31話 二度目の舞踏会
舞踏会当日の朝から、アーサーの機嫌は悪かった。
いや、事実を言うと、ずいぶん前からのことである。
原因はジェフとローズ・・・。
アーサーは、一緒に孤児院に行った一ヶ月後、二人を王宮に呼び出し、また一緒に孤児院に行こうと誘った。
もちろん、ジェフは使用人に扮し、ローズは前と同じく視察の名目で。
だが、ジェフは、身分を明かしたので使用人の仕事はできないと断った。
ローズは、既にメイブリックの事業に出資しているから、寄付のための視察は意味がないと言う。
詳しく聞けば、二人はメイブリックの領地に赴き、グローリー侯爵家主導の新事業を立ち上げたと言うではないか。
ジェフは、アーサーがメイブリック男爵を紹介してくれたお陰だと感謝していたが、何も知らされていなかったアーサーとしては、どうも気分が悪い。
しばらくして、スザンヌの母と弟が王都に戻って来たと聞いたので、まだ期日でもないのに物資を届けることにしてスザンヌに会いに行った。
スザンヌは、家族が一緒に暮らせるようになったと、それはそれは喜んでいたのだが、これも全ては、ローズとジェフのお陰だと、あの二人を褒めちぎる。
スザンヌの喜ぶ顔を見るのは嬉しいのだが、あの二人のことばかり話すのが、何となく気に入らない。
それから、ほどなくして、メイブリックのゴム製品というものが町中で評判になっていると聞き、詳しく話を聞きたくて、二人を王宮に招いた。
話の中で、ジェフもローズも、新事業の進捗状況を男爵に知らせるために、何度も孤児院に赴き、スザンヌ父子だけでなく、母と弟も含めた家族みんなと仲良くしていると聞いた。
自分に関係ないことだとわかっているが、やはりこれも気に入らない。
いや、関係ないからこそ、気に入らないのか・・・。
二週間前に、今日の舞踏会の話をしたくて王宮に招いたのだが、今日はとても忙しいと言って、王宮に滞在したのはわずか十分ほどである。
アーサーはゆっくりと話をするつもりでいたのに、二人は時間になると、そそくさと帰ってしまった。
ともかく、アーサーは全てにおいて蚊帳の外なのだ。
スザンヌに関することなら、自分だって関わりたいと思っているのに、何も知らされず、彼らだけがスザンヌと仲良くなっていく・・・。
結局それが、アーサーの機嫌が悪くなる原因だった。
どうせ今回も、スザンヌは来ない・・・
初めの頃は、参加者の名前を係の者に確認していたのだが、スザンヌの口からはっきりと行く気がないと聞いてからは、確認することもなくなってしまった。
想い人が来ない今日の舞踏会でも、あの二人は仲良くイチャイチャするのだろう。
人の気も知らないで・・・。
ローズたちが舞踏会会場に入ると、前回と同じく、多くの人々がジェフに挨拶をしようと群がってくる。
だが、前回と違うのは、ローズの横に、美しい令嬢がいることだった。
「あの、こちらの美しいご令嬢は?」
ジェフとローズに挨拶をした後に、皆が問う。
ここではおそらく、男爵令嬢のスザンヌの方が身分は低い。
「私はメイブリック男爵家の長女、スザンヌ・メイブリックと申します。よろしくお願いいたします。」
問われれば、すぐにスザンヌは自己紹介をした。
メイブリックのゴム製品は、巷で評判になっている。
スザンヌの名前を聞くと、多くの人間がメイブリックの名前に反応した。
「ああ、もしかして、ゴム製品のメイブリックですか?」
「はい。そうでございます。」
スザンヌは、宣伝用に用意した妖精のような可愛い笑顔でにっこりと微笑む。
「メイブリックのゴム製品は、グローリー侯爵家が事業展開しています。流通、販売は私どもが一手に引き受けているのです。」
ジェフもしっかり宣伝に力を入れる。
「なるほど・・・、グローリー侯爵家が手掛けているのですね。それなら安心だ。是非、私が経営している商店にも置かせていただきたいですな。」
こんな調子で、群がる貴族たちにメイブリックのゴム製品の名前を浸透させていった。
「国王陛下、王妃陛下、皇太子殿下のご入場です。」
王族の入場コールが響き渡ると、皆は話すのを止め、一斉に臣下の礼をとる。
国王が許可するまで、皆は頭を下げたままだ。
国王と王妃の後に続いてアーサーは歩くのだが、その目は自然とジェフとローズを探す。
二人並んで頭を下げているのだが、アーサーはすぐに見つけることができた。
ふん、今日も仲がよろしいことで・・・、と思って見たのだが・・・
ドキッと心臓が弾けるような音がした。
ローズの隣で頭を下げているのは、淡いピンクブロンドの髪を美しく結い上げている令嬢・・・。
えっ? もしかして・・・、スザンヌ?
