4話
「ローズ、顔が暗いけどどうしたの? 何か悩み事があったら話して欲しいな。」
不安70%のローズの手を握り、ジェフは心配そうに声をかけた。
「うーん、言おうかどうか悩んでたけど・・・、この際だからはっきり言うわ。ジェフ、あなた私を愛してる?」
―管理者の表情、脈拍解析完了:不安50%、期待50%、管理者は同調を求めている―
「ローズ、俺はお前を愛している。この世界の誰よりも好きだ。」
ジェフの言葉を聞いて、ローズの表情がぱあっと明るくなる。
「本当に? 嬉しい。私も愛しているわ。」
―管理者の表情解析中・・・―
ジェフがじっとローズを見つめている・・・。
その青い瞳を見て、ローズはハッとする。
もしかして・・・これは・・・
ローズはそっと目を閉じた。
―・・・表情解析完了:期待100%、管理者は何かを期待しているが何かは不明―
ローズは期待して目を閉じて待っていたが、いつまでたっても何も起こらない。
だんだん恥ずかしくなってきて・・・そっと目を開ける。
「ローズ、ごめん、今何を考えていたのか教えてくれないか。」
はあ? 何それ・・・ 期待してしまった私がバカみたいじゃない!
「もう、知らない!」
「知らないのは困る。入力ができない。」
ローズは拗ねて見たものの、ジェフには通用しない。
はあ・・・結局、私から言わなければならないのね・・・。
「また訳の分からないこと言ってる。本当は、私から言うの嫌だったけど、教えてあげる。あなたからのキスが欲しかったのよ。」
「キス?」
「そう、キスよ。」
―新データ入力:キスを期待する表情―
「ローズ、もう一度やり直そう。こっちを向いて、目を閉じて」
ローズは「もう・・・」と文句を言いながらも言われたとおりに目を閉じた。
ジェフはローズの唇にキスをした。
初めは優しく、段々と強く舌を絡めるキスへと変わっていく。
ローズは、うっとりとジェフとのキスを味わった。
ジェフのような超ハイスペック尽くし型ロボットは、管理者の要望に全て応えられるようにプログラミングされている。
精神的な要望だけでなく、身体を使った要望にも対応できるように作られているのだ。
この日を境に、ジェフとローズのキスが増えた。
ローズがキスをしたいと思ってジェフを見ると、ジェフは必ずキスをしてくれた。
そばにメイドがいても、ローズが望めば抱きしめてキスをしてくれる。
メイドがキャッと真っ赤になって、あたふたとその場を離れても、ジェフは全く気にする素振りはなく、愛してると囁きながらローズが求める濃厚なキスをしてくれるのだ。
ローズは周りの反応に恥ずかしさを感じていたが、実は嬉しさの方が勝っていた。
ジェフは午前中は仕事、午後からはローズに会いに来る、それを繰り返す毎日が続いていたが、ローズの心にまた新たな不安が湧き上がって来た。
ジェフは、キスを何度もしてくれるけど、それ以上は求めないの?
元カレのオルソンは、今から思えば、ものすっごい女たらしだと思う。
私の方から好きになった。
少し悪っぽくて強引なところが、男らしくて素敵だと勘違いしていたように思う。
初めてのデートで唇を奪われた。
でも、自分から好きになった人からされたファーストキスに舞い上がり、ますますオルソンのことが好きになった。
それからも、デートの度にしてくれるキスとボディタッチ。
嫌がるどころか、ますます夢中になった。
きれいだ、美しい、そんな誰にでも言えるありきたりの言葉でさえも、自分だけに言ってくれる愛の言葉だと信じていた。
いつの頃からか、オルソンは身体を求めるようになった。
結婚するまでは純潔を保ちたいと思っていたから、初めのうちは断っていた。
でも、愛し合っているのだから心も身体も一つになりたい、俺がこんなに愛しているのにわかってくれないのかと、情熱的な言葉を囁きながら迫ってくる彼に、とうとう折れてしまった。
せめて婚約してから関係を持ちたいと話しても、結局それも、なし崩しになってしまった。
一度身体を許してしまうと、それからは断ることができず、彼の思うままになってしまったように思う。
あのときは、いつか彼と結婚するのだと思い込んでいた。
だからこそ、オルソンが求めるままに、何度も身体を許してしまったのだ。
でも、最後は飽きられて、他の女に夢中になるオルソンを、泣いても止めることはできなかった。
あんな最低最悪な男、こっちから振ることができて本当に良かった。
彼を振る勇気が持てたのも、ジェフのお陰だと思う。
あのとき、ジェフがそばにいてくれたから、はっきりとお別れの言葉が言えた。
ジェフは毎日、私のことを愛していると言ってくれるし、キスもしてくれる。
でも、ジェフ、あなたは私に一度も身体を求めたことがない。
男なんて、所詮みんなオオカミだと聞かされたけど、ジェフは違うの?
紳士だから?
それとも何か他に理由があるの?
