32話 オタク談議
「私は、王太子アーサー・ブランシェットです。ご令嬢、私と一曲踊っていただけませんか?」
腰をかがめてダンスに誘うアーサーを驚きの目で見つめ、言葉を失うスザンヌであったが、「スザンヌ?」とアーサーに催促されて我に返った。
王族からの誘いを断るなんて不敬そのもの。
「は、は、はい。」
スザンヌが手を恐る恐る差し出すと、アーサーはその手をとり、軽くキスをする。
ビクッと手を引っ込めそうになるスザンヌの手をアーサーはぐっと握り、下からスザンヌの顔を覗き込む。
見上げると、スザンヌは額からうなじまで真っ赤になっている。
ふふっと微笑み、アーサーはスザンヌの手を握ったまま、「さあ、行こう!」とダンスエリアの中央へといざなった。
しばらく、その様子を皆は驚きの声を漏らしながら見ていたが、皆もそれぞれのパートナーの手をとり、ダンスエリアへと進んだ。
「ああ、上手くいって良かったわ。」
ローズがほっとしてジェフに呟く。。
「じゃあ、俺たちも踊ろうか。」
二人は手をとりダンスエリアへと進んだのだが・・・
怒りと憎しみに溢れた目で、ジェフとローズを、アーサーとスザンヌを見ている令嬢がいた。
扇子をギュッと握りしめているメリッサである。
上手くいったですって?
今まで一度も参加したことがなかったスザンヌを、ここに呼んだのは、ローズなの?
音楽が鳴りだすと、皆は一斉にダンスを踊り出す。
アーサーとスザンヌも音楽に合わせて華麗に舞う。
「スザンヌ、来てくれてありがとう。本当に嬉しかった。」
「あ、あの・・・、アールが王子様だったなんて知らなくて・・・、びっくりしました。」
心臓の高鳴りはまだ収まっていないが、スザンヌはなんとか言葉を返すことができた。
「今まで黙っていてごめん。後でゆっくり話したいんだ。舞踏会が終わるまで、俺はこの場を離れられない。だから、終わったら、応接室で待っていて欲しい。場所ならジェフとローズが知っているから、一緒に待っていてくれたら良いから。」
スザンヌは、すぐにでも聞きたいことがたくさんあったが、周りの人に聞かれたくないこともあるのだろうと推察する。
今はダンスに専念するべきなのだ。
この国の王子に、恥をかかせるわけにはいかない。
ローズの特訓のお陰で、スザンヌは他の令嬢に見劣りすることなく踊ることができ、ぶれない体幹の良さと、姿勢の美しさから、踊る姿は他の人以上に華麗に見える。
「スザンヌ、ダンスが上手だ。とても気持ちよく踊れる。」
「それは、アール・・・いえ、殿下がお上手だからですわ。」
アーサーは、この手を離さず最後まで何度も踊っていたいと思った。
だが、背中にどす黒い炎のような熱を感じる・・・。
熱の方向をちらりと見たら、メリッサが扇子で顔を半分隠し、茶色の瞳をこちらに向けて憎々し気にじーっと睨んでいる。
おそらくメリッサは今、プライドが傷ついているだろう。
そんなことは知ったことではないと、切り捨てるのは可能だが・・・
アーサーの脳裏に、メリッサが孤児院に押しかけ、殿下を出せとスザンヌに詰め寄っていた姿が浮かぶ。
このまま切り捨ててしまったら、スザンヌに害を及ぼすかもしれない・・・。
ふう・・・
アーサーは小さなため息をついた。
「スザンヌ。俺は仕事でこの後も他の令嬢と踊らなければならない。でも、これはあくまでも仕事だからな。仕事!」
仕事だと何度も強調するアーサーを、スザンヌはなんだか可愛いと思った。
「ふふっ、何度も言わなくてもわかってますよ。あなたは王子様だもの。好き勝手に生きられるわけではありませんものね。」
曲は無情にも終わりを告げ、スザンヌとアーサーは終わりの挨拶をしてダンスを終えた。
スザンヌはそのまま壁の花へと移って行ったが、アーサーは次の仕事にかからなければならない。
アーサーは渋々ではあるが、それを顔に出さずに、メリッサに次のダンスを申し込んだ。
それまで顔を扇子で隠して鬼のように睨んでいたメリッサであったが、アーサーが申し込んで来たことで、なんとか体面は保たれたようで、いつもの作られた笑顔を見せてアーサーの誘いを受けた。
踊りながらメリッサは問う。
「どうして私よりも先に、男爵令嬢と踊られたのですか?」
にこやかな笑みを浮かべて問うのだが、言葉の端々に怒りを感じる。
「彼女は、おばあさまの福祉事業を任されているからね。今日初めて来たから、そのお礼を言いたかったのだ。」
「そうですか・・・」
会話はたったこれだけで、アーサーはメリッサの心の内がわからない。
ただただ、どうかスザンヌに危害を加えないでくれと祈るばかりであった。
