22話 ワンシーン
二曲目のダンスが終ると、会場に割れんばかりの拍手が巻き起こった。
アーサーペアとジェフペアのツーペアが、見る者を引き付けて離さなくなった結果である。
リリアーナもローズも、頬を紅潮させて、高揚した気分が冷めやらぬまま終わりの挨拶を交わした。
どうして第二候補の方が拍手が多いのよ・・・。
それもこれも、あの子のせいだわ・・・。
メリッサは、扇で顔半分を隠しながら、ギロリとローズを睨んだ。
ローズとジェフは手を繋いで壁際に去ったが、アーサーは続けて第三候補と踊るつもりらしい。
第三候補のカロリーヌ・ドルエン伯爵令嬢は、リリアーナとは対照的な大人びた面立ちの令嬢で、波打つ銀髪と切れ長の目に宿る深い紺色の瞳が妖しいほどに美しく、目が合うだけでゾクッとするほどの美人である。
アーサーがゾクッとしているのかどうかはわからないが、カロリーヌに笑顔でダンスを申し込んでいる。
「王太子殿下もたいへんね・・・。」
ローズの隣に立っていた令嬢が、ぼそりと呟いた。
おそらく、挨拶を交わした令嬢の一人だと思うのだが、明るい茶色の髪の令嬢は他にもたくさんいるので、ローズは彼女の名前を思い出せない。
「ローズ様はめったに王室主催の舞踏会にいらっしゃらないから知らないでしょうけど、殿下は毎回、婚約者候補と順番に三曲休まずに踊るのよ。もめ事が起きないように、序列の高い順番にね。で、踊り終わったら、後は誰とも踊らないのよ。とても楽しんでいるようには見えないわね。」
名前がわからぬ令嬢は、丁寧に聞いてもいないことを教えてくれた。
「あの・・・」
名前を聞きたくてローズが話しかけたとき、タイミングが悪いことに見知らぬ令息が彼女にダンスを申し込んだ。
「失礼いたしますわ。」と言葉を残して、令嬢は ダンスエリアへと消えていった。
三曲目が始まると、アーサーはカロリーヌと踊り始めたが、言われて見れば楽しそうに踊っているようには見えず、ローズはなんだかアーサーのことが可哀そうに思えてきた。
つい、じーっとアーサーを見つめてしまったローズに、ジェフが寂しそうな顔をする。
「ローズ、そんなに殿下ばっかり見ていると、また嫉妬してしまいそうだよ。」
ジェフは完全に嫉妬を理解していた。
「あっ、ごめんなさい。ただ、何となく殿下のことが可哀そうに思えたの・・・。」
「可哀そう?」
「うん、さっきの令嬢の話を聞いてね・・・。ところで、あの人の名前、何だったっけ?」
「ああ、ルビナス子爵の次女で、名前はトリー、父親は近衛騎士団の副団長を務めている。」
「あ、ありがとう。」
いつものことだが、ジェフの記憶力の素晴しさには驚かされる。
「そうだ、喉が渇いだだろう。飲み物を取ってくるから待ってて。」
ジェフがローズのそばを離れると、待っていたとばかりに、メリッサの取り巻き令嬢三人がローズに近づいてきた。
顔つきから見て、良い話ではなさそうだ。
「ローズさん、あなた、ジェフリー様と婚約したからって、調子に乗るんではなくてよ。」
「だいたい、身分も不釣り合いで、あなたなんてジェフリー様にはもったいないわ。」
「いったい、どうやって丸め込んだのかしら?」
三人の攻撃が始まった。
え、え、え? これって、もしかして、私・・・、いじめられているの?
元カレのオルソンと付き合っていたときは、こんなことは一度もなかった。
これも、侯爵位序列一位で、さらに超イケメンのジェフの婚約者になったから?
これって、これって・・・
「ちょっと、あなた、何を黙っているのよ。」
・・・まるで・・・
「黙ってないで何か言ってみなさいよ。」
・・・小説のヒロインみたいじゃないの?!
ローズが最近読んだ恋愛小説「あなたの腕の中で」に出てくるワンシーンが、まさしくこれなのだ。
王子と身分違いの恋に苦しむ令嬢が、嫉妬されて虐められるのだ。
ワクワクしながらヒロインの気分を味わっているローズは、ヒロインの言葉を思い出す。
そうよ、ヒロインは目に涙を浮かべてこう言うのよ。
ヒロインのように涙を浮かべようと頑張ってみたが、すぐに涙が出ないローズは、一生懸命に悲しそうな顔を作る。
そして、ヒロインになりきって言った。
「だって、私・・・、彼を愛しているの・・・」
おまけに嬉しいことに、涙が一粒ポロリと零れ出た。
えっ? えっ? ええっ?
