
「ジェフ?・・・わかりました。私はあなたが人形でも、子どもができなくてもかまいません。私はジェフだから、あなただから愛しているの。私はあなたと結婚します。・・・これで・・・いい?」
涙ながらに語るローズとは、まったく温度が違うジェフは、平然と次の言葉を口にする。
「一つ確認が終わったよ。じゃあ、もう一つ。」
「えっ? まだあるの?」
自分の熱い思いが本当にジェフに伝わったのかと、ローズの不安はまだ続いている。
「ローズが亡くなったときの遺産相続人を、俺以外で決めておかなければならないんだ。」
ふっと笑いが込み上げた。
涙を浮かべたままの悲しい笑いだった。
なんとまあ、ずいぶん先のことを・・・。
それもジェフ以外だなんて・・・。
ジェフは病弱だったから、私より先に死んでしまうと思っているのね。
だから、自分が死んだ後のことまで考える必要があるんだわ。
それも・・・、きっとずいぶん前から覚悟していたのね。
だから、こんなにも淡々と悲しいことを話せるのだわ・・・。
「私が死んだ後の遺産相続人は、私の兄の子どもにします。これでいいかしら。」
ローズは、涙を拭いながら答えた。
「ああ、これで確認は終わったよ。では、ローズ、俺との結婚に同意しますか?」
「・・・はい。・・・同意します。」
やっとローズの涙は止まり、彼女は無理して笑顔を作り、同意の言葉を告げた。
「ねえ、ジェフ、最後の言葉って・・・、変わったプロポーズなのよね。」
そう言いながらジェフを見たら、ジェフはローズを抱きしめてキスをした。
「お父さん、ローズから確認と同意をもらいました。俺たちは結婚します。」
「そうかそれは良かった。来年は結婚式じゃな。孫の顔が早く見たいものじゃ。」
同意を得た後、ローズから、子どもができないことは誰にも言わないようにと念押しをされた。
だから、グローリー侯爵が孫の話をしてもスルーすることにした。
ジェフにとっては、管理者の意向がもっとも最優先されることなのである。
一ケ月後、グローリー侯爵家の大広間で、ささやかながらローズとジェフの婚約式が行われた。
ローズには友人がいるが、長い間ベッドで寝たきりだったジェフリーには、招待するような友人がいなかった。
だから、釣り合いを考えて、親族だけの婚約式にしたのだった。
婚約式には、グローリー侯爵の弟であるアロンとその妻と息子二人も招待したので、式の前日に、アロンは二年ぶりにジェフの姿を見た。
アロンはグローリー侯爵の異母弟であるが、グローリー侯爵家の血筋によく現れる金髪と青い瞳を持っている。
親子ほど歳が離れた侯爵は、すでに白髪になっているが、まだ四十六歳のアロンの髪は金色を保ち、兄弟と言っても二人並ぶと歳の差は歴然である。
だが、同じく金髪で青い瞳のジェフの横に立つと、目鼻立ちは多少違っていても、叔父と甥の関係だと言うことが自然と見て取れる。
アロンはジェフを見て、とても驚いた。
二年ぶりということもあるのだろうが、とてもベッドで寝たきりだったジェフリーと同一人物には見えない。
金髪と青い目は同じだが、二年前のジェフリーは青白くやせ細って、今にも消えてしまいそうだったではないか。
それがどうだ、今のジェフリーは血色も良く、筋肉もついて、元気で長生きしそうな青年になっている。
それにしても、本当にジェフリーなのだろうか。
顔はよく似ているが、どうも納得がいかない。
「ジェフリー、久しぶりだな。元気になって本当に良かったな。」
―アロンの表情解析中・・・解析完了・嘘の可能性100%・・・関わらない方が良い―
「アロン叔父さん、お久しぶりです。私は用事がありますので、失礼します。」
ジェフは、挨拶もそこそこに、書斎へと消えていった。
残されたアロンは、グローリー侯爵に嫌味を込めた言葉をぶつける。
「兄さん、どうしたら、こんなに人って変われるんですかね。」
だが、グローリー侯爵は、アロンの言葉に鼻で笑って答えた。
「どうだ、驚いただろう。ジェフに効くいい薬が見つかってね。おかげでこんなに元気になれた。恋人もできて来年は結婚じゃよ。早く孫の顔が見たいものじゃ。ハッハッハッ」
アロンは悔しくて仕方がなかった。
ジェフリーが死んで、老いぼれの兄が死んだら、侯爵家の財産は全て自分のものになると思っていたのに・・・。
ジェフリーに子どもが生まれたら、侯爵家を継ぐことなんて一生できないじゃないか。
アロンは、トンビに油揚げをさらわれたような気分になっていた。
翌日、婚約式が始まった。
婚約式の準備のために、休暇を与えていた使用人たちを呼び戻したので、屋敷全体の掃除が行き届き、大広間は美しく装飾をされ、出された料理もどれも美しく豪華だ。
両家の親族が見守る中、ジェフとローズは広間に入場した。
ジェフの瞳の色に合わせた青いドレスを身にまとい、美しく着飾ったローズもさることながら、ジェフの美しさは格別だった。
お揃いの青のスーツをピシッと着こなし、白いブラウスの胸元に付けたブローチは、ローズの瞳の色に合わせた緑色の宝石で、光に反射してキラキラ光っている。
服装はシンプルだが、それ故、均整のとれた身体と、さらさらと輝く金髪に青い瞳の顔の秀麗さが際立ち、まるで神話の絵画から抜け出たような美しさに、広間にいる誰もが、ほうとため息をついた。
しかし、アロンだけは、苦々しい思いで見ているのだった。
婚約式が終わり、翌日にアロンが領地に帰るのを見届けると、グローリー侯爵は執事のフランボアを、誰もいない書斎に呼んだ。
「フランボア、アロンの顔を見たか? あの悔しそうな顔と言ったら・・・。やっと溜飲が下がる思いがしたよ。」
「さすがに今回は、自分が次期後継者などとは言いませんでしたね。」
「婚約式中にも、嫌味の一つでも言うかと思っておったが、ジェフの美しさに嫌味の言葉も出なかったようじゃな。ふふ、良い息子に出会えたものじゃ。最近は、ジェフのことが息子の生まれ変わりのように思えて仕方がないのじゃ。こんな私は悪い親かの。」
「旦那様、とんでもございません。きっとジェフリー様も旦那様が笑顔でいらっしゃることを天国で喜んでいることと思います。」
グローリー侯爵と執事が、こんな話をしているとも知らず、アロンは帰り道でもイライラが続いていた。
ジェフは偽物かもしれないと思ったが、結局証拠となるものは何も出ず、認めるしかなかった。
そしてもう一人、婚約式にはいなかったが、二人の婚約を聞いて、歯ぎしりをして悔しがっている男がいた。
ローズの元カレのオルソンである。
あの日のことを思い出すだけで、殴られた腹の痛みも蘇り、その度に怒りが込み上げてくる。
「あいつには、絶対に復讐してやる!」