30話 ダンスの練習
ローズの次なる目標は、スザンヌを王室主催の舞踏会に参加させることだった。
愛し合う二人が、舞踏会で衝撃の出会いをする。
そこで初めて二人は、お互いの愛を確かめ合うのだ・・・。
と、多少妄想気味ではあるが、アーサーに美しく着飾ったスザンヌを見てもらいたいと思ったし、スザンヌにも、アールは平民じゃないってことを知って欲しかった。
王室舞踏会は三ヶ月に一度開催される。
次の舞踏会まで残り二週間。
それまでに、一緒に舞踏会に行く約束を取り付けたい。
「ねえ、ジェフ、スザンヌはドレスを買えるお金持ちになったけど、舞踏会に参加するかどうかはわからないわ。」
スザンヌは、デビュタント以降、お茶会にも舞踏会にも一度も参加したことがないと言っていた。
それなのに、いきなり王室主催の舞踏会なんて、気おくれしてしまう可能性がある。
もしも行くのを渋ったら・・・
「だからね。ジェフにも協力して欲しいのよ。」
ローズはジェフに自分の計画を話した。
その日、ローズとジェフはアーサーに王宮に呼ばれたが、舞踏会に参加して欲しいという内容だったので、承諾すると、すぐに孤児院へ向かった。
今までにも、事業の進捗状況を報告するために何度か訪れたので、もう、すっかり慣れた道である。
スザンヌは、ジェフが使用人ではなく侯爵の子息で、しかもローズの婚約者だと知ったときは、たいそう驚いていたが、彼女も二人に慣れてしまって、今ではごく普通に接している。
「ジェフリー様、ローズ、いらっしゃい。」
スザンヌが、明るい笑顔で二人を迎える。
いつものように、応接室でお茶とお菓子でもてなされるのだが、相変わらずスザンヌが作ったクッキーは、ほっぺたが落ちそうなほど美味しい。
次に来るときは、是非とも一緒に作らせてもらおうとローズは思う。
今日は、院長夫妻は留守なので、スザンヌが対応することになった。
「ジェフリー様、ローズ、領地のことは、本当にありがとうございました。改めてお礼を申し上げます。お陰様で私たち家族は一緒に暮らせるようになりました。」
スザンヌが丁寧なお礼の言葉を添えて、頭を下げた。
「いえ、どういたしまして。」とジェフが表情を変えずに無機質に応えれば、それに続いてローズが笑顔で「家族が一緒に暮らせるようになって良かったですね。」とフォローする。
ジェフは、ローズにならいくらでも優しい笑顔を見せるのだが、ローズ以外には実にあっさりしたものである。
「現在のゴム事業の進捗状況です。」
ジェフがスザンヌに書類を渡す。
「いつもありがとうございます。お陰様で、領民の生活が豊かになりました。皆、収入が増えたと喜んでいます。」
「お姉さま、ローズ様とジェフリー様がいらっしゃったの?」
応接室にコーディーが入って来た。
メイブリック領で初めて会った時よりも、顔色が良く、満面の笑みを浮かべて話す姿が可愛らしい。
「お父様とお姉様と一緒に暮らせるようにしてくださって、ありがとうございました。」
コーディーはぺこりと頭を下げた。
「コーディーが幸せそうで嬉しいわ。」
ローズはコーディーの手をとり、にっこりと微笑んだ。
コーディーが部屋から出ていくと、ローズは今日ここへ来た本当の目的を話しだす。
「スザンヌ、二週間後の王室主催の舞踏会、一緒に参加したいんだけど、どうですか?」
スザンヌは少し考えてから、正直に自分の気持ちを話した。
「以前にドレスを買うお金がもったいないと話しましたが、今は、そんなこと、言ってられませんね。お二人のお陰で、ドレスを何着作っても余るほどのお金が入りましたから・・・。でも・・・、デビュタント以降、一度も社交の場に出たことがない私が、今更出ても・・・とか、思ってしまうのです。」
「招待状は届いているのですね。」
「はい。それは毎回欠かさず届いています。」
ローズがジェフに、バトンタッチの目配せをする。
「スザンヌ嬢、実は、私からも、あなたの参加をお願いしたいのです。ゴム事業は軌道に乗り、良い収益を上げていますが、まだまだ貴族たちへの宣伝が足りません。メイブリックのブランド名をもっと浸透させるためにも、是非ともあなたに参加して欲しいのです。」
「あの・・・、私が舞踏会に参加することで、宣伝になるのですか?」
「もちろんです。あなたと、私の婚約者であるローズが、仲が良いところを多くの貴族に見せることで、グローリー侯爵家との結びつきが貴族たちに広まるでしょう。今後の売り上げにも大きく影響するはずです。」
ローズは、スザンヌの性格を考えて、もし、舞踏会に参加する気がないようなら、彼女の心の中の義理と人情と責任感を突っつくつもりだった。
そのために、ジェフにも協力してもらったのだが・・・。
「そうですか・・・。あれだけお世話になっているのですものね。ご恩をお返しするためにも・・・、一緒に参加させていただきます。」
やったぁ!
