33話 舞踏会の後
舞踏会が終わり、参加者たちが帰路につく中、ローズたち三人は、王宮内の応接室に向かった。
アーサーがいつの間にか専属侍女に話を通していたらしく、舞踏会が終ると侍女が迎えに来て、案内してくれた。
「どうぞ、お座りになってお待ちくださいませ。」
応接室のふかふかのソファに座るのも、もうこれで六度目だ。美味しいお茶を飲みながらしばらく待っていると、アーサーが現れた。
三人はすくっと立ち上がって臣下の礼をとる。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。」
「ああ、もうそんな堅苦しい挨拶はいいから、座ってくれ。」
アーサーは手で制しながら、自分もソファに座る。
「もっと早く来たかったのだが、用もないのに話しかけてくる輩のせいで遅くなってしまった。待たせてすまなかった。」
アーサーは謝罪の後、すぐにスザンヌに視線を移した。
「スザンヌ、今日は本当によく来てくれた。来てくれてありがとう。」
まず初めにスザンヌへの感謝の言葉を述べた後に、ジェフとローズに視線を向ける。
「ジェフも、ローズも本当にありがとう。そなたたちが、スザンヌを連れて来てくれたのだな。」
「えっ、まあ・・、義理と人情を突っついてですが・・・。」
「ん?」
アーサーは意味がわからずキョトンとした顔をする。
「あ、あの・・・、私が舞踏会に行くのを渋ったものですから、事業の宣伝のためにも来てほしいと言われただけのことですわ。私は、ローズとジェフに本当に感謝しているのです。感謝してもしきれないくらいに・・・。」
「そうか。俺も大いに感謝するぞ・・・ん?」
ああ、そう言えば・・・とアーサーは思い出す。
確か、この二人に対してすごく苛立っていたはずなのだが・・・
いつの間にかそんな気分は吹っ飛んで、苛立ちは感謝に変わっていた。
「あの・・・、アールではなくて・・・殿下、私はずっと殿下のことを、平民だと思っていたのですが、どうして身分を明かさなかったのですか? 知らずに、ずいぶんと失礼な態度をとってしまったと思うのですが・・・。」
スザンヌがおずおずとアーサーに問いかけると、アーサーは、ずっと前から感じていた気持ちを打ち明けた。
「俺のことを平民だと思っているのに、スザンヌはとても優しかった。ウソ偽りない態度で接してくれることが、とても嬉しかったのだ。もし、身分を明かしていれば、今までのように接してくれただろうか?」
スザンヌは、その様子を想像する。
「そうですね。おそらく、王族だとわかった時点で、線を引いていただろうと思います。とても、あんなに馴れ馴れしい口調で話すことはできなかったかと・・・。」
「そうだろう? だから俺はあえて、正体を明かさなかったのだ。だが、舞踏会に来てくれたら、そのときは、正直に名乗るつもりだったのだが・・・、スザンヌは来てくれなかった・・・。」
「あ、あの・・・、本当にごめんなさい。」
招待状を毎回もらっていたのにも関わらず、スザンヌは一度も参加しなかったことを申し訳なく思う。
「いや、謝らなくていい。こちらが勝手に招待状を送っているだけなのだから。だが、今日は来てくれた・・・。俺は、それがとても嬉しい・・・。」
アーサーは視線をローズに移すと、何かを決心したかのような表情を見せた。
「ローズ、ジェフ、すまないが、二人きりにしてくれないか。」
「あっ、はい。わかりました。」
ローズとジェフが部屋を出るとメイドに別室に案内され、応接室にはスザンヌとアーサーの二人だけになった。
「スザンヌ、俺はこれからも、平民のアールとして孤児院に物資を届けるつもりだ。だから、他の皆には俺のことを内緒にしていて欲しい。もちろん、スザンヌも、今まで通りに俺と接してくれ。」
「は、はい。では、そのようにいたします。」
その言葉にアールは少し不満気だ。
「二人でいるときは、今まで通りで話して欲しい。俺が望むのだ。けっして不敬ではないから・・・。」
「は、はい。わかり・・・わかったわ。」
「うん、それでいい。ところで、俺が言いたかったことは、それだけじゃないんだ。」
アーサーは立ち上がると、スザンヌの前に歩み出て、跪いた。
「で、殿下!」
驚くスザンヌを無視して、アーサーはスザンヌの手をとった。
「身分を明かしたら、必ず言おうと思っていた。スザンヌ、俺はあなたを愛している。どうか、この俺と結婚して欲しい。」
ローズとジェフが別室で過ごしている間、スザンヌとアーサーがどんな話をしているのかわからないが、ローズは、愛し合っている二人がお互いの気持ちを伝えあえれば良いと思っていた。
しばらくしてメイドに案内されて応接室に戻ると、スザンヌは涙目で真っ赤になっているし、アーサーはにこやかな笑みを浮かべているしで、二人の間に何か進展があったのだということはわかった。