通り過ぎてしまったので、一瞬しか見れなかった。
王族の椅子に座り、もう一度、頭を下げているピンクブロンドの令嬢を見る。
本当にスザンヌなのか?
父上、早く皆の頭を上げるように言ってくれ!
このときほど、父親の次の言葉を強く望んだことはない。
アーサーは、父親でもあり国王でもあるウイリアムの背中を焦る気持ちで睨んだ。
ようやく国王ウイリアムの許可を得て、皆が顔を上げた。
ピンクブロンドの令嬢も、皆と一緒に頭を上げる。
ああ、やっぱりスザンヌだ!
スザンヌ、やっとやっと来てくれた・・・。
何て美しい・・・、なんて眩しいんだ・・・
スザンヌの今日の服装は、華やかな淡いピンクのドレスだ。
いつもの地味なドレスでもきれいだと思っていたが、今日のドレスは、スザンヌの美しさをいっそう際立たせている。
アーサーの目はスザンヌに釘付けになっているのだが、スザンヌはきょとんとした顔をしている。
きっと俺だと気づいていないのだな・・・。
父上、早く開会宣言を終わってくれ!
アーサーは、いつもなら舞踏会が終わる時間まで開会宣言を続けてくれれば良いのに・・・と思っているのだが、今回ばかりは違った。
一秒でも早く終って欲しいと願う。
「それでは、皆、舞踏会を楽しんでくれたまえ。」
国王ウイリアムの開会宣言が終わった。
アーサーはすくっと立ち上がり、スザンヌだけを見つめて、一歩一歩と前に進む。
それまできょとんとしていたスザンヌの表情が驚きに変わり、目を大きく見開いてアーサーを見ている。
アーサーはスザンヌの前で立ち止まると、腰をかがめて紳士の礼をした。
「私は、王太子アーサー・ブランシェットです。ご令嬢、私と一曲踊っていただけませんか?」
スザンヌは王族入場の声を聞き、慌てて臣下の礼をとり頭を下げた。
慣れない舞踏会で緊張しているのに、目の前を王族三人が歩くのだから、緊張はさらに高まる。
国王の声と共に、皆の頭を上げる衣擦れの音を聞き、スザンヌはほっとして頭を上げた。
そして皆と同じように、王族に顔を向ける。
国王が開会宣言をし始めたが、国王よりも、後ろに座っている王太子が気になった。
少し離れた場所から見ているので、勘違いかもしれないけれど、何故だか、自分をじっと見ているような気がする。
私、何か粗相でもしたかしら? それとも、私の顔に何かついている?
不敬に当たらないかしらと不安になりながらも、スザンヌは自分を見つめる王太子をじっと見た。
髪の色は違うけれど、目鼻立ちはアールにそっくりだわ。
国王の宣言が終ると、王太子は立ち上がり、スザンヌから目を逸らさずに、言い換えれば、スザンヌ一点だけを見つめて歩いてくる。
えっ? この歩き方は・・・、ど、どうして、こんなところにアールが?
えっ?ええっ??
スザンヌは、叫びたい気持ちを必死で抑えた。
アールは目の前で立ち止まると、紳士の礼をとり、スザンヌに嬉しそうににっこりと微笑みかけた。
「私は、王太子アーサー・ブランシェットです。ご令嬢、私と一曲踊っていただけませんか?」
スザンヌは、驚きのあまり卒倒しそうになるのを必死で耐えた。
メリッサは、いつものように、王族の椅子のそばに陣取り、国王の開会宣言が終るのを待っていた。
終われば、いつものように、アーサーは一番に私をダンスに誘う。
そう思って、鏡でなんども練習して会得した天使の笑顔を浮かべて、アーサーが自分の前に歩み出るのを待った。
アーサーが椅子から立ち上がり、一歩前に進んだ。
メリッサは、そのとき、異変に気付いた。
アーサーが私を見ない。どうして? どうして見ないの?
私に気付いてないの? 私はここにいるのに・・・。
メリッサは、アーサーに気付いて欲しくて、少し前に出た。
これで大丈夫よね。
だが、アーサーはメリッサをちらりとも見ずに、その横を通り過ぎた。
えっ? どうして?
通り過ぎたアーサーの後姿を目で追うと、アーサーは美しい令嬢の前で止まった。
あ、あの女は・・・、孤児院で見た・・・ス、スザンヌ!?




