44話 馬の血
ジェフは新聞の情報から、賭博場ゴールドクラウンで身を持ち崩した者が、他よりも群を抜いて多く、貴族の客の中には、領地を借金のカタに取られそうになった者もいることを知った。
では、その貴族たちは誰で、その後どうなったのか?
ジェフが情報ギルドに金を弾んで調べさせたところ、貴族たちの借金は、シャロン商会が立て替えて帳消しになり、今も平穏無事に暮らしていることがわかった。
「あの強欲なシャロン侯爵が借金を立て替えただって? ありえない。いったいその貴族は誰なんだ?」
「セルビー伯爵とモリソン伯爵です。」
「なんだって? どちらもメリッサの取り巻きの令嬢の家門じゃないか。それに・・・」
この二家門は、貴族会議の出席権を持つ家門で、婚約者候補を決める際にメリッサを第一候補に強く推した二人でもあった。
どのみちシャロン侯爵家は身分的にも問題なく、メリッサは第一候補になったのであろうが、この二人が強く推した結果、満場一致ですんなりと決まったという経緯がある。
「もしかして・・・」
アーサーの脳裏に嫌な予感が浮かぶ。
アーサーの表情を読み取ったジェフは、アーサーの言葉の後に続ける。
「おそらく殿下が考えているように、シャロン侯爵とオルトマン伯爵はグルだということですよ。いや、グルというよりも、シャロン侯爵がゴールドクラウンの隠れた首領で実質的な経営者であり、オルトマン伯爵は表向きは経営者であっても、実質はシャロン侯爵の部下と言った方が良いかと・・・。そう考えれば、シャロン侯爵は一銭も損をすることなく二家門に恩を売ることができ、強い味方を得ることができますから。」
そう言えばと、アーサーは思い出す。
父が貴族会議の後に、「シャロン侯爵が持ち出した案件に反対したくても、それを強く推す家門が多くて困る」とぼやいていたことがあった。
多数の貴族がシャロン侯爵の案件に賛成するので、会議の内容はシャロン侯爵の思う方向に進んでいくのだ。
おそらく、シャロン侯爵が恩を売っている貴族は、二家門以外にもいるのだろう。
「今後どうすれば良いと思う?」
アーサーの問いにジェフは淡々と答える。
「王の実の輸入ルートを掴むことと、ゴールドクラウンで実際に使われている証拠が必要かと・・・。」
「それなら、トリーにシュド王国に調査に行かせている。何らかの成果があれば良いのだが・・・。」
二人はこれからの動きを話し合った。
シャロン侯爵とオルトマン伯爵の動向を探るが、誰にも知られぬように、こっそりと動かねばならない。
王宮に出入りする貴族にバレれば、おそらくすぐにシャロン侯爵に伝わってしまうだろう。
そうなっては、証拠隠滅を図られ、尻尾を掴むことなど不可能になってしまう。
ジェフとアーサーは、慎重に動くことと、お互いに知り得た情報を共有することを約束してこの話は終わった。
ちょうどそのときに、ローズが戻ってきたのだが、二人の会話の中にローズがいなかったことを、ジェフは後に後悔することになる。
「ローズ、そろそろクレマリー伯爵家に戻ろうか。ご両親がローズの帰りを待っているよ。送って行こう。」
昨夜、スヴェンからジェフが生き返ったことを知らされたローズの両親は、すぐにグローリー侯爵家にやってきて、ジェフとローズの幸せそうな顔を見てほっと一安心した。
しばらくグローリー侯爵家で過ごした後、ローズを連れて帰ろうとしたのだが、ローズがもっとジェフと一緒にいたいと言い出したので、両親はローズ一人を残して屋敷に戻ったのだった。
馬車に乗り込み二人になると、ジェフがローズに問いかけた。
「ローズ、ずいぶん長い間、スザンヌと話していたようだけど、何を話していたの?」
「スザンヌがね。殿下に、私の前に現れないでって言ってたのを聞いてしまったの。本当は愛しているのに・・・。ジェフは生き返ったんだから、そんなことは言わないでって説得していたら遅くなっちゃった。」
「スザンヌは何て?」
「うーん、今は無理みたい・・・。犯人を捕まえたら、スザンヌの気持ちも変わると思うんだけど・・・。」
「ローズは犯人を捕まえたいんだね。」
「もちろんよ。あっ、でも、ジェフ・・・、危険なことはしないでね。」
ローズの願いを最優先してくれるジェフであるが、もしまた危険な目に遭ったら・・・と思うと、ローズの心に不安が宿る。
「あ、あの・・・、犯人逮捕は警察に任せたら良いのだから・・・、絶対に無理はしないでね。」
「ああ、無理なことはしない。大丈夫だよ。」
ジェフはにっこり笑ってローズのおでこにキスをした。
ローズをクレマリー伯爵家に送り届けると、ジェフはそのまま馬車を馬商人のいる場所まで走らせた。
馬商人は事故後、ジェフの遺体とともにグローリー家に訪れ、侯爵を前に額を床にこすりつけて謝罪した。
明日の葬儀にはまた来ますと言って帰ったのだが、自分は牧草地のすぐそばの宿屋に泊まっていて、逃げも隠れもいたしませんと告げて帰ったと聞いている。