これには三人の方が引いてしまった・・・。
「話にならないわ!」
「まるで私たちが虐めてるみたいじゃないの。」
「私たちは、ちょっと忠告しに来ただけよ。」
三人が去ろうとしたところに、ジェフが飲み物を持って現れた。
「私の婚約者に、何か用ですか?」
「い、いえ、別に・・・、ちょっとお話していただけですわ。ねっ、ローズさん。」
令嬢たちはごまかそうとするが、ジェフには通用しない。
敵意を含んだ表情を、既に読み取られている。
「おや、ローズ、涙の痕が残っている・・・。」
ジェフは飲み物をローズに手渡すと、そっとハンカチでローズの涙を拭った。
そして、令嬢たちを氷のような冷たい目で睨んだ。
「あなたは、セルビー伯爵家のビビアン嬢、あなたはモリソン伯爵家のメリル嬢、あなたはベリア子爵家のルシア嬢ですね。私を怒らせたら、ただではすみませんよ。」
ヒッと声にならない悲鳴を上げて、令嬢三人はすごすごとこの場を去って行った。
「ローズ、大丈夫?」
「ふふっ、ちょっと驚いたけど、私は平気よ。それにね、最近読んだ小説のことを思い出しちゃった。」
にっこりと微笑むローズの顔を見て、ジェフはローズがさほど嫌がっていなかったことを知る。
「ところで、ジェフ、どうして彼女たちの名前を知っていたの? あの人たちとは、まだ挨拶を交わしてなかったように思うんだけど・・・。」
「ああ、もう、この会場にいるほとんどの人間のデータと画像の紐づけは終わったからね。」
「ふふっ、また訳のわからないこと言ってる・・・。」
ジェフは会場に入場してからずっと、耳から入る情報と目から入る情報を駆使して、貴族名鑑のデータと紐づけていた。
もう、この場の誰の顔を見ても、爵位から家族関係に至るまで言えることができるようになっている。
とは言え、ジェフにも限界があり、挨拶をしに来なかった者や、情報が入らなかった者の紐づけまではできていない。
ほんの数人であるが、ジェフを疎ましく思って近寄って来なかった令息たちのデータは入力できなかった。
ダンスの三曲目が終わると、アーサーは自分の椅子に座り、ただ、皆のダンスを眺めているだけで、誰とも踊ろうとはしなくなった。
王族に挨拶に来る貴族たちの相手をするだけである。
「じゃあ、俺たちの仕事を始めようか。」
ジェフはローズと一緒に、アーサーの婚約者第二候補と第三候補の令嬢に挨拶に行った。
その後は、ローズとジェフは三曲ほど踊ったが、合間にローズ目当てに近づいて来る子息にはジェフが睨みを利かせ、ジェフを目当てに近づいて来る令嬢には見向きもしなかったので、結局、他の誰とも踊ることはなかった。
初めは緊張していたローズであったが、徐々に雰囲気にも慣れ、平常心で回りの人々と話せるようになったころ、舞踏会はお開きになった。
ジェフとローズは馬車に乗り込み、帰路につく。
「ねえ、ジェフ・・・、楽しかった?」
―ローズは同調を求めている―
「楽しかったよ。」
「ああ、良かった・・・。初めての舞踏会だったから、心配してたのよ。ジェフが楽しんでくれて良かったぁ。私もジェフと一緒に踊れて、すごく嬉しくて楽しかったの・・・。」
キラキラとした緑の瞳でジェフを見るローズの顔が、嬉しそうに微笑んでいる。
「俺も、ローズと踊ったとき・・・そうだ・・・俺は・・・楽しかったのだ・・・。」
ジェフは、楽しいと言う感情を理解した。
波が引くように皆が帰った後、静かになった舞踏会会場のテラスで、アーサーが一人夜空を眺めていた。
「ああ、今日も来なかったな・・・」
星に向かってため息をついている姿が、なぜかしら物悲し気に見える。
「おや、殿下、ここにいたのですね。」
声をかけてきたのはアーサーの子どもの頃からの友人、エリオット・パースと、フランツ・オルトマンだ。
二人とも王太子殿下の友人として恥ずかしくないように、身だしなみはいつもきちんと整えている。
本日の服装は、エリオットは黒髪に合わせたグレーのスーツで、フランツは茶髪に合わせた茶色のスーツでコーディネートにも気を遣い、見るからに好青年というイメージである。
二人とも伯爵家の令息であり、アーサーの友人として公式に認められているので、公の場では、身分の低いものから王族に声をかけることは許されないが、彼らは、私的な場なら友人として話かけても良い特権を与えられている。
「何か用か?」
一人の時間を邪魔されたアーサーは、心なしか不機嫌そうに見える。
「え、いや、ただ、話がしたかっただけですよ。」
声をかけたのは、まずかったか・・・とエリオットは思ったが、そこをすかさずフランツがフォローする。
「今日のダンスも素晴らしかったなって、二人で話していたんです。」
「俺は三人と踊ったんだが、誰のことを言ってるんだ?」
「もう、わかってるじゃないですか。何と言ってもメリッサ嬢ですよ。あの気品と優雅さと言ったら、令嬢の中でも一番ですよ。メリッサ嬢が婚約者だなんて殿下がうらやましい。」
その言葉に、アーサーはむっとする。
「メリッサは婚約者じゃない。あくまでも婚約者候補だ。それに、そんなに彼女のことが気に入ったのなら、フランツ、お前が結婚すればいい。」
「何言ってるんですか? 俺が釣り合うわけないでしょう?」
へらへらと笑いながら話すフランツに、アーサーはプツンと切れてしまった。
「ったく・・・、お前の父親は、メリッサの家門の世話になっているんだったな。話しがそれだけなら、もういいだろ。俺は部屋に帰る。」
アーサーは、不機嫌な気持ちを隠すこともせず、二人を残してこの場を去った。
「チッ、王族だからってあの態度はないだろ?」
アーサーの姿が見えなくなってから、フランツはあからさまに不機嫌な態度に変わった。
「まあまあ、我慢だ我慢。これが俺たちの仕事だと思うことだな・・・。」
エリオットがフランツの肩を叩いてなだめる。
「そうだな。友人でいれば、いつかは俺でも宰相ぐらいにはなれるかも・・・」
「いやいや、宰相は俺だって!」
二人の声にならない笑いが、誰もいない舞踏会会場に響いた。
アーサーは一人で廊下を歩きながら、過去の苦い経験を思い出していた。