三人が応接室から出る際に、アーサーは戸口まで歩み出ると「スザンヌ」と声をかけた。
そして、スザンヌの手を握り、その甲に別れのキスをする。
「スザンヌ、次に会えることを楽しみにしている。」
「は、は、はい。」
返事をするスザンヌの顔は、ますます紅潮し、熟れたリンゴのように真っ赤になっていた。
馬車の中で、ローズはとても嬉しそうににこにこしている。
「本当に良かったわ。二人の想いが通じ合って・・・。」
「いえ・・・、そんなわけでは・・・」
スザンヌは、はっきりと肯定も否定もしなかった。
「ふふっ、でも、二人が愛し合っているのは事実でしょ?」
スザンヌは、ふう・・・と小さなため息をつく。
「私・・・、アールの態度から、だいたいの気持ちはわかっていたのだけれど・・・、アールは平民だからと、その気持ちに気付かないようにしていたの。そして、私の想いにも、ふたをしていたの・・・。」
ローズはうんうんと頷きながら話を聞いている。
「でもね、アールの所作がとても美しくて・・・、特にお茶の飲み方が、あまりにもきれいだから、もしかしたら、貴族の令息が身分を偽っているのかも・・・なんて思ったこともあったのよ。まさか、王子様だとは思ってなかったけれど・・・。」
「そうよね。実は私も、殿下のお茶の飲み方がとても美しいと思ったのよ。」
「まあ、ローズも?」
二人はアーサーのことを語らいながら、馬車に揺られていた。
だが、微笑みながら話すスザンヌの水色の瞳の中に、諦めにも似た寂し気な色が映し出されていることに、ローズは気付かなかった。
翌日、シャノン侯爵邸のメリッサの私室で、メリッサは手の平に爪が食い込むほど強く拳を握りしめていた。
イライラしながら、人が来るのを待っている。
こんなときは、できるだけ関わらない方が良いとメイドは知っているのだが、メリッサがイライラをぶつけてくるので防ぎようがない。
「ちょっと、お茶を持ってきなさいよ。言わなければわからないの? 気が利かないのね。」
メイドは、三十分前にもうお茶は要らないと仰られたのですが・・・と言いたいのを我慢する。
「かしこまりました。今すぐお持ちいたします。」
これ以上癇癪を起されてはたまらない。
メイドは急いでお茶の支度に取り掛かった。
「お嬢様、フランツ様がいらっしゃいました。」
別のメイドが待ち人の登場を告げる。
「そう。やっと来たのね。では、しばらく誰も部屋に入らないで。」
フランツを部屋に入れると、メリッサは人払いをした。
「ちょっと、遅いじゃない。」
メリッサは威丈高にフランツに怒りをぶつける。
フランツ・オルトマンの父親は、伯爵であるが、メリッサの父ヴァーノン・シャノンが経営するシャノン商会の下請けをしている。
さらに、王太子の友人に推薦してくれたのが、ヴァーノンであることもあり、フランツは二歳年上であるにも関わらず、メリッサに頭が上がらない。
二人は幼馴染の間柄ではあるのだが、はっきり言って、フランツはメリッサの下僕的な存在なのである。
「ったく・・・、これでも急いで来たんだが・・・」
「はあ? 私に口答えする気なの?」
結局、何を言ってもメリッサが許すはずもなく、フランツは、渋々謝るしかないのだ。
「遅くなって、悪かった。ところでいったい何の用なんだ?」
「あなた、殿下とは上手くいってるの?」
聞かれたことに答えないメリッサにイラっとするのだが、フランツはいつものことだと、受け入れるしかない。
「それなりに、上手くいってると思うが・・・。昨日の舞踏会の後もちゃんと話をしたし・・・。」
「それなりに? まったくあなたときたら、のんびりしてるわね。ジェフリーにあなたの立場を横取りされてるじゃないの。ジェフリーとローズは、もう何回も王宮の私室に招待されていると聞いたわ。」
「えっ?そうなのか?」
フランツには、ジェフがアーサーと仲が良いことは、初耳であった。
最近、王宮に呼ばれることがなく、アーサーに会っても冷たく感じるのは、ジェフリーのせいなのか?
「ともかく、もっと殿下に私のことを推薦してくれなくては困るわ。この国で一番王妃に相応しいのは私だって、わからせてあげなくては・・・。」
フランツは、ようやくメリッサの機嫌が悪い原因がわかった。
「メリッサ、男爵令嬢に殿下の一番を奪われたことで機嫌が悪いんだな。」
認めたくなかったが、痛いところを突かれてメリッサはさらに機嫌が悪くなり、フランツを睨んだ。
「殿下は、スザンヌが初めて来たから踊ったと言っていたわ。まだ、一番を取られたわけじゃないわ!」
「まだ? ははっ、天下のメリッサも、危機感を抱いていると見える。」
「茶化さないで。そんなことよりも、もっと大変なことがあるのよ。これが公になったら、あなたの未来の宰相の地位も危うくなるわ。」
「いったい何があったんだ?」
フランツの顔色が変わった。