ローズは口にしなかったが、心の中では小躍りして喜んだ。
やっぱりスザンヌは、とっても素敵な人だわ。
自分のためよりも、人のために動く人だもの・・・。
「ただ・・・、少し心配ごとがありまして・・・。」
スザンヌの顔が少し曇っている。
「心配ごとって?」
ローズの問いに、スザンヌは正直に答えた。
「デビュタントから、一度も舞踏会に参加したことがないので、ダンスに自信がないのです。一通り、練習はしていましたが、ずいぶん前のことなので・・・」
デビュタントから二年以上経っているので、その心配は仕方のないことだった。
「それなら大丈夫よ。私はダンスが得意なの。男性パートも踊れるわ。だから一緒に練習しましょう。」
ローズの明るい誘いに、スザンヌはちょっと驚きながらも頷くのだった。
翌日から早速ダンスの練習が始まった。
子どもたちの邪魔にならないように、孤児院の空き部屋を使っての練習である。
ジェフは、その間、別室で男爵と事業の打ち合わせをすることにした。
「それじゃあ、始めましょうね。私が男性パートで踊ります。ワンツースリー、ワンツースリー・・・」
ローズがワルツの拍子をとりながら、スザンヌをリードする。
初めはぎこちなかったスザンヌであるが、すぐに調子を取り戻し、リズムに乗って踊れるようになった。
しかも、体幹がしっかりしていて、ぐらつきがない。
相変わらず背筋がしゃんとして、姿勢が良い。
「スザンヌ、すごく上手だわ。久しぶりだとは思えないダンスですよ。」
驚くローズに、スザンヌは少し照れた表情を見せるが、それもまたとても可愛らしい。
「実は、私、ダンスよりも剣術が得意なの。領地にいた頃に、農作物を荒らす害獣をやっつけたくて、近所の退役軍人の方に剣術を教わっていたのよ。」
「まあ、剣術を?」
それは初耳である。
「ええ。今でも毎日練習しているの。泥棒がここに入ってきたときは、私がほうきで打ち倒したんだから・・・。うふふ」
これまたビックリな話しである。
泥棒も、まさかこんなに綺麗な令嬢に、ほうきでぶん殴られるとは思わなかっただろうなぁ・・・と、ローズはほうきで泥棒をぶん殴る勇ましいスザンヌを想像する。
うん、やっぱりスザンヌは・・・、すごい女性だわ!
今まで、姿勢が良いとか、動きがキビキビしているとか、鉄の門扉を簡単に開けるとか、重い子どもを軽々と持ち上げるとか、不思議に思っていたけれど、ようやく謎が解けた。
毎日剣術の訓練をして、身体を鍛えていたからだったのね。
おしゃべりしながら楽しくダンスの練習を一時間ほどして、ローズとジェフは孤児院を後にした。
三日間、ダンスの特訓をしたお陰で、スザンヌは忘れていたダンスの動きを完全に思い出し、上手に踊れるようになっていた。
王室舞踏会の日になった。
舞踏会に慣れていないスザンヌのために、ローズは彼女をクレマリー家に招き、着付けから化粧に至るまで、クレマリー家のメイドに、お願いした。
ドレスもアクセサリーも、今日のために一緒に町のブティックに買いにも行った。
買い物に疲れたら、流行りのカフェで美味しいスイーツを食べながらのおしゃべり。
二人はすっかり仲良しになっていた。
「スザンヌお嬢様、出来上がりましたが、どうですか? お化粧はドレスに合わせた柔らかい雰囲気に仕上げました。」
メイクとヘアセット担当のメイドが、自信あり気に問いかける。
スザンヌのドレスは、淡いピンクでふわりとしたスカートがとても可愛らしいデザインである。
美しく結い上げた淡いピンクブロンドの髪に花の髪飾りが良く似合う。
ローズは、花の妖精のようなスザンヌに、ため息を漏らす。
「はあ・・・、とっても可愛い・・・すっごくよく似合ってるわ・・・」
「え? あ、あの、ローズもとても美しいわ。」
ローズのドレスは青いドレスにした。
前回はローズの瞳の色に合わせたので、今回はジェフの瞳の色に合わせたのだ。
時間になると、ジェフがグローリー侯爵家の馬車で迎えに来た。
ジェフのエスコートで二人は馬車に乗り込み、王城へと出発する。
ああ、もうすぐ、ローズと殿下が会えるのね。
ローズは、まるで自分のことのようにドキドキしていた。