しばらく滞在するのは、馬を買い付けに来る客の対応をするためでもあるらしい。
「これはこれは、グローリー侯爵家のご子息様、この度は誠に申し訳ございませんでした。息を吹き返したと聞き、本当に安堵いたしました。もう動けるほど元気になられたようで本当に良かったです。実は今からお伺いに行く予定だったのですよ。」
ジェフが生き返ったことは馬商人にも既に伝わっていて、ジェフの顔を見た馬商人は、機嫌よく話かけた。
馬の暴走とは言え、侯爵家の令息を死なせてしまったのだ。
その賠償金たるや、いったいどれほどの額になるのか・・・
それとも、賠償金だけにとどまらず、牢屋に何年も放り込まれると言うことも有り得るのか・・・
考えただけでも頭が痛くなり、ずっとそのことで悩んでいたのだが、ジェフが生き返ったと聞いた瞬間、馬商人は飛び上がって喜んだ。
ああ、これで牢屋行きはなくなって、賠償金も少なくて済む・・・。
ところが、いきなりやって来たジェフは、馬商人が思ってもいなかったことを言い出した。
「暴走馬を見たいのですが。」
「えっ?・・・」
前置きもなく、単刀直入に発せられたジェフの言葉に一瞬耳を疑い、商人は露骨に嫌そうな顔をする。
「死んでしまったので、もう埋めてしまったのですが・・・。」
「あなたから見て、あの馬が暴走した理由は何だと思いますか?」
馬商人はジェフの質問の意図がわからず警戒する。
答えひとつで、賠償金額が増額されてしまうかもしれない・・・。
「本来おとなしい馬だったのです。あのような暴走なんて今まで一度もありませんでした。暴走する前は、子どもたちが与えるエサをおとなしく食べていたのですよ。ですから理由と聞かれても、私にはさっぱりです。」
「わかりました。では、その馬はどこに埋めているのですか?」
何故そんなことを? と思いながらも商人は埋めた場所にジェフを案内した。
「ここですよ。」
馬一頭がすっぽり納まる広さの土が、掘り返されて均されている。
「すみませんが、もう一度掘り返して馬を見せてくれませんか?」
「はあ?」
馬商人は、露骨に嫌悪の表情を浮かべた。
だが、被害者の言うことを拒否すると、後の賠償金額が・・・と考えた馬商人は、自らシャベルを持ち出し土を掘り、言われた通りに馬が見えるようにした。
ジェフは持って来たナイフで馬肉を切り裂き、滲み出た血を指先に付けてじっと見つめる。
―血液の分析中・・・分析完了:成分の中にあの男と同じ薬物反応有り―
馬商人は黙ってジェフの行為を見ていたが、その狂気じみた行動に、ぞっとし3鳥肌が立っていた。
生き返ったこの青年は、もしかしたら地獄の底から蘇ったのでは・・・?
これは絶対に黙っていた方が良い・・・。
でないと私が呪われる・・・。
「これで目的は果たしました。それでは失礼します。」
「えっ? もういいのですか?」
次は馬肉を生のまま食らうのではないかと、恐怖におののいていた馬商人は、あまりにあっけなく終ってしまったことに驚いた。
「はい、もういいのです。ところで、賠償金のことを考えているようですが、私も生き返ったことだし、請求する気はありませんよ。」
馬商人は、その言葉に、再度飛び上がるほどに喜んだ。
地獄の底からなどと、とんでもなく失礼なことを考えてしまったことを申し訳なく思い、この青年はきっと天国から蘇ったのだと、心の中で訂正した。
馬車の中で、ジェフは品評会で録画した映像を、脳内再生して見ていた。
最後の映像は、ローズの怯えた表情と地面に生える牧草。
そこから逆再生しながら、繋がれた馬を探す。
ジェフが録画した映像は、視界に入った範囲だけであるので、全てではない。
遠方の映像は小さすぎて判別に時間がかかることもある。
ジェフは、暴走馬の画像データをもとに、慎重に暴走前の姿を探した。
・・・・・・見つけた。
遠くて小さい映像ではあるが、暴走前の馬は、子ども三人からニンジンをもらっている。
次はその子どもに焦点を当て、拡大し逆再生する。
二人の子どもは、係の者が用意したニンジンの山からニンジンを掴んでいるのだが、別の一人は、少し離れた場所で茶髪の若い男からニンジンをもらっている。
次は若い男の口の動きを拡大再生。
「ぼうや。このにんじんをあのうまにたべさせてあげなよ。」
男は自分のカバンからそのニンジンを取り出し、子どもに差し出していた・・・。
男の名前を知りたくて、過去の映像と人物データと照らし合わせたが、男の名前はわからなかった。
だが、この茶髪の男は、王室の舞踏会には参加している。
つまり、舞踏会に参加したが、ジェフに挨拶をしなかった男・・・。
「ローズを二度も危険に晒した男だ。必ずすぐに突き止めてやる・・・。」
ジェフの中に、熱い感情が沸々と湧き上がった。
その感情をジェフは既に理解している。
感情の名前は・・・、怒り。




