43話 マリアの視点
ジェフが生き返る少し前、マリアは指を組み、祈りながらドアの前に立っていた。
誰も入らないように見張ることが今のマリアの仕事であるが、それよりも、ローズのことをただひたすらに神に祈り続けた。
何をするのかも知らされず、ローズと一緒に慌てて屋敷に戻ったら、次にローズは必死の形相で引き出しの中を探しだした。
ローズが引き出しの中から取り出したのは白い封筒で、見つかったときはマリアもほっとした。
お嬢様は、お探しの物を見つけることができたのだわ・・・。
ところが、手紙を読みだすと、ローズは急変して震えだし、まるでこの世の終わりがやってきたかのような表情で、ボロボロと涙を零して泣き出した。
お嬢様は、このままお気がお触れになるのかも・・・
マリアは心底心配した。
だが、急に何かを決心したように再度急変したローズは、使用人が止めるのも聞かずに、一目散にジェフの元に戻って一人になりたいと言う。
きっとあの手紙の中に、誰にも言えない秘密があるのだとマリアは思った。
お嬢様は、何かとんでもないことをしようとしている・・・。
それが何なのかは皆目見当もつかないが、どうかそれが上手くいきますようにと、願わずにはいられない。
一緒に来た使用人兼護衛のスヴェンは、祈り続けるマリアを見て、自分も祈らなければならないような気がしたのか、一緒に祈りだした。
ドアの前で二人が祈る姿を見たグローリー侯爵家の使用人たちは、きっとジェフの冥福を祈ってくれているのだろうと思い、一緒に並んで祈りだした。
ドアの前で十人が静かに祈りを捧げ、沈黙が流れる中・・・
「サイキドー!」
ローズの叫び声が聞こえた。
マリアはハッと顔を上げる。
今のは何?
魔法の呪文?
ローズのことが心配になったマリアは、中に入って確認したかったが、ローズとの約束があるので、我慢するしかなかった。
一緒に祈っていた使用人たちも、驚き顔を上げてお互いの顔を見合わせていたが、マリアが、「まだ、中に入らないでください」とお願いする。
お嬢様、どうかご無事でいてください・・・。
しばらくすると、ローズの声が聞こえてきた。
ジェフジェフとジェフの名前を連呼している。
別れを惜しんでいるにしては、少し違うような気がする。
もしかして、亡霊が現れたの?
あの呪文はそのためのもの?
お嬢様、どうかご無事で・・・
マリアはもっと強く、神に祈りを捧げる。
何事かと驚いていた使用人たちも、マリアの姿を見て、一心に祈り始めた。
熱い抱擁とキスを重ね、再会の喜びをかみしめていたローズであったが、あっと思い出した。
皆にジェフが生き返ったことを知らせなくては!
まずは心配してくれているマリアに!
ローズはドアまで走って、ガチャリとドアを開けた。
「マリア! 中に入って。ジェフが生き返ったのよ!」
「えっ? ええーっ!!!」
マリアだけでなく、スヴェンも、グローリー侯爵家の使用人たちも、一斉に驚きの声を上げた。
全員がドヤドヤと中に入ると、棺の横にジェフが笑顔で立っている。
「ジェ、ジェ、ジェフリー様~!!!」
皆の歓喜の声が、大広間に響き渡った。
「スヴェン、クレマリー家に戻って、皆に報告してちょうだい。」
「かしこまりました。」
スヴェンは慌てて出て行った。
「お義父様にも知らせて来てください。」
「はい、今すぐ行ってまいります。」
グローリー侯爵家の使用人も慌てて出ていく。
しばらくすると、大広間は知らせを聞いた皆で溢れかえった。
「ジェフや、よく、帰って来た。よく帰ってきてくれた・・・」
グローリー侯爵は、嬉し泣きの涙を流した。
「お父さん、ご心配をおかけしました。」
グローリー侯爵が、ジェフをガバっと抱きしめた。
親子の感動の抱擁を目にした皆は、温かい涙を流し、いつしか大広間は感動の拍手に包まれた。
「ローズや。ジェフが生き返ったのは、そなたのお陰じゃな。本当にありがとう。ローズはこの家にとって、女神様なのかもしれんの・・・。」
「いえ、そんなことは・・・」
ローズは背中に乗ってジャンプしたなどとは言えず、恥ずかしそうに顔を赤らめるのだった。