ローズの不安は、日に日に膨れ上がっていった。
ある日のこと、クレマリー伯爵家に、グローリー侯爵とその執事フランボアが訪れた。
クレマリー伯爵とその妻は、自分たちよりも格段に身分が高い客を相手に、緊張しながら出迎え、応接室へと招き入れた。
「侯爵様、今日はわざわざお越しくださいましてありがとうございます。ジェフ様も毎日ローズに会いに来てくださいますので、本当にありがたく思っています。」
「まあ、ジェフもお宅のお嬢さんのお陰で仕事熱心になってくれたのじゃ。お互い様だろう。」
「確かに本当に仕事ができるご子息様ですね。私の長男が領地で経営している事業のことを相談したことがあるのです。ジェフ様のアドバイス通りに改善したら収益が格段に上がりました。本当に素晴らしい。」
ジェフのことをほめちぎるクレマリー伯爵に、グローリー侯爵はにこにこと嬉しそうに頷く。
「そうだろう。我が領地でも同じじゃ。ジェフのお陰で作物を横領した犯人を見つけることができた。他の事業でもジェフが改善点を指摘してくれてな。おかげで収益がぐんと増えたよ。」
「本当に良いご子息様をお持ちで、うらやましい限りです。」
「ところでじゃ、今日は二人の婚約について話しに来た。あれだけ愛し合っている二人なのじゃ。さっさと結婚させてしまった方が良かろう。こちらは二十歳でまだ若いが、お嬢さんは十八だ。今年は婚約で来年に結婚というのはどうだろう。」
今日の訪問の目的は、事前にグローリー侯爵からの手紙で知らされていた。
毎日、ローズとジェフの仲睦まじい姿を見せられている夫婦にとっては、来るべきものが来たという思いで、侯爵の申し出をすんなりと受け入れることができた。
「侯爵様からのもったいないお話、誠にありがとうございます。ローズもその話を聞いてさぞや喜ぶことでしょう。」
「では、婚約式は一ケ月後でよろしいかな。」
「もちろんでございます。」
「では、詳細は、また後程話し合おう。」
ひとしきり話がすむと、侯爵と執事は帰って行った。
クレマリー伯爵と妻は早速ローズを呼んで、婚約式が一ケ月後であることを伝える。
「ローズ、急なことだが、グローリー侯爵様からのご要望だ。お前も嬉しいだろう。婚約おめでとう。」
「お父様、お母様、ありがとうございます。」
出会ってから、あっという間に婚約と相成ったわけだが、ローズはジェフと正式に婚約できることを心から喜んだ。
そして、ジェフが自分の身体を求めてこないのは、もしかしたらジェフは婚約のことを知っていて、話しが正式に決まってから・・・と思っていたのかもしれないと思うと、少し心が軽くなった。
グローリー侯爵は屋敷に戻るとジェフを呼んだ。
今日は自分が戻るまで屋敷で待つように伝えていたので、ジェフは言いつけを守っていた。
「ジェフや。喜びなさい。お前の婚約が決まった。一ケ月後じゃ。結婚式は来年にする予定じゃよ。お前の愛が実って、晴れてローズと結ばれるのじゃ。良かったのう。」
侯爵の思惑とは違い、ジェフの顔には喜びの表情が現れなかった。
それを見て、侯爵の心に疑問が浮かぶ。
「ん? ジェフ、嬉しくないのか?」
「私はローズと結婚するのですね。」
「そうじゃ。他に誰がいると言うのかね。」
「結婚するためには、ローズの確認と同意が必要です。」
淡々と話すジェフに、侯爵は多少の不安を覚えたが、世間の一般常識を知らぬが故のことなのだと思う。
「いや、まあ、それはそうだが・・・。こういうことは、まず親同士で決めるのが普通じゃよ。」
「今からローズに会いに行ってきます。」
そう言うと、ジェフは屋敷を出て行った。
「本人たち抜きで話を進めたことが気に入らなかったようじゃな。なんとまあ、律儀な息子じゃ。」
グローリー侯爵は、ジェフの背中を見ながら呟いた。
ジェフが作られた西暦三千十五年の世界では、多種多様性が認められており、人間とロボットが結婚することも法律で認められている。
だが、ほとんどの場合、人間の方が先に死ぬ。
ロボットは子どもを作ることができない。
すると残されたロボットに遺産が相続されることになり、それは結果的に多くの争いを生む原因になってしまった。
そのため、法律が改定され、人間とロボットが結婚する場合、子どもが作れないことと遺産相続人を誰にするかの確認をした上で、管理者の同意がなければ結婚できないことになっている。
そして、そのことは、ロボットの製造過程で、あらかじめプログラミングされているのだった。
「ローズ、会いに来たよ。」
「まあ、ジェフ、嬉しいわ。婚約のこと聞いたのね。」
ローズは、ジェフの訪問を飛び上がって喜んだ。
「そうだよ。俺たちが結婚するためにはローズの確認と同意が必要なんだ。」