メリッサと踊り終わった後は、いつも通りに婚約者候補のリリアーナとカロリーヌ と踊ったが、このときほど、婚約者候補が三人いて良かったと思ったことはない。
二位のリリアーナも三位のカロリーヌも、メリッサのように怒りを露わにすることはなく、順番が遅くなったことを、かえって喜んでいるようだった。
アーサーは少しほっとした気持ちを抱き、いつものように、王族用の椅子に座って、人々の挨拶を受けた。
アーサーは王族スマイルを絶やすことなく来る者に接していたが、心の中は、早く終ってスザンヌに会いたいとばかり思っていたのだった。
アーサーと踊り終わったスザンヌは、ダンスエリアから離れ、同じく踊り終わったローズと一緒にいた。
スザンヌの頬は、まだ熱が冷めずに紅潮している。
アーサーを目で追うと、メリッサにダンスを申し込んでいる姿が見えた。
これも王族の仕事なのね・・・、スザンヌは小さなため息を漏らす。
「ご令嬢、私と踊っていただけませんか?」
名前も知らぬ青年が、スザンヌにダンスを申し込んできた。
たった今までアーサーに握られていたこの手を、他の男性に握られたくはなかった。
でも、メイブリックのゴムの宣伝になるのなら、踊った方が良いのだろうか・・・。
困った顔でローズを見ると、ローズにその気持ちが伝わったようで、ローズが代わりに断りを入れた。
「すみませんが、少し疲れてしまったので、私たち、しばらく休憩するつもりなんです。」
青年は残念そうな顔で、その場を去った。
ジェフを見ると、ジェフは新事業のことで、男性数人に囲まれている。
しばらく待っていたが、一向に話が終りそうにないので、ローズはスザンヌと二人で動くことにした。
「ジェフ、私たち、テラスで休憩してきますね。」
ローズはジェフに伝えると、スザンヌを連れてテラスに向かう。
テラスに出ると誰もいなくて、ローズとスザンヌの貸し切り状態だ。
そよそよと流れる夜風が気持ち良く、ダンスで火照った身体を冷ましてくれる。
「ローズ、今日は舞踏会に誘ってくれてありがとう。ローズは知っていたのね。アールのこと・・・。」
「うん、黙っていてごめんなさい。」
ローズは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、謝らないで。黙っていてくれて良かったと思っているの。アールから、自分は王太子だと告白されて、びっくりしたけど、すごく・・・、嬉しかったから・・・。」
スザンヌは、口づけされた手の甲を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「もしかしたら、メイブリック領の新事業をジェフに勧めてくれたのも、私を舞踏会に誘うためだったのかしら?」
「ふふ、さすがスザンヌ。でも、私は何か方法はないかしらってジェフに相談しただけよ。事業のことは私にはわからないもの。ただ、あなたの腕の中でのお話みたいに、身分違いの恋でも結ばれて欲しいと思ったの。」
「えっ?」
スザンヌがローズの言葉に、驚きの声を上げた。
「あなたの腕の中で・・・ローズも読んだの?」
その言葉にローズも驚く。
「えっ? スザンヌも?」
「うん。実は・・・、私、恋愛小説、大好きなの。」
「わあ、私もよ。嬉しい。趣味が同じ人に会えるなんて! ねえ、あなたの腕の中でで、どのシーンが良かった?」
お互いに恋愛小説オタクだとわかると話が盛り上がり、二人は自分の感想を相手に聞いて欲しくて、おしゃべりが止まらない。
スザンヌは、うっとりとした表情で一番好きなシーンはね・・・と語りだす。
「私・・・、男爵令嬢だと思っていたのに、本当は隣国の王女様だとわかって、とっても嬉しかったの。ああ、これで王子様と結婚できるんだって思うと、ほっとしたわ。」
「わかるわ。その気持ち。」
「こんなこと誰にも言えなくて・・・、ローズとお友達になれて良かったわ。」
「殿下には言ってないの?」
「話したのはローズだけよ。アールには言ってないの。」
「ふふふ、じゃあ、二人だけの秘密ね。」
ローズは二人だけの秘密という言葉が嬉しくて、スザンヌの両手を握りしめる。
「そうね。二人だけの秘密ね。」
スザンヌも嬉しそうにローズの手を握り返した。
「じゃあ、スザンヌは、フローラの心臓、読んだ?」
「もちろん! 最後のシーンは泣けて泣けて・・・」
二人だけの恋愛小説オタク談義は、まだまだ続き、ジェフが迎えに来たところでようやく終止符を打ったのだが、他愛もない二人の会話が、後々に恐ろしい事件を招くことになるとは、この時は知る由もなかったのである。