この後、グローリー侯爵家とクレマリー伯爵家の使用人の中で、「サイキドー」が流行り出した。
困ったことがあれば、「サイキドー」と祈りの言葉を唱えると、女神さまが助けてくれると皆は噂した。
現に御利益があったと自慢げに語る使用人も、ちらほらいたと言う・・・。
ジェフが生き返ったニュースは、瞬く間に広がった。
馬の品評会に参加していた多くの人が、ジェフの死を目撃していたこともあり、人々の驚きは相当なものであった。
だが、医者は新聞に、これについての見解を述べている。
死んだと思っていたのは誤りで、馬に踏まれたショックで身体機能が著しく低下し、死んだように見えていただけで、実際は生きていたのだ。
人々はその記事を読み、なるほど、そう言うこともあるのだと、妙に納得しているのだった。
ジェフが生き返った翌朝、まだ、新聞報道もされておらず、スザンヌはジェフの生還を知らずに葬儀に行く準備をしていた。
だが、グローリー侯爵家の使用人からジェフが生き返ったという知らせを聞いて、慌てて喪服を脱ぎ、グローリー侯爵家にやって来た。
案内された応接室には、いつものジェフと泣きはらした顔のローズがいて、驚くスザンヌを迎えた。
「ジェフリー様、ローズ・・・、本当に良かった・・・。」
「心配かけたけど、もう大丈夫よ。」
「ああ、ローズ!」
スザンヌはローズを抱きしめ、嬉し涙をはらはらと零した。
「こんなに素晴らしい奇跡が起こるなんて・・・、ああ、神様、感謝します。」
友情の抱擁の後、三人でお茶をしている最中にアーサーがやってきた。
「ジェフ・・・、ああ、本当に生き返ったんだな・・・。今朝、報告を受けて半信半疑で来たのだが、本当だったのだな。ああ、言葉に言い表せないほど、俺は嬉しい・・・」
アーサーはガバッとジェフに抱きつき、目を潤ませるのだった。
四人でお茶をすることになったのだが、スザンヌは昨日別れを告げたばかりで、とても気まずい思いをすることになってしまった。
アーサーと目を合わせず、できるだけアーサーとの会話も避けるようにしていた。
アーサー自身も、今はスザンヌを刺激しない方が良いと思い、できるだけスザンヌを見ないように努力している。
「ところで、どうやってジェフは生き返ったのだ?」
アーサーの問いに、ローズは苦笑する。
やはり、本当のことは言えない。
とりあえず、使用人たちに聞かれて答えたことと、同じことを話すことにする。
「神様に一生懸命に祈ったら、聞き届けてくださったようです。」
「そうか・・・。そんなこともあるのだな。」
この答えで納得してくれるアーサーに感謝した。
「あ、あの・・・、私、そろそろ帰ろうかと・・・」
スザンヌが唐突に言い出した。
やはりこの場にいるのは気まずいようだ。
「それでは失礼します。」
スザンヌが部屋から出ていくのを、ローズが追う。
「私、見送りに行ってきます。」
二人が出て行き、部屋の中にはジェフとアーサーだけになった。
「殿下、暴走馬はどうなりましたか?」
ジェフは、暴走馬に踏まれたところまでしか記憶していない。
その後のデータ入力をするために、アーサーに問う。
「あの馬は、狂ったように一直線に走り抜け、柵を突き破り、最後は大木にぶつかって死んでしまったんだ。」
「一度も止まらずに? 方向転換もせずに?」
「ああ、そうだ。もともと子どもたちがエサをあげることができるように、おとなしい馬を杭に繋いでいたそうだ。係の者が言うには、子どもたちがニンジンをあげているところは見ていたが、なんらおかしい点はなかったらしい。ところが、いきなり興奮して暴れて杭を引き倒し、そのまままっすぐに走り出したそうだ。」
「そうですか。今、その馬はどこに?」
「おそらく、もう埋められていると思うが・・・。それは馬商人に聞かないとわからない。ところで、ジェフ、興味深い情報を得たと言っていたが、それはどんな情報なのだ?」
アーサーが、品評会でジェフから聞いた話を持ち出すと、ジェフは自分が得た情報を語り始めた。




